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やらないよりは、やったほうがいいんだよ、やっぱり

中年になってから自分のことを振り返ったとき、一番痛感したのが、
「やらない理由を考えるのが上手くなった」
という現実だった。

僕のようなたいした能力のない阿呆でも、何十年も生きていればそれなりの経験値を身につけて、いろんなことの理由が見えてくる。
というよりも、理屈をこじつけることができるようになる。
その屁理屈は実は「どうとでも解釈できる、真実の一側面」なのだけど、それをさも真理かのように語ることが、上手くなってしまうのだ。
理屈と膏薬はどこへでもつく、というやつである。

それを若い子相手に自分語りして老害認定喰らうくらいは、ぶっちゃけどうでもいい。カッコつけてから回るのはおっさんの宿命なのだ。
そんなことよりも、その真理に見せかけた自分勝手な理屈で、自分が動かないことを正当化してしまって悦に入ることこそが、最も恐るべき事態なのではないのか。
そう思い始めてから、僕は自分の人生が急に怖くなった。
ジジイになってから、こんなアイデアがあったんだよな、とか、これが出来たら人生変わってたかもな、みたいな戯言をほざいて「やればできた感」を出している自分を想像して、心底恐ろしくなった。

そんなわけで、この一年くらいだろうか、「やりたいこと」をちゃんとやる、を心がけて、小さい一歩を踏み出してみている。
20年ぶりに自分の映像作品を作ってYouTubeで公開してみたり、このnoteで短い小説を書いてみたりもそのうちのひとつだ。
映像作品も小説も、いざ作ってみてどうだったかというと、もうめちゃくちゃ楽しいし、もっと作りたくてウズウズしている。
あれだけ出来ない理由を並べて立ち止まっていたのに、いざ動いてしまえばこんなもん。単純なものだ。
どうやらやる気にも慣性の法則のようなものが働くようで、止まっているものは止まり続けようとしてしまうし、動き出したら動き続けようとするものなのだと思う。

もちろん動き出したものも、さまざまな摩擦や抵抗で放っておくとすぐに止まってしまうので、動き続けるにはエネルギーを加えてやらないといけない。
だからみなさんの高評価・いいねが大切なのです!
この文章を読んだみなさんも、ぜひスキをおひとつ!

なんてことに執着すると創作は死んでしまうので、そこはご注意を。
燃料はあくまでも自分。
他人の評価はあくまでもご褒美。
そのご褒美を燃料にしてしまうと、それはもはや自分のやりたいことではなく、ご褒美をもらうための芸になってしまうから。
もちろんスキをいただけたらめっちゃ喜びますけどね

むしろ大切なのは、ほんのちょっとでいいから自分で自分を信じてやること、自分に期待してやること
それだけで、あんがい前に進めるもんだと思っている。


って結局これもおっさんの自分語りやんとは思いつつ、やらないよりはやったほうがと居直って、今日のネタにするのである。こうして小さな恥を気にしなくなることは、もしかしたら歳をとることの利点のひとつなのかもしれない。


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