半年ぶりの復職。初日に悟った「この業界、私には向いていない
2025年8月にトミージョン手術を受け、私の時計は一度止まりました。 力仕事がメインの職場だったため、医師の許可が下りるまでの半年間、私は休職していました。
その間、ただ肘を休めていたわけではありません。 実は手術とほぼ同時期に**発達障害(ASD)**であることが判明したのです。
復職後にどう働くか。自分にはどんな配慮が必要か。 「就労移行支援事業所」に通い、自己理解を深めながら、会社に提出するための「合理的配慮」の資料を必死に作成する……そんなリワーク(復職支援)の日々を過ごしてきました。(就労移行での話は、身バレしない程度にまた別記事で書けたらと思っています笑)
そして先日、ついに半年ぶりの復職初日を迎えました。 障害への配慮として勤務地を変更してもらい、心機一転、新しい環境でのスタート。
……のはずでしたが、一日働いてみて、はっきりと悟ってしまいました。 **「どうやら私、この業界そのものが向いていないようだ」**と。
脳が悲鳴を上げた、3つの「違和感」
リワークで学んだ自分の特性と、実際の現場。そのギャップが想像以上に残酷でした。
「あいまいな指示」の嵐 「いい感じでやっといて」「雰囲気で大丈夫だから」 定型発達の方なら難なくこなせるであろうこの言葉が、私には迷路の入り口に見えます。指示を出した人の意図を読み違え、結果として「思っていた動きと違う」と言われてしまう。明確なマニュアルがない世界は、これほどまでに疲れるのかと痛感しました。
「不良品」のラインが引けない 「気になるなら聞きに来ればいい」と言われますが、気になるポイントが多すぎて、全部聞いていたら仕事が止まってしまいます。かといって、聞きすぎれば「いちいち来るな!」と思われるのではないか……。この「聞きに行くべきか、否か」の判断そのものが、私にとっては巨大なストレスでした。
「周りを見て」という難題 一つの作業に集中すると、周囲の状況がパタッと見えなくなる特性。周りの進行度を把握しながら協力し合うという動きが、どうしても困難なのです。
届かない「合理的配慮」の資料
リワーク(就労移行支援事業所)に通っていた期間、私は必死でした。 専門家の方々と相談しながら、自分の特性をどう仕事に活かし、どんな助けがあればミスを防げるか。それをまとめた**「合理的配慮の依頼資料」**を時間をかけて作成しました。
私の希望は、障害を開示した上で必要なサポートを受ける**「オープン就労」**です。
しかし、復帰初日の今日、確信してしまいました。 **「この資料、会社に渡しても受け取ってもらえる気がしない」**と。 会社側には、私をオープン就労として雇用する気も、その仕組みを整える気もさらさらないことが、ひしひしと伝わってきたからです。
会社からの「腫れ物」宣言
何よりトドメを刺されたのは、人事とのやり取りでした。 「障害を開示して、配慮をお願いしたい」と勇気を出して相談した際、返ってきたのはこんな言葉でした。
「障害を盾にされると、現場からは『腫れ物』のような扱いを受けることになるかもしれないよ」
脅しのような、突き放されたような感覚。 「ああ、この会社に私の居場所を一緒に作ろうという気はないんだな」と、不信感が一気に強まりました。
この言葉に、すべてが詰まっていました。 彼らにとって、合理的配慮は「共に働くためのツール」ではなく、ただの「わがまま」や「盾」に見えている。
私は隠して働きたいわけじゃない。 自分の特性を認め、その上で組織に貢献したいだけなのに。 オープン就労を望む私と、あくまで「普通(クローズ)」であることを強いる会社。
この埋められない溝を突きつけられた瞬間、あんなに頑張って作った資料が、ただの紙屑のように思えて悲しくなりました。
最後に:決意の夜
諸事情があり、今すぐこの場所を去ることはできません。しばらくは耐えながら、ここで働き続ける必要があります。
でも、今日一日働いてみて、自分の進むべき道は見えました。 「年内にはこの会社を辞めて、自分らしく働ける場所へ転職する」
復職初日にして、そんな決意を固めた夜でした。 肘の傷跡と同じように、この苦い経験もいつか自分の糧になると信じて、今は明日を乗り切るための準備をします。
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