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娘の療育日記1|人生で一番嬉しかった日。娘が生まれた日の記録

2022年10月に生まれた娘の記録です。
ゆっくりでも確実に成長していく娘との日々を、父親の視点で残しています。


出産当日

予定日よりも約1ヶ月早い出産でした。

その日の朝は、とても慌ただしく始まりました。

ママは出産バッグもまだ準備しておらず、
朝6時前にタクシーを呼ぶことになり大慌て。

「準備していなかった!」

と、少し怒りながら地団駄を踏んでいたのを今でも覚えています。

先生からは

「出産までは2〜3日かかるかもしれません」

と言われていたので、
私は午前中だけ仕事に行き、そのあと病院の近くで待機する予定でした。

コロナ禍の出産


当時はコロナ禍。

病院の中には入れず、

「出産の瞬間だけ呼びます。それまでは外で待っていてください」

と言われていました。

長時間待つかもしれないと思い、
本や仕事道具を持って、近くのファミレスで待機する準備をしていました。

ところが午後2時頃、病院から電話がありました。

「今すぐ来てください」

急いで病院に向かいました。

命がけの出産


実は妊娠中、ママはつわりがとても重く、
さらに 妊娠高血圧症 もあり、体への負担がかなり大きい状態でした。

先生からも

「出産は命がけになる可能性があります」

と事前に説明を受けていました。

そのため、出産に立ち会うときは本当にドキドキしていました。

娘が生まれた瞬間


分娩台に入ってから約1時間半。

ママが本当に頑張ってくれて、
娘は無事に生まれてきてくれました。

予定より1ヶ月近く早い出産でしたが、
体重は 2500gを超えていて未熟児ではありませんでした。

お腹の中でしっかり大きくなってくれていたおかげで、
母子ともに無事に出産を終えることができました。

人生で一番嬉しかった瞬間


娘に初めて会ったとき、
パパは感動して その場で膝をついて泣いていました。

とてもかわいい赤ちゃんでした。

「本当によく頑張って生まれてきてくれた」

そう思いました。

そして、ママにも

「本当にありがとう」

という気持ちでいっぱいでした。

人生で一番嬉しい日だったと思います。

30分だけの家族時間


ただ、当時はコロナ禍だったため
病院に長くいることはできませんでした。

娘と一緒に過ごせたのは
ほんの 30分ほど。

すぐに帰らなければいけませんでした。

家に帰ってからも、嬉しい気持ちと現実感のなさが入り混じっていました。

いろんな人に電話をしたり、
お祝いで1人お酒を飲んだりしていました。

退院の日を楽しみにしていた


その後は、退院の日を楽しみに過ごしていました。

コロナ禍だったため、毎日面会することはできませんでした。

「退院までは赤ちゃんには会えません」

と言われていたので、
ママから送られてくる 娘の写真 を見ながら

「昨日と顔が全然違うな」
「毎日少しずつ成長しているんだな」

そんなことを思っていました。

早く家に帰って、
家族3人で生活できる日を楽しみにしていました。

まだ知らなかった未来


このときはまだ、
このあと 大きな出来事 が起きるとは思っていませんでした。


📖 このnoteでは、
娘とのこれまでの出来事や療育のことを
少しずつ記録していこうと思います。

次の記事では
生後4日で救急搬送された日のこと を書こうと思います。

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