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結婚の条件

わたしの結婚の条件は、一緒に夜ご飯を食べれる人だ。仕事第一で、家をよく空けるタイプはだめだ。一緒にいる時間は長ければ長い方がいい。年収や学歴、ルックスなど人によって重視するところは様々だが、わたしにとって、それはさておき夜ご飯なのだ。

わたしの父は、長く単身赴任をしていた。思春期に入った兄たちが転校しないですむようにと、子供を思っての選択だった。
そのため、兄と年の離れたわたしは、幼少期から父と過ごす時間が少なかった。いつもいないけど、週末たまに帰ってくる人。そんな認識だったように思う。女、ギャンブル、酒、タバコもやらない、どちらかといえば家庭人な父とはそれなりに過ごした時間もあったはずだが、その記憶がすっぽり抜けている。
当時は、それどころじゃなかったのだ。


兄たちの反抗期は、激しかった。
学校から呼び出されることもしばしばあったし、母対兄の構図もあれば、兄同士でとっくみあいの喧嘩になることも、しょっちゅうだった。
優しかった兄の別の一面を目の当たりにしたショックと、一体何が兄をそうさせたのかわからない恐怖で、わたしはただただ身体をかたくした。
家が静けさを取り戻した後、母のそばにいくと「大丈夫よ」と全然大丈夫そうじゃない顔で、わたしの頭をなでてくれた。
そんな母の姿を見ていたので、幼いながら不在の父をわたしはきっと恨んでいた。一緒にいてくれたらいいのに…と。

定年になった父は、久方ぶりに家にもどり、畑にゴルフに趣味をエンジョイしている。色々あってわたしも実家に戻り、今は母と3人暮らしだ。一緒にくらしはじめて、ひとつわかったことがある。

父とふたりきりになると、何を話したらいいか、さっぱりわからないのだ。

子供時代の数年間、生活の中に父がいないことが当たり前だったので、横をむけば父のいる距離でどう接すればいいのか、てんでわからない。あんなに一緒にいてほしいと切に願っていたくせに、願いが叶うとこれだ。それにしても神様、今ごろ願いが叶うなんてそれはちょっと話が違う。
神様に文句を言ったせいか、嫌なところが目につくようになった。
電気はつけっぱなし、洗面台も使いっぱなし。一時期、トイレの流し忘れに頻繁にわたしが遭遇し、その度に悲鳴を上げた。
定期的に喧嘩するのが、ビデオの録画問題で、父が勝手にわたしや母の録画した番組を消すことで大変な問題となった。
一緒に生活するとなると、きつい。

一方、否応もなくわかったのが、良くも悪くもわたしは父に似ているということだ。知的好奇心が強くなんでも知りたがるところ、野生動物のテレビ番組が好きなところ、マイペースなところ、人から指示されるのを嫌がるところ、悪気なく態度が大きいところ。認め難いが、まさにわたしは父に似ている。

長く勤めた会社をやめることを伝えたとき、母が真っ向に反対したのに対し、意外なことに父はとても寄り添ってくれた。それどころか、わたしの気持ちを手にとるように理解してくれた。。

わたしはずっと父と一緒にいたくて仕方がなかった。思いきり甘えたいのに甘えられなくて、愛しているのにうまく表現できなくて、長年つもった寂しさから、嫌な言い方してしまう。気持ちと行動はいつも裏腹なのだ。


だからこそ、結婚相手は夜ご飯を一緒に食べれるくらいの距離感がいい。愛情がひねてしまわないように、まっすぐに愛せるように。
そう願うくらい、それだけわたしは父を愛しているのだ。


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