助けてください
私は地元に帰ってから、
どんなにお金がなくても
ヤマダさん一家に会いに行き続けていた。
距離があるため、行けるのは一年に一度。
それでも欠かしたことはなかった。
─────
ヤマダさんが結婚しても、
ヤマダさんの子どもが生まれても、
それは変わらなかった。
みんなに会うことが
私の楽しみのひとつになっていた。
「来月行こうと思います」
そう伝えると、ヤマダさんは決まって言った。
「うちに泊まるやろ?」
その言葉に、私は甘えていた。
一番お金のかからない交通手段を選び、
毎年欠かさず向かった。
彼氏ができたときには、
その人もヤマダ家に連れて行った。
「楽しみやな。
嫌じゃなかったら、一緒に泊まってな」
それは、私が初めてヤマダ家を訪れたときと、
まったく同じ対応だった。
─────
ヤマダさんが結婚してからも、
私たちの関係は何も変わらなかった。
変わったのは、ふたつだけだった。
ひとつは、呼び方を変えようとしたこと。
ヤマダさんは結婚して、苗字が変わった。
下の名前で「ナコさん」と呼ぶべきかな。
そんなふうに思った。
「ナコさん」
何度か呼んでみた。
でも、どうしても慣れなかった。
結局、私は
昔と同じように「ヤマダさん」と呼び続けた。
そして、泊まる場所。
この頃から私は、
ヤマダさん一家の家に泊まるようになった。
「みのりさん来てくれるの、ほんま嬉しいわ。
何日でも泊まってってな」
ヤマダさんの旦那さんは、毎回笑って
そう言ってくれた。
泣きそう。
胸がいっぱいになる。
帰りも一家総出でバス乗り場まで来てくれ、
みんなで手を振ってくれる。
毎回、夜行バスの中で手を振りながら
みんなの笑顔を見て、毎回涙ぐむ。
私が来て、こんなに喜んでくれるなんて。
「来年も来よう」
そしてまた、なけなしのお金を削って、
ヤマダさんの家へ向かっていた。
ヤマダお母さんも、
私が行くと、必ず時間を作ってくれた。
─────
ある年、私は一人でヤマダさんの家を訪れた。
「みのりさん、いらっしゃい。
待ってたで」
いつもの玄関の扉を開けると、
ヤマダさんの笑顔が見える。
「ご飯できてるで。
お腹すいたやろ、唐揚げ作ってん」
タオルで手を拭きながらヤマダさんは
部屋の奥へ。
「お母ちゃん、唐揚げ多すぎちゃう?」
ヤマダさんの子供が笑った。
大人3人、子供1人。
大皿3皿に山のように乗った唐揚げ。
「確かに、すごい量ですね」
私が笑うと、ヤマダさんも笑った。
「せやねん。
みのりさん来てくれるん楽しみすぎて
揚げすぎたわ」
「結構しっかり揚げてんけど、
あかんかったらレンチンしてな」
それは、無理をした形ではなかった。
できることを、できる形でやってくれる。
肩の力の抜けたもてなしだった。
それが、たまらなくありがたかった。
─────
その年は、三泊四日の予定だった。
二日目の昼。
ヤマダさんは当時仕事をしておらず、家にいた。
ペランダで、パンパンと洗濯物を干す。
旦那さんは仕事、子どもは保育園。
私は座ってテレビを見ていた。
その日は、夕方に
ヤマダお母さんが来る予定になっていた。
─────
その時、ふと思った。
そういえば。
私は、毎年当たり前のように
ヤマダさんの家に泊まらせてもらっている。
お土産は持ってくるけれど、
いつもそれだけだった。
何も返せていない。
少しは大人になったところを見せたい。
何ができるだろう。
私は腕組みして考え込んだ。
机の上の、ヤマダさんが入れてくれた
ミルクティーを見つめる。
恩返し、したいな。
……でも、恩返しって、なんだろう。
何をすればいいのかな。
─────
そうだ。
夕ご飯をご馳走しよう。
時計を見ると、13時半。
今から買い物に行って作れば、
夕方には間に合う。
みんなに夕ご飯を振る舞おう。
そう決めたものの、現実は厳しかった。
私の料理は、正直ひどい。
小学生の頃から家事をしていたとは思えないほどの出来だった。
鯖を焼けば中が生、
炒め物は焦げるか、味がない。
ご飯がまずいと父に突き返される日々。
そんな私に、何が作れる?
必死に考えた。
炊き込みご飯は以前褒められたことがある。
でも、完成してから失敗していたら
取り返しがつかない。
そうだ。
友達に教えてもらった、
きのこと鶏もも肉のトマト煮。
それから、手羽先のシチュー。
シチューは炒めて煮るだけ。
トマト煮も焼いて煮るだけ。
どちらも、一人暮らしの頃から
何度か作ってきた。
これならいける。
あとは野菜を洗って、
グリーンサラダにすればいい。
ハムを添えれば、それなりになるはずだ。
私は、立ち上がり、
ベランダのヤマダさんのところに向かった。
「ヤマダさん、今日これから
台所お借りしてもいいですか?
私、今日の夕ご飯作ります」
「みんなにせめてもの恩返しです」
すると、ヤマダさんは大喜びしてくれた。
「え、みのりさんが作ってくれんの?
ほな楽しみにしとくわ。
今日お母さん、夕方には来るって言っててん。
みんなで食べよな」
「はい!」
─────
私は張り切って買い物に向かった。
スーパーで材料を揃えながら、
自分に言い聞かせる。
大丈夫。
作るものは決まっている。
家に帰ると材料を取り出す。
そして台所に立ち、
いつもの100倍くらい丁寧に作り始めた。
─────
とにかく、美味しくしたかった。
これまでこのレシピで失敗したことはなかった。
けれど、作るのは数年に一度あるかないか。
料理の引き出しは、それしかなかった。
汗をかきながら、必死だった。
しばらくして、ヤマダお母さんが到着した。
「え、みのりさん作ってくれんの?
嬉しいな、ありがとう」
ヤマダさんと同じ反応だった。
今までの恩返しも含めて、今日は頑張るぞ。
私はさらに気合を入れた。
トマト煮込みは、うまくできた。
いつもの味だった。
よし。
ところが、シチューを味見した瞬間、
異変に気づいた。
……ん?
なんだか、味がおかしい。
美味しくない。
何を間違えたのか、まったく分からなかった。
ぞわっとして、全身の血の気が引いた。
なにか足してみようか。
……でも、何を足せばいいのか分からない。
……塩とか?
いやいやいや、適当はダメでしょ。
ダメだ、何かを入れて、
取り返しがつかなくなったら。
台所の隅で、ひとり頭を抱えた。
「ご飯作るよ」なんて宣言しておいて、
失敗しました、なんて。
格好悪い。
これ、どうする?
捨てる?
いや、それじゃヤマダさんの手間が
増えるだけじゃん。
もう、作らなければよかった。
泣きそうだった。
─────
私は意を決して、
ヤマダお母さんとヤマダさんに声をかけた。
「あの」
ふたりがこちらを向く。
「このシチュー、なんか味が変です。
私の手に負えなくなりました。
……助けてください!」
「え、そうなん? なんでかな?」
2人はそう言いながら、台所に来た。
ヤマダお母さんがスプーンで一口すくい、
口に運んだ。
「確かに、ちょっと変わった味やな。
よし、お母さんに任せとき。
これ、美味しく変身させたるわ」
そう言って続けた。
「みのりさん、一緒にやってみるか?
教えたるで」
「はい、お願いします」
そう答えながら、内心はひどく悲しかった。
頑張るって言ったのに。
結局、助けてもらってる。
——手間をかけさせただけじゃん。
必死に普通の顔をした。
せっかく助けてくれるんだからと
自分を奮い立たせた。
でも、胸の奥はずっと痛かった。
成長したところを見せたかった。
それなのに、
見せたのは失敗する自分だけだった。
─────
ヤマダお母さんは、
いろいろなものを次々と入れていた。
再現できそうにはなかったけれど、
私は必死に聞いた。
しばらくして、
ヤマダさんの旦那さんと子どもが帰ってきた。
そして、みんなで食卓を囲んだ。
─────
ヤマダお母さんの手が入ったシチューは、
信じられないほど美味しかった。
一口食べて、私は思わず歓声を上げた。
「すごい!……こんなに美味しくなるものですか? あのシチューが?なにこれ、すごい。魔法?」
ヤマダお母さんは笑って言った。
「まぁ、年の功やな。年季が違うからな。
みのりさんも、そのうちできるようになるわ」
するとヤマダさんが、すかさず突っ込む。
「みのりさん、味見してたやん(笑)
今さらやん(笑)」
「味見の時も美味しいなって思ったけど、
ちゃんと食べたら、もう全然違います。
魔法みたい!」
夢中で食べる私を見て、みんなが笑った。
ヤマダさんの旦那さんが言った。
「この鶏肉もめっちゃ美味しいやん。
すごいな、みのりさん」
ヤマダさんも相槌を打つ。
「せやねん。ほんまにすごい。
めっちゃ美味しいわ」
「ほんまやな。」
お母さんもたくさん食べてくれた。
ヤマダさんの子どもも、もりもり食べてくれた。
笑って過ごした。
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お母さんは、笑顔で帰って行った。
夜も更けた。
そして、いつものヤマダさんとの時間になった。
夜中から明け方まで話し込むのが、
いつの間にか
二人の恒例行事みたいになっていた。
ヤマダさんの入れてくれた、
温かいお茶を飲みながら、
なんでもない話をする。
すると、ヤマダさんがぽつりと言った。
「みのりさん、すごいなぁ」
「ん? 何がですか?」
そう聞くと、ヤマダさんは言った。
「今日の夕ご飯やん」
私は照れ隠しのように笑って言った。
「いやぁ、いいとこ見せようと思ったんですけどね。結局失敗して。
お母さんが助けてくれなかったら、
死ぬほど不味いシチューを振る舞うとこでした。
慣れないことしたら、失敗しますね」
「ちゃうねん」
ヤマダさんは、静かに続けた。
「今日な、失敗したやろ。
正直、最初はまずかったやん。
普通、ああいう時に
『できません』
『助けてください』って、
なかなか素直に言われへんもんやねん。
でも、みのりさんは言ったやろ。助けてって。
それが、すごいなって思ってん」
何も言えなかった。
「そういうとこやねん。
だから、みんな助けたいって思うねん。
みのりさんのそういうとこ、
めちゃええとこやと思うで」
さらにヤマダさんは言った。
「お母さんもな、めっちゃ褒めてたで。
『ほんまにええ子やなぁ』って」
ヤマダさんたちが見ていたのは
失敗したところではなかった。
泣きそうになった。
助けてって言うことは、
恥ずかしいことだと思っていた。
私はいつも、失敗したところだけを見ていた。
でも、
その場で「助けて」と言った私を、
いいところだと褒めてくれる人がいた。
助けてって言うのは、
恥ずかしいことじゃないのかもしれない。
――そう、ほんの少しだけ、思えた。
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🫧この形の私

