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【書評】あした、神奈川県を出るには(宇佐見りん「かか」)

夏ですね。いきなり暑いですね。
みんなの袖が一気に短くなってムダ毛を刈る季節。ムダ毛処理に必要なのは剃刀でもシェービングフォームでもアフターローションでもなく、まずはやる気です。
やる気を出すためには、宇佐見りん「かか」を読むのです。
主人公のうーちゃんがお風呂に入るところから始まる本書では、うーちゃんのお風呂に関するある思い出から始まります。その後うーちゃんは現実に戻ってきてお風呂で毛を剃ります。服を脱いで最初のお湯の出ないシャワーに耐え、あったかくなってきたところで本格的にシャワーを浴び、剃刀を肌に当て毛を剃っていき、だんだん剃るという行為から女の出家にまで思いを至らせます。
この日常をミクロに取りこぼさないような書きぶりと思考を遠くへ飛ばすような書きぶりの高低差でキーンとなりながら、ここを読むことで、ムダ毛を剃る行為はこんなええもんなんだぞ、文字に起こせば三島由紀夫賞がとれちゃうくらいなんだぞ、と思うことで何とか現実の自分を納得させてムダ毛を剃るのです。


さて、うーちゃんがムダ毛を剃り、物語が始まると思ったら、こっちにカミソリをむけていました。

神奈川の子どもは上京できん。

宇佐見りん「かか」河出文庫P.33

やめてください。それは効きます。
私は22年間神奈川県で育ち、7年前に就職を機に東京へ引っ越しました。この7年間で、実家の滞在時間は合計12時間を切っています。自分ではすっかり「上京した側」だと思っていたのに、その一文を読んだ瞬間、うっすら感じていた違和感を言葉にされ、なぜだか無性に謝りたくなってしまいました。

本作の主人公・うーちゃんは、離婚をきっかけに心身のバランスを崩した母=かかに対して「救いたい」「祈りたい」と思い、和歌山の熊野を目指します。旅のかたちをとりながらも、物語の大半はうーちゃんの内面=独白や記憶で構成される、非常に内省的な作品です。
だからこそ、「神奈川の子どもは上京できん」という言葉が響くのです。

熊野へと向かう決意をしたうーちゃんに、もし聞けるなら「じゃあ、上京するには何が必要だったの?」と問うてみたい。
上京できなかったうーちゃんと、上京した“つもり”の私。その差を考えるうちに、私はこう思うようになりました。

自分を憎むこと。あるいは、自分という存在を厳しく見つめること。
それが、自分と他人の境界を引くために、あるいは「どこからが自分の人生か」を決めるために、必要だったのではないか――と。


自分を憎むことで自他の境界を引く

この本では最初うーちゃんはかか(=母親)と精神も肉体も一体として感じていて、かかが自傷行為を行えばうーちゃんも痛いと感じます。
物語が進むにつれ、うーちゃんの父親とうーちゃんさえいなければ不幸にならなかったのだから「かかをにんしんしたかった」と言います。産んでイチから育ててうーちゃんなんか産まないようにしつこく言い続けるのに、とうーちゃんは考えるけれども今の関係の母娘関係の立場が逆転したまま、うーちゃんとかかの精神や肉体が一体となった現在の状況を否定してはいません。
でもSNSで嘘をついたことが発端に、嘘をついた自分を憎みながらアカウントを削除することはできていて、そこでは人間関係を切ることができています。
この違いは、自他の境界を引ける場と引けない場が、人間にはあるということを示しているのかもしれません。
そういえば、私は昔から親にあまり自分の気持ちを話してきませんでした。
あえて言うなら、相手(親)のお金や時間を使いそうな事柄と、それに関わる結果や感情だけを伝えてきた気がします。いま思うと、これは「境界線」を引いていたのかもしれません。社会人になってからは、もう親に頼るような依頼事項もなくなり、それにともなって、話しかける必要すら感じなくなりました。

うーちゃんは、これまでの親子関係の歴史を理由に。
私は、お金や時間という“資源”を理由に。
――それぞれの「自分への嫌悪感」を媒介にして、人との距離をとっているのだと思います。

うーちゃんは浪人生で、神奈川から熊野へ旅に出ます。
私は働いていて、東京に住み、神奈川に帰ることさえ時間とお金が惜しく感じられます。だからこそ、私はときどき、自分があまりに機械的な人間に見えて恥ずかしくなるのです。もしかすると、「自分のことが嫌いになるようなきっかけ」を見つけて、そこから距離を置き始めること――それが、神奈川県民にとっての「上京」のはじまりなのかもしれません。


もう会社に行ってしまえば、あるいは電車に乗ってしまえば冷房が強いのでカーディガンを羽織るし、外を歩いたときの視線のためだけに、気にされないためだけに、こころのためだけに、ムダ毛は刈り取られ、ふたたび生えてくるのでしょう。
今乗っている電車も神奈川から来たんだなあと思いつつ送信。


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土屋サヤカ 近所の独立系書店でいつも本を買っています。