やり直しの異世界(?)


第一章:転生、そして困惑

俺の名前は佐藤健太、26歳。IT企業でプログラマーとして働く、どこにでもいる平凡な社会人だ。いや、「だった」と言うべきか。
それは金曜の夜、残業を終えて帰宅する途中のことだった。スマホでなろう小説を読みながら横断歩道を渡っていると——ああ、やっぱりこのパターンか——猛スピードのトラックが突っ込んできた。
「うわっ!」
ブレーキ音。衝撃。そして、闇。
次の瞬間、俺は真っ白な空間にいた。目の前には眩しいほどの光を纏った人影。
「やあ、ようこそ。君は選ばれし者だ」
神様っぽい何かが言った。声が男性なのか女性なのかもよく分からない。
「異世界転生ってやつですか!? 俺、何か特殊能力もらえます? チートスキルとか!」
俺は思わず前のめりになった。読んできた無数の小説が頭の中で渦を巻く。
「まあ、そういうことだ。君には特別な力を——」
そこまで聞いた瞬間、俺の意識はプツンと途切れた。
「うっ...」
目を覚ますと、見慣れた天井があった。俺の部屋だ。ベッドの上で、スーツを着たまま寝ている。
「夢...?」
いや、違う。確かにトラックに轢かれたはずだ。そして神様と話した。異世界転生したんだ、きっと。
俺は飛び起きて、部屋を見回した。六畳一間のアパート。安物の本棚、散らかったデスク、洗濯物の山。全部、いつもと同じだ。
「でも、これは異世界の俺の部屋で、元の世界と似ているだけかもしれない!」
俺は窓を開けて外を見た。見慣れた街並み。同じコンビニ、同じ看板、同じ電柱。
「よし、確認だ!」
俺は部屋の真ん中に立ち、右手を前に突き出した。
「ステータスオープン!」
...何も起きない。
「ステータス! メニュー! スキル確認!」
何も起きない。空気を切る俺の手だけが虚しく宙を舞う。
「じゃ、じゃあ魔法だ! フレア!」
何も起きない。
「ファイアボール! ヒール! ライトニング! アイスランス!」
何も起きない。近所迷惑なだけだ。
「...マジか」
俺は膝から崩れ落ちた。

第二章:日常という名の違和感

月曜日。俺は普通に会社に行った。
駅も電車も、全部いつも通りだ。会社の同僚も変わらない。課長の説教も、後輩の失敗も、いつもと同じ。
「佐藤さん、金曜の夜、駅前で倒れてたらしいですね」
同期の田中が声をかけてきた。
「え?」
「警察の人が保護してくれて、救急車で運ばれたって。覚えてないんですか?」
「あ、ああ...疲れてて記憶が曖昧で...」
つまり、トラックに轢かれたんじゃなくて、疲労で倒れただけ? でも、あの神様との対話は?
俺は混乱した。
それから数日、俺は必死に「異世界転生の証拠」を探した。
家に帰ると、鏡の前で何度も魔法の呪文を唱える。コンビニで店員の頭上にレベル表示が出ないか確認する。電柱にぶつかって痛みを感じるか試す(普通に痛かった)。
でも、何も起きない。
「結局、夢だったのか...?」
そう思いかけた時、ふと気づいた。
何か、違和感がある。
説明できない。でも、確かに何かが以前と違う。空気の味? 光の質? 時間の流れ方? 分からない。でも、確実に「何か」が変わっている。
「これが...異世界の証拠?」
俺は希望を捨てきれなかった。

第三章:やり直しの日々

それから一ヶ月が過ぎた。
俺の生活は元通りだ。いや、元通り「のように見える」。相変わらず魔法も使えないし、ステータスも見えない。モンスターも現れないし、美少女から助けを求められることもない。
「結局、異世界転生なんて、なかったんだ...」
そう諦めかけたある日のこと。
「佐藤、この資料、明日までに仕上げろ」
課長が無茶な仕事を押し付けてきた。俺は内心で舌打ちしながら、PCに向かった。
「ああ、もう! こんな仕様変更、先週の打ち合わせで却下されたのに! あの時、もっと強く反対しておけば...」
その瞬間だった。
俺の視界が歪んだ。めまい? いや、違う。世界が巻き戻っているような感覚。
気づくと、俺は会議室にいた。先週の打ち合わせだ。
「え...?」
周りを見回す。課長、部長、取引先の担当者。全員が先週と同じ位置に座り、同じ議題について話している。
「では、この仕様変更案について、佐藤君の意見は?」
部長が俺を見た。これは、確か先週も同じことを聞かれた。あの時は適当に「大丈夫です」と答えて、結果的に大変なことになった。
「...看過できません」
俺は思わず口を開いていた。
「この仕様変更は、システムの根幹に影響します。今から変更すると、リリースが最低でも二週間遅れます。それに、セキュリティリスクも——」
詳細に、論理的に、俺は反対意見を述べた。先週は気づかなかった問題点も、今の俺には全部見えている。
「...なるほど。佐藤君の指摘は的確だな」
部長が頷いた。仕様変更案は却下された。
次の瞬間、俺は再び自分のデスクにいた。課長の無茶振りはない。代わりに、課長が別の簡単な仕事を割り振ってくる。
「...今の、何だ?」

第四章:気づき

それから、何度も同じことが起きた。
失敗したプレゼンの直前に戻される。上司に言い返せなかった場面に戻される。コンビニで買い忘れた商品を思い出すと、レジに並ぶ前に戻される。
最初は気づかなかった。「デジャヴかな」くらいに思っていた。
でも、ある日、俺は試してみた。
わざと失敗する。「ああ、やっぱりこうすればよかった」と強く思う。
すると、その瞬間に戻る。
「まさか...これが、俺のチート能力?」
俺は震えた。
ステータス画面も、派手な魔法も、何もない。でも、俺には「やり直し」ができる。失敗したと思った瞬間に、その選択まで戻れる。
「神様が言ってた『特別な力』って、これか...」
思い返せば、あの日から、何度も「あれ、おかしいな」という瞬間があった。
朝、寝坊したと思ったのに、気づいたら目覚ましが鳴る前だった。電車を乗り間違えたのに、気づいたら正しい電車に乗っていた。同僚に失礼なことを言いかけて、気づいたら口を閉じていた。
全部、「やり直し」だったんだ。
俺が「失敗した」と少しでも思うと、無意識に時間が巻き戻る。
「すげえ...でも、なんで気づかなかったんだ?」
答えは簡単だった。あまりにも自然だったから。派手なエフェクトもない。音もない。ただ、気づいたら「失敗する前」に戻っているだけ。
異世界転生じゃない。これは、元の世界での「やり直しの人生」だったんだ。

エピローグ:新しい日常

「よし、今日こそ告白する!」
俺は鏡に向かって気合を入れた。
同じ部署の山田さん。三年間、片思いを続けてきた。何度もチャンスはあったのに、俺は勇気が出なかった。
でも、今は違う。失敗しても、やり直せる。
「山田さん、実は...」
「え?」
最初の告白は、言葉が出なくて失敗した。巻き戻る。
二回目は、タイミングが悪くて失敗した。巻き戻る。
三回目は、場所が悪くて失敗した。巻き戻る。
十五回目——
「山田さん、俺と付き合ってください!」
「...はい」
彼女は微笑んだ。世界は巻き戻らない。
「やった...」
俺はガッツポーズをした。
魔法も使えない。ステータスも見えない。モンスターも出てこない。
でも、俺には「やり直せる力」がある。
これって、ある意味、最強のチートスキルなんじゃないか?
佐藤健太の、ちょっと特殊な日常は、今日も続く。
【あとがき】 異世界転生したと思ったら、実は現実世界での「やり直し能力」だった主人公の物語。気づくまでに時間がかかったのは、能力があまりにも自然で、無意識に発動していたから。
派手さはないけれど、日常生活では最も便利な能力かもしれない。ただし、本当に大きな失敗(命に関わるような)は巻き戻せるのか、それとも「ちょっとした後悔」だけが対象なのか...それは、まだ主人公も知らない。
【完】


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