みのりさんやったら大丈夫や
私にとってヤマダ家は、癒しの場所だった。
優しくて、あたたかくて、いい家。
でも、私の家族じゃない。
それは、分かっていた。
比べる対象ですら、なかった。
ほんの少しだけ"参加させてもらえた”
そんな、とても幸せな居場所だった。
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その頃、ヤマダさんの家に泊まることは
すっかり私の習慣のようになっていた。
ヤマダさんの事はもちろん好きだった。
しかし、何よりヤマダさんのお母さんのことが
大好きになった。
玄関を開けると顔を出して、迎えてくれる。
「おかえり!みのりさん待ってたで!」
本当に嬉しそうに喜んでくれる。
「ヤマダお母さん」
「はいはい」
私が呼ぶと、いつもの笑顔で自然に答えてくれる。
その感じが大好きだった。
「いつでも来てな。
この子おらんでもご飯食べに来たらええやん」
「えー!いいんですか?やったぁ!」
「みのりさんやったら、大歓迎やわ」
そう言って手を振ってくれる。
そんな大人を、私は今まで見たことがなかった。
─────
その日も金曜日だった。
「みのりさん、お肉好きやろ?
それお母さんに話したら、
今夜はすき焼きするわって言ってたで」
ヤマダさんが、笑った。
「ええっ?!本当ですか?やった!」
私はその場で、ぴょんと飛び跳ねた。
すき焼きが嬉しかったのはもちろんだった。
けれど、私が本当に嬉しかったのは
それではなかった。
私は、ヤマダお母さんにとって
娘の“ただの仕事仲間”だ。
それ以上でも、それ以下でもない。
その"仕事仲間”のために
ご飯を作って待ってくれているということ。
「おかえり」と言ってくれること。
心がじわっと温かくなる。
その日は、いつもより仕事を頑張れた。
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その日の夜。
「おかえりー!ご飯できてるで」
扉を開けるといつもの笑顔で
ヤマダお母さんが出てきた。
「みのりさん、おかえりー」
私にまで「おかえり」と言ってくれる。
その一言が、とても特別な気がする。
リビングに入ると、
こたつの上に、ほかほかのすき焼きが並んでいた。
冷蔵庫を開けて、
ヤマダお母さんが卵を取り出す。
「みのりさん、生卵何個?
とりあえず一個でいい?」
そう聞かれて、私は言った。
「あ、私、生卵は入れないんです。
味が薄まるんで」
するとヤマダお母さんは驚いたように言った。
「そんな人初めて見たわ。
遠慮してへん?
遠慮してたらあかんで。
卵なんかいくらでもあるんやから」
「食べたいときは、食べたいって言わなあかんで」
それを聞いたヤマダさんが笑いながら言った。
「お母さん、ちゃうで」
「みのりさんは、欲しいときは
“めっちゃ欲しいです”って言う子やねん。
遠慮なんかせえへんで」
「そやな、それもそうやな」
ヤマダお母さんはそう言って、大笑いした。
────
私はヤマダお父さんと、
いつものように缶ビールで乾杯した。
そして生卵を入れずに、
すき焼きを美味しく食べた。
私は、すき焼きには卵入れない。
本当に味が薄まるのが嫌だったからだ。
生卵いりません、と素直に言っても
誰も変な目で見ない。
濃い味付けのすき焼きを何杯食べても
みんな笑っていた。
「ここにいてもいい」という感覚。
私も笑っていた。
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食後、ヤマダお母さんは
りんごを剥いてくれた。
"お母さんがりんごを剥いてくれる”という光景。
それを見て、私は目を丸くした。
本当にあるんだ。
すごいな。
ヤマダさんはお風呂に入っていた。
その時、ヤマダお母さんと何を話したのかは、
はっきりとは覚えていない。
私は、
「いろいろ頑張らないとですよね」
そのようなことを言った気がする。
けれど、その先のヤマダお母さんの言葉は、
私の耳に焼き付いた。
「そうやな。生きてたら頑張らなあかんこと、
たくさんあるよな」
「みのりさん、りんご食べや。
遠慮したらあかんで。せぇへんやろうけど。」
そして、私の小皿にリンゴを入れながら続けた。
「でもな、お母さんは思うねん。
みのりさんは大丈夫やろって」
軽い感じだった。
うっかりすると聞き逃してしまうほどに
会話の中に自然に収まっていた。
お母さんは、リンゴの皮を寄せながら言った。
「大丈夫や。みのりさんやったら」
その瞬間、ものすごい衝撃が走った。
体の中を、
涙が一気に駆け抜けたような感覚だった。
生まれてからずっと欲しかった言葉が、
突然、目の前に現れたような気がした。
"みのりさんやったら大丈夫や”
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たしかに、
少しずつ元気になり始めていた時期ではあった。
けれど、テレビを見ながら
何気なく言われたその一言。
それは、私の中の
「無理かもしれない」という感覚を、
根こそぎひっくり返すくらいの衝撃を残した。
一瞬、体の中に風が吹いたような感じがした。
呼吸が変わって、
胸の奥がすっと開くような、あの感じ。
シャクッ
リンゴを1口かじる。
シンクでリンゴを片付けている
お母さんの背中。
ありがとう、お母さん。
テレビに目を移す。
その画面がほんの少しだけゆらりと揺れて見えた。
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🫧この形の私

