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空っぽの犬小屋と、子どもたちの「本を書きたい」

妻の実家の飼い犬が、先日亡くなった。

私たちが結婚する少し前にやってきて、
それからずっと、当たり前のように家族の一員だった。

最近は、散歩の途中で倒れたり、
息が荒くなったり。
病院に連れていく回数も、明らかに増えていた。

「その時」が近いことは、
きっとみんな、どこかで分かっていた。

それでも——
あと一回、会いたかった。

その願いは、叶わなかった。

妻は泣いていた。
子どもたちも、それぞれの形で悲しんでいた。

空っぽになった犬小屋を、ただ眺めていた。

言葉が、出てこなかった。

しばらくしたある日。

次男が、不意に言った。

「本を書きたい」

一瞬、何を言っているのか分からなかった。

「私も」

長女も続いた。

正直、驚いた。
まだ、うまく受け止めきれていないと思っていたからだ。

あの子は、もういない。

でも、確かに残っているものがある。

一緒に過ごした時間。
何気ない日常。
当たり前だった景色。

そして——

それを「言葉にしたい」と思う気持ち。

実は、私はもともと犬が苦手だった。

正直に言えば、あまり好きではなかった。

でも——
あの子だけは、違っていた。

気がつけば、当たり前のようにそこにいて、

いない生活なんて、考えたこともなかった。

たぶん、それが弔いなんだと思う。

空っぽの犬小屋は、
もうただの箱じゃなかった。

そこには、確かに“いた証”が残っている。

そして今、

その証を、言葉にしようとしている子どもたちがいる。

きっと、この出来事も、
いつか時間が経てば、少しずつ形を変えていく。

悲しみだけじゃなく、

大事な記憶として。

だから私は、思う。

ちゃんと残そう、と。

この気持ちも、この時間も。


そして、


子どもたちは、それぞれの思いを言葉にしている。

長男は自分の言葉で。

次男は少し考えながら。

長女は、まだうまく字が書けないけれど、私に聞きながら、一所懸命に。

「これで合ってる?」と何度も確かめながら、ゆっくりと書いている。

その横で、妻も書いている。
そして、私も。

誰かに見せるためじゃない。
上手に書くためでもない。

ただ、今の気持ちを、ちゃんと残しておきたくて。

空っぽになった犬小屋は、何も語らない。
でも、その前で、それぞれが言葉にしようとしている。

悲しみは消えないけれど、
こうして少しずつ、形を変えていくのかもしれない。

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問い続ける父 最後までお読みいただき、心より感謝致します。もし内容を気に入っていただけましたら、サポートという形で応援していただけますと幸いです。これからも心を込めて記事をお届けします。