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今 春が来て・・・「卒業」に想いを馳せる50代起業家のお話。

ここ数日、やたらと目にしたり、耳にしたりする言葉があります。

卒業。

もう3月ですものね。卒業式シーズンです。

といっても、これは世界共通ではなく、20代~30代の5年間暮らしいていたオーストラリアの卒業式は12月。

そして、語学を勉強しているお隣の韓国は2月ですし、アメリカは5月~6月と聞きます。

日本の卒業ソングは、それこそ「桜」といった春の情景と重ね合わせた曲も多いですが、この感覚は、なかなか海外の人に説明しづらかった記憶があります。

ちなみに、ワタシの卒業ソングといえば、『なごり雪』。中学を卒業したとき、当時付き合っていた男の子が歌ってくれたのですよね。

どんな経緯でそんな展開になったのかは、忘れちゃいましたが、歌声だけは耳に残っている。歌が好きで、上手な子でした。

数少ない、可愛い恋の想い出です(遠い目)


いずれの時期にしても、学生はその時がくれば、半ば強制的に「卒業」することになります。

一方で、大人になってからの「卒業」は、長い間所属していた居場所から離れる時や、子育てをひと段落したとき。

先日、この春に大学を卒業して就職する息子さんを持つ友人に会ったのですが、「ようやく卒母だ~!」と言っていました。

これからもお母さんであることは変わりないけれど、「子育て」という責務はひと区切り。

そして、これから彼女が野望を抱いている計画をあれやこれやと聞きながら、ひとつ思ったことがあります。

卒業とは出口ではなくて、新しい入口なのだなと。

卒業して入学、入社があるように、友人も次に向かいたい目的地ができたから、「卒母」という表現になったのだろうと。

大人の卒業は、自分の意志が卒業証書。校長先生からの卒業証書ではありません(笑)

自分自身で「よし、ここはもう卒業しよう!」と腹をくくったときに、次のプロセスが始まっていきます。

そして、友人の話に耳を傾けながら、「そうか・・・。ここ最近のワタシに欠けていたのは、腹をくくるってことだな」と思いました。

ワタシも、卒業案件をいくつか抱えています。

けれど、これまでの居場所が心地よければ、心地よいほど、人は動くことにためらいを感じるもの。

人間関係がリセットされ、新しいルーティンを再構築していくプレッシャーやストレス。

それを思うと、二の足を踏んでしまう。

さらに、大人になってからの「卒業」は、悪しき習慣や執着、思い込みから脱却する際にも使われます。

こちらも同様に、自分の意志が卒業証書になる。

大人の卒業って、結構ムツカシイし、大変なこともありますね(笑)

とにもかくにも、もう春はすぐそこ。新しい入口に向かって、卒業する。腹をしっかりくくっていこうと思います。

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