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信頼という最強の無形資産。口コミだけで不動産ビジネスを回す姿に見た定年後の理想像

先日、昔一度仕事でお世話になった不動産を生業にしている大先輩と20年ぶりにお会いした。
ランチのために予約していた店の前でちょうど落ち合い、久闊を叙した。

数年前に大病を患い大手術を経験したり、他の病で倒れたりと、この数年はご自身の体調と向き合う過酷な日々だったらしい。

かつては豪快な大酒飲みだった方が、今は健康を最優先にして一滴もアルコールを飲まなくなっていた。それでも見事に病を克服され、目の前に立つ姿は当時と全く変わらずとても元気そうで、心底安心した。

なにせ20年ぶりの再会である。まずはこの20年間という長い空白の時間を埋めるべく、互いの近況や昔話に花を咲かせたのだが、彼の記憶力の確かさにはただただ舌を巻くばかりだった。

当時、どの案件で誰がどんな発言をしたか、どんな交渉の苦労があったかなど、まるで手元の議事録を見ているかのようにスラスラと具体的なエピソードが出てくる。

20年ぶりの再会の場はこちら。

不動産という、一つ一つの取引に重みがあり、長い時間をかける世界で、いかに仕事する相手にフォーカスしながら仕事に向き合ってきたかの証左であろう。

様々な思い出話で盛り上がっているうちに、ふと気になって聞いてみた。

一緒にお仕事をした時、おいくつでしたっけ。

我々が一緒にプロジェクトの仕事をしたのは、もう30年前のことになる。

聞けば、当時は30代後半だったそうだ。

彼は誰もが知る大手不動産会社に入社した後、30代前半で早々に独立を果たし、それ以来たった1人で自らの不動産会社を切り盛りしてきたと言う。

今では2人の子供も立派に社会人として育て上げ、すでにお孫さんもいるらしい。

ここで改めて考えさせられた。30代前半といえば、まさに生まれたばかりの子供がいる時期である。そのタイミングで、約束された安定した大企業という看板を捨てて独立の道を選んだのだ。

不動産業界の厳しさを知る人間であれば、これがどれほど凄まじいリスクをとる行為か容易に想像がつくはずだ。

己の腕一本で家族をしっかり養い、幾多の不動産市況の荒波を乗り越えてきたその軌跡は、並大抵の覚悟と努力で成し遂げられるものではない。

そして、その方の最も素敵で、かつ不動産ビジネスの本質を突いていると感じたのは、その人間性である。

独立当時から、彼が辞めた大企業の後輩たちが、わざわざ彼を慕って様々な不動産の相談を持ちかけに押し寄せてきたという。不動産のプロフェッショナルとしての確かな知見と、損得を超えて親身になってくれる彼の人柄が、後輩たちを引きつけたのだろう。

そして、そんな彼らからの個人的な相談事の解決策を探る中から、彼自身のビジネスのネタ、つまり優良な不動産取引案件が生まれることもしばしばあったそうだ。

驚くべきは、その引力が今でも全く衰えていないことだ。現在では、彼が長年通っているテニスクラブの仲間たちからの相談事で、十分に仕事が回っているという。

何とも素晴らしいビジネスモデルではないか。

個人投資家であれ不動産コンサルタントであれ、どんなに多大な時間や労力、そして資金をかけて新規営業活動を行うよりも、最終的には信頼で結ばれた口コミの力ほど強く確実なものはない。

彼はまさに、その真理を地で行くタイプなのである。誠実な仕事を通じて築き上げた人と人との繋がりこそが、不動産において最強の資産なのだ。

目先の利益だけを追い求めるのではなく、周囲の人々との信頼関係を丁寧に構築していくことが、結果的に自分自身を長く助けてくれる強固な基盤となる。

私自身も、これからのセカンドライフに想いを馳せながら、彼が体現している信頼という名の無形資産の価値を改めて胸に刻んだ。

ランチの終盤、これからの仕事のスタンスについて尋ねた私に対して、彼はこう言い放った。

もう歳だから、生活のために血眼になってたくさん稼ぐ必要はないんだよ。
でも、それじゃあ毎日がつまらないから、みんなで楽しく遊ぶための軍資金を稼ぐ。そういう目的で仕事をしようぜ。

そう言って、彼は豪快に大笑いしていた。

生活費を稼ぐための労働から解放され、気の置けない仲間たちと人生を楽しむために不動産と関わる。

「みんなで遊ぶために稼ぐ。」

そんな肩の力が抜けた軽やかで爽やかな生き方が、ひどく魅力的に映った、かけがえのないひと時であった。

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