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応援のつもりが、行動を遠ざけるとき|対話の土壌をめぐる 第0回

これから書くのは、
単なる「良かれと思って」「あなたのためを思って」
などの経験の話ではありません。

技法やハウツーとも違うと思います。
それらを使う前に、少し丁寧に触ってみたいところがあります。

これから書くのは、そんな
ちょっとしたタイミングや関係などの
対話の土壌の話です。


普段の会話の中で、
「ちょっとやってみたいなって思ってるんだけど、
まだちょっと迷ってるんだよね~」とか、
「生活のこんなところ、悪いとは思ってるんだけどね~」みたいな話、
結構ある。

自分が言うこともあるし、他者からきくことも、どっちもだ。

本当にとても役に立つ助言をしてもらったこともあるし、
「わかる~、私も~」みたいに返されることもある。
とても自然なことだ。

私は、その中で、めっちゃ
「いや!!!あなたに何がわかるの?!」
って思うこともある。
ちょっとだけ、
「えー、そうなのー…やっぱりもう少しあっためておこう」
と思うこともあるし、
「もう絶対この話しないでおこう…」とか思うこともある。


外に出る言葉にしてみるなら、こんな感じかな。

「そうなんだけどさ~」
「いや、そんなに簡単なことじゃなくって…いや、もういいや…」

この違いってどこにあるんだろう。


「わかる~、私も~」
って言われたときは、進まない感じがするw
「だよね~」ってw

でも相手にもよるかな~。
相手を見て、その人がどこでやらずに止まってるかとか、
どんな現状とか、そういうあたりを見て、
場合によっては、反面教師として。
もしくは、先延ばしにしたいっていう、
自分の中の「おさぼりちゃん」の一面が出てきちゃったら、
人のせいにしつつ、自分のやらない理由を固めてしまうかもしれない。
きっとその時の自分の選択は、一番どっちに傾くか
わかりにくいかもしれない。


自分の中で、拒否反応が出るときは、

よく現状を知っていない人に言われるこんなこと。
「それってあれだよね~」
(まって、勝手に決めつけないで?)

「あ、そういうときこれがいいんだよー。」
急に出される具体案。
そして、一人語りに、プラスマウントがくっついてくることもある。
(今は私が話したいのに…。)

「気になってたんだよねー。気づいてよかった、今やらないと後々あなたの健康が・・・(云々)」
(あーはいはい…。聞きたくない…。)

あぁ、心の中の声ってなんて素直なんだろう。

例え、心配してくれてるんだろうなってわかっていても、
そう思ってしまうことはよくある。

応援や後押しのつもりで言ってくれてるときもあるんだろう。
「あ、いいんじゃない?がんばれ~」
(なんか…まだ迷ってるのに…)
突き放されたり、興味ないって感じることもあれば、
(いうほど簡単じゃないんだよ‥‥、
あれもこれも、できない理由が沢山あるのに・・・。)
ってね。


考えてみると、自分が受け取った助言は、
いわば、材料をもらったような感じ。

悩みというか、どうしようと決めかねているものは、
ポケットにたくさん入ってて、
それをまだ机の上に広げ切っていない感じ。

だから、これは?あれは?って話しながら、
「あ、それ持ってる。」
「これとこれは、そうやって使うんだ。」
「今持ってるこれは捨てた方がいい?何に使える?」
「あ、だったらこっちがいいかも~」

そんな感じの整理をして、机に広げてみていく。
そして、そんな中でもらった材料は、
用途もわかるし、新たな発見にもつながったりする。
そういうもの。

これでたとえば、
全然知らない素材をもらっても嬉しくないし、
自分がポケットから出した少しだけを見て、
「あ、それって、これだね!」
って言われたら、
そりゃ、次を見せたくなくなる。

「へぇ~、いいね👀
まだある?」

「そっかそっか、いっぱい持ってるね。
いいよ、まだあるなら出してごらん。」

そんな感じの相手になら、
見せてもいいかもしれない…。

いや、見せたくなるかもしれない🤣(もっと見て!)


自分の中の迷いは、
もしかしたら恥ずかしいことと感じるかもしれない。
時には怖いと思うことかもしれない。

ー否定されたら…
ー変だと思われたら…
ーやってみるとしても目標に届かなかったら…

そしてその迷いを言葉にするにも、外側の評価の他に、
自分の中で、変えない理由、変わらないことで守っている大切なもの、
迷いをどうするかよりも、もっと優先して変わらないとできないこと、
そんな迷いの種を沢山持っているのかもしれない。

だから、その種の感触をゆっくり確認したい、
そんな感じの段階ってあるのだと思う。

そこにすぐ正論や具体的頻度や方法が飛んで来たらどうだろう。

今の自分を守りたいという、とっさの心の鎧を着こんだり、
思考を停止させることがある。
出来ない理由や、やらない理由を探し始めて、
それを言葉にし始めると、
自分でもどんどんそっちに目が向いて、
気持ちも行動から遠ざかっていく。

「でも」
「だって」
「わかってるけど」
「そう簡単じゃない」

これらの言葉は、本心だけど、
本心の全部なわけでもないのかもしれない。

つまり、
応援や助言のつもりが、
このように行動を遠ざけてしまうことにつながるということがある。


自分のスピードじゃない
自分の、迷いのない本心じゃない
ちゃんと話を受け取ってもらえない
結論をせかされる
自分の言葉に違和感がある

このような対話は、まるで水中で正座させられているようにも思う。

けれど、期待も、不安も、どっちもだしていい、
ちょっと何て言われるかわからない思い付きもいっていい、
言葉にならない状態の気持ちを何とか共有できる、
そして、自分の考えや選択を自分で変えてもいい、

そういう関係で進む会話であれば、
「やる」「やらない」を決めきらなくていいし、
言葉を机に「置いておける」。

この安心感が、
心に引っかかっている「ちょっと気になってる」や、
「ちょっと変えてみようかな」の言葉を、
スッと出てくる基盤なのかもしれない。

それには、
・相手が息をつめて話すのではなく、お互いに息ができる関係性があるか
・意見を変えたり、言葉を選択し直すのに、怖くない・痛くない、
むしろそれが当然であるくらいの余白があるか
・正しさを押し付けたり、急ぎ過ぎたりしていないか

こういったことを大切にする場になっているかどうかが、
会話の質にも大きくかかわっているのかもしれない。


(あとがき)

今後数回にかけて、動機づけ面接、MIと呼ばれる対話の考え方を
手がかりにしながら、専門用語よりも前にあるものを考えていきます。

人が息を詰める会話と、息ができる会話。
助言の前にあるもの。
正しさを、人が受け取れる形で扱うこと。
そして、相手だけでなく、相手に向き合う自分自身に気づくこと。

誰かを変えるためではなく、誰かが自分の言葉に出会えるようにするために。

そんな対話の土壌を一緒に眺めてみたいと思います。


書いた人:ユウナ
公認心理師・社会福祉士・精神保健福祉士。
MI、動機づけ面接を学び、2024年ニュージーランド開催のTNTを修了。 MINT(Motivational Interviewing Network of Trainers)メンバー。
専門用語よりも、その手前にある会話の肌感覚を、日常の言葉で眺めています。



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