第3回:親友の結婚式で「式への憧れ」と「自分とのズレ」を同時に更新した話。
友人席の特等席で、私は少し浮いていた
30歳という足音が聞こえ始めた頃、私の大切な親友3人のうち2人が、立て続けに「あちら側」へ行った。
披露宴では友人代表としてコメントを求められ、一番近くの席で彼女たちの幸せを凝視する。
心からの「おめでとう」に嘘はない。彼女たちの幸福は私の誇りですらある。
けれど、宴が進むにつれて、私は自分の中に奇妙な感覚が芽生えるのを無視できなくなった。
それは「焦り」ではない。
同じフィールドにいない。競技種目が違う。
そんな、絶対的な**「住む世界の断絶」**に対する確信だった。
ムービーの中の「知らない言語」
決定打は、二人の軌跡を辿るプロフィールムービーだった。
付き合っていた頃の何気ない自撮り動画、笑顔で寄り添う写真の数々。
それを見た瞬間、私の脳内には**「想像の限界」**という警告灯が灯った。
そもそも私は自分の写真を撮らないタイプだ。ましてや、誰かと寄り添う自分をレンズに収め、それを編集して人前に晒す……その一連の「恋愛のプロセス」が、私には未知の言語のように見えた。
常に隣に並んで、ファーストバイトで笑い合い、共同作業をこなしていく。
その中心にいる自分が、どうしても想像できない。
幸せな二人を見れば見るほど、「私にはその感覚が分からない」という事実が浮き彫りになっていく。
それでも、私は「式」が挙げたい
矛盾している、と言われるだろう。
でも、私は「結婚式」が挙げたいのだ。
大好きなテーマパークの世界観に包まれて、
推しのグループの、あの曲を絶対的なタイミングで流したい。
思い入れのあるアイテムをウェルカムスペースに飾りたい。
お気に入りのドレスを着て、これまで支えてくれた家族に、その晴れ姿を見せたい。
私にとって結婚式は、恋愛の結実を報告する場ではない。
**「人生の新しいフェーズへの契約」**を、自分の大好きなものに囲まれて宣言する、最高のセレモニーなのだ。
必要なのは「熱量」ではなく「合意」
友人の式で流した涙は、彼女たちの愛への感動だ。
でも、私がこれから探すべきなのは、ムービーに映るような「情熱的な恋人」ではない。
写真を撮らなくても、隣にいることに違和感がない。
ファーストバイトを一つの「共同作業」として受け入れてくれる。
私の「推し最優先」の価値観を、一つの「経営方針」として理解してくれる。
そんな、「恋愛」というフィルターを通さない関係。
👉 もしかすると、この感覚に少しでも共感する人もいるのかもしれない。
披露宴の帰り道、私は確信した。
私は、彼女たちのような「恋」はできない。
でも、私には私の「幸せの形」がある。
その契約を結べる相手は、アプリの狂騒の中にはいない。
私は、もっと静かで、もっと事務的で、もっと確実な場所へ向かう必要がある。
自治体主催の婚活イベント。
そこは、効率や条件だけでは測れない、
また別の“現実”が詰まった場所だった。
次回、その空気に初めて触れた日の話。
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