こんぺいとうの最後に、「溶けない芯」を探すフリーランス21年目。
昨日、所用があり無印良品さんへ。
行くと必ず寄ってしまうお菓子コーナー。今回は、なぜかカラフルなお菓子に目が行き、思わずカゴに入れたものの一つがこちら。

なんだか懐かしいなぁと。「昔ながらの砂糖菓子」とパッケージにありましたが、単純に見えて、その製法はとても手間暇がかかっているのですよね。
回転する釜の中に、もち米を細かく砕いて煎ったイラ粉、いわばお煎餅の赤ちゃんのような芯を入れ、砂糖水を吹きかけながらコーティングしていく。
綺麗なカタチにするには、それなりの熟練の技が必要だと、いつぞやテレビ番組で見たことがあります。
ちなみに現在は、芯にグラニュー糖を使う場合も多いよう。
無印さんのこんぺいとうはお求めやすい価格でしたが、東京・銀座でふらりと立ち寄ったこんぺいとうの専門店では、気軽に口に入れるのが憚られるようなお値段でした(笑)
けれど、その製造工程を考えると納得です。
こんぺいとうは、元々はポルトガルから伝わってきたお菓子だそう。織田信長も宣教師から贈られて驚いた・・・という逸話が残っているあたり、歴史を感じさせます。
こんぺいとうのはじまりである「芯」。これは、熱を加えられたり、蜜を吹きかけられたりしても溶けずに残ります。
それを知ってから、こんぺいとうを舐めるとき、必ず最後にその「芯」を舌で探すようになりました。
分からずに終わってしまうこともあるのですが、たいていは「あっ、あった」となる。
なぜか、くじ引きに当たったときのような、ちょっと小さくガッツポーズをしちゃうような不思議な喜びがあるのですよね。
別に美味しいモノではないのですが。
そんな見落としてしまいそうな小さな「芯」に、愛おしささえ覚えてしまう。
それはきっと、その硬質な芯に対して「何日もの熱と試練に耐え抜いてきたのだねぇ」と一種の同情のような感情を抱くからなのかもしれません。
なんて書くと、ちょっと大げさですけれど(笑)
今も、こんぺいとうを口に含みながらこの記事を書いていますが、情報も感情も、ものすごい熱量を帯びて押し寄せてくる昨今。
そんな時だからこそ、私自身も自分の真ん中に「溶けない芯」を一つ持っていたいなぁと思うようになりました。
お飾りの部分はどんどん溶けても、芯だけはちゃんと残る。舌で感じることができる。
そんな硬質さ。
色とりどりのこんぺいとうも、最後に残るのはイラ粉。なんの味もしないもち米の粉です。
けれどそれがなければ、こんぺいとうはカタチをなさない。
そんな芯を時が経ても変わらずに、持ち続けていたいと思うわけなのです。
✿✿ 自分の言葉の芯を見つけよう ✿✿
✿ 筆子だより ✿
「おりらちゃんからの問いかけ」に、さっそくの回答をありがとうございます。いただいた回答からインスピレーションを得て、今日のエッセイが生まれたような気がします。
なにか、ピンとくるところがあったら、フォローやスキをいただけると、りらの花もほころびます。コメントもお気軽にどうぞ!✿ 今日も、ごきげんよう✿
