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【戦略的休足日】夜勤明けの59歳。「90歳でフルマラソン世界記録」まであと30年。長いようで短い道のりだからこそ、焦らず淡々と走り続ける|ドン亀ラナー

皆さん、おはようございます。あるいは、この記事を読んでくださっている時間帯によっては、こんにちは、こんばんは、ですね。ドン亀ラナーです。 いつも私の泥臭いnoteを読んでくださり、本当にありがとうございます。皆様からの温かい「スキ」やコメント、そして陰ながら見守ってくださるその存在が、私が日々アスファルトを蹴り続けるための何よりのエネルギー源となっています。

まずは、初めての方もいらっしゃるかと思いますので、お決まりの自己紹介からさせてください。 現在59歳。身長180cm、体重は相変わらず95kg付近をウロウロしている、立派な「わがままボディ」の持ち主です。来たる還暦に向けて「2027年3月までにマイナス15kg、体重80kgの最高にカッコいいオヤジになる!」と高らかに宣言し、日々、持病の喘息と戦いながら、我が頼れる相棒である最新ガジェット「Apple Watch Ultra 3」とAIの「Geminiトレーナー」と共に、ドン亀ペースで走り続けている元自衛官です。

高校卒業後に陸上自衛隊に入隊し、30年以上にわたって迷彩服を着て国防の最前線に立ち、中隊長として部下を率いた後、定年退官。現在は第二の人生として、葬儀ホールのスタッフとして働き、毎日「人生の終わり」という厳粛な非日常に立ち会いながら、残された自分の命と時間、そして健康の尊さに向き合う日々を送っております。

さて、いつもなら「今朝も朝5時に起きて、暗闇の中を走り抜いてきました!」「心拍数をコントロールしてドン亀ペースを刻みました!」と威勢の良いご報告から始まるところですが、本日の私は一味違います。

今日は、ランニングシューズの靴紐を結んでいません。ウェアにも着替えていません。 本日は、正真正銘の「休足日」といたしました。

理由は明確です。昨晩が、私の現在の職場である葬儀ホールでの「夜勤」だったからです。

葬儀ホールの夜というのは、独特の重い空気が流れています。深い悲しみの淵にいるご遺族に寄り添い、何かあればすぐに対応できるよう、静寂の中で常に神経を張り詰めていなければなりません。深夜の静まり返ったホールを巡回し、仮眠時間であっても完全に意識を手放すことはできない。そんな極度の緊張状態のまま朝を迎え、朝日を浴びた瞬間に、張り詰めていた糸がプツンと切れ、全身に鉛のような疲労感がどっと押し寄せてくるのです。

かつての私――30有余年を陸上自衛隊という過酷な組織で生き抜いてきた私であれば、この夜勤明けの鉛のような身体に鞭を打ち、「これくらいで休むなんてたるんでいる!気合と根性だ!」と、無理やりにでも外に飛び出していたことでしょう。 視界50cmの火山灰の中を行軍し、睡眠時間を削って限界を超えることこそが美徳だと信じ込まされてきた「昭和の鋼のメンタル」が、私には骨の髄まで染み付いていました。疲労は甘えであり、休むことは敗北である。そう本気で思っていた時代があったのです。そして、「ここで1日休んだら、また万年『やるやる詐欺』の怠惰な生活に戻ってしまうのではないか」という強迫観念もありました。

しかし、もうすぐ還暦を迎える59歳の今の私は、違います。 心の中に建設した「最強の安全基地」から、私自身に向けてこう語りかけました。

「ドン亀よ、お疲れ様。夜勤で一晩中神経をすり減らしたんだ。95kgの重い身体と喘息持ちの肺に、これ以上の負荷をかけてどうする。今日は走らないことが、一番のトレーニングだぞ。しっかり休む勇気を持てた自分、最高にえらい!」

そうです。私は今日、自らの明確な意志で「休む」という決断を下しました。これは決して逃げでもサボりでもありません。これから先の巨大な目標を達成するための、極めて論理的で前向きな「戦略的休養」なのです。

私がこれほどまでに自らの身体の声を聴き、無理をしないことに執着しているのには、絶対的な理由があります。 それは、私の残りの人生を懸けた壮大な野望、「90歳でフルマラソンの世界記録(M90クラス)を樹立する」という途方もない目標があるからです。

以前のnoteでも書きましたが、私はつい最近まで、「今の私のフルマラソン自己ベスト(6時間台)を、なんとか加齢による衰退を遅らせて90歳まで維持できれば、世界記録保持者になれるんじゃないか」と、いささか脳天気な目論見を抱いていました。

しかし、その甘い幻想は、現在のマスターズ陸上の猛烈な進化のスピードによって粉々に打ち砕かれました。 今年4月に行われた長野マラソンで、長野県在住の90歳の小口親司さんが叩き出したタイムは「4時間48分1秒」。さらに海外に目を向ければ、イタリアの90歳男性が「4時間30分30秒」で走ったという情報すらあります。

90歳で4時間台。 これは、現在59歳の私が、体重95kgの重りを背負ってヒーヒー言いながら走っているペースよりも、遥かに速いのです。「衰退を遅らせて現状維持」などという守りの思考では、到底太刀打ちできない別次元の世界でした。

凄すぎて発狂しそうになりました。現状維持でいけると高を括っていた自分が、心の底から恥ずかしくなりました。 2057年、私が90歳を迎える頃には、世界記録は「4時間台前半」、あるいは突然変異的なランナーが現れれば「サブ4」にすら迫っているかもしれません。

しかし、私は絶望しませんでした。むしろ、本番である約30年前にこの「過酷な現実」を知ることができたのは、私にとって最大の幸運だと思っています。 小口さんが60歳の健康診断を機にウォーキングを始め、そこから身体を作り直して90歳で驚異的な記録を作ったという事実は、現在59歳の私にとって「まさに今がスタートラインである」という何よりの証明です。

「加齢による衰退を遅らせる」のではなく、「60代、70代でさらにタイムを伸ばし、90歳で人生のピークを持ってくる」という、超攻撃的な戦略へのパラダイムシフト。 この野望を実現するために残された時間は、あと「約30年」です。

「あと30年」。 この時間をどう捉えるかが、成否を分ける究極の鍵だと私は考えています。

30年と聞くと、とても長い時間のように感じるかもしれません。生まれたばかりの赤ん坊が立派な大人になり、家庭を持つほどの歳月です。「30年も先のことなんて、想像もつかないよ」と笑う人もいるでしょう。私自身、若い頃は30年後の自分など想像もできませんでした。 しかし、私はそうは思いません。

30年前、私は29歳でした。自衛隊の若手幹部として、体力も気力もみなぎり、自分は無敵だと錯覚していた頃です。あの頃から今日までの30年間を振り返ると、本当に「あっという間」だったと痛感します。 楽しかったことも、苦しかったことも、数え切れないほどの失敗も、泥まみれになった演習も、すべてが昨日のことのように鮮明に思い出されます。怒涛のように過ぎ去った30年。

そう考えると、ここから90歳までの30年も、長いようで実は驚くほど短い、「あっという間」の歳月なのでしょう。 日々、葬儀ホールで「人生の終わり」という厳粛な現実に立ち会っているからこそ、命の時間は有限であり、1日1日が砂時計のように確実に落ちていっていることを肌で感じます。ぼんやりと過ごしていれば、指の隙間から砂がこぼれ落ちるように、一瞬で過ぎ去ってしまうのです。

だからこそ、私は自分に強く言い聞かせなければならないことがあります。 それは、「焦りは最大の禁物である」ということです。

人間は、目標が大きければ大きいほど、そして残された時間が短いと感じるほど、無意識のうちに早く結果を出そうと焦ってしまいます。 「早く体重を80kgに落とさなければならない」 「早くキロ5分台で走れるようにならなければならない」 「月間200kmを絶対に達成して、走力を上げなければならない」 「今日休んだら、90歳の世界記録なんて夢のまた夢になってしまうのではないか」

そうやって自分に過度なプレッシャーをかけ、一気にウサギのように駆け抜けようとすると、どうなるか。答えは火を見るよりも明らかです。 95kgという「時限爆弾」のような負荷を抱えた関節は悲鳴を上げ、膝は壊れ、アキレス腱は痛み、無理な心肺への負荷は喘息の重い発作を引き起こします。

自衛隊での過酷な行軍や、数日間にわたる長期演習の中で、私が幾度となく目にしてきた光景があります。それは、能力も高く体力もある優秀な隊員が、目先の遅れを取り戻そうとして「焦り」、無理なペースで進んだ結果、足を痛めたり疲労困憊で倒れたりして、最終的な任務から脱落していく姿です。 長期戦において最大の敵は、外からやってくる困難ではなく、自分自身の内側から湧き上がる「焦り」という名の魔物なのです。

高齢になればなるほど、一度の怪我は致命傷になりかねません。数ヶ月の離脱は、筋肉と心肺機能に容赦ない衰えをもたらします。 30年計画において、この「長期の離脱」こそが最も恐れるべきリスクなのです。焦って今日100%、いや120%の力を出し切り、明日から走れなくなってしまっては本末転倒です。

1日で15kg痩せる魔法はありません。1日でフルマラソンを4時間で走れるようになる特効薬もありません。 私たちにできるのは、ただひたすらに、ドン亀のように一歩ずつ前へ進むことだけです。

亀の歩みは、端から見れば滑稽で、遅くて、もどかしいかもしれません。「そんなペースで走っていて、本当に90歳で世界記録なんて出せるのか?」と笑う人もいるでしょう。 しかし、亀の最大の強みは「止まらないこと」です。

モチベーションが高い日も、低い日もある。 天気が良くて走り出したい日もあれば、今日のように夜勤明けで鉛のように身体が重い日もある。 その波を受け入れ、決して自暴自棄にならず、完璧主義を捨てる。

雨が降っていれば、部屋で5分間だけ腹筋をする。 足に違和感があれば、走るのをやめてウォーキングに切り替える。 そして今日のように、極度の疲労状態にあれば、堂々と「休足日」を宣言し、自分を徹底的に甘やかし、回復に全精力を注ぐ。

これらすべてが、30年後に4時間半を切るための「淡々とした歩み」の一部なのです。 「焦って無理をして数ヶ月休むウサギ」よりも、「自分のコンディションを冷静に掌握し、適切な休養を挟みながら、何十年も歩みを止めない亀」の方が、最終的には遥か遠くまで到達できる。私は自衛隊でのマネジメント経験と、これまでの数々の「やるやる詐欺」の失敗から、その真理を骨の髄まで理解しています。

90歳で世界記録を樹立するために本当に必要なのは、ウサギのような一瞬の瞬発力や華々しいスピードではありません。 必要なのは、「毎日確実に60%の力を出し続け、30年間絶対に途切れない『継続』のループを作り上げること」です。

だからこそ、私は「淡々と走り続ける」ことを誓います。 劇的な変化など起きなくてもいい。昨日と同じように、ただ淡々と、アスファルトを蹴る。ゼロゼロと息を鳴らしながらも、動く体に感謝し、「生きている実感」を噛み締めながら、泥臭く前に進む。

モチベーションという不安定な波に頼るのではなく、朝起きて顔を洗うのと同じように、当たり前の日常として靴紐を結ぶ。 キロ何分で走れた、体重が何キロ減ったと一喜一憂するのではなく、「今日も外の空気を吸って、自分の足で一歩を踏み出せた」という事実そのものを喜ぶ。

人生の後半戦は、誰かと競うためのものではありません。昨日までの自分、あるいは「もう歳だから」と諦めそうになる自分との静かな対話です。 夜勤で人の死に触れ、命の尊さ、息をして体を動かせることの奇跡を肌で感じているからこそ、私はこの「淡々と走る日常」がいかに美しく、ありがたいものかを痛感しています。

30年後の2057年。 私が90歳になったとき、どんな世界が待っているのかは誰にも分かりません。 しかし、どんなにテクノロジーが進化しても、「自分の足で42.195kmを走り抜く」という人間の根源的な営みの価値と過酷さは、決して変わらないはずです。

その過酷な道のりを、過去の誰よりも速く駆け抜ける。 その途方もない夢に向かって、私は今日も、明日も、明後日も、淡々と進み続けます。

今日はしっかりと身体を休め、疲労を抜き、妻の作ってくれる美味しい食事をいただき、たくさん眠ります。それこそが、明日の朝、再びフレッシュな気持ちで靴紐を結ぶための最高の準備だからです。

休む勇気を持てる大人は、最高にカッコいい。 私は心の中の安全基地でそう自分を褒めちぎりながら、今日はゆっくりと過ぎる時間を楽しもうと思います。

この記事を読んでくださっているあなたも、何か大きな目標に向かっている最中かもしれません。あるいは、日々の生活に追われ、思うように進まない現実に焦りを感じているかもしれません。

「もっと頑張らなきゃ」「自分は全然ダメだ」 そうやって、自分に鞭を打ち続けていませんか?

もしそうなら、今日だけは、その鞭をそっと置いてみてください。 焦らなくても大丈夫です。時間は有限ですが、今日という日に無理をして壊れてしまっては、明日からの時間がすべて失われてしまいます。 進んでいないように見えても、立ち止まって力を蓄えている自分を肯定してあげてください。

焦らず、急がず、でも決して諦めず。 ドン亀のように、しなやかに、そして泥臭く。共にこの素晴らしい人生を遊び尽くしましょう!

明日はまた、重い体を揺らして走りますよ。 それでは皆さん、今日も(しっかり休んで)最高の1日をお過ごしください!

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