#創作大賞2025 応募作 ほんとうの自分に、今、何を許してあげたい?―楓がキャプテンになった夏―
いつからだろう。
私たちは「こうあるべき」と、無意識に自分を縛るようになった。
でも本当の自分は、ずっと静かに叫んでいたのかもしれない。
「もう、そんなに頑張らなくてもいいよ」って。
これは、自分自身に許しを与える、小さな物語。
♦︎目次
第1章:キャプテンになった夏
第2章:汗と叫びと逃げたい気持ち
第3章:りのちゃんの文字
第4章:鏡の中の自分が怖い
第5章:大会と後悔
第6章:クリスマスの夜に
第7章:最後の春
終章:あの夏を思い出す朝
涙をこらえていたあの日。
もしも誰かが「そのままでいいよ」と言ってくれていたら――
そんな、過去の自分に宛てた物語です。
🏐第1章:キャプテンになった夏
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要約:
高校2年の夏、楓は突然、バレーボール部の監督からキャプテンに推薦される。
心の準備もないまま、重責を背負うことになり、複雑な想いを抱える。
周囲は「すごいね」「期待してる」と言ってくれるが、それがプレッシャーにしか感じられない。
同じクラスには書道部のキャプテン・りのちゃん。目立たず控えめな彼女の存在が、どこか安心できるものとして心に残る。
まだ打ち解けてはいないが、りのの放課後の静かな背中を見て「自分とちょっと似てるかも」と思い始める。
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心情:
暑すぎて、空気が透明じゃないみたいだった。
駅までの道を走りながら、汗が目に入って痛い。
なのに私は、どうしても立ち止まれなかった。
「……楓、キャプテン、お願いできるか」
あの日、監督が口にしたその一言が、
私のなかの“なにか”をぐしゃっと潰した。
嬉しかった。怖かった。逃げたかった。
でも、誰にもそんなこと、言えなかった。
⸻
本文:
「すごいじゃん、キャプテン! 楓なら安心だよ!」
放課後、体育館を出るとき、後輩のミユが無邪気に言った。
私は笑って「ありがとう」と返しながら、ペットボトルを握る手に力が入っていた。
嬉しくなきゃいけない。
でも、内側では“ちょっと違うかも”って声がしていた。
キャプテンって、もっと声が大きくて、みんなの前で堂々と指示ができる人がなるものだと思ってた。
私はそんなタイプじゃない。
それなのに、監督が私を選んだ理由は、「全員に目が届いてるから」とか、「責任感があるから」とか、そういう言葉だった。
本当にそうなのかな。
ただ、周りに流されずに無難にやってきただけじゃないのかな。
なんか…選ばれたというより、流れで決まったって感じ。
駅のホームで電車を待っていると、ふとLINEが光った。
「今日、なんかあった?」
送り主は、翼だった。
どうしてわかるんだろう。何も言ってないのに。
「ちょっとね」とだけ返してスマホをポケットにしまう。
そしたらすぐに、「ちゃんと帰って寝ろよ、明日も暑いらしいから」と返信がきた。
…こういう時、ちょっと泣きそうになる。
*
翌朝の教室、窓際の席にりのちゃんが座っていた。
同じクラスになったのは2年からだけど、話したことはほとんどない。
書道部でキャプテンをしていると、友達から聞いた。
いつも静かに、落ち着いた雰囲気で、一人で昼休みを過ごしていることが多い。
「キャプテン同士だね」って誰かが冗談っぽく言ったけど、りのちゃんはただ笑って「うん」と返しただけだった。
でもその笑顔が、不思議と印象に残った。
その日、帰りのホームルーム後に、りのちゃんが一瞬だけ私を見た気がした。
目が合ったのはたぶん2秒くらい。
でも、「あなたも大変だよね」って言われたような気がした。
…なんでだろう。言葉はないのに、ちょっとだけ、救われた気がした。
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🔥第2章:汗と叫びと逃げたい気持ち
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要約:
キャプテン就任後すぐの練習試合。周囲の期待を背負いながらも、チームは思うように動かない。
「なんで言った通りに動いてくれないの?」という苛立ちと、「私の指示が悪いんだ」という自己否定のループに陥る。
その夜、布団の中で声を殺して泣く楓。
スマホを開くと、翼から「ちゃんと寝てるか?」という短いLINE。
なにも言っていないのに、今の自分を見透かされた気がして、涙が止まらなくなる。
⸻
心情:
「……なんで、できないの?」
自分の声が、自分じゃないみたいだった。
練習試合の最中、みんなの顔が怖くて見られなかった。
こっちを見てる。私のせいって、思ってる。
実際そうなのかもしれない。
指示が遅い、声が小さい、空気が読めない。
私がキャプテンになったことで、逆にチームがバラバラになってる気がした。
夜、帰宅してシャワーを浴びたあと、
ベッドの中でタオルを顔に押しつけて泣いた。
スマホを開くと、翼からのLINE。
「ちゃんと寝てるか?」
それだけの言葉で、壊れたみたいに涙が出た。
⸻
本文:
「タイム! 一回落ち着いて!」
私の声が体育館に響いた。けれど、誰の顔もこっちを見ない。
タイムアウトの円陣でも、みんなは水を飲みながら各自の目線で別の方向を見ていた。
「もうちょっと、声出していこ? 連携、ずれちゃってるから…」
そう言いながら、自分の声の震えに気づいた。
バレーって、こんなに孤独だったっけ?
監督も、ベンチの外から何も言ってこない。
たぶん、私がどう采配するかを試してるんだ。
だけど、コートに戻っても雰囲気は重いまま。
次の一本で私のトスがまた少しズレて、レフトが打ち切れなかった。
負けた。
練習試合だったけど、負けは負けだ。
誰も責めてこない。
でも、責められるよりしんどかった。
「おつかれ!」
ミユが笑って声をかけてくれたけど、私にはそれが遠くで響いているようにしか聞こえなかった。
*
その夜、シャワーの音だけが救いだった。
鏡に映る自分の顔は、キャプテンらしくなかった。
リビングからは、テレビの音と、母の笑い声。
学校のことなんて、家では話さない。話しても通じない。
ベッドに潜って、タオルを顔に押しつけて泣いた。
声が漏れないように、喉の奥で我慢した。
スマホが震えた。
翼だった。
「ちゃんと寝てるか?」
たった一文。
絵文字もスタンプもなかった。
でも、今の私を見透かされたような気がした。
『ねえ、もうダメかも』って言いかけたけど、やめた。
かわりに「うん」とだけ打った。
数秒後、「よかった」って返ってきた。
その一言で、
私はようやく、タオルから顔を上げた。
🖌第3章:りのちゃんの文字
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要約:
夏の終わり、昼休みの教室。たまたま書道の練習をしていたりのが、「赦(ゆる)し」の一文字を筆で書いている場面に出くわす楓。
その文字に、言葉では表現できない優しさと強さを感じる。
りのは目立たず静かな存在だったが、なぜかその瞬間から気になり始める。
やがて小さなきっかけで会話を交わし始め、楓は「人に頼っていいこと」や「自分の気持ちを口にしてもいいこと」に少しずつ気づいていく。
傷を抱えているのは自分だけじゃない。
りのもまた、自分と同じように「無理してきた誰か」だということが伝わってくる。
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心情:
「……すごい字」
思わず口からこぼれた言葉に、りのちゃんが少しだけ顔を上げた。
昼休み、みんながお弁当を広げる中、りのは静かに筆を動かしていた。
書いていたのは、「赦」の一文字。
目に見えないものが、紙からにじみ出ているようだった。
強いのに、どこかやさしい。
傷ついた誰かをそっと包み込むような、そんな字だった。
「……うん。わたし、この字が好き」
小さな声。けれど、迷いのない瞳。
その日から、りのちゃんと少しずつ言葉を交わすようになった。
人は、言葉よりも先に、“なにか”を感じ取るんだ――
楓は初めて、そんなふうに思った。
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本文:
その日、教室の空気はなんとなくぬるかった。
クーラーが効いているはずなのに、身体の奥がじっとりしている感じ。
私は弁当もそこそこにして、窓際の席でぼーっとしていた。
目の端にふと見えた墨の黒さ。
それだけで、空気が変わった気がした。
りのちゃんは、筆を握っていた。
教室で書道の練習なんて、珍しい。
でも、彼女にとっては“静かでいられる時間”なのかもしれない。
書かれていたのは、「赦」の一文字。
漢字ってこんなに表情あるんだって思った。
優しいのに、芯がある。
まるで誰かの痛みをまるごと抱きしめてくれるような字だった。
「……すごい字だね」
気づいたら声に出していて、少しだけ恥ずかしかった。
でも、りのちゃんは笑った。
「ありがとう。…わたし、この字が好きなんだ」
それ以上、言葉はなかった。
でも、それだけでよかった。
*
放課後、偶然一緒になった昇降口で、りのちゃんが小さく話しかけてきた。
「楓ちゃん、バレー部、大変そうだね」
「うん…まあ、ね」
なにをどう話せばいいかわからなかったけど、その“まあ、ね”にはたぶん全部詰まってた。
りのちゃんはそれを受け取ってくれて、「わかる」とだけ言った。
「書道部も、私ひとりだけ三年生と入れ替わってて。キャプテンって、なんか一人ぼっちになるよね」
それを聞いて、私の中の何かがほぐれた気がした。
“同じなんだ、この人も”
りのちゃんと話す時間が少しずつ増えた。
無理に励まされなくても、わかってくれる人がいるだけで、
なんだか、それだけでちょっと頑張れそうな気がした。
🪞第4章:鏡の中の自分が怖い
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要約:
学校ではキャプテンとしてふるまい、家では「いい子」でいる楓。
けれど本当は、自分の気持ちを口にできないまま、ずっと我慢を重ねていた。
進学の話になると、母の言葉が先にあって、楓の声は飲み込まれてしまう。
ある晩、風呂上がりに鏡を見て、消えかけたリストカットの跡に目がいく。
中学時代に誰にも言えずに抱えた苦しみを思い出し、また少しだけ呼吸が苦しくなる。
そんな夜、翼から届いたメッセージ。
「明日、ちょっと声聞きたいかも」
不思議と、涙が出なかった。
“誰かが、自分の声を聞こうとしてくれている”――
それだけで、少しだけ救われる。
⸻
心情:
ドライヤーの音が止んだあと、浴室の鏡に映ったのは、
なんだか“知らない子”だった。
髪の毛はまとまっているし、肌だってそんなに荒れてない。
でも、目の奥だけが、ぼんやりと曇っていた。
手首に、もうほとんど消えた傷あとが見えた。
中学生のときの、冬。
誰かに見つけてほしかったのかもしれない。
「あんたは推薦で行くのよ。部活もあるんだから」
リビングから聞こえる母の声。
――私の気持ちは、どこにあるんだろう。
スマホが鳴った。
翼からだった。
「明日、ちょっと声聞きたいかも」
その一文だけで、
今夜泣かずに眠れそうな気がした。
⸻
本編本文:
「ねえ、○○大学の推薦、もう締切近いらしいよ」
母の声が、夕飯の支度をしながらの空気に乗って届く。
私はうなずいたふりをして、ごはんを口に運ぶ。
この家では、はっきり「嫌だ」と言うことは許されない。
言ったところで、「どうせ無理」って顔をされるのが目に見えてる。
ほんとうは――
私は進学したいわけじゃない。
少なくとも、親が言う“その大学”に行きたいとは思ってない。
でも、その本音がどこに行けばいいのかわからない。
だから、しまい込む。
何度も、何度も。
*
夜、お風呂から上がって鏡を見た瞬間、ふいに喉の奥が詰まった。
湿った空気の中で、鏡の向こうの自分が、他人のように見えた。
すっと腕を伸ばしたとき、手首にうっすら残る細い跡が目に入った。
もう何年も前のこと。
中2の冬。
学校でも家でも、どこにも居場所がなかった。
あのとき――
ほんとうは、“誰か”に見つけてほしかった。
でも誰にも気づかれず、ただ傷が消えていっただけだった。
今だって同じ。
私は笑っているけど、本当はずっと、何かを握りしめたまま。
ベッドに入り、布団をぎゅっと抱えて目を閉じた。
苦しくて、涙も出なくて、眠れる気がしなかった。
そのときだった。
スマホのバイブが鳴る。
翼からだった。
「明日、ちょっと声聞きたいかも」
……何も知らないくせに、
どうしてこんな時に、こんな言葉をくれるの。
ふいに、喉のつかえがするっと下りていった気がした。
涙は出なかった。
でも、それがなんだか“前よりもいいこと”に思えた。
🏐第5章:大会と後悔
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要約:
夏の大会本番。責任感でなんとか引っ張ろうとする楓だったが、要所でミスが重なり、チームはベスト8で敗退。
悔しさと申し訳なさに押しつぶされそうになり、ベンチで涙をこぼす楓。
そのとき、後輩のユイが「楓先輩がキャプテンでよかったです」と声をかけてくれる。
それはありふれたひと言だけど、楓の中にずっと渦巻いていた“自分は向いてない”という想いを、少しだけほどいてくれた。
勝てなかった悔しさの中で、「それでも私でよかった」と思ってくれる誰かがいたことに、初めて報われる。
⸻
心情:
コートの真ん中で、私の声だけが空回りしていた。
「一本! もう一本いこう!」
でも、誰もこっちを見なかった。
タイムアウトのあとのプレーで、私のトスが少しずれて、レフトがスパイクをミスした。
終わった瞬間、足が動かなくなった。
ベスト8。
去年と同じ結果。
みんなが悔しそうに荷物をまとめる中、
私はベンチの隅で、「ごめん…ごめんね…」って、
声にならない声をこぼしてた。
その時だった。
一番下の後輩が、そっと近づいてきて言った。
「楓先輩がキャプテンでよかったです」
涙の味が、少しだけ変わった気がした。
⸻
本編本文:
会場の空気は、思っていた以上に重たかった。
応援の声も、チームメイトの気配も、全部が圧力に感じた。
「あと一本、取れば流れが変わるよ」
自分に言い聞かせながらコートに戻ったけど、
思うように体がついてこなかった。
サーブがラインを割ったとき、ベンチの視線を一瞬感じた。
次のプレーではトスが大きく浮いて、スパイカーがタイミングを外した。
連携が崩れたまま、最後の1点を落とした。
試合が終わった瞬間、スコアボードから目をそらした。
(終わったんだ…)
ベスト8。
去年と同じ。
でも、今年は“私がキャプテン”だった。
後輩たちが泣きながらコートに一礼しているのを、
私はベンチの隅でうずくまって見ていた。
「ごめん…ほんとに、ごめん…」
声にならない声が、ユニフォームの中に吸い込まれていく。
肩が震えて、どうしようもなかった。
その時だった。
「楓先輩」
顔を上げると、ユイが立っていた。
マネージャー見習いの1年生。
プレーにはまだ出ていないけれど、ずっと練習に付き合ってくれていた子。
「今日、…すごくかっこよかったです。
私、楓先輩がキャプテンでよかったって、思いました」
ありきたりな言葉なのに、
なぜか涙がぴたりと止まった。
ありがとうって言おうとして、言葉にならなかった。
私がこの数ヶ月、誰のために走ってきたのか。
うまくやれていたかはわからない。
でも、“誰かに伝わってた”って、
それだけで報われる気がした。
*
更衣室でユニフォームを脱いだら、背中まで汗と涙でぐしゃぐしゃだった。
鏡の前に立つと、
ぼさぼさの髪と赤い目。
ひどい顔だったけど、
どこか、自分で自分を見ていられる顔になっていた。
今日は勝てなかった。
けれど、ちゃんとキャプテンとして、ここにいた。
それを“わかってくれる人がいる”ってだけで、
私の中で、何かが少しだけ変わった気がした。
❄第6章:クリスマスの夜に
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要約:
冬。大会も終わり、進路の話が少しずつ動き始めた12月。
LINEで翼から「今年もおつかれ」とメッセージが届き、自然とやりとりが続くようになる。
「今度、ちょっと会わない?」という誘いに、楓は戸惑いながらもOKする。
待ち合わせたのは、小さい頃からよく通った公園。
クリスマスの夜、イルミネーションを見ながらベンチに並ぶふたり。
会話は少ないけれど、温度だけが確かにあった。
やがて翼がぽつりと「俺、ずっと楓のこと、好きだった」と打ち明ける。
楓はただ小さくうなずき、その手をそっと握る。
恋が始まったわけでも、はっきりと“両想い”だと確認したわけでもない。
でも、それでよかった。
ふたりの距離は、もうすでに“言葉の外側”にあった。
⸻
心情:
「今年も、おつかれ」
翼から届いたLINEには、それだけが書いてあった。
絵文字もなくて、やけに素っ気ないのに、
なぜか胸の奥がぽわっと温かくなった。
少しやりとりをしたあと、「今度、ちょっと会わない?」ってメッセージが来た。
なんとなく、自然な流れだった。
クリスマスの夜、待ち合わせたのは、昔よく通った公園。
寒かったけど、イルミネーションが思ったより綺麗で、
2人で並んでベンチに座って、言葉よりも間の方が多かった。
「俺さ、ずっと楓のこと、好きだった」
翼の声は、冬の空気にまぎれてすぐに薄れていったけど、
私の中には、ちゃんと届いていた。
なんて答えたか覚えてない。
でも、たぶん、それで十分だった。
⸻
本編本文:
12月の空は、やけに高くて、どこか乾いていた。
テストが終わり、部活も一区切り。
進路の話が教室のそこかしこで飛び交う中、私はちょっと置いてけぼりだった。
夜、ベッドに入る前にスマホを開いたら、翼からメッセージが届いていた。
「今年も、おつかれ」
それだけ。
でも、なぜか目頭が熱くなった。
“ちゃんと見てくれてた”って思えるのは、
言葉の多さじゃないんだって、最近わかってきた気がする。
「ありがと。翼も、おつかれさま」
そう返したら、会話がぽつぽつ続いた。
「寒くなるとさ、あそこの公園のイルミ、また見たくなるよな」
「うん、あれ、ちょっとしょぼいけど綺麗だよね」
「……今度、ちょっと会わない?」
少しだけ、指が止まった。
でもすぐに、「いいよ」と返していた。
*
クリスマスの夜。
思ったより寒くて、マフラーの中で息を整えながら、私はあの公園の前に立っていた。
街のイルミネーションに比べれば、ずっと地味な電飾。
でも、小さい頃から見慣れたその光は、どこかほっとする。
「よっ」
いつの間にか、翼が横に立っていた。
パーカーの上にダウンを着て、手には缶ココア。
「はい、ホット」
渡された缶を両手で包んだ瞬間、じんわり手があたたかくなった。
「元気だった?」
「うん。そっちは?」
「まあ、ぼちぼち」
そんなたわいない会話のあと、ふたりでベンチに座った。
沈黙が何度も訪れて、そのたびに私は焦りそうになったけど、
ふと隣を見ると、翼は全然気にしていない顔をしていた。
空気が、ちゃんと“ふたりの空気”になっている気がした。
少しして、翼がポケットの中で手をもぞもぞさせながら、ぽつりと言った。
「俺さ、ずっと楓のこと、好きだった」
その言葉は、ふわっとした息のように夜に溶けていった。
ドキドキはしたけれど、不思議と怖くはなかった。
たぶん、心のどこかで知ってた。
それでも、ちゃんと“言葉にしてくれたこと”が嬉しかった。
私は、小さくうなずいた。
そして、そっと翼の手に、自分の手を重ねた。
イルミネーションの光が、ふたりの間をやわらかく照らしていた。
🌸第7章:最後の春
⸻
要約:
3年生になった楓。進路指導や推薦の話が本格的になるなか、親は「大学進学」を当然のように勧めてくる。
でも楓の中には、「このままでいいのか」という迷いがくすぶっていた。
放課後、りのとの会話の中で、「将来、誰かの力になれたらいいな」と口にした自分の言葉に驚く。
一方、翼は地元の建築会社への就職を決めていた。
「自分の人生、自分で決めるって、けっこう勇気いるよな」――
その言葉に、楓もようやく腹をくくる。
桜が咲いた春の日、進学ではなく“自分の意志で選んだ道”に踏み出す。
未来はまだ不安だらけだけど、「ちゃんと私が決めた」と思える春だった。
⸻
心情:
合格通知が届いた。
親が望んでいた大学から。
喜ぶ母の声が、少し遠くに聞こえた。
「よかったわね。これで安心だわ」
安心――
それは、誰のための言葉なんだろう。
放課後、りのと話した帰り道、
「ねえ楓って、将来なにになりたいの?」と聞かれた。
すぐには答えられなかったけど、
子どもたちの話をしている自分がいた。
翼は地元の建築会社に内定したらしい。
「現場、大変そうだけど楽しそう」って笑ってた。
「自分の人生、自分で決めるって、けっこう勇気いるよな」
その言葉が背中を押してくれた。
桜が咲いた日、進学をやめて、
私は自分の足で歩き出すことを決めた。
⸻
本編本文:
合格通知は、白い封筒に入ってポストに届いていた。
母は封を切る前から、「もう大丈夫よね」と言っていた。
進学先は、偏差値も名の知れた大学。
親の顔が立つ場所。
部活推薦で、学費も一部免除になるという安心材料つき。
でも、私の胸の中は、空っぽだった。
学校では「おめでとう」「いいな〜推薦」と言われるたび、
なぜか、自分のことじゃないような気がした。
*
放課後、りのと駅まで歩く。
春の手前の空気は、どこか新しい香りがしていた。
「ねえ、楓ってさ、将来なにになりたいの?」
急に投げられた問いに、少しだけ足が止まった。
「うーん……まだちゃんとは考えてないけど、
なんか、子どもとか、誰かの力になれる仕事っていいなって思ってるかも」
自分で言って、ちょっと驚いた。
でも、それは嘘じゃなかった。
「それ、すごく楓っぽい」
りのが笑った。
その笑顔を見て、
ああ、自分の人生って、こうやって誰かと話しながら選んでいいんだって、
初めて思えた気がした。
*
数日後、翼と会った。
「就職、決めたよ。地元の建築会社。
現場、大変そうだけど、家のこととか、自分の手でつくれるってなんかいいなって」
そう言って笑う顔に、なんか安心した。
「自分の人生、自分で決めるって、けっこう勇気いるよな」
その言葉が、不思議と胸に染みた。
帰り道、私は封筒を破って、合格通知を見直した。
その紙に、自分の気持ちは一文字も書かれていなかった。
夜、母に言った。
「進学、やめる。
…ほんとにやりたいこと、見つけてからじゃだめかな」
一瞬、空気が止まった。
でも、母は黙ってうなずいた。
それでよかった。
*
桜が咲いた日。
制服のまま、私は就職先の子ども支援施設に挨拶に向かっていた。
道の途中で見上げた桜は、去年より少しやさしい色に見えた。
私はいま、自分の意志で歩いている。
不安もあるけど、
ちゃんと「自分の名前で選んだ春」だった。
🎀終章:あの夏を思い出す朝
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要約:
20歳になった楓。
結婚し、子どもが生まれ、静かな朝を迎える日常。
ベランダで赤ちゃんを抱きながら朝日を見ていると、ふと高校時代の景色がよみがえる。
キャプテンを任された日。翼のLINE。りのの「赦」の一文字。
あのときの不安も、涙も、今となっては“生きる力”だったと思える。
過去の自分を責めることなく、抱きしめるように思い出す。
今ここにいるこの命と、自分自身の命を見つめながら、
「ほんとうの自分に、あのとき許してあげてよかった」と静かに思う。
⸻
心情:
「ねえ、コーヒー入ったよ」
翼の声が、台所のほうから聞こえてくる。
私は赤ちゃんを胸に抱いたまま、
小さなベランダで朝日を眺めていた。
空はうっすらとオレンジで、春の匂いがした。
20歳。
結婚して、仕事も始まって、
それなりに大変だけど、
それなりにしあわせ。
ときどき思い出す。
キャプテンに推薦されて戸惑った夏、
試合に負けて泣いた日、
りのちゃんの「赦」という字、
クリスマスの告白。
どれも、ぜんぶ、
“いま”の私をつくってくれた時間だった。
だから思う。
ほんとうの自分に、あのとき、許してあげてよかった――って。
赤ちゃんが、眠そうに私の服を握る。
未来はきっと、大丈夫。
⸻
本編本文:
春の朝は、やわらかい。
冷たすぎず、でも背中を少しだけ伸ばしたくなる空気。
私はベランダに立ち、息子を胸に抱きながら、目の前の空を見上げていた。
翼がコーヒーを淹れる音が、台所から聞こえる。
豆を挽く音も、お湯を注ぐ音も、もう聞き慣れた生活の一部になった。
20歳。
高校を卒業して、それぞれの道を選び、
一緒に暮らしはじめて、仕事も始まって、
いつのまにか“家族”になっていた。
子育ては思ったより大変で、夜泣きも続いている。
でも、不思議と苦じゃない。
疲れているはずなのに、朝はちゃんと目が覚める。
「なんでだろう」って思うけど、
たぶん、“今の私”が、ちゃんと生きているからだと思う。
*
時々、ふと思い出す。
あの夏。
キャプテンに推薦されて、戸惑って、泣いて、
誰にも言えなかった夜。
翼から届いた短いLINE。
りのちゃんの「赦」の字。
大会での悔し涙。
そして、クリスマスの告白。
たくさん揺れて、迷って、泣いた。
でも今は、それ全部が、
私の中で“生きる力”になっている。
あの頃の自分を、
もう責めなくていいと思える。
あのとき、本当は逃げたかった自分も、
誰にも言えずに泣いた自分も――
ちゃんと、がんばってた。
だから、今こうして、
この小さな命を胸に抱けている。
息子の手が、私の服をきゅっと握る。
私はその小さな指を包みながら、
そっとつぶやいた。
「ほんとうの自分に、あのとき、許してあげてよかった」
そして、朝日に向かって笑った。
未来は、きっと大丈夫。
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