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後輩の生き方に、自分のライフプランの道標を見つけた夜

OB会費を払うだけの自分に、ふと気づいた夜
先日、学生時代に打ち込んだスポーツの後輩と食事をする機会があった。といっても7歳ほど年下で、一緒にプレイをした経験はない。私が大学生の頃、彼はまだ中学生。中学校のグラウンドに遊びに行った際に何度か顔を合わせた程度の間柄だった。

それから月日は流れ、私は社会に出て仕事の忙しさにかまけ、母校のクラブにはOBとして年会費を払うだけの存在になっていた。義務は果たしているつもりで、実際にはグラウンドから遠ざかっていただけだったのである。

一方で彼は、長年にわたり「リクルーティング」という形でクラブに大きな貢献をし続けていた。

武器を持たない男が、週末ごとに強豪校を回る

リクルーティングと一言でいっても、簡単な仕事ではない。週末になると名だたる強豪高校へ赴き、顧問の先生と話し込み、有望な選手たちに母校への進学を勧める。しかし母校にはスポーツ推薦枠がなく、できるのは「受験して合格すれば入部してもらえる」という、ただそれだけだ。

ライバルの強豪大学には、無条件の推薦枠が年5人分あったり、学費補助やお小遣いまで支給する例もあるという。そんな相手に対し、彼は何の武器も持たずに1校1校足を運び、母校の歴史と伝統を語り、時には卒業後活躍している先輩の話を織りまぜ口説き続けている。

最近は進路の決定権を両親が握るケースが多く、学費や活動費が気になる分、母校はますます不利になる。それでも本人と両親を説得し尽くし、合格に至るのは年にせいぜい1人か2人。それすらなければ、下部リーグ行きは時間の問題だという。この部の存続を左右する仕事を、彼はたった1人で、数十年間、しかも無給で続けてきたのだ。

「大したことはしていない」と笑う彼

労いの言葉をかけると、返ってきたのは「大したことをしている訳ではない」「ただ強くて素敵な部であり続けて欲しいからやっている」という一言だった。何と素敵な奴だろう。

彼の地道な活動は、今やライバル大学を含むその世界で広く知られているという。母校のOBから「手伝うよ」という申し出も少なくないようだが、彼はすべて断っているそうだ。

継続する覚悟のない手伝いは、かえって母校の信用を損なうリスクがある、というのがその理由だった。何十年も無給で日本中の高校を回り、ようやく築き上げた信用である。台無しにされるリスクは絶対に取るべきではないという彼の判断は、極めて筋が通っている。

さらに彼は、入部した部員のフォローも徹底している。右も左も分からず戸惑っている新入部員を食事に誘い、卒業生にはその後のキャリアにまで目を配る。「金を残して死ぬのは下だ。仕事を残して死ぬのは中だ。人を残して死ぬのは上だ」という言葉があるが、彼はまさに組織の未来を担う「人」を残し続けているのである。

セカンドキャリアの孤独と、私が見つけた道標

今の私にできることは、彼の経済的な負担を少しでも減らすサポートくらいだ。しかし退職後は、もっと深く彼の活動を支えてみたいと強く思った。

セカンドキャリアでは、人との繋がりが薄れ、孤立に追い込まれる人が多いと聞く。定年を控えた世代、あるいはFIREを目指して個人投資家としての道を歩む人々にとって、リタイア後の孤独や生きがいの喪失は共通の課題ではないだろうか。

幸い私には、自分の礎を育ててくれたクラブという居場所がある。自らの事業を続けながら、母校への恩返しという形で同じ志を持つ仲間と関われるとしたら、これほど豊かなセカンドキャリアはないと思う。

後輩との熱い夜を経て、私は自分の未来のライフプランに、確かな道標を見出すことができたのである。

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