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関谷のさしすせそ。――せうもない葬式へ。

おばが亡くなった。
父の姉だ。

今日が葬式だと聞いて、最初に思ったのは
「なんで、営業男子が出張で抜けてる、今日」
だった。

不謹慎だろうか。
薄情だろうか。

そして次に思ったのは、
「香典か。(……お年玉もらった記憶もないな)」
だった。

法の下に、人の命は平等だけど、
私情の下に、平等なわけがない。

誰かの死を悼むということについて、思う。

あ、行こうか。
黒い服をまとい、黒い鞄をさげ、
記憶は色もないままに。
“親戚”という名の、曖昧な義務感。
お世話になった覚えもない人を
どうやって悼めばいいのか。


らんおばさんの、知らん人生。知らん死。
「知らない」ことは、残酷で楽ちん。
喪失の痛みを、他人事のように眺める。
でもきっと、誰かにとっては大切な人だった。
“誰か”の涙が、今日もどこかにしょっぱく落ちる。


べての死は、他人事から始まる。
遠い訃報は、じわじわと近しい人へと迫り、
やがて――自分の名へと置き換わる。
すべての葬儀はリハーサル。
自身に重ねる。
「私のときは葬儀は要りません。
そのお金でユニバでも言って?」
って、遺言に残したい。


うもない(しょうもない)なあ。
線香の煙が、ゆらゆらと立ち上る。
形だけでも手を合わせる。
形から始まる何かが、あるのかもしれない。


そして今日もnoteを開く。
大急ぎで「関谷のさしすせそ」を作る。
こなわないでほしい。
あるいは、見損なわないでほしい。
死を茶化す。それは私の生の確認作業。
大切な誰かの死さえも、茶化してやる。
不純に生きる。それが私の信念。


※せうゆ、味噌方式を採用しました。
(ふつうに「せ」「そ」でいけたやろ!)

これから葬儀、行ってきます。


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