「自分の人生 自分でやって」
最近、「自分の人生、自分でやっていこう」って、ふと思いました。
たぶんこれ、前から心のどこかで思ってたけど、ちゃんと口に出せてなかったこと。
誰かの期待に応えたり、顔色うかがって動いたり、
「こうしたほうがいいよね」っていう“正解”っぽい選択をしてきたり。
そうやってやってきた自分がいたんだけど、
あるときふっと、「あれ? 今の人生って、ほんとに自分で選んでる?」って思ったんです。
他人の話を聞きすぎて、ぐったりしてた。
私、昔からよく相談されるタイプで。
友達でも職場の人でも、いろんな人が私のところに話しに来てくれるんです。
軽い雑談っぽい話から、かなり深い悩みまで。
なんでだろう。話しやすい雰囲気があるのかもしれないし、
「○○には話せる気がして…」って言われると、嬉しかったりもする。
でも、正直に言うとね、ちょっとしんどいときもあるんです。
とくに、「聞いてほしいだけの相談」は、わりと心にくる。
もちろんわかってます。
人って、ただ共感してもらいたいだけのとき、あるよね。
誰かに話すだけで、気持ちがちょっと軽くなる瞬間、私もあるから。
だけどね、たまに思っちゃうんです。
「それ、もう答え出てるんじゃない?」って。
「自分でも、気づいてるんじゃない?」って。
向き合わないことで、苦しさをキープし続けてる人たちへ。
“解決できる悩み”なのに、解決に進もうとしない人って、意外と多い。
ずっと同じ話を繰り返して、でも一歩も動かない。
それでも「つらい」って言い続けてる。
それって、ちょっとだけ精神的な自傷行為に近い気がする。
変わることが怖いのもわかるし、苦しいのを誰かにわかってほしいっていう気持ちも痛いほどわかる。
でもね、人って他人に言われたことじゃ、本当には変われない。
自分で「あ」って気づかないと、何も変わらないんです。
だから私は、ちょっとだけ強く言いたい。
ゆるくていいから、本気で自分と向き合ってみてほしい。
いままで避けてきたかもしれないけど、
「このままでいいのかな」って思った瞬間が、きっと最初の一歩なんだと思う。
「うらやましい」って思う前に、ちょっと立ち止まってみて。
幸せそうに見えるあの人も、
ラッキーでそこにいるわけじゃないんです。
失敗したり、落ち込んだり、悩んだり、泣いたりしてる。
たくさん積み重ねて、やっといまの場所に立ってる。
努力って、あんまり見えない。
でも、してる人は、ちゃんとやってる。
それを知らずに「いいな〜」って思っちゃうの、
ちょっとだけもったいないなって思う。
「私も、あんなふうになれたら」って思うなら、
ちゃんと自分と向き合って、動いてみてほしい。
誰かの答えじゃなくて、自分の選択で。
私は、自分の人生をじぶんでやっていくことに決めました。
人の悩みに付き合いすぎて、気づいたら自分の時間も心もなくなってた。
「いい人」でいることに疲れちゃってた。
だから、決めました。
これからは、自分の人生を、自分でちゃんと選んで生きていくって。
たとえ失敗しても、遠回りしても、
「自分で決めたことだから」って思えるだけで、ずいぶん前向きになれる。
完璧じゃなくていい。
焦らなくていい。
でも、自分の人生のハンドルは、自分で握っていたい。
人のことも大事にしたいけど、
その前に、自分のことをちゃんと大事にしていたいなって思うんです。
これからの私について、ちょっとだけ宣言。
私ね、これからも相談は聞きます。
話すことで気持ちが軽くなるなら、それだけでも意味があるって、私はちゃんと知ってるから。
寄り添うこと、共感すること、ずっと大切にしていたい。
その気持ちは変わらないです。
でもね、これからの私はちょっとだけ変わります。
「それって、どうしたい?」って聞くかもしれない。
「そのままでいいと思ってる?」って問いかけるかもしれない。
今までみたいに、ただ「うんうん」って頷いてばかりじゃないかもしれない。
それは冷たくなったんじゃなくて、
本気で、あなたの人生の味方でいたいと思ったから。
優しさって、寄り添うだけじゃなくて、ときに背中を押すことでもあると思うから。
だからもし私が少しだけ厳しいことを言ったとしても、
それは「自分の人生、じぶんでやって」っていう、あなたへのエールなんだって思ってもらえたらうれしいです。
最後に。
もし今、「なんか毎日しんどいな」とか、「同じ悩みをぐるぐる繰り返してるな」って思ってるなら、
ちょっとだけ深呼吸して、自分に問いかけてみてください。
本当にこのままでいいの?
どこかに、自分でも気づいてる答え、ない?
ゆっくりでいいから、
ちゃんと自分と向き合って、
自分の人生、自分でやっていこう。
私は、あなたの味方でいます。
