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人生をよりよくするために必要なことは「過去に納得すること」だった

5月31日に星の配置が変わって、新しいステージに行くらしいんだけど、そんな31日にふと気が付いたことがある。

過去を手放す
許す
受け入れる

人生をよりよくするためにはこれらのことが必要だと言われている。

どれだけ辛いことがあっても、不本意なことがあっても、理不尽な目にあっても、「許し、手放し、受け入れる」

そんなの無理だよ。
どうしてわたしだけがあの人を許さなければならないのか。
悪いのはあっちなのに。

わたしはただ一生懸命人を愛し、まじめに働き、人に優しくして日々のタスクをこなし、必死に生きてきただけなのに

どうして神はこれほどの試練を与えるのだろう。

やっと見つけたと思ったら違って
信じたら裏切られて
仲間だと思ったら敵になって

長い年月をかけて築き上げてきたものが、一瞬で崩れ去る

そんなことを繰り返してここまで生きてきた。

幸せは長くは続かないもの?
いいことがあったら次は必ず悪いことが来る?

わたしを傷つけたあの人は今日も変わらず何も考えずにのんきに普通の日々を送っているのに、私だけが苦しみと憎しみ、後悔の中であの人の深層心理を分析し、「あのときどうすればよかったんだろう」と思い悩み続けている。

そのせいで白髪も増え、顔の筋肉がこわばってしわやたるみが一気に出てきた。目の奥には深い悲しみと絶望が宿ってしまった。

わたしが一体何をしたというのか。

大事に抱えていたはずの宝物は、魔法のように瞬時に消えてしまった。

わたしは間違った場所にいたのだろうか。
信じる相手を間違えたからか。

いやそもそも、わたしは何を選択しても間違いなのでは?

すべてを手にしているように見えるあの人と
わたしの何が違うのだろう。

~~~~~~~~~~~~~~~~

思えばわたしは、この8年、自分の人生に起きたことに納得できないまま、生きてきた。

わたしの幸せだった人生を壊した人たち全員に対し「許せない」という気持ちを抱えていた。

子どもがほしいと言ったのに、一緒に育児をすることなく死んでしまった夫。

わたしの自立した幸せを願っていなかった両親。

結婚していたとき、海外にいる私を訪ねてきたときはホテル代も出してあげたりしたのに、わたしがシングルマザーになったとたん、「だからって頼らないでよね。」と突き放した妹。

結婚していた時、生活費や旅費は出してくれたのに、夢の仕事をかなえるための資金は出してくれなかった資産家の義父。

そして何より、夫を100%信頼できずに嫌がる夫の話をまともに聞かずに里帰り出産して母を頼ろうとした自分。

そもそも子どもはいらないとずっと思っていたのに、自分の感覚より夫の「子供いたら楽しそうじゃん」というような軽い提案を受け入れ、子どもを天にオーダーした自分。

あのときわたしがこういう決断をしていれば。
あのときあの人がこうしてくれていたら。

堂々巡りでたった一人で戦っていた8年間。

だって、幸せな結婚をして「夫婦を全うすること」がわたしの若いときからの唯一の願いだったから。

シングルマザーになるなんて、全く私の本望じゃないし、似合わない生き方だとずっと思ってきた。

だからわたしは、誰よりも、「過去の自分」を許せないできた。

悔しい、悲しい。
だから絶対また幸せになってやる!
今までにないくらいの愛と富を引き寄せるんだ!

そう思いつつも、自分やあの人たちを許せずに、後悔の中で生きていた。

そうすると、やっぱり何もうまくいかない。

彼と結婚する直前、結婚生活の間、私の波動はもっと軽かったし、
顔つきも全く違う。

わたしは42歳で別人になった。
この世界の闇を知って、人生の「酸い」の部分をこれでもかと浴びてきた8年。

こんな40代になるはずじゃなかったとずっと納得できずに生きていた。
それでも何とかしようと必死にもがいていた。

今までたくさんのヒーリング、カウンセリング、占い、瞑想、ヨガ、セラピー、本などに救いを求めて実践してきた。海外をうろうろしている環境を生かして、それこそ世界中のいろいろなセラピーや占いに会う機会があった。

それらから学んだことの本質が、
昨日ふと、やっと腑に落ちた気がする。

「許す」って、わたしを苦しめたあの人たちを許すわけじゃなかった。

彼らを許せないわたしを許す、ということ。

あのときあの人たちを信じた健気な自分を許すということ。

「受け入れる」って他人を受け入れることじゃなかった。

自分の人生に起きた不本意なこと、あの時の自分の選択、すべてを
受け入れることだった。

あれもこれも、私の魂が設定していた宿命だった。
現実世界を生きるわたしにとっては不本意で不幸な出来事でも、
魂としてのわたしからすれば、全然不本意でも不幸でもないことだった。

すべてわたしが選んだこと。
宿命だった。

息子に先立たれた義母が、まだなくなって1年も経っていないときに言った。

「運命だよ…」

強いなと思った。

家族が早くに死んだとしても
「あのとき私がああしていれば」「あのときあの人がこうしなければ」
そんなことを延々と考えてしまうのが普通だと思う。

だけどそれを「運命」として受け入れる。
それ以上自分のことも、亡くなった本人のことも、周囲の人のことも
責めない。原因を何年も追求しない。

それが本当の強さだし
今生きている人間に課された使命。

どんなことが起きても「受け入れる」「納得する」
そのうえで、未来の人生は「わたしが選ぶ」「自由に思い描ける」ことを本気で信じること。

この納得が腹の底に落ちていない段階で
どれだけ理想の未来を思い描くアファメーションをしてみても、効果がないのだった。

わたしはわたしの過去を受け入れる。
あのときの自分と、周囲のわき役としての登場人物の言動を許す。

そこからなんだ。

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