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嗜好の朝ごはん

 加奈の目覚ましは身体に沁みついた、食欲だけで構成された体内時計である。
 長年食欲に飼いならされた人生によって培われたこれは非常に正確で寸分の狂いもない。数年前まで実家で一緒に生活していた母親のお墨付きである。これのおかげで加奈は必ず七時前には起きられるのだ。
 簡単に身支度を済ませ、加奈は冷蔵庫の方に向かった。実家よりも小さいそれには隙間なく食べ物や飲み物が詰められている。

「お前に決まりっ」

 そう言いながら加奈は、食べ物の傾れが起きないように慎重にタッパーと納豆のパックを引っ張り出す。タッパーの中身は鳥の軟骨の塩焼きだ。昨日の夜ごはんの余り物。
 それを電子レンジにタッパーだけ入れ十秒だけ温める。バチバチと、中で油と水分が跳ねる音が聞こえる。チン、と軽快な音と同時に電子レンジを開けた。蓋を少し開けると薄い湯気が顔に当たって擽ったい。一先ず電子レンジの上で待機しているように命じておく。
 しかしこれだけでは勿論物足りない。
 お腹の時計の催促音を聞きながら今度は冷凍庫を開けた。冷蔵庫よりは多少余裕のあるそこからラップで密閉されてカチカチの冷凍ご飯を取り出す。少し付いていた霜を手で払い、電子レンジに預ける。今度は二分程度温めよう。
 電子レンジがあくせく働いている間に、残っている工程を済ませてしまおう。
 納豆のパックを開けた。手際よくフィルムも付属のタレも取り出して、箸でタレと共に納豆を豪快に掻き回す。粘り気が増す納豆を見ていると楽しくなる。ついつい力を入れすぎて箸がパックを突き破ってしまった。
 そうこうしているうちにご飯も温まったようで、加奈は納豆片手に電子レンジからラップに包まれたご飯を取り出す。温めすぎたのか火傷しそうな程に熱い。急いで電子レンジのタッパーの上に避難させる。慎重にラップを開けば、隙間から白い湯気が立っていた。
 さて、主役は出そろった。後はどうするか。
 少し考え、加奈は湯気の薄れたタッパーに熱々のご飯と納豆をぶち込むことにした。

「そしてアレンジ~」
 醤油とごま油を少し垂らす。さらに加奈は鼻を鳴らしながら冷蔵庫からチューブの柚子胡椒と小ネギを取り出した。柚子胡椒を小さく垂らし小ネギをかけてみる。
 完成。これこそ朝からの贅沢ってもんだ。
 加奈はその出来に一人拍手を送った。
 タッパーの中は色も地味でごちゃごちゃしていて、優雅さとか可愛らしさとかは微塵も感じられない。
 しかし加奈にとってはご馳走そのもので、輝いて見える。宝石箱や。そんな声がどこからか聞こえてきそうだ。
 台所からタッパーと共にベッドの前に置かれている机に移動する。加奈の主な活動場所はこの少し小さめの机。こじんまりとしている方が落ち着くのだ。
 お待たせしましたとお腹を擦る。全くだといわんばかりに鳴るそこに、我ながら欲深いやつ、と笑いながら加奈は手を合わせた。
 深く息を吸って。

「いただきます」

 ご飯と納豆、軟骨を上手に端から落ちない程度に乗せ口の中に放り込む。まだまだ湯気の残っているそれは猫舌の加奈には辛い。ほっほ、と舌に待ったを掛けながら湯気と共に息を吐き出し口の中で冷ます。ようやく受け入れられそうな温度で歯を動かした。
 軟骨といえども骨は骨だ。噛み砕く鈍い音が口の中で響いた。それと並列してお米と納豆のむにゅっとする感触が歯に優しく感じられてくる。タレとごま油の香ばしさが味覚と嗅覚を満たしている。時々ピリッと刺激する柚子胡椒、そしてネギもいいアクセントになっている。
 口の中が落ち着いた所で冷蔵庫へ飲み物を取りに行った。新商品という売り文句とポップなラベルに目を奪われて昨日コンビニで買ってきたサイダーだ。それをごきゅ、と口に含むと、ご飯でまったりした口が炭酸ではじけ、爽やかに潤してくれた。

「あれ、もしかして私って、天才なのでは~?」

 口に手を当て身体を揺らしながら加奈は悦に入る。こんな最高な組み合わせを考えついて、さらに選んだ飲み物まで美味しいなんて。今晩もこれ飲みたいな。また買ってこようかな。そうだ。ついでにスーパーにも寄ろう。なくなりそうな卵を補充して、オムライスでも作ろうかしら。
 早朝都内某所、一人の女子大学生はまた自分だけのご馳走を生み出し、そしてのんびり未来のご馳走に胸を膨らませている。
 こんなに日常も、よきかなよきかな。

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