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5センチの熱湯 🔥5

父の奇妙な行動。

あれが何を意味していたのか、
今でもよく分からない。


ただ、私たちの心を削るには十分だった。

─────

その頃。
家の中は父と母と私の3人だった。

仕事を終えて、家に帰る。

家の前の真っ直ぐな道に差し掛かった時
背中がぞわりとした。

なんで、いるの。

自宅の前に黒い車。
父の車だ。

母の帰りは遅い。
これから数時間、父と同じ家の中に2人きり。
吐き気がした。

─────

それは、月に何度か訪れる"最悪な日”だった。

何かをされるわけではない。
怒鳴られもしない。

けれど、重力が変わるような、
重苦しい時間だった。

─────

Uターンして出て行き
ドライブに出かけることもあった。

けれど、毎日そういうわけにはいかなかった。

私はため息をつくと家の前に車を停め
音を立てないように、するりと中に入り込んだ。

玄関には、父の靴。

ああ、いる。

奥の父の部屋からは
小さくテレビの音がしていた。

父は部屋から出てこない。

物音はするが、声はかからない。

もし鉢合わせれば、睨まれるか、
不機嫌な顔で何か言われる。

その程度だった。

─────

何がこんなに嫌なのかな。
怒鳴られてないし、殴られもしないのに。

不思議には思っていたけれど、
自分でもうまく説明できない。

部屋に荷物を置き、
タオルと着替えを持ってお風呂場へ向かう。

お風呂の扉を開けて、
私はまた、ため息をついた。

ああ、まただ。
嫌な感じが全身を覆う。

目の前の浴槽には、お湯が5センチ。

手をつけると、痛みを感じるほどの、熱湯。
父は、まだお風呂に入っていない。

我が家の風呂には追い焚き機能はなかった。

誰かが入るには浅すぎる。
溜め直すには意味が分からない量。

その熱湯が何を意味するのか、
どうしろと言うのか、
一体誰のために入れたのかもよくわからなかった。

─────

それは、初めてのことではなかった。

父が帰るたび、
浴槽に5センチの熱湯が張られている。

その光景を見るだけで、
なぜか私は削られていった。

次第に5センチのお湯を見るだけで、
吐き気がするようになった。

─────

私はそっと洗い場に入り
そっとしゃがむと
できるだけ浴室を濡らさないように、
さっとシャワーだけを浴びた。

「シャワーを使うな」
子どもの頃から父は目を釣り上げてそう言った。


床が冷たい。
足から順番に私の血が冷えていくようだった。

最低限だけ洗い、震えながらシャンプーをする。

温まる暇もなく、
私はお風呂場を後にした。

その日は真冬で寒かったけれど、
湯船に入るという選択肢は
1ミリも存在しなかった。

─────

それから先も、私は5センチの浴槽に
触ることはなかった。

水を足して入る。
栓を抜いたりして状態を変える。

その選択肢は初めから存在しなかった。

そしてこの頃、父に直接何か言われた記憶はない。
ただ、いつも不機嫌そうにしていただけだ。

ただ、父が帰るたび、
5センチの熱湯が張られている。

それだけだった。


それが気遣いなのか、
嫌がらせなのか、全くわからなかった。


この頃の家の中に
「あの湯船は何の意味があるの?」
と聞ける空気なんて存在していなかった。

不可解に張られたお湯に、誰も触れない。
誰も、その浴槽を使わない。

5センチのお湯を張ったお風呂は
禁断の場所になっていた。

私と母は、
閉じ込められるように、
その家の中で生きていた。

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🫧この形の私

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