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たまごまごまご

「ママ〜、うでたまご食べよ〜。」

夫が茹で上げた、つるんとした卵がふたつ。
小皿にそれぞれ乗ったそれらを前に、娘が私に呼びかけた。

キッチンの方から「つるんと剥けてるのがママので、ちょっと欠けてる方がまるちゃんの。うまく剥けた方がちょっと半熟めで、もうひとつがよく茹でてあるからね。」と声がした。まぁ素敵。
声の主はもちろん、妻と娘それぞれの好みの茹で加減で卵を茹で上げるという所業を、さらりとやってのける夫である。

「ゆでたまご、でしょ?」
別に間違いじゃないんだけど、と思いつつ、娘の言葉を訂正しながら、隣に腰を下ろす。
「まるちゃん、お塩でいい?それとも、マヨネーズにする?」
「お塩にする!」
おっ、マヨラーの娘にしては珍しい。
ゆで卵と塩の抜群な相性をよくご存じで。
塩をかけたら一番美味しい食べもの、それはゆで卵なんじゃないかと思う。

それにしても、「うでたまご」って響き、好きなんだよなぁ。ちびまる子ちゃんもたしかそう言ってたなぁ。年寄りのいる家の子あるあるなんだっけ、とか思いながら、お塩をふったゆで卵をぱくついた。すこーし半熟で、シンプルなのに深みがあって、なんて美味しいんだろう。たまに食べるとじんわり沁みる。
「フォークでたべよかな。」という娘に、いやいや、ゆで卵は手で持って食べてこそおいしいのよ、と謎の手ほどきを済ませた。
娘とふたり並んでゆで卵を食べた、休日の朝。

キッチンでひと仕事終えた夫が、私の向かいに座る。
「私さぁ、ゆで卵ってほんとに好きなんよねぇ。」と、おもむろに切り出した私に、「あぁ、前にもたしか言ってたよね。」と相槌を打つ夫。
そんな夫に、何度目かもしれない思い出話をした。

小学生の頃の夏休みといえば、毎年千葉から山口まで、車で12時間以上かけて祖父母宅に帰省していた。朝日が昇る前に出発して、両親が交代で運転するのだ。

8人乗りセレナの2列目の背もたれを倒して、真っ平らな状態になった後部座席で、兄と私は仮眠をとったり、じゃんけんで負けた方がシゲキックスを食べるゲームをして遊んだ。
私はしょっちゅう「いまどこ?」と母に尋ねた。「静岡よ。」「京都よ。」「もう広島よ。」などと返ってくる返事を聞いては、もうじき祖父母に会える喜びを噛みしめた。
「広島長いなぁ〜。」とか、「やっと山口に入ったのになかなか着かないなぁ〜。」とか思ったものである。日本地図を思い浮かべて、どちらも横に長いもんなぁと妙に納得したものだ。
長旅の車内では、宇多田ヒカルのファーストアルバムと、浜崎あゆみのベストアルバム『A BEST』が、一体何周したかわからない。

そして、この旅の恒例といえば、母の作るお弁当だった。大きなタッパーにたくさんの俵形をしたおにぎりと、たくさんのゆで卵。
サービスエリアでガラッと車のドアが開け放たれた後部座席で、やっと外の空気を吸いこんで、お弁当にありついた。
早朝母がふったお塩はもう溶けてしまっていたけれど、ほんのり塩気が効いたゆで卵は、それはもうひたすらに美味しかった。
そして、口の中のゆで卵がなくならないうちに、俵形の塩むすびを半分口に放り込む。
このシンプルな組み合わせのお弁当が、とびっきりのご馳走のようだった。



「自分らが親になってみるとさぁ、お盆帰省の飛行機代の高さを思い知るやん?家族4人やしさ。そりゃ車で帰りたくもなるよな〜って思うわ。」
私がしみじみ言うと、夫もそれに倣うようにウンウンと頷いた。
「まぁでも、お母さんたちようやってたわ、ほんと。」
気づけばゆで卵の話から交通費の話に移り変わっていたけれど、私にとってゆで卵はごちそうであるという事実は、きっと一生変わらない。

ふと、私のおばあちゃんもゆで卵をよく作ったことを思い出した。それもおやつがわりに好んで食べていたっけ。
昔、母と一緒におばあちゃんの家を訪ねた日。
おばあちゃんとその友達が、玄関入ってすぐの応接間で向かい合って座り、お茶の時間を楽しんでいた。
「あらあら、そろそろ帰ろうかしらね。」と気を遣ってお暇しようとするお友達と、「あらぁ、気を遣わせちゃったわねぇ。」と席を立つおばあちゃん。
二人の間のテーブルの上には、まだ手付かずのゆで卵と、抜け殻と呼ぶにふさわしい白いカケラたちが、パラパラと皿の上に散っていた。
「どうやら、ゆで卵食べたみたいね。」
ぷくく、と笑いながら小声で母に耳打ちすると、「やめなさいよ。昔の人はゆで卵が好きなんやけぇ。」と、"世の中ってそういうもんよ"と書かれた顔で、母は雑に結論付けたのだった。

そういえば、あたしンちのお母さんが言っていたっけ。卵かけご飯の卵をかしゃかしゃかき混ぜながら、「昔は卵がとーっても高価だったから、家族でひとつしか食べられなかったの。だから、よ〜くかき混ぜておかないと、誰かのところに白身がどろ〜っと落ちちゃったりして、上手に分けられないでしょう?」と。それを聞いたみかんが、だからそんな"親の仇"みたいにかき混ぜてるんだ〜と茶化していた。

そうか。戦争を経験したおばあちゃんたち世代にとっては、卵はたいそう貴重なものだったのだ。
一人ひとつ。これをおやつ感覚で食べられることが、この上なく贅沢であったのだろう。
若かりし頃から、この感覚が染み付いていたのかもしれない。

おばあちゃんは、戦争の話をしたがらない人だった。きっと、話してもわからない、そう思っていたんだろう。
あの頃の感覚は、あの頃を生きた人にしかわからない。だって時代が違いすぎるから。

私が小学生の頃。
「おじいちゃんおばあちゃんから戦争の話を聞いてこよう」という宿題が出たことがあった。
それってそんなさくっと聞けることかなぁと、子供ながらに疑問に感じたものだ。
ちょうどうちに泊まりに来ていたおばあちゃんとお風呂に入り、湯船に浸かりながら、おずおずと聞いてみたのだ。
「おばあちゃんさ、戦争の頃の話って、あんまりしたくないよね?」
すると、洗い場でプラスチックの椅子に腰掛けたおばあちゃんは、シャンプーで泡に包まれた頭で足元を見つめてこう言った。
「……そうやねぇ。」
髪の毛をシャワーで流して顔を上げたあとは、お互いそれ以上何も言わなかった。

当たり前にゆで卵を食べられるご時世になった頃。苦しかった我慢の時代からドアを開け放って、やっと外の空気が吸えたようなそんな心地を、おばあちゃんも味わったのだろうか。

私にわかりっこない。わかりっこないけれど、もしかしたら。ほんの少し、ほんの少しだけこの気持ちを、おばあちゃんと分かち合えたかもしれないね。


うでたまごは、とびっきりのごちそうだってこと。





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