40.vsヨルガ ①強敵
俺は魔導収納具から引き抜いたばかりの剣を構え、一歩、ヨルガへ歩み寄る。
ヨルガもまた、凶悪な牙を見せつけるかのように大きく口を開け、地響きのような威嚇の声を上げた。
「一年ぶり、かな。お前みたいな化け物と対峙するのは」
シュー、と赤黒い割れた舌が不気味に蠢く。
あの時の絶望が肌を刺す。
だが、今の俺の足は震えていなかった。
【魔力増幅】、さらに【精度増幅】を自身へ多重展開。
「あの頃は、ガルドさんを失った。俺が弱かったからだ……」
剣の切っ先を、真っ直ぐにヨルガの眉間へと向ける。
「でも今日は、俺が勝つ!」
起点となる術式を脳内で一瞬にして構築。
「【風刃の襲来】!」
放たれた不可視の嵐が、鋭利な刃の渦となってヨルガの巨体を全方位から囲い込み、猛烈な勢いで切り刻んでいく。
キィィィィィン! と金属が激しく擦れ合うような高音が戦場に響き渡った。 ヨルガが不快そうに咆哮を上げる。
だが、巻き上がった砂煙が晴れたとき、俺は思わず奥歯を噛み締めた。
「……特級魔術で、たったのそれだけかよ……!」
あれだけの暴風を直接浴びておきながら、ヨルガの黒紫色の鱗は、表面がほんの少し削れている程度だった。
絶望的な防御力だ。
だが、怯んでいる暇はない。
ガシィッ、と地面を踏み込み、一気に前へと跳ぶ。
魔力で身体能力を引き上げ、肉薄する。
雄叫びと共に剣を振り下ろし、ヨルガの脳天へと斬りつけた。
――ガキィィン!
凄まじい衝撃と共に、硬質の鱗に刃を完全に弾かれる。
強引に背面を蹴り、空中へ身を翻して間合いを取った。
着地するよりも早く、ヨルガがその裂けた顎を開くのが見えた。
口腔の奥に集束していく、禍々しい紫緑色の魔力弾。
(――まずい、あの時と一緒だ!)
脳裏に、ガルドさんが盾となって倒れたあの悪夢がフラッシュバックする。
あの時は対応できなかった。
何もできなかった。
だが、今の俺はもう、守られるだけの弱者じゃない。
「【範囲障壁】――ッ!!」
着地と同時に右手を突き出す。 後方に立ち尽くす探索者たちを包み込むように、分厚い半透明の光の壁を展開した。
直後、放たれた魔力弾が障壁へと炸裂する。
鼓膜を揺らす轟音。
凄まじい衝撃波が周囲の地面を爆砕したが、俺の結界は一歩も引かずにその牙城を守りきり、エネルギーを霧散させた。
「……っ! た、助かった!」
「おいあんた、無茶だ!」
背後からの声に、視線はヨルガに固定したまま鋭く言葉を返す。
「大丈夫です! あんたらは周りの雑魚の対応と、自分を守ることに集中してください!」
「わ、分かった!」
探索者たちが迎撃体制を戻したのを確認し、俺は即座にヨルガの死角へと回り込む。
ヨルガの巨大な瞳がギロリと動き、執拗にこちらを捉えようと追ってくる。その巨躯に見合わない反応速度だ。
「【切れ味増幅】! 【速度上昇】!」
限界まで付与術式を重ね、残像を残すほどの速度でヨルガの背後へと肉薄する。
全力の荷重を乗せ、一閃を叩き込む。
――パキィン!!!
乾いた甲高い音が響いた。 鱗を両断するはずだった刃は無残にも弾かれ、安物の剣は根元から綺麗に破断していた。
「チッ!」
手元に残った柄を投げ捨て、ヨルガの尾の薙ぎ払いを寸前でバックステップして回避する。
ストン、と静かに着地し、自身の空の掌を見つめた。
……普通の方法じゃ、傷一つつけられない。 深層の化け物の恐ろしさを、改めて骨の髄まで理解する。
だが、俺の手札はもう尽きたわけじゃない。
あの日から、俺が一人で積み重ねてきた努力の成果が、この胸の中にある。
「……これならどうだ」
静かに右手を天へと掲げた。
