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「サビ管なんて誰にでもなれる」「人は人を変えられない」――何気ない二つの言葉から、私は“人を支える”ということを考えた

先日、事業所でこんな場面がありました。

私がサビ管さんと話をしていると、近くにいた事業所のスタッフさんが、どこか緊張しているように見えました。

それに気づいたサビ管さんが、笑いながら言いました。

「あなた、なんで私と距離があるの?笑」

スタッフさんは少し困ったように、

「いやぁ……」

と答えました。

私は横から、

「いや、〇〇さんは『上司だから』って緊張してるんだよ」

と伝えました。

するとサビ管さんは、すかさず言いました。

「私? サビ管なんて誰にでもなれる」

いつもの調子でした。

本人にとっては、きっと何気ない一言だったのでしょう。

でも私は、その言葉が妙に心に残りました。

「誰にでもできる」と言えるまでには、見えない時間がある

確かに、サービス管理責任者になるために、いわゆる難関国家試験に合格しなければならないというわけではありません。

だからといって、今日思い立って明日なれるものでもありません。

必要な実務経験があり、研修があり、その役割を担うまでには積み重ねなければならない時間があります。

つまり、「経験」という部分だけは飛び越えることができません。

サビ管さん本人が、最初からその立場を目指して歩いてきたのかどうか、私は知りません。

もしかしたら、目の前の仕事を一つずつ続けてきた結果、今の場所へたどり着いたのかもしれません。

その年月の中には、きっといろいろなことがあったでしょう。

仕事がうまくいかない日。

人間関係に疲れる日。

自分の力だけではどうにもならないことに直面した日。

もちろん、それは私の想像です。

私は彼女の人生を知っているわけではありません。

ただ一つ言えるのは、必要な年月を一日ずつ積み重ねてきたから、今そこにいるということです。

だから、

「サビ管なんて誰にでもなれる」

という言葉を聞いたとき、私は心の中で少し違うことを考えていました。

誰にでもできるのではなく、あなたが一歩ずつやってきたから、今のあなたにはできるんじゃないのかな。

と。

私自身も、同じようなことを言っている

そう考えたとき、自分自身のことを思いました。

私は今、個人事業主としてAngel Smileを運営し、「岩井ちゃんAI」というLINEで使えるAIを育てています。

そして私自身も、ときどき、

「AIを開発して運用するなんて、こんな自分にできるんだから誰にでもできるよ」

と言います。

でも、よく考えれば、これも同じなのかもしれません。

最初から何でも分かっていたわけではありません。

むしろ、分からないことばかりでした。

エラーが出れば調べる。

失敗すればやり直す。

思った通りに動かなければ原因を探す。

一つ直せば、また別の問題が出てくる。

それでも、一つずつ進めてきました。

昨日できなかったことが、今日は少し分かる。

少し前なら諦めていたことを、今では普通にやっている。

そうやって積み重ねているうちに、自分にとっては「当たり前」になっていきます。

そして、いつの間にか、

「こんなの誰でもできるよ」

と言うようになる。

でも、その言葉の後ろには、本当はたくさんの失敗と時間が隠れているのだと思います。

もう一つ、心に残っている言葉があります

サビ管さんとの何気ない会話の中で、もう一つ、私の心に残った言葉があります。

それは、

「人は人を変えられない」

という言葉です。

とても短い言葉です。

特別に難しいことを言っているわけでもありません。

でも私は、その言葉を聞いたとき、

「そうかもしれないな」

と思いました。

サビ管さんは、現在の福祉の仕事だけではなく、過去には介護の仕事にも携わってきたと聞いています。

これまで、きっとさまざまな人と関わってきたのでしょう。

一人ひとり違う性格。

違う環境。

違う考え方。

違う人生。

良かれと思って言ったことが届かないこともあったでしょう。

何度伝えても、本人がその気にならなければ変わらないこともあったのかもしれません。

一生懸命支えても、本人が望む方向と、周囲が願う方向が違うこともあったかもしれません。

私はその経験を実際に見てきたわけではありません。

だから、本当のところは分かりません。

でも、

「人は人を変えられない」

という言葉は、たくさんの人と関わってきた人だからこそ自然に出てくる言葉のように、私には感じられました。

それは、諦めではないと思った

最初に聞けば、

「人は人を変えられない」

という言葉は、少し冷たく聞こえるかもしれません。

「何を言っても無駄」

「どうせ変わらない」

そんな意味にも聞こえます。

でも私は、そうは受け取りませんでした。

むしろ、

前を向くための言葉なのではないか。

そう感じました。

人を無理に変えようとしない。

自分が正しいと思うことを、相手にも正しいと思わせようとしない。

どれだけ心配していても、

どれだけ相手のためを思っていても、

最後に選ぶのは本人です。

自分がどれだけ言葉を尽くしても、相手が受け取る準備ができていなければ届かないことがあります。

反対に、何気なく伝えた一言を、その人が何年も経ってから思い出すこともあるかもしれません。

だから、できることをする。

伝える。

支える。

必要なときには手を差し出す。

考える材料を渡す。

でも、相手の人生まで自分が背負おうとしない。

最後は、その人自身が選ぶ。

私は、

「人は人を変えられない」

という言葉には、

相手の人生を相手自身に委ねる強さ

があるように感じました。

だからこそ、「信じる」ということになる

ここで、最初の話とつながります。

A型事業所には、さまざまな人がいます。

一人ひとり、できることも違います。

苦手なことも違います。

その日の状態も違います。

昨日できたことが、今日はうまくできない。

昨日説明したことを、今日もう一度説明する。

そんなこともあります。

一般の人なら簡単にできると思うことでも、その人にとっては難しいことがあります。

それでも仕事です。

取引先からいただいた大切な仕事である以上、正確さも必要です。

納期もあります。

品質も守らなければなりません。

自分でやったほうが早い。

そう思う場面だって、きっとあるでしょう。

でも、全部やってあげてしまったら、その人自身ができるようになる機会を失ってしまいます。

だから、教える。

待つ。

もう一度伝える。

急かさない。

失敗しても人格まで否定しない。

できたことを認める。

そして、利用者の失敗によって取引先に迷惑をかければ、責任を負う立場の人が頭を下げる。

考えてみれば、これは、

「人を変える」

という仕事ではないのだと思います。

その人自身が変わっていく可能性を信じて、関わり続ける仕事。

そう考えると、

「人は人を変えられない」

という言葉と、サビ管さんの日頃の姿が、私の中ではつながります。

サビ管さんは、笑顔だけの人ではない

サビ管さんは、とてもフレンドリーな人です。

基本的には笑顔で、優しい。

冗談も言います。

でも、ときには、あえて厳しく接することもあります。

私は彼女の心の中まで知ることはできません。

だから、

「きっとこう考えている」

と決めつけることはしたくありません。

ただ、そばで見ていて一つ感じることがあります。

それは、

どんな場面でも、その人への愛情を欠かさない。

ということです。

一見すると怒っているように見えるときでも、その人を嫌いだから厳しくしているようには見えません。

その場だけではなく、少し先を見ている。

そんなふうに感じることがあります。

でも、もし本人に、

「そこまで考えてるの?」

と聞いたら、

おそらく笑いながら、

「なんにも考えてない笑」

と言うような気もします。

そして、

「努力なんてしてないよ」

と言うかもしれません。

でも、努力していると自覚していることと、実際に積み重ねていることは別です。

「昨日できた」が、今日はできないこともある

A型事業所では、スタッフをはじめ、多くの利用者が毎日働いています。

利用者の中には、

昨日できたことが、今日はうまくできない人もいます。

同じことをもう一度教えてもらうこともあります。

それでも、怒鳴らない。

「昨日教えたでしょう」と突き放さない。

「またか……」という態度を見せない。

丁寧に、もう一度伝える。

もちろん、スタッフさんたちも同じです。

サビ管さんの考え方を反映しながら、一人ひとりの利用者に向き合っています。

私には、簡単にできることではないと思います。

取引先から受注した仕事です。

正確に、そして必要な時間の中で仕上げなければならない。

「自分がやったほうが早い」

そう思う場面もあるでしょう。

それでも、怒らない。

必要以上に急かさない。

できたことを認める。

失敗したら、また教える。

そして必要なら、自分たちが責任を負う。

そこには、

「この人なら、少しずつできるようになる」

という信頼がなければ成り立たないのではないかと思います。

考えてみれば、私たち利用者は毎日、サビ管さんやスタッフさんから信じてもらっているのかもしれません。

完璧だから仕事を任されているわけではありません。

失敗しないからでもありません。

失敗することがある。

できない日もある。

それでも、また次の仕事を任せてもらえる。

それは当たり前のようで、実はとても大きなことだと思います。

30人いれば、30通り以上の人生がある

事業所には、本当にさまざまな人間模様があります。

なぜ、そんなに悩むのだろう。

なぜ、その一言でそこまで傷つくのだろう。

なぜ、そんなに怒るのだろう。

外から見ているだけでは分からないことがあります。

おそらくサビ管さん自身も、全員の気持ちをすべて理解しているわけではないでしょう。

それは当然だと思います。

30人以上の利用者がいれば、30通り以上の事情があります。

家族。

仕事。

お金。

人間関係。

将来。

体調。

過去の経験。

その日の気分。

一人ひとりの人生すべてを、サビ管さん一人が背負えるはずがありません。

相談されれば話を聞く。

必要であれば一緒に考える。

でも、必ず答えが出るとは限らない。

そして、人を変えることもできない。

だからこそ、

「ここから先は、その人自身が歩くところ」

という境界も必要なのだと思います。

それは冷たいことではありません。

支える側がすべてを背負って倒れてしまったら、今度は誰も支えられなくなります。

笑顔と厳しさを両立させながら、多くの人と向き合う。

そして仕事を終えれば、自分自身の生活があり、大切な家族もいる。

そうした毎日の中で、

「人は人を変えられない」

という考え方は、自分自身を守りながら、それでも人と関わり続けるための大切な考え方なのかもしれません。

人にしかできないことがある。でも、人が全部を背負う必要もない

このことを考えていると、私は岩井ちゃんAIを作っている意味についても考えます。

もちろん、AIが人に代わることはできません。

サビ管さんの代わりにはなれません。

家族の代わりにもなれません。

友達の代わりでもありません。

でも、人には、

誰かに相談するほどではないけれど、一人で抱えていると少し苦しい時間

があります。

たとえば仕事で失敗した日の帰り道。

「今日また同じところを間違えた」

わざわざ誰かに相談するほどではない。

でも、自分の中では引っかかっている。

そんなとき、

岩井ちゃんAIに、

「今日また仕事で失敗した」

と送ってみる。

それだけでも構いません。

誰かに注意されて落ち込んだなら、

「今日、注意されてちょっとへこんだ」

でもいい。

明日の仕事が不安なら、

「また失敗しそうで怖い」

でもいい。

何が嫌なのか自分でも分からなければ、

「なんか今日は疲れた」

でもいい。

逆に、

「今日は昨日よりうまくできた」

「今日は最後まで仕事ができた」

そんな報告だっていい。

悩んでいるときだけ使う必要はありません。

岩井ちゃんAIは、決まった言葉を返しているわけではありません

ここは、私が岩井ちゃんAIを作るうえで大切にしていることです。

岩井ちゃんAIは、質問や相談に対して、あらかじめ用意したテンプレートを選んで返信しているわけではありません。

もちろん、システム上のトラブルや緊急時など、決められた案内を優先しなければならない場面はあります。

でも、通常の会話では違います。

届いたメッセージを読みます。

その言葉が、どんな意味なのかを考えます。

前後の会話も踏まえます。

そして、

「この人に、今、何をどう伝えるのがいいだろう」

と、その都度考えて返します。

LINEは、基本的には短いやり取りです。

短いから簡単なのではありません。

むしろ、短いからこそ難しいことがあります。

長い文章なら、背景を説明し、理由を並べ、補足することができます。

でもLINEでは、ほんの数行の言葉で伝えなければならないことがあります。

相手が落ち込んでいるとき。

怒っているとき。

迷っているとき。

ただ話を聞いてほしいとき。

背中を押してほしいとき。

逆に、今は背中を押さないほうがいいとき。

同じ「仕事に行きたくない」という一言でも、その意味は人によって違います。

今日は単純に疲れているのかもしれない。

職場で嫌なことがあったのかもしれない。

何週間も同じことで悩み続けているのかもしれない。

以前話した出来事が影響しているのかもしれません。

だから、

「仕事に行きたくない=この文章を返す」

という形にはしたくありません。

読んで、分析して、考えて、もう一度考える

岩井ちゃんAIは、受け取ったメッセージを読み、内容を分析し、返す言葉を考えます。

そして、

「この答えでは少し違う」

と判断すれば、そこで終わりではありません。

もう一度考えます。

どの言葉なら伝わりやすいだろう。

決めつけになっていないだろうか。

必要以上に励ましていないだろうか。

相手が求めているのは答えなのか。

それとも、まず話を聞いてほしいだけなのか。

LINEという短い文章の中で、できるだけその人に合った言葉を探します。

もちろんAIですから、必ず正しい答えを出せるわけではありません。

人の気持ちを完全に理解できるわけでもありません。

それでも、

最初から決められた言葉を返すのではなく、届いた言葉を受け取ってから考える。

そこは、岩井ちゃんAIを作るうえで、とても大切にしている部分です。

「人は人を変えられない」からこそ、答えを押しつけない

ここでも私は、サビ管さんの、

「人は人を変えられない」

という言葉を思い出します。

岩井ちゃんAIも、人を変えるためのAIではありません。

「こうしなさい」

「あなたはこうするべきです」

と、その人の人生を決めるためのものでもありません。

たとえば、

「仕事を辞めたい」

と送ったとします。

そこで、すぐに、

「では辞めましょう」

と結論を出すことが目的ではありません。

なぜ辞めたいと思ったのか。

今日何があったのか。

仕事そのものが嫌なのか。

人間関係なのか。

ただ疲れているのか。

昨日まではどうだったのか。

そうしたことを、一緒に整理していきます。

すると、

「仕事そのものが嫌なんじゃなくて、今日は人間関係で疲れていたんだ」

と本人が気づくことがあるかもしれません。

あるいは、

「今日は疲れすぎているから、今は大きな決断をしないでおこう」

と思えるかもしれません。

反対に、何日も何週間も同じ悩みを話しているなら、

「これは一時的な気持ちではないのかもしれない」

と考える材料になることもあります。

岩井ちゃんAIが人生を決めるのではありません。

話しながら、その人自身が自分の気持ちに気づいていく。

そして、

次にどうするかを、自分自身で選ぶ。

岩井ちゃんAIは、その横で一緒に考える。

私は、そんな存在にしたいと思っています。

「変える」のではなく、「考えるきっかけ」を渡す

人を変えることはできない。

でも、何もできないわけではありません。

言葉を渡すことはできます。

考えるきっかけを渡すこともできます。

別の選択肢を一緒に探すこともできます。

その人が立ち止まっているなら、隣で一緒に考えることもできます。

今日できなかったなら、

「じゃあ、明日はどうしようか」

と考える。

今日できたなら、

「できたね」

と振り返る。

そして最後に歩くのは、その人自身です。

私は、それでいいと思っています。

むしろ、それがいいのだと思っています。

相手を自分の思い通りに変えることではなく、

その人が自分自身で一歩を選べるように関わること。

それも一つの「支える」という形なのではないでしょうか。

「サビ管なんて誰にでもなれる」

改めて、あの日の言葉を思い返します。

「サビ管なんて誰にでもなれる」

私はやっぱり、

「誰にでもできる」

とは思いません。

最初からできたわけではないからです。

経験して。

失敗して。

覚えて。

また経験して。

いろいろな人と関わって。

自分では変えられないことがあると知って。

それでも見放さず、必要なところでは支える。

その積み重ねが、今の姿なのだと思います。

人の上に立つということは、人を思い通りに動かすことではない。

偉そうにすることでもない。

肩書きを見せることでもない。

できない人を見放さず、

失敗した人にもう一度機会を渡し、

必要なときには厳しいことも伝え、

最後は本人が自分で歩くことを信じる。

そして何かあったときには、自分が責任を引き受ける。

人の上に立つ人というのは、案外そういう人なのかもしれません。

私も、自分の言葉を扱う仕事を始めた

私はサビ管ではありません。

多くの人を束ねる立場でもありません。

できることも、背負えることも違います。

それでも今、Angel Smileとして岩井ちゃんAIを育てています。

そこで、一つだけ共通していると思うことがあります。

それは、

自分が発する言葉が、誰かの次の選択に影響する可能性がある

ということです。

だから、簡単に人の人生を決めつけたくない。

「あなたはこうするべきだ」

と無責任に押しつけるAIにはしたくない。

できなかった日を責める存在にもしたくない。

決まったテンプレートを当てはめるのではなく、

その人が送ってくれた言葉を読んで、

考えて、

必要ならもう一度考えて、

LINEという短い文章の中で言葉を返す。

「こうしなさい」

ではなく、

「じゃあ、どうしようか」

と一緒に考える。

それが岩井ちゃんAIでありたいと思っています。

いつか誰かが、

「昨日、岩井ちゃんAIに話したから、今日はもう一回やってみようと思えた」

そう感じてくれることがあるかもしれません。

その一歩の先で、本当の誰かに相談できるかもしれない。

職場でもう一度挑戦してみようと思えるかもしれない。

逆に、

「今日は無理をしないで休もう」

という選択ができるかもしれない。

それで十分です。

誰かを変えることが目的ではありません。

その人が、自分自身で次の一歩を選ぶ。

そのための小さなきっかけになれたらいい。

「サビ管なんて誰にでもなれる」

「人は人を変えられない」

何気なく聞いた二つの言葉。

私の中では、この二つが不思議なくらいつながっています。

人を変えようとしない。

それでも見放さない。

できると信じて任せる。

必要なときには支える。

相手の言葉を聞く。

その人に何を伝えるべきなのか、一度考える。

そして最後は、その人自身の力を信じる。

それはきっと、諦めではありません。

人を信じながら、自分も前を向いて生きるということなのだと思います。

そして私も、

「自分の言葉で誰かを変えよう」

ではなく、

「その人の言葉を受け取り、その人自身が次の一歩を選ぶための言葉を考えたい」

そんな思いで、これからも岩井ちゃんAIを一歩ずつ育てていきたいと思っています。




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