Re:30才のあたしが恋愛をやり直した話(1)
あらすじ
200×年。
あの頃わたしたちはみんな、mixi(繋が)ってた――。
顔面強者、石井君。
友情出演、坂本さん。
倦怠期で安定期なサトチン。
東証一部トッキョ男子、松崎君。
(※五十音順)
ユウコが最後に選ぶ、「最終ログインは5分以内」男子は一体誰?
Re:30才のあたしが恋愛をやり直した話
――mix史とわた史――
1
市民体育館の正面玄関を入る。
すぐ右の靴箱にスニーカーを突っ込む。
靴下のまま歩く床が冷たい。
グーに握った手を口元に寄せ、はぁ、と息を吐きながら、ガラス張りの事務所スペースの窓口へ向かった。
回数券を一枚破って、差し出す。
「こんにちはー」
受付のおじさんがこちらに笑いかけ、慣れた手つきでぽん、とスタンプを押した。
こんにちは、私もへらっと笑い返す。
体育館シューズを履く。
フロアから、ぱこん、ぱこん、とシャトルを打つ音が聞こえてくる。
もう何組か始めているらしい。
壁際にはスポーツバッグと水筒が並んでいた。
よっこらしょ、と声には出さず、壁にもたれかかって座る。
女子四人がダブルスを組んで、ぽーん、と山なりのラリーを数度繰り返し、空振りしてきゃははと笑っている。
三か月前から、バドミントンサークルに参加している。
美香ちゃんと汐ちゃんに誘われて、バーベキューと花火のイベントに行ったのがきっかけだった。
そこで知り合った松崎君に「毎週水曜の夜、バドミントンもやってるから来なよ」と言われた。
「ゆるいサークルだから」
彼が言っていた通り、勝ちたい、とか、強くなりたい、とか、そういう人はここにはいない。
運動不足解消になんとなく体を動かして、そのまま飲み会に向かう。
なんとなく、また来る。
そういう場所だ。
「ちわーっす」
松崎君たち男子勢が、ぞろぞろとやってきた。
「おー、ゆうこりーん」
松崎君に声をかけられて、少しほっとする。
美香ちゃんたちがいない日は、正直ちょっとだけ居心地が悪い。
「ってか、どこのオリンピック選手よ」
蛍光グリーンのウインドブレーカーに、でかでかと蛍光パープルのアルファベット。
私の派手な格好を見て、松崎君が言う。
「何?JOHOKU TTCって」
「城北中学、テーブルテニスクラブ」
「ゆうこりんてそういや卓球部だったんだっけ。今度勝負しよ」
「今日はひとり?美香ちゃんと汐里ちゃんは?」
「ふたりとも今日は来られないって」
「そっか。じゃあ一緒にやる?」
松崎君の後ろに、知らない男の子が二人いた。
「この子ら、うちの新人」
松崎君が言って、二人がぺこりと頭を下げる。
石井君と、山下君。
山下君は地元の子で、石井君は京都出身だとか。
入社してどれくらいとか、年齢とか。
松崎君が何か説明を始めたんだけど。
いや、待って。
こっちの子。石井君の方。
顔面がドストライクすぎて、鼻血出そうになった。
はっきりした輪郭に、二重の大きな目。
黒のダウンコートに首をすっぽり埋めて、寒そうにしている。
もう、なんか、よかった。
よすぎて、ちょっと苦手かもしれない。
年下イケメン、怖い。
松崎君と私、石井君と山下君が、それぞれペアになった。
「さむー」
石井君が背中を丸め、ダウンを着たまま向こうのコートまで歩いた。
そして、シャトルを放り、ラケットを振る。
白い羽根が、ひゅっと飛んでくる。
松崎君がバックハンドで適当に返す。
シャトルはネットにかすって、ぽとりと相手コートへ落ちた。
「よしっ!」
松崎君がガッツボーズをする。
「いや松崎さん、人間性」
石井君が、めんどくさそうにシャトルを拾う。
その後もだらだらとラリーを続けた。
山下君が無表情のまま空振りをしたとき、「休憩しよっか」と松崎君が言った。
石井君と山下君が、のそのそと歩いてくる。
「あちー」
石井君も、さすがにダウンを脱いだ。
リュックからアクエリアスのペットボトルを取り出し、ごくごくと飲んでいる。
白いTシャツ。
の、首元から、すっと伸びる首筋。
見惚れる。
「集合ー」
松崎君が声を張る。
「男女ミックスで試合しよっか。男子は男子で、女子は女子でジャンケンして、勝った順にペア組んでー」
めっちゃ、勝った。
「1」だった。
「僕、1でーす」
石井君が片手をあげて、きょろきょろする。
「あ、私、1、です」
おずおずと右手を上げる。
「よろしくお願いします」
イケメンが、笑った。
「じゃあ僕、左半分守るんで、ゆうこさんは右半分お願いします」
「おっけー」
石井君がサーブする。
返ってくる。
二人の間に、ぽとん、と落ちた。
シャトルをじっと見て、たがいの顔を見つめる。
「ちょっと、ゆうこさん!」
「いやいやいや!違う、違う、違う!」
「ねえ、こういうのって、前と後ろで分かれるんじゃない?」
「マジすか。じゃあ、そうしましょか。ゆうこさん、どっち行きます?」
「私、前で。石井君、後ろお願い」
「オッケーっす」
石井君がサーブする。
返ってくる。
ネットに引っかかって、こちら側に落ちた。
思わず、非常口のピクトグラムみたいな体勢になる。
「今のは無理だって」
私が笑う。
「松崎ショット」
石井君も笑った。
ペア替えをした。
今度は「3」だった。
「ゆうこさん、何番?」
石井君に聞かれて「3」と答えたら、「嘘でしょ」と言われた。
「僕も3です」
また、ペア替えジャンケン。
「2」だった。
石井君も「2」だった。
「いい加減にしてください」と石井君に言われた。
「こっちのセリフですから」と答えた。
またまた、ジャンケン。
「1」。
私、どんだけジャンケン強いの。
石井君が、怯えた顔で近寄ってくる。
「……何番?」
「1」
石井君は目を見開いて、はぁーっと大きくため息をつく。
「え、まさか」
私がにやけながら言うと
「あ、僕、2でーす。2の人ー!」
と言いながら、向こうへ行ってしまった。
なんなの。
石井君は、全然怖くないイケメンだった。
体育館の閉館時間が近づいて、松崎君が「そろそろ終わろっかー」とみんなに声をかける。
「この後、養老行ける人ー」
いつもバドミントンが終わる頃になると、居酒屋を予約する。
いくつか当たってだめなら、ファミレスに移動する。
店がどこになるかは決まっていないのに、松崎君はいつも「養老」と言う。
その日は、養老の予約がとれた。
「ゆうこりん、車?」
靴箱で、松崎君が隣に並んで言う。
「うん」
「飲めないじゃん」
「私、コーラで酔えるし」
「だから、迎えに行くって」
「他の人に悪いし」
「誰も気にしないって」
松崎君を含むバドミントンの男子メンバーの何人かは寮生活をしていて、松崎君の車に乗り合わせている。
行きは松崎君の運転で、帰りは交代で回しているらしい。
「っていうか、私だけそういうことされると、変でしょ」
「だったら、美香ちゃんと汐里ちゃんも拾ってくし。それなら良くない?」
「あー、まあ、……ありがたいかも」
「決まりね。ふたりに言ってみるわ」
石井君と山下君が、私たちの横を通り過ぎていく。
黒いダウンの後ろ姿が、自動ドアの向こうへ消えた。
鞄の中で、携帯が鳴る。
「あ、ごめん。電話」
そう言うと、松崎君は、
「じゃ、先行っとくね」
と言って、石井君たちを追いかけた。
鞄を探る。
携帯を開く前に、音が止んだ。
ブルーのランプが点滅している。
サトチンだった。
メール画面を開く。
『件名 Re:Re:Re:Re』
『本文 これから養老』
送信。
パタン、と携帯を閉じる。
自動ドアへ向かった。
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