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神様。いらっしゃるならどうか、そこに正座しろ。(3)

3. チカチュウ、モッチ―


十か月前。

集合場所のショッピングモールの屋上駐車場に入ると、四角い建物の出入口付近に十人ほどの男女が集まっているのが見えた。
二、三人ずつの塊が、ぱらぱらと散らばっている。

SNSで知り合った人たちと、県境の島でバーベキューをして夜は花火を見るイベントに、チカに強引に連れてこられた。
チカも初参加らしい。
行ってみたいけどひとりで来るやつなんていないだろうからと、付いてくるよう頼み込まれた。

「あれかな」
まばらな集団を見て、チカが言う。
「緊張する」
私が呟くと、
「なんでよ。同じニンゲンでしょ」
チカはバックモニターに目を落としたまま、ハンドルを切る。
車はゆっくりとバックしていく。
白線のあいだにぴたりと収まると、エンジンが静かに止まった。

真夏の昼前の駐車場は、日差しを溜めて、じりじりと熱を持っている。
車のドアを開けると、アスファルトの照り返しを受けて、むんとした熱気が流れこんできた。

人の塊に紛れて、ひときわ大きな声を張っている人がいた。

やわらかい関西訛りのイントネーション。
淡いピンクのコットンシャツ。日焼けした腕。
カーゴパンツの左右のポケットに、財布とスマホを雑に突っ込んでいる。
集まった人たちを見回して、声を上げる。

「初対面もけっこういるし、自己紹介しとこか。
ハンドルネームでも、本名でも、なんでもオッケーでーす」

誰から行くのか探り合うような空気が流れ、
「じゃあ、僕から」
と仕切っていた彼が片手を小さく上げて、半歩前に出た。

「坂本です。“モッチー”でやらせてもらってるんで、そう呼んでもらえれば。
えーと、熱中症にだけ十分気を付けて楽しみましょー」

じゃ、次よろしく、と振り返って誰かを指名する。
参加者たちは、照れながらも次々と発言していく。
誰かが軽くボケると、あちこちから笑い声が重なる。
即席の輪が私の足元だけを避けて、するすると閉じていった。

輪の少し先に、女性がいた。
日陰に隠れるように出入口の柱にもたれかかって、スマホを触っている。
真っ黒なラッシュガードのフードも被って、つばの広い麦わら帽。サングラス。
麦わら帽の下から、ウェーブがかった明るい髪が肩まで垂れている。
フル装備だな、と思った。
女性は参加者らしい誰かに声をかけられるとスマホをポケットにしまい、笑いながら何かを喋っていた。

隣でチカが前に進み出た。
「チカチュウと申しまーす。特技は10まんボルトでーす」
場が優しく沸く。

チカに続き、白のテンセルシャツの男が「はいはーい!」と飛び出して、ポケモンに絡めた自己紹介を始めた。

チカは決して、美人ではない。
ぽってりした頬に、丸いボブ。
笑うとたれ目になる。
その無防備な笑顔が、初対面の相手の警戒心を簡単にほどく。

でも、さ。

テンセルシャツの男とじゃれ合うチカを遠目に見ながら、こっそり思う。

“チカチュウ”は、私のおかげですよね?

SNSを始めたばかりの頃、チカに「ポケモン好きのチカチュウでいいじゃん」と助言したのは私だ。
「ピカー!つって」
と付け足すと、
「いいねそれ」
彼女は人差し指でスマホをタップした。
「つーか、ポケモンなんて知らないんだけど」
「私もだよ」
かつて、笑いあった。

皆が喋り終えて、ついに私だけになった。
「……ハルカです」
吐きそうになりながら、名前をカタカナにしただけのハンドルネームを口にしたそのとき。
「はるるーん!」
と声が飛んだ。
「はるるんビームー?」

「えっと…」
笑おうとして、口が引きつる。

ビーム?
何?
どうしよう、これ。

固まっていると、
「モッチー、うるせえよ。もう出発しようぜー」
と誰かが言った。
それが合図のように、ゆるく固まっていた輪がほどける。
顔を上げた私の視線を、「モッチー」と呼ばれた彼――坂本さん――が正面から受け止めていた。

「じゃあ、グッパーで分かれようか。俺の車に乗りたい人はパーでー」
彼が言い、
「おかしいだろ」
とまたさっきの人が言う。

なんとなく、パーを出し続けた。
チカはグーだった。

「俺の車に乗りたい人はパー」はそのまま成立して、私は坂本さんの車に流れた。
顔見知りらしい二人組同士が、それぞれ二列目、三列目の後部シートに乗り込む。

余った助手席の前で立ち止まっていると、
「はるるん、助手よろしくー」
と彼が笑う。
前へ乗るよう促された。

車内には、芳香剤の強い匂いがこもっていた。
エンジンがかかると、小さな振動が走った。
二列目と三列目では、それぞれ別の会話が始まる。
けれどその声はこちらまでは届かず、私はただ、足元をぼんやりと照らす紫の光を眺めていた。

何のためのライトだろう、これは。

右隣を盗み見る。
ハンドルにもごつい皮みたいなカバーが巻かれている。
案外、ヤンチャな車だなと思った。

「今日、はじめましてやんな?」
坂本さんが言う。

「あ、はい。チカに誘われて。って、チカも初めてらしいんですけど」

「ああ、あの、チカチュウの」
彼が笑う。

「そうです、10まんボルトの」

「あの子、完全に場を支配してたね」

「はは、そういう子なんです」

仕事は何やってるの?と聞かれ、勤務地を答えた。

「マジで?俺、××地区よ?」

同じ会社の、別の工場の人だった。
設計をやってるらしい。

「坂本さんは」と言いかけて、「モッチ―でいいよ」と言われた。
「みんなそう呼んでるし」
そのせいで、そこから先、彼の名を呼ぶ機会をすっかり失ってしまった。

市街地を抜ける。
山の斜面とガードレールが、後ろへ流れていく。
ゆるやかなカーブを曲がると、海が広がっていた。
うみ、と息が漏れる。
もうすぐ着くよ、と坂本さんが言う。

到着すると、先に着いていた別の車から、さっきの黒いラッシュガードの女性がこちらに歩いてきた。

坂本さんは車の後ろに回って、トランクから荷物を出す。
女性も横に並ぶ。
「おまえそれ、ほんま暑ないの?」
坂本さんが笑いかける。
「むしろ寒い」
「わけあるか。アクエリ飲む?」
「いい、大丈夫」
紙皿や箸、食材の袋を彼女に渡すと、自分はクーラーボックスとコンロを抱えて、トランクを閉めた。

「遥ー!」
チカが駆け寄ってくる。

「あ、これお願いしてもええかな」
坂本さんがこちらを振り返った。
チカと私に、折り畳み椅子を一脚ずつ渡された。

私たちは、折り畳み椅子の座面を腹に当てながら、坂本さんと女性の後ろを付いて歩く。

彼はコンロを地面に置き、クーラーボックスの蓋を開けた。
中から肉のパックがいくつも出てきた。

椅子を地面に設置したとき、膝の裏側に衝撃を感じてよろけた。
何事かと振り返ると、背後に男の子が立っていて、素知らぬ顔をしている。
“膝カックン”なんて喰らったの、いつぶりだろう。
「ちょっとー」
呆れ顔を作りながら言うと、どうも、はるるんさん、と人懐っこい笑顔を向けられた。
誰だっけ。ああ、ちゃんと自己紹介を聞いておけばよかった。

「ビールの人ー」
誰かがクーラーボックスを下ろして声を上げる。
コンロに火がつく。
坂本さんが肉を焼いて、皿に移して、また焼く。
その隣で、ラッシュガードの女性が、クーラーボックスから肉のパックを取り出している。

椅子は、私とチカが運んだ二脚のみだった。
どちらもいつの間にか埋まり、私たちはビニールシートの端に並んで腰を下ろした。
地面の硬さが、薄いシート越しにじかに伝わってくる。

椅子のひとつには、今回の参加者の中で最年少らしい十九歳の女の子が座らされ、男子からの質問攻めにあっている。
彼氏はいるの?
映画は何系が好き?
何飲む?オレンジジュース?

「キノコもらお」
チカが立ち上がって、網の方へ向かう。

炎がぼうっと派手に上がり、きゃあ、とラッシュガードがのけぞった。
坂本さんは平然と炎の中へトングを突っ込む。
「火事だ、火事!」
チカが声を上げて笑う。

タレが垂れるのを気にしながら紙皿の豆を齧り続けていると、さっきの膝カックン男が隣に腰を下ろした。

「はるるん、さやは無理だよ」

「……噛み切れない」

「それ、そら豆だよ?」

「焦げ目がおいしそうに見えたんだけど」

「ビームで焼く?柔らかくなるかも」

はるるんビームのことを言っているらしい。

「今日コンタクトだから」

「目から出すんだ」

笑ってくれた。

坂本さんが、額の汗を拭きながら肉をひっくり返している。
女性の紙皿に、肉をいくつも乗せる。
ときどき女性が、それを坂本さんの口に運ぶ。

“交代しましょうか?”
“ずっと、焼いてますよね?”

立ち上がろうとして、足が動かない。
新参者だし。
でしゃばるのもな。
余計なお世話かもだし。

日がゆっくり沈んでいく。
島内に、花火大会のアナウンスが流れる。
人がぞろぞろと浜の方へ歩き始める。
女性が、坂本さんの耳元で何かを囁いている。
坂本さんが少しだけ屈み、彼女の言葉に笑った。

紙皿の端に、そら豆のさやの残骸が張り付いている。
豆なんてとるんじゃなかった。


4. 見えないものは、ないもの。


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