「日本国宝展」@大阪市立美術館、の巻
大阪市立美術館までの道
大阪万博に行った翌日、大阪市立美術館の「日本国宝展」を見てきました。
というか、こちらが本当はメインなのですが。
大阪市立美術館を訪れるのは初めてです。
地下鉄御堂筋線(御堂筋線が一番なじみがあるので、やっぱりこれを使ってしまう・・・)の天王寺駅から歩いて行ったのですが、大阪市立美術館の公式サイトにPDFでアクセス情報が丁寧に書いてあるので、それを頭に入れておけば間違うことはないでしょう。親切。
チケットのこと
ここでひとつお勧めしておくと、
「入場チケットはあらかじめデジタル当日券で購入しておいた方がいい」
ということです。
美術館に行ってみてびっくりしたのですが、当日券売り場に長蛇の列ができていました。
え?なんで?デジタルチケット買ってるんだけど、それでいいんだよね・・・?と不安になるくらい。
結構な行列だったので、そこで並んでいる時間をロスしないためにも、事前に買っておきましょう。
音声ガイド
音声ガイドは、現地でガイド機を借りる通常の手段もありますが、「iMuT」というアプリの中で購入することもできます。私はこちらを利用しました。
音声ガイドアプリにはいくつか種類があり、今現在割と使われているのは
「聴く美術」
「iMuT」
の2種類です。
この二つのアプリをDLしておけば、それなりの数の美術館の音声ガイドを購入することができて便利です。
ガイド機を借りて聴くのもいいのですが、私はアプリ経由で音声ガイドを購入して、自宅に帰ってからゆっくり聞き直す、なんてこともするので、本当に便利に使っています。
今回の音声ガイドは、ナビゲーターが津田健次郎さんと中条あやみさん。
津田さんがさすがのイケボで、作品を見るときの没入感がとても心地よく、自分一人の世界にはいりこんで作品と対峙できる感じが強くしました。
タオルハンカチ必須です~ガラスケースに触らないでほしい・・・
Twitter/Xでも書いたのですが。
本展覧会はとても混んでいます。
多分、ふだん美術館・博物館に来ない人たちもたくさん来ている。
そのせいなのでしょうか・・・展示ケースのガラスをべたべた触る人たちが大量発生しています。
私は背が低いので、ちょうど目の前に指紋の跡がついていることがよくあって、作品を見るときの妨げになりました。
なので、タオルハンカチを握りしめて、指紋という指紋を拭き取りながら見て回りました。
東京の展覧会だと、最近は「ガラスケースに触れる」ことにとても神経質なので、ちょっとでも触ろうものなら係員が飛んできて注意されたり、こまめに係員が拭いてくれたりするのですが、いかんせん今回はめちゃこみなので係員の数が足りていないのだと思います。
だから、見る人が気をつけると同時に、指紋がついていたら自分で拭ってみるしかない。
この作業、地味にストレスがかかるので、この後改善されるといいなと思います。
ようやく見学
まさしく、国宝づくし
私が見たのは、第2期です。
中がとにかく混んでいたので、基本的には東京国立博物館(以下トーハク)や皇居三の丸尚蔵館などで見たことがあるものについては飛ばすことにしました。
従って、「洛中洛外屏風図」や若冲の「動植綵絵」は潔く、パス。

写真を撮れる展示物が少なくてちょっと寂しい・・・
絵巻物が好きなのでじっくり見たかったのですが、やっぱり人だかりがすごくてあまりよく見えず・・・
でも、「病草紙」と「信貴山縁起絵巻」は意地でも見た!
「信貴山縁起絵巻」は「源氏物語絵巻」「伴大納言絵巻」「鳥獣人物戯画」と併せて「四大絵巻」とされる絵巻物なので、これは是非見ていただきたい! ざっとだけれど見られて良かった!
大迫力の鑑真和上像
今思い返して、何が印象に残っているかと言えば、奈良・唐招提寺の鑑真和上像でしょうか。
おお、教科書で見たぞこれ!としみじみとした興奮が湧き上がってきます。
想像よりだいぶ大きい。
かなり着色が残っている。
それだけで胸に迫るものがあります。
混み合った美術館の中でも、そこだけは不思議と静謐な空気が流れていて、像が醸し出す迫力や威厳が、その場を制圧しているような雰囲気さえありました。
本当に、これは見られて良かった。
書の名品たち・・・高野切、芦手絵和漢朗詠抄・・・
私の目的は主に日本の書の展示でした。
でも、書の展示って下に置くから人だかりができやすくて、なかなか見づらいんですよね。
とはいえ、根性で見てきましたよ、高野切と和漢朗詠抄!
伝紀貫之の古今和歌集高野切は、かな文字書道を学ぶ際には必ず臨書させられるお手本中のお手本です。
消えてしまいそうなくらい繊細な線が描き出す連綿は、印刷ではなかなか再現できないものですから、実物を見られて本当に良かった。
水墨画の名品たち
水墨画は禅宗と切っても切り離せないものです。
印象に残っているのは、「禅機図断簡」。迷いのない線ですっすっと書かれていて、その潔さと集中力を想像すると、己の修行の足りなさを恥じ入るばかりです。
デッサンもなしに、なんであんなに迷いのない確実な線を書けるんだろう?
やっぱり修行なのかなぁ・・・
国宝をライブで見る意味~王羲之の良さがわからない
さて、この展覧会の中でも屈指の人だかりができていた展示物の一つが、王羲之の「喪乱帖」でした。
王羲之の字の輪郭を細い線でなぞって写し、字の部分を墨で塗って埋めるという「双鉤塡墨(そうこうてんぼく)」という技法で写し取っているので、限りなく王羲之本人の字に近いものが再現されています。
ひとだかりの原因のひとつに、さもわかった風に作品の前に立ち止まって動かない人がいましてね・・・空気読めよ。
っていうか、そこまでこの書はいいか?
全然綺麗じゃないんですけど。
「綺麗じゃない」というのは、文字の造作が綺麗じゃないということです。
なので、あのたたずんでいた人は、
「王羲之だからいいと思って眺めてるだけじゃんじゃないか?」
という疑念が生まれてしまいまして。
名前だけが大切で、書を見る目がないんじゃなかろうか。
Twitterにも書いたことなのですが。
私は、この「喪乱帖」の良さがちっともわかりませんでした。
紀貫之、藤原行成、小野道風・・・彼らの書には人を黙らせるくらいの美的センスと文字の造作の美しさがありましたが、これはそんなに言うほど美しくないしな・・・
私はその確信を強め、先日書道教室に行ったときに書の師匠に思い切って言ってみました。
「大阪の国宝展で王羲之の喪乱帖みてきたんですが…私、王羲之の良さがわかりませんでした」
すると師匠曰く、
「喪乱帖ならそうでしょうね。王羲之は蘭亭序以外はそんなに美しくないから」
とあっさり。
そうか、よかった、私の書に対する美意識は間違ってなかったw
そして師匠はこのように教えてくださいました。
「王羲之のよさは、フォントの創造性なんです。自由な発想で書体を発明できた、それゆえに書聖と呼ばれ、後代にまで大きな影響を残したんですね」
なるほど・・・!
それなら腑に落ちます。
確かに、私にはあそこまでの線質の自由さはないし、字の崩し方にしてもああいう重心の取り方はできない。字を知り尽くしたからこそ出る天才性なんだなと。
喪乱帖は正直美しくない。
でもそれは王羲之の書の良さを毀損することはない。
それがわかっただけでも大阪まで国宝展を見に行ってよかったし、王羲之の真髄の一端に触れることができた気がしました。
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