めざせ、鎌倉検定1級突破! 鎌倉歩き 春の鎌倉歩き その2
鏑木清方記念美術館を後にしてきた道を戻り、小町通りへ、鉄ノ井を右に曲がり横大路を宝戒寺方面へ歩く、さすがに時間が良い時間になってきたので、段葛も人で一杯になっている。
宝戒寺前から小町大路に入り、まずは東勝橋へ、これは鎌倉市景観重要建築物、青砥藤綱の伝説が残る橋です。橋のたもとから下を流れる滑川に降りることができます。


さらに奥に進むと、東勝寺跡が見えてきます。北条一族終焉の地、今は草に覆われていますが、1333年(元弘3年)5月22日、寺に火が放たれ、北条一族は自害して果てたのです。

更に奥へ進むと、左手に「腹切りやぐら」があります。以前はもっと近くに近づけましたが、今は近づけません。更に奥へ登って行くと祇園山ハイキングコースです。ここが一つの起点です。こちらから行くと終点は八雲神社脇、途中、妙本寺に降りることもできます。

東勝寺跡をあとにし、小町大路に戻ります。途中、左に曲がると宝戒寺トンネルを経て大町へ抜ける道がありますが、私の記憶ではあのフェンスのところに、大昔は英勝寺山門が移築されて保存されていたと思うんですが、知っている人がいたら教えて下さい。

小町大路に出て左に曲がり、しばらく歩くと、右手に妙隆寺が見えてきます。妙隆寺は鎌倉・江ノ島七福神の「寿老人」の札所、千葉常胤の子孫千葉胤貞の別邸跡に創建されたものです。開山は日英ですが、第二世の日親は「鍋かむり日親」として有名です。


そして、もう一つ、鎌倉検定受検を考えている方は、大正から昭和にかけての新劇の俳優 丸山定夫の碑があることを忘れてはいけません。本堂の右を入り墓地の一角にあります。

さて、妙隆寺を後にして、更に小町大路を本覚寺方面へ進みます。本当は次のポイントは「日蓮上人辻説法跡」なのですが、順番を入れ替えて蛭子神社と別願寺を紹介します。
蛭子神社は小町の鎮守、滑川のほとりにひっそりと建っている印象です。
これの神社も元は本覚寺境内にあったものが、神仏分離令でこの地に移ってきたそうです。


八雲神社を抜けて、大町大路に出て名越方面に進むと左側に別願寺があります。本堂が新しいので、そんなに歴史がないと思いきや、室町時代鎌倉公方の菩提寺となり、境内には永享の乱で自害した足利持氏の供養塔があります。


その2はここまで、その3は日蓮上人辻説法跡から鎌倉時代に思いをはせながら記事を書きたいと思います。
この記事の写真は全て2026年3月に撮影したものです。
