(ドラマ)サバ缶、宇宙へ行く
福井県小浜市の海沿いに佇む若狭水産高校に、新米教師の朝野峻一(演:北村匠海)が赴任してきたとき、そこにあったのは廃校寸前の冷ややかな空気だけでした。
同僚教師の黒瀬正樹(演:荒川良々)から「ここ、もうつぶれるで」と現実を突きつけられ、生徒たちも未来を諦めていました。
そんな中、ダンスの夢を燻ぶらせていた生徒の菅原奈未(演:出口夏希)が呟いた「誰からも期待されとらんもん」という言葉が、朝野の心に火をつけます。
「それなら、誰も予想できないくらい大きな夢を見よう」
こうして、伝統のサバ缶をJAXAの『宇宙日本食』にするというプロジェクトが幕を開けました。
総勢6名の1期生として立ち上がった奈未や、頑固な漁師の父親と衝突しながらも「俺たちのサバ缶を宇宙に飛ばす!」と誰よりも熱く叫んだ寺尾創亮(演:黒崎煌代)ら生徒たちは、未知のサバ缶開発に猛進していきます。
専門知識を持たない朝野は、技術的なアドバイスこそできないものの、誰よりも生徒たちの可能性を信じ、調理室で夜遅くまで泥臭く寄り添い、彼らを精神的に支え続けました。
彼らの前に立ちはだかった最初の大きな壁が、国際的な衛生管理基準(HACCP)の取得でした。
この難局を救ったのが、東京から転校してきたクリーニング屋の娘である部員・菊地遥香(演:西本まりん)でした。
彼女の実家のノウハウを活かし、調理室内の動線を徹底的に分けて『清潔区域』を確保するなど、彼女が中心となって動いた結果、見事に高校の調理室でHACCP認証を勝ち取ります。
その後、JAXAのエンジニアである木島真(演:神木隆之介)から提示された『宇宙空間での味覚低下に備えた濃い味付け』と『飛び散らないジュレ状のタレ』という難題にも、6人の仲間たちは自らの手で試行錯誤を重ね、地元秘伝の醤油ベースの味を完成させました。
しかし、JAXAの公式認証そのものには一歩届かず、彼らは涙を堪えながら、その技術と悔しさを一冊の『黒ノート』に書き残して卒業していったのです。
1期生の卒業と同時に、学校は『若狭小浜高校』への統合が決まり、実質最後の水産高校生となった2期生は、藤倉恵(演:早瀬憩)を含めた3名の仲間たちでした。
校内が寂しさに包まれる中、恵たち3人は先輩たちが残したHACCPの調理室と黒ノートを繋ごうと立ち上がります。
統合準備に追われる朝野は書類仕事に忙殺され、なかなか調理室に顔を出せませんでしたが、裏では夜を徹して木島と交渉し、先輩たちの設備を維持・発展させるための予算を勝ち取っていました。
先生の熱意を知った恵をはじめとする2期生の3人は先輩の遺産を守るべく猛勉強を重ね、量産化への基盤を完璧に整えてみせました。
しかし、統合を経て『海洋科学科』として再出発した3期生の時代、今度は自然の猛威が襲いかかります。
記録的な猛暑による海水温の上昇で、小浜の海からサバが激減してしまったのです。
「他県のサバを使おう」という声も上がる中、生徒たちは「小浜のサバじゃなきゃ意味がない」と譲りません。
この窮地を救ったのが、漁師となって小浜の海を護っていた、大人になった創亮でした。創亮の呼びかけで地元の漁師たちが一丸となり、限られた地元のサバを確保。
3期生は、サイズが小さく市場に出回らないサバ(未利用魚)をも均一に加工できる高度な管理技術を編み出し、途絶えかけた未来を繋ぎ止めました。
そうしてピンチを乗り越えた後の4期生(総勢4名)の時代に、プロジェクトの運命を大きく変える出会いと挑戦が生まれます。
創亮の妹であり、生まれつき車椅子生活を送りながらも、兄の背中を追って海洋科学科に入学してきた寺尾結衣(演:伊東蒼)がメンバーに加わったのです。
サバ缶の長期保存試験にはどうしても1年半という長い時間が必要で、開発が行き詰まり、部員4人に焦りが生じていた時期でした。
そこで結衣は、車椅子の自分をいつも優しく支えてくれる3人の仲間や、宇宙で孤独に戦う飛行士たちの疲れを癒やしたいと、これまでに培った技術を応用した『宇宙キャラメル』の開発を提案します。
サバ缶の陰に隠れたこのスピンオフ企画は見事に成功し、JAXAから評価を得ることで、部員4人の、そして沈みかけていたプロジェクト全体の士気を大きく高める起爆剤となりました。
しかし、本命であるサバ缶の最終審査では、過酷な『1年半の常温保存試験』の末に、大きな問題が発覚します。缶を開けると、長期間の保存によってサバの身が水分を失い、パサパサに硬くなってしまっていたのです。「自分たちのせいで夢が終わった」と、4期生の4人は絶望に暮れましたが、朝野は諦めませんでした。
この硬化問題を解決すべく、続く5期生である藤倉彩花(演:池端杏慈)たち4人の生徒たちへとバトンが渡されます。
彩花たち4人は地元の歴史と特産品に目を向け、小浜名産の『熊川葛(葛粉)』をタレに練り込むという奇跡のアイデアを思いつきます。葛粉の高い保水力と適度な粘度によって、タレの美味しさを保ったまま、長期間保存してもサバの身をふっくらと柔らかく保つことに遂に成功したのです。これによって、15年間誰も届かなかったJAXAの『公式認証』の吉報が、ついに職員室へと届きました。
朝野と木島は男泣きし、彩花たち5期生4人の仲間たちは抱き合って歓喜しました。
最終回(第11話)、宇宙へ行くサバ缶を見届けるため、鹿児島県の種子島へと向かう朝野先生と彩花たち4人の生徒たち。
かつて先人たちが京の都へサバを運んだ『サバ街道』のスタート地点に立っていました。
5人で一歩ずつその道を歩みながら、「ここから、宇宙へ繋がっているんだね」と、自分たちが繋いできた歴史の重みを噛み締めます。
15年分の想いを乗せたロケットが宇宙へ飛び立ち、国際宇宙ステーション(ISS)に滞在中の日本人宇宙飛行士・真中忍(演:井上芳雄)が、青い地球を背に、ついに完成した「若狭小浜のサバ缶」を口にして、そのふっくらとした柔らかさと美味しさに最高の笑顔を浮かべます。
その映像をテレビ画面で見つめながら、いまや母校の教師となった奈未は、教育委員会へ異動する恩師・朝野に、15年越しの感謝を伝えるのでした。
事実に基づいたフィクションとはいえ、このドラマが15年という長い歳月と部員たちのリアルな変遷を丁寧に描いたからこそ、深く胸に刺さるものがありました。
バトンの尊さ
普通の青春ドラマであれば『1期生が苦難を乗り越えて一気に宇宙へ行く』というシンデレラストーリーにしがちですが、今作はあえてそれをしませんでした。
認証には届かなかったけれど、夢の土台とHACCPを作った1期生。
学校統合の寂しさの中で、その遺産を必死に守り抜いた2期生。
不漁の絶望から地元の知恵で未来を繋ぎ止めた3期生。
行き詰まりの中で、遊び心を忘れない『宇宙キャラメル』で息を吹き返した4期生。
そして、先輩たちの全ての失敗とデータを引き継ぎ、悲願を達成した5期生。
「大きな成果というものは、一人の天才や一つの世代だけで成し遂げられるものではない」という現実の厳しさと、だからこそ繋がっていくバトンの美しさが描かれていました。
過去から未来への地続きの歴史
最終回で、朝野先生と5期生が種子島へ向かう前に歩いた『サバ街道』。かつて先人たちが命がけで京の都へとサバを運んだ歴史ある道が、現代の高校生たちの手によって『宇宙』へと繋がっていく。
私たちは突然未来に生きているわけではなく、地元の歴史、先人の知恵(今回の熊川葛のように)、そして地域の大人たちの支え(漁師になった創亮や町民たち)の延長線上に立っている。「地域に根ざした足元の大切な歴史こそが、世界や宇宙という一番遠い場所へ羽ばたくための翼になる」というメッセージが、あのサバ街道の一歩一歩に込められていた気がします。
朝野先生という「信じ続ける大人」の存在意義
朝野先生は、技術的なことは何も教えられませんでした。東京から来た普通の先生です。しかし彼は、生徒たちが「どうせ自分たちなんて期待されていない」と殻に閉じこもっているとき、「誰も予想できないくらい大きな夢を見よう」と、一番に彼らの可能性を信じました。
今の時代、効率や結果ばかりが求められがちですが、朝野先生は、「ただ隣にいて、失敗を一緒に悔しがり、可能性を100%信じて伴走してくれる大人の存在が、どれほど子供たちの未来を変えるか」を伝えたかったのではないでしょうか。
華やかな成功劇ではなく、泥臭く、バトンが細くなりながらも、絶対に途切れさせなかった若狭小浜の人々の15年間。
観終わったあとに、「自分も次の世代に何か小さなバトンを渡せているだろうか」と考えさせられる、本当に深いテーマを持った名作でした。

