見えないストーカー
小売店で働いている。
外は雨。天気が悪いと店はヒマだ。
「マキちゃん、今、自動ドア勝手に開かなかった?」
「…開いた」
「え、誰もいなかったよね?」
「やだ怖~い!」
私は続けた。
「そういえばこの前さ、
目の前で知らない人の自転車が急に倒れたの。
誰もいないし風もないのに。
一緒にいたダンナと、誰かが見えた見えてないって話になって。
それでね、
『見えてるのは自分だけかもしれないんだよな』
って言うんだ、ダンナが。
なんとなく、人が言う人数と自分が見た人数が違う気がする時があるんだって。
マキちゃん、ホントは見えてたりしない?」
「ちょ、葵ちゃん、やめてよ!見えてない見えてない。
でも、そんなことって実はあるのかもね。
それに見えてるだけで害がないなら、別に怖くないよね」
「ストーカー?」
私はつい声が大きくなった。
「そう、マキちゃんのことずーーっと見てるお客がいるんだよ」
「マジ?こっわ!どういう人?何時頃くんの?」
「おじさん。10時ごろかな、2週間くらい前からほぼ毎日来てる。30分くらい陰から見てて、何も買わずに出て行くの」
「店長に言ったほうがいいんじゃない?それより、マキちゃん本人は怖がってないの?」
「『全然気にしてないから』って言ってる。ほら、彼女ちょっと天然だしね」
「そういう問題かなぁ」
マキちゃんは一度離婚している。以前、飲み会で話してくれた。
夫の酷いDVが原因だったらしい。
アイドルみたいに愛らしい容姿だが、芯が強く、いつも凛としているマキちゃん。彼女がそんな目に遭ったなんて想像もできなかった。
私たちがストーカーの話をすると、店長は心配しつつ、本人の恐怖を煽らぬよう静かに対処しようと言った。ただし何かあった時は迷わず自分か警察を呼ぶように、と。
その日、人が足りず私は早くから出勤した。
外は快晴。お客さんが並んでいる。
私はマキちゃんの隣のレジを開けた。
しばらくして、離れた棚の影からこちらを覗く男に気づいた。
…あいつだ!
見たとこ40代半ば。マキちゃんの10歳ぐらい上だろうか。
あからさまにマキちゃんをじっとり見つめている。病的な感じがした。
ヤバいな。
私の心拍数は正義感とともに跳ね上がった。
「そこのお客様~!お待ちでしたらこちらへどうぞ~!」
予定よりバカでかい声が出た。
男は棚の陰からおずおずと出てくると、
お客さんが途切れたマキちゃんのレジのほうへ歩み始めた。
「!!」
嫌な予感がする。
咄嗟にマキちゃんの横にフォローに入った。
マキちゃんは一瞬キョトンとする。
男は手ぶらでマキちゃんの前に立った。
「…すみません」と、蚊の鳴くような声がした。
不思議な間があった。
男の様子がおかしい。息遣いが奇妙だ。
刃物でも取り出しやしないだろうか。
心臓が嫌な音を立てる。
マキちゃんを守らねば。
しかしよく見ると…男は泣いていた。
マキちゃんはいつものように姿勢よく立ち、やわらかな笑みを浮かべている。
男は弱弱しく一礼すると、そのまま去って行った。
「ありがとうございました!」
誰もいない空間に向かって、マキちゃんは深々と礼をした。
「ねえマキちゃん、今の人…」
「ほかの人に言わないでね。あたし今の人、見えなかったの」
「えっ」
「葵ちゃんにはあたしに見えない人が見えてるんだよね、今わかった」
マキちゃんは言った。
「あたしの元ダンナかもしれない。
なんとなくそう思うんだ。
あたし、霊が見える人って、見えない人よりずっと少ないと思ってたんだけど、もしかしたら見える人のほうが多いのかもしれないよね。
なんか変だと思ってた。
ストーカーに付き纏われてなんかいないのに、みんなが心配してくれるから。
もしかしたらあの人なのかな…って。
でも、あたし、この地であたらしい人生を送れてる。困った時もみんなに助けられてる。堂々と胸を張って生きてるの。
今のあたしを見れば、あの人もわかると思う。もうお互い別の世界にいるって。
だから怖くないの。見えてないし、怖くない。
葵ちゃん、あの人怖かった?誰かに危害を加えそうだった?」
「ううん」
私は首を横に振った。
「怖い人じゃなかったよ。
ちなみに元ダンナさんって、今…」
不意に遠くを見るように、マキちゃんは言った。
「亡くなったみたい、先月」
それ以来、あの男が来ることはなくなった。
平穏な日々が戻ってきた。
だけどあの日、私は知ったのだ。
この世には
「霊が見えない人もいる」
ということを。
だから、マキちゃんに言えなかった。
「もうひとり、ずっとあなたの隣にストーカーがいる」
と。
[完]
※フィクションです。
