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お前の家じゃない 🔥3

その日は、
基くんのお父さんへ
結婚の挨拶をする日だった。

お父さんとは、一度だけ会ったことがあった。

そして、私の中にはそのときのお父さんの印象が
強く残っていた。

つまらない女、と言われたこと。

その声色、表情。
物腰がとにかく怖い。

私は身体が固まるのを感じながら
基くんと一緒に待ち合わせ場所へ向かった。

─────

待ち合わせ場所に着くと、
しばらくしてお父さんがやってきた。

派手な色の上下。
高級ブランドのセカンドバッグ。

私は思わず、
「ヤクザみたいな人だな」
と思った。

お父さんは、私には目もくれず、
基くんと2人お店に入る。

私は慌てて後を追った。

─────

そこは、小さな洋食店だった。

それぞれ、注文する。

「それで、いつから住むつもりなんだ」
お父さんは、お手拭きで手を拭きながら言った。

「再来月くらいかな」
基くんが答えた。

やり取りを聞きながら、ふと思った。

お父さん、全然こっちを見ない。

見ているのは、ずっと
息子である基くんだけだった。

私の方に目線が向くことはほとんどなかった。

─────

「よろしくお願いします」

緊張しながら挨拶をしたけれど、
その時も目線は合わなかった。

目が合わない人なのかな。
そんなふうに思った。

「結婚、どうでしょうか」
茶化した感じで基くんが言った。

お父さんは、フン、と笑って答えた。
「どうぞ。好きにしたら」

─────

その時の私にあったのは、
家族としてやっていけるとか、
そういう感覚ではなかった。

ただ、認めてもらえるかどうか、
それだけだった。

─────

お父さん、私のこと気に入らなかったのかな。

帰り道、落ち込んだ。

前の時もそうだった。
やっぱり、嫌われたのかもしれない。

しょんぼりしていた日から3日後、
基くんから連絡が入った。

「父さんが家を貸してくれるって。
そこを片付けるから、一緒にやろう」

家、貸してもらえるんだ。
祝福してくれてるのかな。

ほんの少しだけ、ホッとした。

────

向かったのは、お父さん所有の家。

空き家になって久しく、
元々、おじいさん、おばあさんと
一緒に住んでいた家だった。

家の中は、お父さんの趣味のものが
ぎっしり詰まっていた。

いつまでも怖がっていても仕方ない。
前向きに頑張ろう。

お父さんが少しずつ捨てるものを選ぶ横で
私はゴミ袋に詰めていった。

「ここに住むんだなぁ」
「ここの家の人になるんだ」

そう思いながら作業をした。

事前に「ここに住むかどうか」の相談は
彼からも、誰からも一切なかった。

結婚した瞬間から、ここに住むことが
決められているような状態だった。

もちろん心の奥底には、
自分で家を決めたかったという思いもあった。

新しい家を探して、自分の好きな家具で彩る。
そんな夢も少しはあった。

でも、わがままを言う気にはなれなかった。

きっと、妥協も必要だ。
結婚するんだから。

そう、自分に言い聞かせた。

出されたものをゴミ袋に詰めながら、
それでも心は弾んでいた。

基くんと私が一緒にいる――それだけで幸せだった。

明日も明後日も
ただ、二人で「ただいま」と言って、
この家に帰れる。

それで充分だった。

─────

基くんは、台所を片付けていた。

私は詰め終わったゴミ袋を結び、持ち上げる。
それを、外に出そうとしたその時――。

居間の押し入れを片付けていたお父さんが、
突然、大きな声を出した。

「おい!」

呼ばれたと思わず、ゴミ袋と格闘していると、
大きな声が聞こえた。

「おい!!」

振り向くと、お父さんが怒ったような顔で
こちらを見ている。

「私ですか?」

「お前以外に誰がいるんだ!」

その時、初めてお父さんと目が合った。

私、怒られてるの?
戸惑っているとお父さんは大きな声で続けた。

「お前!この家を自分の家だと思うなよ」

言葉が、一瞬、理解できなかった。
心臓がバクバクと脈打つ。

お前。
まずそこに驚いた。

へぇ、お嫁さんっていきなり
そう呼ばれるものなんだ。

実家の感覚と近かったので、
一瞬違和感は感じたけれど流すことができた。

私が止まったのはそこではなかった。

─────

お前の家じゃない。

その言葉に、頭の中が真っ白になった。

お父さんは、同じ口調で続けた。
「この家は、子供たちの家だからな。勘違いするな。
お前に、誰かが家に来るのを拒否する権利はない」

何を言われているのか理解できなかった。

息苦しい――というより、
心が重く押さえつけられるような感覚だった。

しばらく、声を発することさえできなかった。

私が黙っていると、
そのまま無表情で押し入れに向き直り、
ガサガサと中のものを出し始めた。

ようやく、私は絞り出すように答えた。

「わかっています…」

何を私に言いたいの?
なぜ、そんなことを言うの。

手先が、少し震える。

家を大事にしろということなのか。
兄弟と仲良くしなさいという意味なのか。

家を乗っ取ろうとか、私の家だとか
そんな感覚は1ミリもなかった。

けれど、その言葉は私の心臓に直撃した。

─────

目の端に涙の感覚。

しかし、それを軍手の手で擦りとり、
私はまた、黙々とゴミを運び出した。

このときは、まだ分からなかった。
これが、その先何年も続く
苦痛の始まりだったことを。

──────────
🫧この形の私

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