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俺たちのヨツハ電器 紡がれる意志

あらすじ
ヨツハ電器を舞台に、三つの時代と地域を跨いで展開される群像劇である。
欧州駐在の石田は、スペイン工場長の柏木と共にSCM改革に取り組むが、金融危機により工場売却が決定される。裏切り、労働組合との対立を乗り越え、工場は成功裡に売却される。
工場売却の影の立役者浅井は、若い時に鈴鹿工場で苦い経験をしていた。鈴鹿工場は営業部と共謀し架空出荷を行う。浅井は不正を見抜くが動けない。上司からの忠告がその後の浅井の覚悟となる。
時は流れて、コロナ禍で石田、柏木、浅井は、再び共闘する。船腹不足、スエズ運河座礁、ロックダウンなど度重なる不測の事態でUS向けの出荷が滞る。この物流混乱に、チーム・ヨツハが立ち向かう。
これは四十年を繋ぐ意志の物語であり、現場で汗する全ての人へのエールである。

本作品は「NOTE創作大賞2026(お仕事小説部門)」応募作品です。
マガジン形式で一章毎に連載してきたものを再編集し、まとめたものです。マガジン形式のほうが読みやすい方は、NOTE筆者クリエーターページよりマガジンにアクセスしてください


プロローグ

「海外駐在員」という言葉に、あなたはどんなイメージを持たれるでしょうか。 華やかな海外生活、高額な手当、大きな権限と自由、エリートコースへの約束手形などポジティブなイメージでしょうか。それとも、異文化摩擦、孤独な単身赴任、本社からの無茶ぶり、週末のアテンド、子供の進学問題などネガティブなイメージでしょうか。そのどれもが正解で、会社や役職、年齢、赴任地、本人の適正によって、それぞれの駐在員生活は大きく異なることでしょう。

本作は、中途入社でヨツハ電器に飛び込んだ一人の情シス部員・石田がヨーロッパ駐在の辞令を受けるところからスタートします。時代はリーマンショックショック(2008年9月)前後で働き方が今よりずっと泥臭かった時代です。皆さんの職場の部長さん達がまだ30代だった頃と言ったほうがイメージしやすいかもしれませんね。

情シスの石田だけでなく、製造、経理、営業、物流を担う人物がそれぞれの持ち場でその責務を果たそうと苦悩する群像劇として描きました。皆様にとって、一人でも推しのキャラを見つけていただければ深甚です。 

物語の舞台は、ヨーロッパ、日本、USと変わっていきます。時代もリーマンショック(2008年頃)、昭和末期(1980年代)、コロナ禍(2020年代前半)と前後しながら展開していきます。どうぞお楽しみください。

スペイン工場編

第1章 辞令

名古屋の夏は暑い。名古屋の年間猛暑日は48日を記録している。それは東京の28日、大阪42日より多い。暑いだけでなく湿度が高く不快だ。伊吹山脈からの風がフェーン現象を起こし、伊勢湾からの湿気がそこに加わりサウナのようだ。石田は地下鉄名城線、堀田駅の出口を出た。朝の八時だというのに日差しは痛みを感じるほどに強い。ここからヨツハ電器本社ビルまで3分、意を決して歩く。これならジャカルタのほうが涼しいくらいだ。石田は、先週まで新しい販売管理システム立上のためジャカルタに二週間滞在していた。どれだけ準備しても新システム立上では色々トラブルが起きる。そういうとき石田は、前職の先輩の口癖「祭りに喧嘩はつきものだ。火事と喧嘩は江戸の華」を思いだす。静岡出身の石田が「自分は江戸っ子ではありません」という突っ込みを入れるところまでのセットで。グローバルな仕事がしたくてヨツハ電器の情報システム部に転職した。もう4年になる。即戦力といえば聞こえが良いが、実態は火事場に飛び込まされる火消しだ。見栄えの良い戦略プロジェクトにはプロパーのエース社員が、人も予算も上役の庇護までもがセットで投入される。中途入社の自分には、厄介な問題プロジェクトが回ってくる。気の置けない同僚から冗談半分で「石田は、いつもどぶの中を歩いているな」と言われたことがある。しかし、石田は今の職場と職務に満足していた。石田の前職は総合コンサルのシステム開発部隊だ。その経験からすれば、ヨツハの労働環境はまだまだ牧歌的である。しかも、クライアント向けの開発と違い、今は社内SEとして自社のために働いているという確かな貢献感がある。

今日は、珍しくIT本部長の岡崎に呼ばれている。ジャカルタのプロジェクトもそこそこ上手くいったことだし、そろそろ昇格の打診でもあるのだろうか。仕事が楽しければ良いという石田も、さすがに30代中盤になってきてそろそろ課長にはなっておきたいという気持ちが正直ある。

ヨツハ電器の本社ビルは築40年を超える。ヨツハ電器はトップブランドとはいえないまでも、信頼性の高さを売りに世界中で商売をしている。古い市役所のような本社ビルの共有会議室に石田は呼び出されている。コの字型に組まれた質素なパイプ机と六脚のパイプ椅子が質素倹約の社風を示す。予定の五分前に到着すると、前の組がまだ会議をしていた。石田は軽くノックをし、ドアを開け前の組の終わりを促す。時間厳守の製造業らしいマナーだ。IT畑から転職してきた石田は、当初はこういったきっちりした躾に戸惑ったが、今は自然と受け入れている。前の組が片づけを開始して、ぞろぞろと会議室からでてきた。ちょうどそのとき、後ろから岡崎が現れた。まだ約束の時間前だ。彼もまた時間厳守が染みついている。本部長になった今でも人を待たせることはない。石田は下座に座った。岡崎が上座に入り対面形式になることを想定していたが、コの字の底、つまり石田と直角になる形で席に着いた。岡崎がジャカルタのプロジェクトの苦労を労う形で口火を切り、場が和んだところで本題に入った。

「海外駐在に行って欲しい。場所は欧州、オランダの欧州統括拠点だ。今この場で決めてなくていい。奥さんと相談して決めて欲しい。いい答えを待っています」 

石田は会議室のドアを開けて、本部長が出ていくのを見送った。次の会議の予約者が来るまで、まだ時間がある。ドアを閉め会議室に残った石田は妻の陽子にメッセージを送った。「本部長からオランダ駐在の打診」と。東京から名古屋のヨツハ電器に転職するとき、妻の陽子には会社を辞めて名古屋についてきてもらった。バリキャリ志向ではない陽子は、特段、苦情を言うこともなく石田の選択を応援してくれた。偶然、その前後で陽子が妊娠し、今は3歳になる息子の陽介の子育てに専念している。メッセージの既読が付くとすぐに「ヨーロッパ? ラッキーじゃん。栄転?」とノリノリの返事がきた。陽子は知っていた。ヨツハ電器に転職したときから、石田が海外駐在を一つの目標にしていたことを。正直、インドやコロンビアでなくて良かった。 石田は、いつも陽子が石田の決断を後押ししてくれることに深く感謝した。「栄転じゃないよ。でも、喜んでくれているみたいでありがと」

その日、帰宅すると、陽子は早速「地球の歩き方 オランダ編」を買って石田を待っていた。食後、陽介が寝つき、陽子とオランダ駐在についての話が弾んだときにも言えなったことが一つある。本部長の「石田君、君にひとつアドバイスをしておくよ。現地スタッフを馬鹿にするは三流の駐在員だ。逆に現地に染まって本社は現地のことを分かってくれないというのは二流だ。現地と本社の両方の立場を理解して、どちらからも恨まれて初めて一流の駐在員だ。華やかな話ばかりじゃないよ」という言葉を。


第2章 オランダ

オランダ・スキポール空港に降り立ったのは三週間前、欧州の玄関口として名高いこの空港は24時間休むことがない。日本からの直行便は、オランダの航空会社KLMが成田発と関空発とを運行している。石田は関空発のビジネスクラスを予約していた。駐在員は赴任と帰任のときだけは、職位に関わらずにビジネスクラスの利用が許可されている。荷物を沢山運べるというのが人事部が述べる表の理由であるが、駐在員はこの先の過酷なミッションに対する餞別と受け取っている。陽介を連れた陽子と、静岡の実家からは母親も関空まで見送りに来ていた。駐在員が先に赴任し、家族を迎え入れる準備ができた後、家族が入国するがヨツハのルールだ。石田は一人先にオランダに赴任することの不安よりも、残った陽子がワンオペで三歳の陽介の世話をしつつ自身の渡欧準備をしなければならないことのほうが気がかりだった。航空便で当座必要なものは既に送っているが、家財を送る船便の手配、社宅の返還など残される家族の負担は大きい。 セキュリティゲートに入る前に「後のこと、大変だろうけど頑張ってね」と陽子に声をかけた。「おう、まかしとき」と明るい返事とともに、「ほら、陽介、パパいっちゃうよ」と陽介に声掛けし小さな手をもって左右に振る。なぜか母親は涙ぐんでいる。老人の涙腺は弱い。それを見た陽子が「あはは、なんで、お義母さん泣いてるの。あれ、私も泣けてきちゃった」。次に陽子と陽介に会えるのは二か月後だ。「じゃあ、行くよ。またね」 石田は搭乗口からKLMのスカイブルーの機体を寒々しく見ていた。陽子は陽介、義母とともに展望デッキから同じ機体を見ていた。

「陽介、あれがパパの飛行機だよ、綺麗だね」

オランダの冬は、寒く、暗い。朝の八時を過ぎたというのにまだ星が見える。赴任後の三週間は雑多な庶務に追われていた。住民表登録、免許の書き換え、銀行口座の開設、アパート探しとその契約。そんな中でも毎日の儀式となっているものがある。通勤前の車の霜落としだ。会社から貸与された型落ちのトヨタ車、そのフロントガラスには一面に霜が降りている。ヒーターをかけた車のエンジンは少し高い回転数でアイドリングを続け、内側から霜を溶かしていく。石田はその緩んだ霜をスクレイパーで落としていく。シャリシャリ、シャリシャリと小気味よく落ちていく。石田はこの作業が嫌いではない。禅僧が庭掃除をするように、作務としての霜落としを通じて出勤に向けて心が整っていく。今日は、月に一度の駐在員全体礼だ。

駐在先のヨツハ・ヨーロッパは、アムステルダムの南に位置するアムステルフェーン市にある。運河に囲まれた広い敷地に、4階建てのオフィスと補修部品用の倉庫を併設している。ヨツハは1960年代と比較的早くにオランダに居を構えたので、企業規模の割に立派な建屋となっている。白い壁に描かれた緑のヨツハマークを見る時、石田は少し誇らしい気持ちになる。この会社には、2つの会社がある。オランダ人の会社と日本人の会社だ。定時を過ぎると残業しているのは日本人駐在員だけになるのでそう呼ばれている。オランダ人は朝早くに出社して、夕方にはさっと帰宅していく。合理的であるがドイツ人ほど規則にやかましくなく、率直な物言いとフラットなコミュニケーションを好む。IT畑の石田には心地がよい。営業、製造、財務など保守本流部門は、二人以上の駐在員を置いている。日本からの無茶な指示を部課長級の駐在員が受ける。その無茶な指示をオランダ人には流せないので、直下の若手日本人駐在員に落としている。若手駐在員は、現地の日々の業務と本社からの無茶振りに忙殺されているが、伝統部門で晴れて駐在員に選ばれたという誇りで気持ちがハイになっているか充血した目で栄養ドリンクを飲みながら毎日深夜まで働いている。その点、石田の情報システム部門は楽だ。情シスの駐在員は石田一人だ。形式上、財務担当の浅井が石田の上司となっているが、ITは彼には専門外なので基本任せてもらっている。日々のシステム運用や改善対応は現地スタッフで回している。やらなければいけないことといえば、大きなプロジェクトの進捗確認と、障害復旧、情報漏洩、データ改竄、サイバーセキュリティなどへの対策や訓練状況をヨツハ本社のガイドラインに従って監査することくらいだ。

大きなボードルームに入ると既に駐在員がそれぞれグループを作って談笑していた。館内に貼り廻られた温水ヒーターからの輻射熱で部屋はほんのりと温かい、正確には寒くないというところか。ひとくくりに駐在員といってもその内実は、出身母体の事業部や機能部門ごとに分かれている。ヨツハ電器でいえば、白物家電営業、業務用機器営業、アフターサービス、調達、製造、コーポレートがざっとしたくくりだ。本社に入れば、なかなか話す機会がない異なる部署の人たちが職種や役職を超えて一堂に会しているのは駐在ならではだ。 欧州統括拠点長の権藤が入ってきた。製造系の駐在員は椅子から立ち上がり挨拶した。営業系は座ったままカジュアルに挨拶している。権藤は、白物家電営業畑、本社の執行役員だ。執行役員といえば、石田は中途で入社したときに部長に連れられて挨拶に行ったことがある程度で、駐在に来る前までは雲の上の存在だった。しかし、ここでは拠点長の権藤とも時に一緒に社員食堂でランチを食べ、時にお勧めのレストランを紹介してもらうそういった距離感だ。普段の権藤は、顔は強面であるが朗らかで人情味のある男だ。通称はオジキだ。挨拶に応じる権藤の声からすると、機嫌は悪くないようだ。権藤と一緒に入ってきたのは、財務担当の浅井だ。神経質そうな顔はいつも通りである。ボードルームの大きな木の扉が閉められた。浅井がPCから今日の議題を投影する。「さあ、始めるぞ」権藤の声が低く届いた。駐在員達はスクリーンを凝視していた。 スペインやチェコの工場にいる駐在員や、欧州各地の販売支店にいる駐在員はオンラインで参加している。

販売計画は未達であったが、販管費を抑えることができたので営業利益は予算を達成できそうだと浅井が概況を説明している。数年前のヨツハ・ヨーロッパは、販売計画未達により、不良在庫が増加し、在庫処分の値引きと販促で営業赤字となるのが常だった。それが、昨年から今年にかけて販売が計画未達でも利益がでるようになっている。浅井は、引き続いて個社別の経営数値の説明を始めた。目立つのはスペイン工場の赤字だ。大きな赤字額でないが、3年前まではずっと黒字だったことを考えると、この2年の苦境ぶりが数字にでている。しかし、スペイン工場の状況を説明する浅井の口調に嫌味や叱咤の色はない。事前にブリーフィングを受けているのか権藤のオジキも目をつむり黙って聞いている。

会議の後、石田は上司の浅井の個室に立ち寄った。「浅井さん、今年は利益予算が達成できそうですね。 スペイン工場がもうちょっと頑張ってくれれば、上積みできましたね」 浅井は一瞬、おや?と顔を曇らせた後、何かを思いついたようで「石田さん、逆ですよ。スペイン工場のおかげで、ヨツハ・ヨーロッパはやっと利益を上げられるようになりました。 そうだ今度、スペイン工場を見てきたらどうですか。工場長の柏木さんには私から声をかけておきますよ」 部下に対しても丁寧な口調で話す浅井に石田は少し距離を取られていると感じることもあったが、神経質そうな見た目によらない面倒見の良さに少し驚いていた。

「工場見学の件、是非、よろしくお願いします」 


第3章 スペイン

二月のバルセロナの夜は思いのほか寒かった。もっと温かいものと予想し脱げば小さくたためる薄手のダウンジャケットを着てきたが、石田はダウンジャケットのジッパーを首元まであげた。スキポール空港からは二時間ちょっとで到着する。日本で言えば国内出張の距離である。これなら、格安航空会社でも我慢できる。スペイン工場に出張する際には指定となっている安めのホテルチェーンにチェックインし、石田はこの後の会食に向けて身支度を整えていた。浅井からの依頼ということで、今夜は工場長の柏木が直々にアテンドしてくることになっている。

石田は約束の20分前にはホテルのロビーに降り、車寄せを見ていた。柏木の運転するセアトがホテルの敷地に入ってくる。セアトは日本ではあまり知られていない自動車メーカーだが、フォルクスワーゲン・グループの中でアウディに似たスポーティさと手頃な価格で人気がある。車寄せに入った柏木は運転席で濃緑のヨツハの制服を脱ぎ、それを後の席に投げ車を降りてきた。180cmはありそうな長躯の男だった。ヨツハの制服を見つけた時点で、石田はロビーをでて速足で入ってきた黒のセアトに近寄った。「柏木さんですか。ヨツハ・ヨーロッパ、IT部の石田と申します。今日はわざわざありがとうざいます」と相手が口を開く前に挨拶した。 「柏木です。出張お疲れ様」 柏木の声に威圧感はなく穏やかであった。

柏木が案内してくれたバルで、石田はタパス(小皿料理)を馳走になった。生ハム、タコのアヒージョ、カラコレス(かたつむり)どれも美味しい。仕上げにパエリア、至福だ。パンにチーズを挟んでサンドイッチにしてしまえば、それだけで満足なオランダの食文化に辟易としていた石田は舌鼓を打った。三杯目の赤ワインも終わりかけになり、少し饒舌となった石田が柏木に問う。「やっぱり工場経営って、大変ですか? 浅井さんは、スペイン工場のお陰で欧州事業は持っているって言ってました」 浅井のコメントを聞いて柏木は嬉しそうに少しはにかんだ。「大変か。考えたこともないな。まあ、やるべきことをやるだけなんだよ。工場は営業に言われた通りに作ればいいってもんじゃない。売れるものだけを作るんだ。ここのバルだってそうだろ。厨房がオーダーも入っていないのに、見込みで料理を作ったらどうなる。タイミングよく注文が入れば、お客様をお待たせせずに配膳できる。一方で注文が来なければ、冷めた料理は捨てるしかない。 逆に注文がきてからタコ漁に行けば仕入れのタコが余ることはないが、お客さんは待てない。何をどう在庫で持つか、それとも在庫の代わりに生産能力で持つか、お客様にどれくらい待ってもらえるかこの3つをどう組み合わせるかなんだよ、工場って。まあ明日、工場をじっくり見てくれ」

石田は、翌朝、ヨツハのブランドカラーの濃緑の制服を着て、帽子と保護メガネをつけて工場を歩いていた。制服を着たのは数か月ぶりだ。隣を歩く柏木の制服の着こなしと比べると、石田の着こなしはキッザニア感がでている。業績不振の工場にありがちな弛緩はなく、5S(整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)が徹底されている。柏木を見かけた工員からは「ボン・ディーア」、「オラ、カシワギサン」と声がかかる。石田に対しては、東洋式挨に軽くお辞儀をしてくれる。 柏木からは今月一杯はフル生産だと聞いていた。現場には特有の静けさと、弛みのない余裕が漂っていた。「柏木さん、フル生産なんですよね? 皆、淡々と作業をこなしているように見えますが」 「忙しそうに見えるような工場はダメ工場だ。この工場のボトルネックは、ウレタン発泡成形だ。他の工程が頑張っても仕掛在庫が増えるだけで最終製品の出来高は変わらない。」 柏木にそう言われて改めて工場を眺めると、各工程には、ほとんど仕掛在庫がない。

しかし、しっかり管理されたこの工場が、なぜ柏木が赴任してから赤字なのだろう。工場から柏木の執務室に戻ったときに、単刀直入に聞いてみた。柏木の答えは明快だった。「以前は、工場の稼働率をキープするためにモノを作っていた。まさに製造業にありがちな工場栄えて、会社滅びるってやつだ。販売力のある会社、自動車で言えばトヨタ、バイクでいえばホンダだったらそれでいい。どれだけ作っても営業が売り切ってくれるからだ」 昨夜の会食での印象と違い、職場での柏木は饒舌で少し毒舌だった。 柏木が続ける。「二番手以降の会社が同じことをしてもうまくいかない。だけど、製造にしか興味がない工場長たちは『天下のトヨタ式を真似して平準化しているから大丈夫』と作り続ける。売れるか売れないかは営業の問題だと彼らは気にしない。

営業も営業でモノが届いてさえいれば文句は言わない。営業が怖いのは在庫切れによるノルマ未達だからな。だけど、実際は在庫があったって販売計画はいつも未達なんだ。彼らの数字はいつも楽観的だからな。そうなると営業の仕事が、適正価格でモノを売るから、いかに売れ残った在庫を捌くかに変わってしまう。0.1円を切り詰めて作った製品が、値引きや販促により二束三文で叩き売られる。 もう何のために仕事をしているのか分からないだろう。挙句、本社へ送る予算未達の言い訳レポートを作るのに多くの時間を費やしている」 

柏木は、石田が話についてきているかどうかを確認するように一呼吸置いた。「だから自分は、市場在庫を見て生産量を工場側で決めるようにした。営業からは文句がくるが、工場が作らないといったものは受け取れないからな、ははは。」笑っている。ここは笑うところなのだろうか。

石田が怪訝そうな顔をしていると柏木が真顔に戻り、「オジキは自分のいうことをすぐ理解してくれたよ。営業が泣きついてきてもなだめすかして、在庫量を見ながら工場が需給調整するというやり方を守ってくれている」 石田は、オジキ、そう欧州拠点長の権藤の顔を思い出していた。理屈とは無縁な義理と人情だけで生きていそうな権堂の意外な一面を知った。欧州の拠点長を張るだけのことはあるということか。「ただ、在庫量を見て売れる分だけ作るってことは、工場の生産は安定しない。どうしてもロスがでる。それがこの工場が赤字の原因だ。それでも会社全体だとだいぶ儲かるようになったと思うがね。営業の連中はまだ私に恨みがあるようだけど、オジキだけでなく浅井さんも分かってくれているみたいだな」 石田もやっと全体構造がつかめてきた。

さらに柏木が続ける。「いつまでも工場が赤字でいいとは思っていない。営業の要望にも応えたいからな。俺は営業のことはリスペクトしている。設計や生産は努力が成果に結びつく部門だ。ITもそうだろう、きっと。だが営業は違う。外乱要因が大きすぎる。競合他社が出す新製品、値引きキャンペーン、マクロの経済状況、彼らは自分達でコントールできないものに向き合っている」 

柏木に通底する営業へのリスペクトが権藤に通じているのだろう。直截な物言いといい柏木と権藤の二人は、気が合いそうだと合点した。「ただ、それだけ外乱があるんだ、需要なんかどうせ正確に予測できない。だったら、予測に頼らず変化に素早く対応するほうが現実的だと思わないか。そのために生産計画のサイクルを上げたい。今はExcelでやっているので月次が精いっぱいだが、週次にしたい。君はITだろ。新しい生産計画システムの導入を手伝ってくれないか」 

そこから、石田のスペイン工場詣が始まった。4度目の訪問のときには、季節は春を過ぎ、夏になっていた。冬の間は幹しかなかったプラタナスの並木が、緑のトンネルを作りバルセロナの夏の日差しを遮っている。本社情報システム部門にも問い合わせをいれ、マレーシアが使っている生産計画システムが使えそうだということも分かってきた。最近は、スペイン工場の生産管理のホセ、情報システム部門のマリアとも気心が知れてきた。石田は、控えめで実直なホセ、マリア両名の態度に、意外な印象を持っていた。

プロジェクトのゲートレビューも無事通過し、今日は二人からディナーの誘いを受けている。 二人とのディナーで分かったことがある。実はバルセロナはスペイン領ではあるが、地元の人は、カタランと呼ばれる独自の言語を話し、自分たちはカタルーニャ人だと自認していること。カタルーニャ人は、働き者で経済合理性が高い。その気質はセニ(Seny)と言われる一方で、時に爆発的な情動や創造性を発揮する。それはラウシャ(Rauxa)と呼ばれること。

そして乾杯は「サルート!」であること。 
石田は、この街と、この工場の人たちが好きになり始めていた。 


第4章 金融危機

その夏、週次計画システムが稼働した。工場の仕掛在庫が劇的に減っただけでなく、色や仕様変更の追随性が上がり、在庫切れに対する営業からの苦情も減った。最新の設備を入れたわけではない。計画を変えただけでこれほどまでに変わるものなのか。柏木はこの結果を当然のことと受け止めているようだったが、スペイン工場の生産管理のホセとIT部門のマリアは魔法を見ているようだった。

だが、その魔法も、大西洋の向こう側から届いた事件には効かなかった。

住宅ローンをめぐる信用不安からアメリカで大手金融機関が倒産した。その倒産が新たな信用不安を呼び起こし、体力のない中小金融機関を次々と飲み込んでいった。当初そのニュースを聞いていたヨツハ・ヨーロッパの態度は「あーあ、USは大変だね」とまるで他人事だった。ヨツハの中で、欧州と北米は社内ライバル関係だ。欧米とくくられる両者だが、伝統と格式の欧州、革新とカジュアルなUSとで、ヨツハ内でもカラーが異なる。US駐在員は、トムやジョージなどUS式のネックネームで呼ばれる。欧州はさん付けで、イシダサン、カシワギサンだ。ライバルの苦境を余裕を持って眺めているはずだったヨツハ・ヨーロッパの足元にも火は着いていた。

新規の注文はパタッと止まった。そればかりか既存の注文に対してのキャンセル要請が相次いだ。営業は契約を盾に確定分については、販売店に在庫を押し込んだが、それで問題が解決するわけではない。資金繰りの厳しい一部の販売店からは支払い延長の要請が届くようになった。工場の生産は止まった。工場は固定費の塊だ。作るものがなくなれば、コスト削減もできない。柏木は、3割の工員に自宅待機を命じ、残りの出社組には工場内を掃除しておくよう指示を出していた。

未曽有の金融危機に対してのヨツハ本社からの指示は、「出張禁止、駐在員の2割削減、固定費2割削減」だった。 欧州統括拠点長の権藤が、浅井や柏木を含む幹部のみを招集し、緊急対策会議を開いた。 石田は、まだそこに呼ばれる職位に届いていない。 ただ上司の浅井のただならぬ雰囲気から、不穏な空気は感じ取っていた。

議論は紛糾した。あと一年辛抱すれば、景気が上向く。そのときの反転攻勢のために現有戦力を維持すべきという持久戦派がいれば、自分の部署は既に人も減らしているのでこれ以上は何もできないと自部門防衛派もいる。本社からの指示を守るためだけに数字合わせのそろばんをはじいているものもいる。ただ、参加している誰の目からも明らかなことがある。それはスペインとチェコの2工場分の生産能力は過剰だということだ。財務担当の浅井が口を開く。「スペインとチェコのどちらかの工場を閉じないと、ヨツハ・ヨーロッパは一年持ちません」 スペインとチェコの両工場長に視線が集まる。こういった議論に当事者を呼ぶべきではない。浅井は権藤に両工場長の招集について反対だと伝えていた。権藤は、「二人とも現地スタッフではない。この先のヨツハを背負っていく人間だ。彼らならヨツハ全体を見渡した意見が言えると信頼している。俺は二人の意見を聞きたい」と浅井の忠告を却下した。

チェコの工場長の竹下は、柏木の4つ下、物怖じしない性格で工場長に抜擢されたがさすがにこの状況で口火は切れない。柏木は竹下の先輩だ。新入社員で入社したときには色々教えてもらった。そのときから柏木は切れ者だった。柏木をじっと見ている。竹下からしても最近のスペイン工場の改善ぶりは目を見張るものがある。しかも柏木はチェコ工場の実力も把握している。竹下が何か柏木に相談したときには、柏木はいつも的確なアドバイスをくれるからだ。もし、柏木がスペイン工場を残すべきだといったら、どう反論するべきか、それとも受け入れるべきか。想定問答がぐるぐると竹下の頭の中を巡る。 柏木はふうと軽く息を吐き、話し出した。 

「チェコの工場を残すべきです」 

全員がぎょっとして柏木を見た。柏木は続けた。「今のヨツハの体力では、チェコとスペインの両方は救えない。共倒れになるくらいなら、最新鋭のチェコに資本を集中させ、スペインは『工場そのものを売却』することで雇用を守るべきだ」 
「柏木さん、いいんですか?」竹下が問う。 「いいわけがない。ただ、ヨツハを救うにはこれしかないし、これは自分にしかできない。権藤さん、この件は自分に任せてくれませんか。本社が仕切れば、ただの『首切り』になる。自分が仕切れば『転生』にできる」 
権藤が口を挟む。「柏木、スペイン工場は、会長が昔、工場長を務めていた歴史と伝統のある工場だぞ。歴代の工場長上がりには、うるさ型も多い。おまえ、恨まれるぞ」。

柏木は一顧だにしない。「権藤さん、怖いんですか?」 

権藤がニカッと笑い「よし分かった。柏木、そんなに気負うな。ここの責任者は俺だ。お前の思うとおりにやれ。本社のお偉いさんには、俺から話をつける」と伝え、そのまま隣の財務担当の浅井に「売却額の試算とか金回りのことは手伝ってやってくれ。俺はそういう細かいのは苦手でね。」 指示を受けた浅井は「わかりました。売却先の候補も銀行に当たってみます。いいですね、柏木さん」と確認を入れる。柏木は小さく頷き「よろしくお願いします」と答えた。

会議が終わり、重圧から解放された幹部たちが次々と部屋をでていく。部屋に残ったのは、柏木と浅井の二人だけだ。示し合わせたように二人だけが残った。柏木が会議室の扉を締め直し、浅井に言った。「石田君をこのチームに入れたい」。「私もそう思っていました」と浅井がいうと、浅井は携帯電話から石田をコールした。「ああ、石田さんですか。悪いですが、急ぎで今からちょっとボードルームに来てください」

話の顛末を聞いた石田は青ざめていた。この状況で自分に何ができるか理解できずにいた。一介の情報システム部員が、なぜ呼ばれたのか。 柏木が告げる。「君が導入してくれたあの生産管理システムによって、スペイン工場の生産性、特に変動追従性は飛躍的に高まった。多品種少量生産のノウハウが欲しい会社は沢山ある。スペイン工場を少しでも良い条件で売る、特に雇用面で従業員を守るために、君には我々の生産システムの優位性を示す資料を作って欲しい」 

石田は戸惑う。「スペイン工場の製造系駐在員には頼めないのでしょうか?」 「無理だ。彼らにも秘密でこの話は進めたい。スペイン工場に足しげく通ってくれた君にしか頼めない。ただ、この話が公表された暁には、君は恨まれることになる。現地スタッフだけでなく、工場駐在員、本社の管理部門からも色々言われるだろう。私が一手に引き受けてあげたいところだが、残念ながら私は君以上の憎悪を引き受けることとなる。二人で、いや浅井さんも入れて三人でルビコン川を渡るぞ。覚悟してくれ」 

石田にNoをいう余地はなかった。柏木に頼られて誇らしいという気持ちと、ホセやマリアの未来に対する不安が交錯していた。


第5章 内偵調査

金融危機の煽りをうけて、受注が激減した。 新しい週次生産計画システムのお陰ともいうべきか、そのせいというべきかスペイン工場の生産計画は、即座に変更され三週間を過ぎる頃には、生産が止まり工場はすっかり静かになっていた。 以前のスペイン工場なら、ブレーキをかけてもすぐには止まれなかった。大きなタンカーが転舵した後に、しばらくしてからやっと回頭するように、工場の生産計画変更は、2ヶ月もある長い確定期間の先にある内示オーダーを変更するしか手がなかった。アクセルもブレーキもゆっくりとしか効かないので、平準化生産の名目でとりあえず計画通りに作っては営業に引き取らせていた。 柏木が着任し、工場の柔軟性、俊敏性は格段に上がった。 

生産管理のホセは、停止している組み立てラインを複雑な思いで見ていた。 高価な加工設備を遊ばせて置くくらいなら、見込みで先行生産しようという声も職長クラスからはあがっていたが、ホセは厳として却下した。 この2年、柏木から「いらないものは作るな」と厳しく指導されてきたからだ。 そういえば、最近、IT部門の石田がちょくちょくオランダからやってくる。 石田は新しい生産管理システムを入れたときに一緒に仕事をした。イシダサンは、ハキハキとした気持ちのよい男だ。 今日は生産計画の精度をあげるために生産設備の能力チェックすることになっている。ホセに連れられた石田は、設備リストを持って一台一台の固定資産管理番号と設備の状態を確認している。 ホセの目から見ても、石田の制服姿はだいぶ様になってきた。 

「イシダサン、今日のお昼はパ・アム・トゥマカットを食べよう。工場のすぐ近くに美味しい店がある」石田はホセに振り向き笑顔で応えたが、作り笑顔がばれないことを願った。生産設備の確認は、表向きは生産計画改善のためだが、実際は工場売却に向けた資産査定の一環だからだ。後ろめたいが、自分がやるしかない。

マリアはIT部の席でシステムの仕様書と格闘していた。工場で使ういくつかのITシステムは、ヨツハ本社で開発したものを導入している。その運用保守は本社のIT部門に業務委託として依頼している。 ITのグローバルガバナンスということで本社が、海外のグループ会社のシステムを本社から遠隔で運用保守している。 その本社への業務委託費が勿体無いということで、スペイン工場でその運用保守を巻き取って内製化するように、柏木から指示を受けていた。 どうも石田の提案のようだ。 本社IT部門の腰の重さには辟易としていたので、マリアにとってもこれはチャンスだ。
こちらもコストダウンを理由にしているが、実際は工場売却後にシステム運用を切り離すための準備だ。

そのころヨツハ本社では、プレス対応に追われていた。 今期の決算予想を下方修正し、大幅な赤字を計上することを発表したからだ。 その中には、本社での45歳以上を対象とする人員削減と、先進国事業の構造改革費用としての特別損失も含まれていた。

時を遡ること3ヶ月前、権藤は本社に赴き、会長、社長およびうるさ型の幹部たちに根回しをしていた。権藤は、スペイン工場だけでなく、欧州各国に散らばる販社の統合という製造販売一体の欧州再建プランを建議し、十分な予算と執行権限を分捕ってきた。 製造だけでなく、営業組織の膿も一気にだすということだ。 営業畑の大物、オジキ権藤の身を斬る提案の迫力は凄まじく、本社役員連中も承知せざるをえなかった。スペイン工場を閉じ、チェコ工場を残すという選択も、柏木と浅井が入念に用意した試算結果は説得力抜群で、会長もそれを受け入れた。 浅井が銀行を通じて入手した売却先候補リストの中には、興味を持っている会社が数社あり単純な首切りではないということが本社役員連中の良心の呵責を薄めるのに一役かった。

スペイン工場でも、この本社のプレスリリースは話題になった。一体何が起こるのだろうか、先進国構造改革とは具体的に何を指すのだろうか。マリアは、翻訳ソフトを使い日本語のニュースサイトをいくつか回って見たが、会社の発表以上のことは書かれていなかった。コーヒーを飲みながら、今度、石田に聞いてみようと思った。そこに、労働組合の専従職員がやってきて、マリアと少し話がしたいという。ウーゴと名乗るこの男は、カタルーニャの産業別労働組合からスペイン工場の労働組合に出向で来ている。カタルーニャの労働組合は、アナキズムの伝統を持ち、カタルーニャ独立運動との連携など政治的なスタンスも強く打ち出す過激で強硬な面を持つ。 

ウーゴはマリアに、本社のプレスリリースを見たか尋ねた。 マリアは、もちろんと返した。ウーゴは、過去の日系メーカーのスペインにおけるリストラ事例を引き合いに出しつつ、ヨツハの状況を考えればスペイン工場は閉鎖され、従業員は皆、職を失うかもしれないという最悪シナリオをマリアに語った。 それに対抗するために、労働組合は情報が欲しい、特に柏木とヨツハ・ヨーロッパのやり取りについての情報が欲しい、これは君と仲間を守るためだと熱っぽく語った。そう言われてもマリアは困る。「そんなこと頼まれても、私は何も情報を持っていません」 ウーゴは続ける「君は、IT管理者だろ。ミスター・カシワギのメールボックスのバックアップをとってくれないか。中身の確認は私がやる。 君はただ、バックアップをとってそれを別の場所に保管してくれるだけでいい。 大事なデータのバックアップを取るは悪いことじゃない。どうだい、やってくれないか。仲間の生活がかかっているんだ」

「できません。お断りします」
マリアはキッパリ断った。 マリアにだってウーゴの懸念は理解できる。しかしやって良いことと、ダメなことがある。この時、マリアの理性はまだ十分に働いていた。 ウーゴは残念そうな顔を浮かべ、「また、くるよ」と言って帰っていった。

その日、マリアは、家に帰り夫のマルクと夕食を食べながらニュースを見ていた。スペイン風オムレツのトルティーヤが今日は上手に焼けた。ニュースは、スペインの名門企業のリストラを伝えていた。不況はヨツハだけを襲ったわけではない。マルクは地元の金融機関に勤めている。彼の話によれば、地元の中小企業からつなぎ融資の依頼が殺到しているとのことだが、貸す方も貸し出す体力がなくにっちもさっちもいかないようだ。「貸し出し先が倒産するか、こちらが先に倒産してしまうか分からないな」とマルクは自嘲気味に笑った。 マリアはウーゴの話を思い返していた。 

翌日、マリアはウーゴを呼び出した。 「一週間だけ。この一週間だけバックアップをとります。それをあなたがどう扱うかは、私は関知しません」 
ウーゴは、ウインクで応えた。

マリアは席に戻り、管理者権限でログインし直した。
「私はバックアップを取るだけ、バックアップを取るだけ」と自責の念を上書きするように繰り返した。柏木のメールボックを選択し、複製の設定を押した。手が微かに震えていた。


第6章 それぞれの正義


本社のプレスリリースから3週間後、事件は突然起きた。 
スペイン工場の玄関前の車寄せは、ぐるりとサークル状になっている。 その円内の芝生に、突如、十字架が3つ立てたられたのだ。 白い十字架には、権藤、浅井、そして柏木の名前が赤いペンキで刻まれていた。 

柏木が工場に到着すると、二十人ほどの社員がピケを組み、工場閉鎖反対を唱えている。 手にはビラを持ち、出社してくる社員たちに手渡している。 柏木は、スペイン人の人事部長に電話し、これらの組合活動をやめさせられないかと確認した。人事部長の回答は曖昧だった。やめさせられるとも言えるが、組合活動自体は権利でもあるのでグレーだとも。彼らを刺激しないように、とりあえずは今朝のところは見過ごしたほうがよいとの助言を受け、柏木は苦々しく思いながらも自分の執務室へ向かった。後ろから「カシワギ、xxxxxxxx」と声が掛かる。柏木は、カタルーニャ語は分からないが罵声であることだけは理解できた。

柏木は権藤と浅井に連絡をとり、今朝の状況を報告した。そして、どこまでを話し、どこはまだ秘密にしておくのかのボーダーラインについて確認した。その後、石田にホテルでの待機を指示するために電話した。石田は既にオフィスに着いているとのころだった。「大丈夫だったか?」心配する柏木をよそに、石田は「なんか騒いでいるなとは思いましたが、ホセと一緒だったので案外、すんなり通してくれました」と暢気(のんき)に答えた。

石田がオフィスに着くと、ビラを手にした数人のスタッフがひそひそと話をしている。気にしないそぶりでPCを開き、メールをチェックしているとマリアが入ってきた。マリアは石田の隣に座ると、石田の目をじっと見て単刀直入に聞いてきた。
「この工場はどうなるの?イシダサンは何か知っているの?」
石田はどうか嘘がばれませんように祈りながら「自分は何も知らない。まだ下っ端だからね」と努めて平然と答えた。「そう」とだけつぶやきマリアは席を立った。

この騒動を境に、労働組合との交渉が始まった。それは情報戦、認知戦の様相を呈した。組合はブログサイトを通じて、交渉内容を報じるとともに、工場にまつわるあることないことを投稿した。いわく、柏木が着任以来、工場の業績が悪化したこと、つまり柏木が無能であり、工場長が変わればスペイン工場は十分な競争力があると。しかもブログが更新されるたびに、本社社員に広くメールで通知する徹底ぶりだった。

組合との三回目の交渉を終えた柏木は、いぶかしがった。組合が持っている情報があまりに正確過ぎる。誰かがリークしているのか。権藤、浅井や石田をはじめとするタスクチームの顔を思い浮かべるも、皆、信頼に足る面々だ。この違和感が確信に変わる。ある日、銀行との打ち合わせの場所に行くと、そこに組合員が待っていたのだ。柏木の動向に関する情報が洩れている。柏木は石田を呼び、相談した。

「石田君、自分のスケジュール、私が誰と会ったが先方に漏れている。どういうことだと思う」 

石田は驚き「えっ、秘書からとかですかね。スケジュールは手帳とかで管理していますか?」と確認する。 柏木はすべての予定をメールソフトのカレンダーで管理している。誰にも公開はしていないし、秘密の予定には機密指定をしている。二人の推理が一致した。

メールが盗聴されている。

石田が提案する「ITの抜き打ち監査を実施しましょう」 
「それで分かるのか?」柏木が問う。石田はあっけらかんと答えた「分かるかどうかは分かりませんが、もし悪いことしている奴がいたら、少なくともそいつにプレッシャーは掛けられると思いますよ」

石田は、本社のIT本部長の岡崎にごく簡単に事の成り行きを伝え、臨時のIT監査を実施することを伝えた。岡崎は内容を聞きながら、それは岡崎に許可を求めるものではなく、石田の責任でやりますという宣言だと悟った。岡崎は最後に「監査の件、了解した。ただし、個人情報の扱いには気を付けるように、欧州はそういうのは厳しいからな。ヘルプが必要になったら、いつでも声をかけてくれ」

石田は、マリアと一緒にサーバルームにいた。箪笥のようなサーバラックの中では、古いタイプのブレードサーバーがファンを回してサーバの熱を排気している。それに対抗するかのように、エアコンがうなりを上げている。 石田は、ラックの裏に回り、LANケーブルの配線を眺める。決して汚くはないが、日本のネットワークエンジニアが行う異常なまでの綺麗な配線に比べるとどこかルーズだ。 石田は多少、サーバ管理の知識はあるとはいえ、専門は業務アプリの要件定義やプロマネであり、監査には現地ITの手助けがいる。石田は、サーバの管理用ポートとマリアのPCを接続するようにマリアを促した。 マリアは少し躊躇したそぶりを見せたが、PCをつなぎ管理画面を立ち上げた。 マリアはサーバルームに入る少し前に、ウーゴに電話をしていた。

「ITの監査が入る。このままだとばれちゃう。どうしよう」 

ウーゴは理解できなかった。バックアップデータはマリアが言った通り一週間で消されていた。「ばれる? もうバックアップデータは無いのにか?」 「管理者ログを見られたらばれる。ログを消す時間はない。どうしよう」マリアは泣きそうだ。ウーゴが引き受ける「大丈夫。任せてくれ。少しだけ時間稼ぎをしてくれれば良い」

石田はサーバルームにいた。ファンとエアコンの音のせいで、外の喧騒に気づいていなかった。作業を続けているマリアの背中をぼうっと眺めていると、サーバルームをノックする音がする。マリアは立ち上げるとIDカードでドアのロックを解除した。ウーゴを先頭に他に二人のスタッフと、二人の警官が立っていた。「ミスター・イシダ、作業をやめろ。我々、組合員のメールを盗聴する気だろう」 石田は最初、何のことがさっぱり分からなかった。ただウーゴの剣幕と、後ろの警官から非常事態であることだけは察した。

石田はサーバルームを出て、エントランス内の来客用会議室に移った。会議室では警官が石田にIDの提示を求め、石田はカバンからパスポートを出し、ヨツハの社員証とともに警官に手渡した。何をしていたのか事情聴取をされた。警官は気さくな感じではあったが英語を話さず、同席しているマリアが通訳してくれた。石田はITの監査で来たこと、自分は直接サーバにアクセスしていないことを伝えた。警官は、マリアからの説明に納得しているようだった。一通りの質疑が終わると、警官は「アデウ」といい、笑顔で部屋をでていった。 

マリアが「イシダサン、ごめんなさい」と小さく言った。石田は「君のせいではないよ。こちらこそ巻き込んでしまってすまない。通訳してくれて助かったよ」と返したが、マリアは黙っていた。

開放された石田はすぐ柏木の執務室へ向かった。自分の不手際を柏木に詫びた。柏木は逆に「推理が当たっていたということだ。ありがとう。本社のサーバに別のメールアカウントを用意してくれないか。タスクチーム全員分だ」

この事件は翌日、さっそく労働組合のブログに掲載された。組合の情報を盗みに来たスパイを撃退したという勇ましい記事として。本社の岡崎が心配して石田に連絡を取ってきた。石田は報告が遅くなったことを詫びるとともに、何があったのかを説明し、本社サーバでのメールアカウント作成の助力をお願いした。岡崎は報告内容に安堵し、本社のメールアカウント担当には私から声をかけておくと言ってくれた。

組合からの要求は徐々に変化していった。最初は工場閉鎖の中止を求めていたが、会社側が示す経営状況を理解するにつけ、段々と金銭保障に重きを置くようになってきた。さらに交渉を長引かせる戦術として、いいがかりを付けては訴訟をするようになった。 柏木が経費を流用している、権藤が交渉の場に出てこないのは労働法規に反しているなどいわゆるスラップ訴訟を起こし、判決が出るまで交渉を続けられるように動いていた。その中には、石田が不正にメールを盗聴したというものも含まれていた。「石田君、すまない。君まで訴訟に巻き込んでしまって。会社の顧問弁護士が君をサポートする」柏木が詫びた。

石田は異国の地で訴訟沙汰にまきこまれたことにショックを受けていたが、「祭りに喧嘩はつきものですから」と、前職の先輩の口癖を借りて強気にうそぶいた。

オランダに戻った後、石田は眠れない日を過ごしていた。柏木には強がって見せたが、やはり心配だ。 そんなある日の日曜日に、社宅として住んでいるアパートの呼び鈴が鳴る。オランダではフラットと呼ばれる高層アパートの4階に石田は住んでいる。ドアホンのモニターを見ると、警官二人がエントランスに立っている。石田は青ざめた。えっ、もしかしてこのまま収監されるのか。スペインの司法はオランダにも届くのか、きっと届くEUだから。不安が自問自答を悪いほうに悪いほうに導く。

心臓が高鳴る。

ドアホンのスイッチでエントランスの施錠を解除し、石田は警官が部屋に来るのを待った。陽子には警官が来ることを告げたが、「あらそう。何かしら」なぞと陽子は気にしていない。警官が来る前に部屋のドアを開けて、警官を迎えた。女性と男性の二人組だ。女性警官が流暢な英語で話す。オランダ人は英語が上手だ。「赤いフォルクスワーゲンのポロは貴方の車ですよね。ガラスが割られて車上荒らしに会っていますよ」と。そのポロは、陽介を幼稚園まで送迎するために陽子が使っている車だ。石田はほっとして全身の気が抜けるのを感じた。「連絡ありがとうございます」 その後、手続きの仕方などの説明を受けたが全く頭に入ってこなかった。陽子に「車上荒らしだって」と伝え、石田がソファにへたり込むと陽子は「きゃー、大変。でもパパ、そんなに気落ちしないで、車両保険入っているから大丈夫よ」。どこまでも暢気だ。その暢気さに石田は救われた。

陽子と陽介に後ろめたい思いはさせない。
俺は何も悪いことはしていない。正々堂々、戦ってやる。
訴訟でもなんでもこい。 


第7章 法廷

あの日以来、スペイン工場には入れない。工場に行けば、また盗聴だ、情報を盗むだなんだと言われることは分かっている。工場には入れないが石田はスペインには通っていた。弁護士と打ち合わせをするためだ。 弁護士事務所は古い石造りの建物の中にあった。通りに面したエントランスを入ると薄暗く、ここのガタついたエレベーターに乗るたびに石田は、こいつ止まらないだろうなとドキドキする。弁護士は初老の小柄な男で、ワイシャツの上に羽織ったカーディガンが決まっている。

ここで石田は、スペインの法律と法廷のことを学んだ。非常に面白かったのは、被告人には偽証が許されているということだった。参考人が偽証すると罪になるが、被告人は自分を守るために偽証して良いということだった。石田には偽証しないといけないようなことは何もないが、なぜそんなルールが許されているのか不思議だった。

柏木も2,3の罪状で組合から訴えられていたので、石田と柏木は弁護士事務所で時々顔を合わせた。 「石田君、裁判の準備の状況はどうだい?」 
石田が答える。「はい、順調です。 弁護士の指示も明確なのでやりやすいです。まあ、最悪、有罪になったら、柏木さん、一緒に『塀の中のパエリア』でも書いて獄中作家デビューしましょう」 
柏木が笑う。「ははは、俺も一緒の前提かい。まあ、そんな軽口が叩けるなら安心だな」

マリアは、組合側、会社側両方から参考人として呼ばれることになった。 弁護士、石田、マリアで打ち合わせをした。工場の閉鎖や不当な首切りという噂に対抗するために、売却交渉の現在の状況などが共有された。そこで、柏木を中心に工場の雇用を守るために、必死に事業譲渡の交渉をしている事実が明かされた。マリアは途中から無口になった。打ち合わせの帰り道、あのオンボロエレベーターを出たところでマリアが石田を呼び止めた。「イシダサン、ごめんなさい。私、カシワギサンのメールをウーゴに渡したの。本当にごめんさない。工場の皆の将来がどうなるか心配で。私が悪いの」 マリアは泣いていた。 

石田は絶句した。マリアが犯人だったのか。 

でもなぜか不思議と彼女を責める気は起きなかった。自分もマリアに内緒で、工場売却に向けた準備をしていたのだから。 「分かった。話してくれてありがとう。大丈夫だよ」 もしこの時の二人の姿を見ている人がいたら、別れ話でもしている恋人同士だと勘違いしたことだろう。

遂に出廷の日が来た。裁判のTVドラマよろしく、大きな法廷を想像していたが全く違った。判事の部屋で行うということだった。 判事の部屋の前にあるベンチで石田は弁護士と柏木が手配してくれた通訳との三人で呼ばれるのを待っていた。マリアは組合側と一緒にいるらしい。ここからは見えない別の場所で待っているようだ。 判事の部屋の扉が開くと警官二人が出てきた。警官は石田に気づくと「オラ」と声をかけてきた。石田はただの挨拶だと思い「オラ」と返したが、後で弁護士から彼らは石田を事情聴取した警官だと知らされた。そう伝えられてもあの日は動転していたからか、石田には警官の顔は思い出せない。 判事室に入ると若い判事が大きな執務机の奥に腰かけていた。判事が笑顔で着席を促す。判事の前に石田が、その左隣に弁護士が座り、石田の後ろに通訳が控えた。弁護士と判事は知り合いのようでスペイン語で世話話をしていると、原告団が入ってきた。ウーゴと弁護士、参考人のマリアだ。 

まずウーゴの弁護士が起訴内容を説明し、ウーゴが工場閉鎖にまつわる噂を付け加えた。判事が石田に質問をする。石田は、あの日のことを弁護士事務所で打ち合わせした通り淡々と答えた。 自分はIT監査のために工場に行ったこと。IT監査は本社のガイドラインで定められていること。保全したかったデータは、メールではなく特権IDのログであること。 操作は自分ではなく、現地ITスタッフのマリアに依頼したこと。警察官が到着した後は、会議室に留まり何もしていないこと。 判事は頷きながら聞いていた。 判事はその後、ログは分析したのか、警察官には何を提示したのかなどいくつか簡単な質問を石田にした。石田は余計なことは言わず、端的に聞かれたことだけを答えた。次にマリアに双方から質問がされたが、マリアは石田が答えた内容をなぞるように回答しただけだった。「イシダサンは、特権IDログをコピーするように言いました。私が操作しました。特権IDログからは、メールの内容は分かりません」 

ウーゴはマリアを睨んでいた。その後、判事がウーゴとその弁護士に何か確認したい点があるか尋ねた。形勢不利を悟ったウーゴは「被告のミスター・イシダは、労働組合がメールを盗聴していると疑って監査にきた。これは組合活動への妨害行為だ」と論点をすり替えてきた。しかし、労働組合がメールを盗聴しているなどという話は、石田側が事前に提出した調書でも述べたことはない。

ウーゴは自分の中の蛇を石田の中に見ていた。

石田はウーゴが勝手に自らの罪を自供したことに気づいた。マリアもウーゴの自供に気付いた。そのことはマリアを戦慄させた。石田がマリアのやったことを陳述すれば、自分も罰せられるのではないか。マリアの掌に汗がにじんだ。ウーゴだけが自分のミスに気付いていないようだ。 判事が石田に発言を促す。「組合がメールを盗聴しているとかどうかについて、自分は何も知りません。本件は、自分が組合のメールを盗聴しようとしたのかどうかが争点であり、ウーゴ氏が言ったことは本件と関係ありません」 判事は納得し、勝負あったねという感じで書記官に何かを指図し、その後、原告団を一瞥し口頭尋問を終えた。マリアは石田をじっと見ていたが、石田は敢えてマリアから視線を外していた。

判事室を出ると弁護士が、「エクセレンテ、エクセレンテ」と言いながら石田の肩を叩いた。 ウーゴと一緒に退席したマリアは大丈夫だろうか。石田は訴訟を乗り切った安堵と、マリアへの心配の真逆の感情をどう処理して良いか分からなかった。

裁判所の外の11月のバルセロナの空は青く、風は少し肌寒かった。


第8章 決着

事件が起きてからも柏木は、いつもの通り、毎朝決まった時間に出社し、始業のラジオ体操をし、社員食堂でランチを食べた。一部の強硬派からは、社用車に卵をぶつけられるなどの嫌がらせを受けたりもした。他の多くの社員は、これまでと変わらない柏木の凛とした佇まいと規律を見るにつけ、次第に平穏を取り戻していった。昔のように「オラ、カシワギサン」と声をかけてくれる社員もいる。 

柏木はその裏で売却先との折衝を続けていた。 最後に残った争点は雇用だった。 売却先は全員を引き受けることに難色を示し、ここだけがどうしても妥協点が見いだせなかった。 同時に、柏木は労働組合へも働きかけていた。労働組合も強硬派ばかりではない。話の分かりそうなメンバに一人一人、説明していった。納得するものも、しないものもいたが、柏木は誠実に対応した。

3週間後、全ての条件がまとまった。売却先、本社、労働組合幹部とも話が付いた。柏木は全従業員を食堂に集めて、その内容を説明した。前列には組合の強硬派が陣取り、柏木に野次を飛ばしている。柏木は説明した。ヨツハの経営状況が悪いこと。スペイン工場は、今年一杯で、地元の企業集団に譲渡されること。希望する従業員は全員、譲渡先に移籍できること。希望しないものには、5か月分の上乗せ退職金が支払われること。 一部の強硬派が「5ヵ月分なんかじゃ足りない。もっと払え。全員に払え。納得できないものは退席しよう」とアジった。 前席の数人が席を立ち、退席をはじめた。入口で配られた説明資料を破り捨て、周りにも退席を促した。しかし、それに従うものはごくわずかだった。ほとんどのものがその場に残った。そのうち、どこからか拍手が起きた。一人、二人、それは瞬く間に会場に広がっていった。 雇用が守れたことへの安堵と柏木への感謝と慰労が感じられる柔らかな拍手だった。 柏木は立ち上がり、黙って深くお辞儀をした。 

説明が終わり、社員たちが会場を後にする。柏木はその場に残って、それを見送った。8割がた退席しただろうか、柏木は立ち上がると前列の床に散乱している破かれた説明資料を拾って歩いた。まだ会場に残っていたホセは、その姿を見て、柏木に倣って紙を拾いだした。他に何人かも続く。 ホセが柏木に「カシワギサン、後は自分達がやります。カシワギサンから5Sは厳しく仕込まれましたからね、ははは」。周りも笑う。柏木は「そうか、ホセ。では後は頼んだよ」と言い、その場を去った。廊下を照らす冬の西日は低く、柏木の影を反対側の壁にまで長く伸ばした。その顔はうれしそうとも、寂しそうともとれる複雑な表情をしていた。

その頃、石田はオランダにいた。訴訟の決着は着いたが、スペイン工場への出禁は続いていた。 浅井の執務室で尋ねた。

「浅井さん、どうやって先方に全従業員の引き取りを飲ませたんですか? 最後まで揉めていたんですよね。」 

浅井が答える。「柏木さんですよ。あの人が、譲渡後2年間、スペイン工場からチェコ工場へ基幹部品を出荷する話を持ち掛けました。それで全員を継続して雇ってくださいと。5か月分の上乗せ退職金があれば、別にそこまでやらなくても良いのではと、先方の弁護士からも言われていたのですが、柏木さんは、それはそれ、これはこれと譲らなかったんです。先方からすれば、この先二年間についてある程度のビジネスボリュームが見通せるということで合意に至ったというわけです。 さらに、ヨツハからすれば、スペイン工場閉鎖によってチェコ工場の設備投資が必要になるかと思っていましたが、このディールで当面不要になりました。退職者もほとんどでなくて、積んでいた引当金は不要になりました。Win-Win-Winというやつですね」 浅井は部下の石田に対しても、いつもの丁寧語だ。

「石田さん、情報システムの譲渡も先方からは好評でしたよ。元となっているパッケージソフトのサポートが切れる3年後まで、今のシステムを継続稼働してよいし、改修も自由にしてよいという条件を、本社側で岡崎IT本部長がまとめてくれました。君からも岡崎さんにお礼を伝えてください」

訴訟での見事な勝利から石田は少しヒーロー気分であったが、自分の知らないところでシニアマネージャーたちがその職責を果たしていることを知り、自分の浅薄さに恥じ入った。浅井は自分の手柄については一切を語らないが、銀行団や先方企業との交渉や退職金パッケージの設計、本社への根回ししなどをしていたと聞いている。 石田は、いつもの神経質そうな浅井の顔の奥に、プロとしての矜持と頼もしさを感じた。 


第9章 乾杯(サルート)

オランダの夏はどこまでも爽やかだ。日は夜の9時を過ぎても沈まない。からりと乾燥した空気は気温ほどの暑さを感じさせない。エアコンは不要だ。石田は、4階にある社宅の窓を開けて、吹き込んでくる爽やかな風を楽しんでいた。 妻の陽子とよく冷えた白ワインを飲みながら、どうやって幼稚園年長の陽介を寝かしつけようかと思案していた。

オランダは、税制と英語の通じやすさ、治安、欧州各地へのアクセスの良さなどから多くの日系企業が欧州の統括本部を設置している。日本人駐在員同士の交流も多く、毎年、夏には日系企業対抗のソフトボール大会が開催される。2010年は第33回大会だ。この歴史ある大会は、アムステルダムの南に広がるボス公園を会場として行われる。予選から含めると2ヵ月近い長丁場の大会となり、大会の幹事企業にとっては手間のかかる行事である。 

アムステルダムの南西に広がるボス公園は巨大だ。競艇場、乗馬コース、アスレチック遊戯、ふれあい牧場に加え、広大な芝生広場が森の中にいくつもある。特に予約もなくソフトボール大会ができるほど、芝生広場には余裕がある。そこでは堅苦しい財閥系企業から、物流や製造業など現場を持つガテン系企業、何をしているのか正直分からない現地起業組まで、それぞれの社風を発揮しつつ大会は進む。

石田の勤めるヨツハ電器は、駐在員同士の中では古豪として知られている。古豪、つまり最近は勢いがないのである。不思議なもので会社の業績と、ソフトボール大会の成績は想像以上に合致する。しかし、今年は順調に勝ち進み決勝トーナメントに駒を進めていた。石田は小柄ながらもシュアなバッティングと、足の速さ、目測の正確さから6番ライトとして毎試合、先発出場していた。

決勝トーナメント一回戦、石田が打席に立てば、拠点長の権藤がふざけて「パパ、頑張れ」と叫び、陽介がそれに続く。「ぱーぱ、がんばれ」 まだ気恥ずかしいという気持ちを持つ歳ではない。大活躍とはいかないが、ヒットも打ったし、大きな飛球もランニングキャッチした。 ベンチに帰ると「パパ、ナイスキャッチ!」と陽子がガッツポーズを見せた。財務担当の浅井は黙ってスコアを付けている。しかし結果は、残念ながら運送会社に大差で負けてしまった。悲壮感はない。相手は優勝候補だ。ヨツハは数年振りに決勝トーナメントに進出しただけで満足だったし、あくまで交流を目的としたリクリエーションだ。 

試合後はBBQが待っている。

石田は火起こしをしていると、そこに柏木が現れた。それだけも驚きなのに、その隣にはマリアがいた。「あっ、お疲れ様です。オラ」と二人に挨拶した。 聞けばスペインから出す基幹部品に関する打ち合わせで、オランダに来たとのことだった。明日には二人でチェコ工場に向けて移動する。三人で立ち話をした。

マリアが石田に「イシダサン、ありがとう。あの時は黙っていてくれて」と切り出した。マリアが柏木のメールをコピーした犯人だったことは、実は柏木にも言っていない。柏木は、何の話だろうかといぶかったが、そこに口を挟むほど無粋ではなかった。石田は慌ててクーラーボックスまで駆けていき、氷水でキンキンに冷やされたハイネケン缶を三本持ってきた。

「乾杯。えーと、えーと、サルート! サルート!」

石田は、柏木とマリアそれぞれに濡れた缶を手渡し、乾杯を促した。マリアはそれ以上、何も言わなかった。人懐っこい笑顔で缶を開けると、石田と柏木と乾杯した。「サルート!」

柏木は石田に目配せしたが、石田はそれを受け流した。

喉を流れる冷えたハイネケンが、ただただ美味しかった。
(スペイン工場編完)

経理マン浅井編

第10章 告白

浅井はスコアブックを閉じた。日系企業対抗ソフトボール大会、決勝トーナメント一回戦、ヨツバ電器 対 帝洋通運の試合が終わった。ヨツハは4年ぶりの決勝進出である。「古豪」ヨツバと「強豪」帝洋の対決であったが、3対14。 元野球部を中心にメンバを組んだ帝洋の圧勝であった。 あくまで親睦イベントであり、両チーム笑顔でゲームセットを迎えた。 球技は苦手だ。浅井は、中学と高校とで陸上部に所属し、長距離をやっていた。残念ながら記録は平凡なもので、弱小校の部活の域を出なかった。大学では競技は続けなかったが、その後も趣味としてジョギングを続けていた。そのおかげで50歳を超える今も贅肉のないスリムな体型を保っている。その痩せた体と顔に加え、財務担当という職務も相まって浅井に神経質そうな印象を与えている。

試合の後はBBQだ。部下の石田を含めて何人かの若手の駐在員は家族を連れてきている。6月の晴れ渡った青空が気持ちいい。 浅井もBBQの準備に加わる。ヨツハ・ヨーロッパ社長の権藤は「俺にワインをくれ」と早速、飲み会モードで、中堅社員の珍プレーをリプレイしては皆の笑いを誘っている。 火おこしをしていた石田が駆けだしていった。 浅井が目で追うと、そこにはスペイン工場の柏木と小柄な女性がいた。彼女は金曜日にオフィスで打ち合わせをしたスペイン工場のスタッフだ。確か名前はマリアと言った。 金融危機の煽りを受けて、スペイン工場はバルセロナにある企業グループに譲渡された。 なので柏木は、正式には「元」スペイン工場長だ。今は、籍はヨツハ・ヨーロッパに置きつつ、普段はスペインで工場売却の残務処理をしながら、帰任先のポストを探っている。柏木と目があった浅井は、軽く会釈した。柏木も会釈で応えた。

石田と柏木の会話が一段落着いたのだろう。柏木は、ハイネケンの空き缶をゴミ袋に入れ、改めて2本のハイネケンをクーラーボックスから取り出し浅井の元へ行った。 「ビールでいいですか?」 柏木は冷えたハイネケンを浅井に手渡し続けた。 浅井は笑顔で受け取る。こう見えて結構飲める口だ。調子が良ければ権藤より飲む。 

権藤がワイン片手に若手と騒ぎ、石田がマリアに肉を勧めている。そんな賑やかさから少し離れたテントの下で浅井と柏木が隣り合う。「工場売却ではお世話になりました。色々ありがとうございました」柏木は感謝の言葉を述べた。そこには社交辞令ではない本当の気持ちがこもっていた。 浅井の腰は低い「いえいえ、こちらこそ。柏木さんは大変でしたでしょう」

柏木が続ける。「石田君から聞きました。『スペイン工場がなければ、ヨツハ・ヨーロッパは赤字だ』って浅井さんがおっしゃっていたと。工場単体の業績は悪かったのに、どうしてそこまで評価いただけたのでしょうか?」

浅井は、石田のためにスペイン工場見学を手配したときの会話をなんとなく思い出した。 そして、そのもっと昔、自分がまだ30歳そこそこで日本の工場で経理をしていた頃のことも思い出した。 酔いが醒めたというほどには酔っていなかったが、とはいえ浅井は真顔になった。 

「私は、昔、鈴鹿工場の経理をやっていたときに、大きな失敗をしました。そこで学んだんです。工場にとって、作らない勇気を持つことがどれだか大切かを。柏木さんは稼働率が下がっても、売れないものは頑として作らなかった。自分にはその勇気がありませんでした」 

20年近く前、鈴鹿工場のサーボプレス機がエアコンの熱交換器(フィン)を打ち抜く乾いた音が今でも浅井の耳に残っている。

浅井の懺悔のような告白を、柏木は黙って聞いている。


第11章 経理部


浅井は経済学部を卒業し、新卒でヨツハ電器に入社した。1981年のことだ。この頃、経済は1979年の第二次オイルショックから漸く立ちなおろうとしていた。ヨツハ電器に特段強い思い入れがあったわけではない。ただ、当時は日本製のテレビやビデオデッキ、オーディオ機器が世界を席巻しており、電機業界の明るい未来を信じて、地元の名門ヨツハ電器に入社を決めた。 1ヵ月の新入社員集合研修が終わった後は、3ヵ月の販売店実習だ。実習先のヨツハ・エレショップの店主は、面倒見がよく浅井のことをかわいがってくれた。 二人でハイエースに乗って、TVやエアコンを届けるためにお得意様を回った。 ヨツハ製品を一生懸命売ってくれる販売店の方、大事に長く使ってくれるお客様と接する間に、自然と浅井の中で愛社精神がはぐくまれていった。 販売店実習が終わると、浅井は経理部に本配属となった。事前に配属希望は聞かれなかったし、配属理由も説明はされなかった。人事部から一枚の辞令書が届いただけだった。 当時はそういうものだった。浅井は販売店実習を通じて営業職に興味を抱き始めていたが、お世話になった店主から「経理部配属か、すごいな。お金周りは大事だし、浅井君の真面目な性格に向いていると思うよ」という餞(はなむけ)の言葉を胸に本社に戻った。

配属先の経理部の課長が言った「浅井君、経理マンにはモノの動きが全て仕分けで見えるんだ。よくあるだろう漫画で敵の強さが数字で表示される眼鏡みたいなやつ、あれと同じで俺の眼鏡には何かを見たときに借方貸方の科目が表示されるんだ。君もすぐそうなるよ」 浅井は最初、何を言っているのか分からなかったが、半年もすると本当に何かにつけ会計仕分を考えるようになっていた。

ヨツハは伝統的に管理会計を重要視していた。 社内では「丸見え経営」と呼び、原価と売上の状況を正確に捉え、かつその情報を共有することをモットーとした。 一方で、事業部長たちは、どうしても今期にどれだけ儲かったかどうかだけ重視する傾向、つまりPL(損益計算書)偏重のきらいがあった。 これに対して経理部内では「BS(貸借対照表)は体重計」を合言葉に、BSが読めて初めて一人前の経理であり、筋肉質の会社を作るために経理がいかに重要な役割を担っているのかを訓示していた。

浅井は配属後、2~3年毎に経理部内の役割ローテーションをし、月次決算、本決算、財務、資金繰り、予算編成と主要な経理業務を覚えていった。真面目でロジカルな浅井に、経理は向いていた。30代になる頃には、いっぱしの経理マンとして仕事を回しつつ、後輩の指導に当たっていた。

「空調事業部 鈴鹿工場 経理課への配属を命ず」

浅井に工場経理への転勤辞令がでた。 驚きはなかった。 20代後半で工場に出ていくものもいることを思うと、少し遅いくらいだ。 浅井は自信に満ちた表情で辞令を受け取り、「承知しました」とだけ応えた。


第12章 数字の嘘

「なんで原価が上がっているんですか」

「丸見え経営」を標榜するヨツハでは、月に一度の営業と製造との間の原価確認会がある。営業の苛立った声が飛ぶ。オンライン会議など無い時代だ。ひと月ごとに本社開催と工場開催と場所を変えて実施している。今回は工場開催だ。営業部長の佐野が二名の課長を連れて工場に来ている。
工場経理の主任である浅井が説明する。「先月から新しいサーボプレス機が稼働しました。その減価償却費が製品原価として按分され、それが原価差異となっています」

「新しいサーボプレス機? 営業としては、別に新しい機械でなくでも構わない。安くできるなら古い機械で作ってくれたほうがありがたい」 いかにも会計音痴の営業のいいそうなコメントに浅井は多少げんなりしつつ、工場側の出席者たちをみた。 驚いたことに工場側の工務担当まで「確かに」という顔をしている。 さすがに工場長の近藤茂三、通称シゲさんは同意しない。

<初心者の方向け会計知識 補足>
老婆心ながらここで会計に不慣れな読者のために、簡単に説明をいれたい。工場が生産設備を現金で購入した場合、現金が減り、生産設備という固定資産が増える。購入に伴いキャッシュアウト(現金支出)はあるが、それは経費には計上されない。 家計簿では何を買った場合でも現金が減った分をその月の経費として認識してしまうので、これが混乱の元となっているが、企業会計で使う複式簿記ではそうならない。現金は、機械という資産に形を変えたと扱う。資産に計上された機械は耐用年数に応じて、徐々にその資産価値を落としていく。この資産価値が落ちるときに、初めてかつ徐々に減価償却費として経費計上される。減価償却が終わった古い機械は会計上の価値はゼロなる。この会計価値がゼロの古い機械で作った製品には減価償却分のコストが計上されないので、計算上は原価が安くなる。また、製品原価は、何個つくるかによっても変わっていく。製品を沢山作れば減価償却費は、その分、浅く広く配賦されるので、製品一個当たりの原価は下がる。

浅井が反論する。「減価償却の終わった古いマシンで作れば原価計算上は、安くなります。しかし、新しいマシンの減価償却費が消えてなくなるわけでないので、会社全体の業績向上にはつながりません。 新しいマシンは歩留まりが高く 古いマシンは歩留まりや修繕費、メンテ要員の確保を考えると早めに廃却すべきです」 近藤は、良く言ったという顔で浅井に視線を送った。

浅井は、営業数字について触れることをここまでは控えていたが、営業が口火を切った話なのでそれに便乗して、苦言を呈した。
「原価差異がでたもう一つの理由は、操業度です。年度予算計画で立てた受注計画に対して未達が続いているため、製品一個当たりの固定費の配賦が高くなっています。 市場の状況が大変なことは重々承知しておりますが、販売計画を達成していただけるようよろしくお願いします。」  言葉は丁寧だが、毅然とした物言いだった。

営業部長の佐野は痛いところを突かれて、ちくしょうという顔を一瞬浮かべた。そこから「確かにそうだな。じゃあ、今から営業から市場状況と販売リカバリー策について説明させていただく」 佐野は工場側の説明をクローズさせて、営業の説明に移った。 「丸見え経営」には工場から営業だけでなく、営業から工場への説明も含まれている。 ヨツハは地元の名門とはいえ、中部の田舎企業である。 あけすけで遠慮のない物言いと困ったときはお互い様という村意識が特徴だ。 工場と営業はケンカをしているわけでない。 お互いの事情がわからないので、質疑が乱暴になるときがあるだけだ。 工場長の近藤と営業部長の佐野は実は同期入社で、新入社員寮では隣部屋でよくつるんで遊んでいた。 浅井はその神経質そうな見た目に似合わず、そんなヨツハの社風が気に入っていた。

来月以降の操業検討に移ったときに、佐野が近藤に向かって改まった口調で言った。「シゲ、いや近藤工場長、2か月後に大きな販売キャンペーンを仕掛けます。 販売計画未達が続いていたが、ここで挽回する予定です。 そこに向けてしっかり弾込めをしたい。 新しい機械がいいのか、古い機械がいいのかはそちらにお任せしますが、数量は揃えていただきたい」

近藤が答える。「了解した。佐野、任せてくれ」 
佐野は、あえて近藤工場長と改まって呼んだのに、近藤のほうは佐野と呼び捨てだ。これはマウントでもなんでもない、近藤にとっては、いつまでも、そしてどれだけ偉くなっても佐野は佐野なのだ。佐野も近藤の実直さは良く知っているので、呼び捨てにされても別に悪い気はしない。 近藤が続ける。「折角だ。あんたらが嫌いな最新のサーボプレス機を見て行ってくれ。この冬モデルのエアコンの省エネ性能は、このサーボプレス機が作る熱交換器のフィンがあってこそだ」

会議が終わると近藤は、工場側の出席にその場に残るように指示し、「工場のせいで販売計画が達成できなかったなんてことになったらあかん。新しいサーボプレス機の調子もでてきたことだし、計画を前倒しで作るぞ。 工務は各工程のキャパシティだけでなく、仕掛り品をいれるパレティーナ(台車)の数とスペースも確認しろ。 それと調達経由で取引先にも連絡いれてくれ。労務は、組合に残業の連絡を入れろ。 さあ、やるぞ。」 

「はい」
近藤の檄に、工場の各マネージャー達が応える

「ウィーン、ガシャン!」「ウィーン、ガシャン!」
最新鋭のサーボプレス機が金型をコンピュータで精密に制御しつつ、小気味良くアルミ材を打ち抜いていく。1分間に数百回という高速でアルミフィンを叩き出す。その規則正しいリズムは、工場の心拍数そのものだった。 パーツはパレティーナに移され、次の工程へ運搬されるのを待っている。 近藤の指示の元、手筈万端整えた工場は活気良くモノを作っていく。 近藤はその様子を目を細めて見ていた。  

それは数字にも表れていた。製品原価は下がり、次月の営業会議では珍しく佐野から工場へ感謝の言葉が伝えられた。 工場の単月のPLは、過去最高の利益を示している。 製造された製品はヨツハのロゴマークの入った段ボールに梱包され、出荷場で4段積みされている。そろそろ出荷場も手狭になってきた。 工務は、臨時で製品保管用の倉庫を借りる手筈も進めている。工場内も工程間の仕掛品在庫が増えて、パレティーナが足りるの足りないのと日々大騒ぎしている。

そういった工場の喧騒を傍目に見ながら、浅井は経理マンとして忸怩たる思いでいた。会計処理は正しく行なっている。何か不正をしているわけではない。ただ、浅井には今の状況はPLの数字が示すほど良くはないように見えていた。

本来なら今期の「費用」として処理すべき固定費や減価償却費を、製品在庫という名の「資産」に付け替えて、将来へ先送りしているだけではないのか。こんなに先行生産する必要があったのか? 最新のサーボプレス機の能力であれば、もっと引き付けて生産することも可能だったのではないか。

浅井は、出荷場を埋め尽くすヨツハのロゴ入り段ボールを見つめた。この在庫の山が、利益を生み出す「宝の山」になるか、すべてを吹き飛ばす「時限爆弾」になるか。 その境目は営業が計画通りに売り抜けるかどうかという、不確かな一点に託されていた。 経理として自分にできることは何かを自問しながらも、何も行動を起こすことができなかった。


第13章 冬商戦


鈴鹿工場が作った今年の冬モデルのエアコンは、省エネでデザインも良く、新しく搭載されたお掃除機能も好評だ。11月12月と寒さが深まるにつれ、順調に販売が伸びていく。営業部長の佐野の読み通りだ。佐野は晴れ晴れとした気持ちで正月を迎えた。箱根駅伝を見ながら飲む熱燗がうまい。

しかし、年明けから販売数字が伸びない。日々の営業日報を読みながら、佐野は痛む胃をさすった。年明けから予想外の暖冬となった。天気予報を見るのが、これほど恐ろしいことはなかった。テレビの中の気象予報士が「来週も温かい日が続き過ごしやすいでしょう」と笑顔で語るたびに、胃の痛みが増すのを感じる。

工場には、自分と同期の工場長のシゲに用意させた在庫が溜まっている。弾込めしたは良いが、発射されなければ最後は暴発することになる。

量販店の店頭に部下を立たせて、お客様に対して直接、商品説明に当たらせている。佐野自らも今度の土日は、量販店に立つ。店頭に立つのは十年振りになるだろうか。それほどまでに追い詰められていた。佐野一人が店頭で販促をしても効果は高々知れている。だが、部下にその姿を見せることに意味がある。とにかく一台でも多く売らなければ。

佐野の願いも空しく暖冬が続いた。最後に期待していた「二月の駆け込み需要」が完全に消滅したことを悟った。もうすぐしたらヨツハ含めて各社が夏モデルへ生産準備に入る頃だ。半年でエアコンの性能が大きく変わることはない。だが、消費者は新モデルを求める。量販店に卸すにも、鈴鹿工場にある在庫は旧モデルとして大幅な値引きを求められる。 佐野の所属する空調事業部では3月期末決算に向けて、予算必達の号令がかかっている。一方で決算期を見透かして量販店の態度は強気だ。「3割引きなら、引き取ってあげますよ」と。 

二月末の本社での営業報告会、事業部長の視線は氷のように冷たかった。「佐野君、在庫の山を抱えて新年度を迎えるつもりか? 評価損(ロス)だけで数億出るぞ。どんな手を使ってでも、三月中に掃き出せ。いいな、どんな手を使ってでもだ」

抱えた在庫、足元をみる量販店、事業部長からのプレッシャー、佐野の酒量は日々増えていった。とはいえ、佐野も営業部長にまでなった男である。懇意にしている量販店に頭を下げて何とか頼み込みギリギリ狙った価格で引き取ってもらっていった。あともう少し、あともう少しのころまで来た。だが、それがどうしても届かない。

3月も20日を過ぎた頃の夕刻、佐野はシゲに電話を入れた。「シゲ、頼みがある。どうしてもあと200台、月末に売らないといけないんだ」 佐野は声を潜め、周囲を伺いながら、ついに一線を越える言葉を口にした。 「三月末に200台出荷してくれ。もちろん出荷伝票は切る。だが、その200台は客先の都合で返品される。その返品を期初に受け取ってくれ」

静寂が流れた。シゲの沈黙が、佐野には永遠のように長く感じられた。 「出荷の指示があれば出す。その先のことは俺は聞いていない。返品伝票が来れば、受け取る。それだけだ。その先の算段は付いているんだろう、佐野」「それでいい。助かる。物流業者には俺から指示を出しておく。四月になれば、新モデルの品薄を狙って別の販路へ流すから心配無用だ」 嘘だった。そんな算段など、どこにもない。 佐野は電話を切ると、深く息を吐いた。胃の痛みは消えなかったが、これで「数字」は作れる。

佐野は続けて斉藤運輸商店に電話を入れた。クレームや不良品の引き取りで付き合いのある地元の物流業者だ。 「もしもし、佐野さんですか? まいど、どうされました」 なじみの営業が愛想よく応対する。 

「月末に10トンのウイング車を一台、仕立てて欲しい。それで鈴鹿工場でエアコン200台を受け取ってもらいたい」
「はいはい、10トン車一台ですね。ヨツハさんのオーダーですので、最優先でご用意させていただきます。で、行先はどちらまで?」
「そうだな、琵琶湖を一周して翌日の昼過ぎに鈴鹿工場に戻って欲しい」 「はい?琵琶湖を一周ですか? ご冗談ではなくて」
「真面目に言っている。そちらは言われたことを黙ってやってくれればよい。」

何かを察したのであろう斉藤運輸商店の営業はそれ以上には口を挟まず、「承知しました。お任せください」とだけ応じた。

佐野は電話を切り、一人喫煙室へ向かった。掌にはじっとりと汗がにじんでいた。


第14章 謎のトラック

浅井は期末の棚卸の準備に追われていた。期末の3/30、3/31は、原則として生産も出荷も止めて、システムが出力した棚卸帳票の数字と、実際の在庫の数が合致しているかどうかを確認する「実棚」を工場全体で行うためだ。3/31午後には、工場を管轄する事業とは異なる事業部の部課長級が本社から工場に派遣され、棚卸監査を行うのがヨツバの慣例だ。浅井は、経理側の実務責任者として、職場ごとの実棚の進捗と差異報告の理由確認に追われていた。 

その中で一点、気になっていることがある。この期末に例外的な緊急出荷ということで、200台のエアコンが出荷場に並んでいることだ。 工場長の近藤(シゲさん)からも、営業が期末に押し込んでくれた成果だから、特例で出荷を認めるように言われている。 売上伝票には、大手量販店タナカデンキの名前があった。 ヨツバは出荷基準で売上を立てる。今日中に無事、出荷できれば会計ルールには沿っている。

夕方になってタナカデンキ向けの10トントラックのウイング車が出荷場に横付けされた。出荷場のプラットフォームの高さはウイング車に合わせてあり、降りてきた運転手がフォークリフトを操作しながらパレットに積まれたエアコンを荷積みしていく。現在では、荷積みや荷下ろしといった運送以外の付帯作業は送料と別料金を払うか、荷主側が行う必要があるが、当時はまだ運送会社側にやってもらうことが普通だった。

浅井は、各部署から派遣された監査人の応対をしながら傍目に出荷作業を見ていた。 監査人の一人がそれに気づいた「珍しいな。期末に出荷とは」
浅井は「はい、営業部が期末ギリギリで受注したということで、特別に処理しています」と答えた。 タナカデンキほどの大手得意先であれば、ヨツバの自社トラック便で出荷することが多いが、今回は斉藤運輸商店のトラックが来ている。これの期末の特別対応の一つなのだろう。 積み込みを終えた運転手は、出荷場の担当から出荷票に検印をもらい、工場の敷地を出て行った。 守衛所の脇の桜が満開だった。

斉藤運輸商店のトラック運転手の吉野は、奇妙な指示に首を傾げた。3/31の16時にヨツハの鈴鹿工場に行くこと。 そこで200台のエアコンを積んだら、琵琶湖を一周すること。 途中にある米原のトラックターミナルで一泊して、翌日また鈴鹿工場に戻ってくること。高速は使わないこと。 

これではただの琵琶湖一周ドライブではないか。

ただ、走行距離と拘束時間で日当が入ってくるので、吉野からすればお金さえもらえれば、別にどこに行こうが関係ない。深く考えるのはやめた。荷主は、いつも横柄でわがままだ。 ただただ、事故が無いように走り切ればよい。 亀山から湖南に抜けるルートを選択し、国道一号をゆったりと走った。そこから県道27号、504号を抜けて西周りで琵琶湖の湖岸を走った。夜、米原のトラックターミナルに着くと、そこに斉藤運輸商店のヨツハ担当営業が待っていた。出荷伝票を寄越せという。 営業担当はそこに「弊社都合による返品 4/3」と書きなぐり、これをもって明日の朝イチ、鈴鹿工場に行くように指示した。 さらに二千円を手渡され、夕飯の足しでもしてくれと言って営業担当は帰っていた。 吉野は、益々もって怪しいと感じたが、厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだ。 今日はかつ丼でも食べて寝ようと決めた。

翌4/1の朝、6:00の開門に合わせて吉野はトラックを鈴鹿工場に入れた。入庫場には、工場長の近藤が待っていた。 近藤は、吉野から出荷伝票を受けると返品受領とサインした。日付は意図的に空白にしておいた。 そして吉野に「悪いが、荷物を降ろして、あそこの奥のスペースまで運んでおいてくれないか」と頼んだ。 吉野は応じ、荷下ろしを始めた。 近藤は、早番の出荷場のスタッフに「返品だ。伝票は俺が処理しておく。荷物はしばらくあそこに置いておいてくれ。邪魔にはならんだろう」と言い、執務エリアに戻っていた。

浅井は決算処理に追われていた。浅井は夜遅くまで机に噛り付いて、帳簿と格闘していた。 暦日の4/1と4/2は、経理システム上は3/32、3/33という変則日扱いにして遅れて入ってくる伝票を受け入れられるようにしている。これを過ぎるとハードクローズで、もう新規も変更も前期のデータは受け付けることはできない。 鈴鹿工場の決算は、最後の200台の出荷の緊急出荷もあり、予算達成、PLもBSも綺麗な数字が並んだ。 4/2の夜、近藤に決算数字を報告し承認を得た。 その日の深夜、決算データが本社会計システムに伝送された。 経理にとって一番大事な仕事が終わった。

翌4/3の昼過ぎに、近藤が申し訳なさそうに経理の島に来た。「浅井君、申し訳ないが客先都合で返品があった。あの200台、期末に緊急出荷した奴だが、客先で話が通ってなかったらしく帰ってきた。 営業の佐野、君も知っているだろう。彼が猛抗議したが、だめらしい。 幸先悪いが、新期の損失として処理してくれ」
「えっ」浅井は言葉を失った。 あれだけ特別対応した200台が戻ってきた? 逆なのか、特別対応するようなことをしたから戻ってきたのか? いずれにしても決算は終わっている。どうするべきか? 

「本当に戻ってきたんですか? その在庫は、今どこにありますか?」 

浅井が問うと近藤は面倒くさそうに「入庫場にあるらしい。とにかくマイナス出荷として処理、頼んだぞ」といって、そそくさとその場を後にした。 浅井は出荷伝票を受け取り、検収欄の「弊社都合による返品 4/3」という不揃いな文字を見た。 浅井は立ち上がり、入庫場に向かった。経理とはいえ、製造業の社員だ。 三現主義(現場、現物、現実)には忠実だ。

入庫場に着くとそこには確かにエアコンの在庫があった。パレットの数からして確かに全数戻ってきている。 入庫場のスタッフに「これ、いつ戻ってきました?」と聞くと、その人は「自分はちょっと分からないですね。他の人に確認しましょうか?」とのことだった。 確認と折り返しの連絡をお願いし、浅井は経理の島に戻った。

しばらくすると、先ほどのスタッフから折り返しの連絡があった。 「浅井さん、さっきの返品の件ですが、早番のやつに聞いたら4/1の朝イチで受け取ったとのことです。保管場所の指示は、シゲさんから受けたと言っています」 3/31の夕方に出荷したものが、4/1の朝に戻ってきて、近藤がその保管指示を出しただと。しかも伝票日付は4/3で。 

浅井はピンときた。架空出荷だ。背中に悪寒が走るのを感じた。


第15章 食い違う言い分

状況証拠は、期末の架空出荷を裏付けていた。 ただし、モノは動かさずに売上伝票だけ出すのと違って、偽装の手が込んでいる。 わざわざトラックを手配し、本当に在庫を出荷し、翌日こっそりと戻している。 絶対に上の人間が絡んでいる。事実、工場長の近藤(シゲさん)は翌日の返品時に立ち会っていた。 浅井は神経質ではあるが、猜疑心が強いほうではない。そんな浅井でも、工場長、そしてその同期の営業部長の佐野のラインで何かが仕組まれていた可能性を否定できない。

浅井は、近藤の元に行った。「工場長、返品の件で話があります。お時間よろしいでしょうか?」
近藤は「いいよ」と短く返事し、浅井を工場長専用の会議室に連れて行った。 「どうした?」 近藤の声から動揺や緊張は感じられない。
「返品されたエアコンです。伝票の日付は本日4/3ですが、どうも4/1の朝に返品を受領したらしいんです」 浅井は敢えて近藤の名前を伏せて探りをいれた。

「で、4/1と4/3だと何が問題なんだ」

「はい、4/1であれば前期が締まっていないので、売上の取り消し処理ができました。4/3ですと、前期の数字は原則として変えられません。今期のマイナス売上として、マイナス・スタートとなります」
近藤が応じる。「この工場の経営も厳しいから、今期のマイナス・スタートは厳しいが、まだ始まったばかりだから挽回できるだろう」 近藤は、前期の問題ではなく、今期の問題だという認識を示した。

「工場長、違います。私は今期の心配をしていません。前期の決算の心配をしています。 前期の売上に含めるべきでないものが入っていたら、それは架空売上です。 前期の修正決算が必要になります。」
「でも、伝票日付は4/3なんだろう。4/3で処理すればいいじゃないか。別に在庫が消えてなくったわけじゃないだろう」
どこまでも白を切るつもりの近藤に、浅井が静かに迫る。「入庫場の人は、シゲさん、、、いえ、工場長が、4/1に返品に立ち会って、保管場所を指示したと言っていますよ」

近藤は浅井がそこまでの情報を得ていると推測済みだったのだろう。それがどうしたという感じで「知らん。伝票の日付で処理しろ。逆に伝票日付の変更は認めん」と言って席を立った。

近藤が去った後の会議室には、重苦しい沈黙だけが残った。 壁を隔てた向こう側からは、「ウィーン、ガシャン!」というサーボプレス機の音が聞こえてくる。 誇らしく感じていたその音が、今となっては疎ましく聞こえる。

近藤は席に戻るとすぐに営業部長の佐野に電話をした。「おい、佐野。うちの経理が勘づいているぞ。こっちは押さえておくが、営業部内で辻褄は合わせておいてくれよな」
佐野は「ああ、すまなかったな。分かった」とだけ言い電話を切った。タナカデンキ担当の課長と担当を呼び、「実は俺の責任でタナカデンキ様と進めていた取引があったがスリップした。もし鈴鹿工場の経理から何か問い合わせが入ったら、俺に回してくれ。」 「タナカデンキ様はお得意様だ。こちら先方にも何も話すな。恥をかかすわけにはいかない」

浅井は席に戻ると空調事業部営業部の同期に電話を入れた。タナカデンキの担当を教えてもらうためだ。 そこから同期に教えてもらったタナカデンキの担当に電話入れたが、「さっき佐野部長から呼ばれて、その件は、直接、部長につなぐように指示がありました。自分は本当に何も知りません。何かあったんですか?」浅井は「期末の売上処理で確認事項があるだけです」と詳細を明かさずに電話を切った。 直接、佐野に聞くしかないのか。 意を決して浅井は、佐野に電話をした。 

佐野は浅井からの電話を受けると先に詫びを入れた。「期末の出荷の件は、申し訳なかった。 バイヤーとは話をつけていたんだが、その上の上の人が突然、そんな買い取り認めんとなったらしい。バイヤーの方も色々粘ってくれたんだが、ダメだった。 工場経理の君にも私から連絡を入れるべきだったが、連絡が遅くなったこと申し訳ない」 佐野は、頭を下げるのは営業のスキルの一つだと思っている。浅井のような若造に対してだって、頭を下げることになんの躊躇も恥じらいもない。そんなちんけなプライドは営業現場からの叩き上げにはない。

浅井が尋ねる。「タナカデンキ様には買い取りの意思があったということですね。申し訳ないですが、先方のバイヤーという方はどなたでしょうか?」  「君、まさかタナカデンキ様にコンタクトするつもりか? この件は先方でもちょっとしたトラブルになっているんだ。 これ以上、バイヤーさんに恥をかかせるわけにはいけない。連絡先は教えられない。 大体、伝票があって、モノだって耳を揃えて戻ってきたわけだろう。 何が問題なんだ」 佐野は意図的に言葉に怒気を含ませた。 浅井が答える。「返品日と、伝票日付が異なるような気がしておりまして」
佐野がぴしゃりと言い返す。「そういうモノの管理は工場の責任だろう。工場内で確認してくれ。私の立場から言えるのは、伝票の通り処理しれくれということだけだ」

佐野のいうことは確かにその通りだ。浅井は「はい、申し訳ございません。こちらで確認を進めて、何かあればご連絡いたします。お忙しいところありがとうございました」と礼を言って電話を切った。

ふーっ、電話を切った浅井は深く嘆息した。

工場長、営業部長、双方が「伝票が正」の一点張りだ。 それを受け入れても誰も何も困らないどころか、皆がハッピーだ。 自分は何をしたいのか、そして何をするべきなのか。 会社の中の活動のすべからくを、会計というスクリーンに正確に写像する。 それが経理マンの絶対の正義だ。 その正義が今、揺らいでいる。 浅井は、事務机の引き出しから頭痛薬を取り出し、すっかり冷めたお茶でそれを飲んだ。


第16章 相談の行方

「はっ、はっ、はっ」 浅井は、鈴鹿青少年の森のランニングコースを走っていた。 中高校時代は陸上部で長距離走をやっていた。 タイムは平凡であったが、走ること自体は好きだった。 社会人になった今でも時間を見つけては、ジョギングをしている。 帰宅したのは夜の9時だが、もやもやした気持ちを晴らすためにランニングシューズを履いて、外にでた。 花寒だが、走るのにはちょうどよい。大分長いこと走ったが、架空売上疑惑の件をどうしたら良いのか答えはでなかった。 守衛所に残っていた入出庫のトラックのナンバープレート記録からも、3/31出荷のトラックが4/1の朝に戻ってきたのは明らかだ。 そもそも鈴鹿工場と群馬にあるタナカデンキの物流センターの距離を考えれば、その時間には戻ってこられない。

伝票日付の4/3は虚偽だ。

この時代、コンプライアンスは今ほど厳しくなかった。ヨツハでは通報窓口はまだ未整備だった。とはいえ、当時の社会規範においてもお金にまつわる不正は、不正と認識された。
翌朝、浅井は会議室から本社経理部長の宇佐美に電話を掛けた。 宇佐美は、浅井を鈴鹿工場に送った本社の上司筋にあたる人物だ。
「部長、決算でお忙しいところ恐縮ですがご相談があります」
宇佐美は、浅井の声色から真剣な話だと悟ったのだろう。静かに応じる。 「浅井君、今は時間がある。大丈夫だ。どうした?」

浅井は、これまでの経緯について、事実と自分の憶測をしっかり切り分けながら宇佐美に伝えた。 宇佐美は、2,3の確認をしたが、全体を通じては静かに聞いていた。 一通り聞き終わると、よく通る声で

「まずは報告ありがとう。で、浅井君、君はどうすべきと思っている?」

と問いかけた。
浅井は少し逡巡し、返す「正直、分かりません。 迷っています。」 浅井が続ける。 「この架空売上を告発すれば、シゲさん……近藤工場長を本社に売ったように感じます。 工場長が私利私欲でやったこととは思えません。 自分さえ黙っていれば、誰も困る人はでません。 ただ、数字を預かる経理の責任としてそれを許していいのかどうか。 自分でもまだ分かりません」
宇佐美は「改めて、まず報告してくれたこと、本当にありがとう。この件は、私が引き取る」

翌日、本社から監査チームが鈴鹿工場に乗り込んできた。 とは言っても、それほど仰々しくはない。 経理部の課長級が、若い主任を連れてやってきただけだ。 ヨツハ電器は連結で二兆円に迫る売上がある。今回の不正売上は、エアコン200台で二千万円程度だ。本社としても対外発表が必要なほどの不正だとは思っていない。ただ、正すべきは正すという姿勢を示さないといけない。 宇佐美は既に、財務担当役員及び空調事業部管掌の役員に一報を入れている。 もう外堀は埋めてある。 近藤は工場長席から真っ赤な顔で浅井を睨んでいたが、何もできない。 後はなるべく事が大きくならないように、慇懃(いんぎん)に監査チームを迎え入れた。 浅井は、近藤の視線に耐えながら、先輩にあたる経理部の課長級の指示に従い、帳簿と伝票を提出し、出荷場および守衛所の記録を提出した。 正直、この日の記憶はあまりない。 工場の仲間を売ってしまったような後ろめたさと、これで解放されるという安堵の気持ちが入り混じっていた。
同日、空調事業部営業部にも同様の監査が入ったと聞いている。
工場長の近藤と、営業部長の佐野は、後日、本社に呼び出されて相当、絞られたらしい。 ただ、ヨツハは田舎の優しい会社だ。 この二人は、7/1付けの定例異動の体でそれぞれ、左遷とは言い切れないような微妙なポジションに異動していった。 宇佐美の計らいで浅井だけが急遽5/1付けで本社帰任となり、4月中旬から後任への引継ぎを開始した。 

宇佐美は、本社に戻ってきた浅井を会議室に呼んだ。
「今回の件は、報告ありがとう。大変だったね、君も。 浅井君、君には期待している。だから、少し苦言?いやアドバイスをしておきたい。 

まず君が本当のプロになるなら、大事なことは自分で決める癖をつけなさい。 

私がもし、君の報告を握りつぶしたら、君は納得できたか? できないとしたら、答えは出ていたはずだ。 不正は大小に関わらず、正さなければならない。それは不正を行ったものを処罰するためではない。 会社が会社として正しく機能するための最低限の規律だ。 小さな不正は必ず大きな不正の温床となる。迷うな。 

次に、例外処理を簡単に認めるな。 通常の出荷日であれば、お得意様行の通常便がある。 仮に返品があったとしても締め日までに確実に間に合うリードタイムとなっている。 業務スケジュールが、なぜそうなっているのかには理由がある。 経理などのコーポレート部門は、とかく役所仕事だの、融通が利かないだの文句を言われがちな役回りだが、それでいいんだ。

最後に、君は気付いていたのではないか? 鈴鹿工場が作りすぎていることを。BSは体重計だ。その中身が筋肉化、贅肉なのか、どこかで気付いていたのではないか?」

「はい。秋口には先行生産が進み過ぎていると思っていました。ただ、営業のやる気と、工場の活気を前にして、自分はそのことを上申できませんでした」

「そうだろう。君がそのことを問える勇気を持っていれば、違った結末があったやもしれない。勘違いしないでくれ。君を責めているんじゃない。 経理の人間は、将来、海外拠点に行けば、必要であれば拠点長にものを申す立場だ。 そのときに自らのプロフェッショナリズムに掛けて真摯に恐れなく、ものが言える経理になって欲しい」

「はい」 浅井は泣いていた。

30歳を過ぎてまさか人前で泣くとは自分でも思っていなかったが、自らの不甲斐なさと、宇佐美の期待に自然と泣いていた。 宇佐美は「期待しているぞ」と浅井の肩を叩いて、静かに部屋を出て行った。


オランダ、ボス公園のBBQ会場。 遠くで石田たちの笑い声が聞こえる中、浅井は最後の一口のハイネケンを飲み干した。苦い。それがビールの味のせいなのか、思い出のせいなのかは分からない。
「……当時の経理部長、宇佐美さんに言われたんです。B/Sに溜まった贅肉、つまり不良在庫に気づいていたはずだ、と。 あの日、私は自分の未熟さを突きつけられました」

柏木は、隣で静かに浅井の話を聞いていた。 「だから、スペイン工場が、操業ロスのダメージを受けながらも減産調整を行ったことを評価してくださったんですね。あれは、鈴鹿工場での経験があったからなんですね」

浅井は小さく頷いた。 「柏木さんの操業調整の意図が分かりました。その効果も分かっていました。 あれは当時の自分が、工場長に進言できなったことです。 過去を変えることはできませんが、今、頑張っている人を支えることはできると思ったんです。なので権藤さんにも数字を説明して、柏木さんが行っている工場による需給調整方式を続けてさせて欲しいと伝えました。 宇佐美さんが期待してくれた自分に少しでも近づけるように日々精進です」

柏木が話を受ける。「だからか、権藤のオジキが『浅井はうるさくてかなわん』って、言ってましたよ。 拠点長に嫌われても、言うべきことは言う。ちゃんと守れているじゃないですか」

「恐縮です」 浅井はどこまでも謙虚だ。

「浅井さーん!柏木さーん! エビ、焼けましたよ! スポルトラーンのところの魚屋のやつだから、これ絶対うまいですよ」 石田の明るい声が響く。

「石田さん、ありがとう。 あー、いい匂いがしますね。 柏木さん、エビ、食べましょう。 あそこの魚屋のやつなら間違いないですよ」  浅井は立ち上がり、軽く膝を伸ばした。 50歳を過ぎた今も、ジョギングを続けているおかげで足取りは軽い。

BBQの白い煙が、オランダの初夏の青空に吸い込まれていく。
(経理マン浅井編完)


COVID-19編

第17章 裏目

ヨツハでは、原則として5年間を駐在期間の区切りとしている。毎年、毎年満期を迎えたものが本社に帰任し、または一部のものは横移動で別の赴任地に向う。その抜けた穴を埋めるべく、後任が新たに送られてくる。本社の帰任先は、元の事業部門や機能部門となるので、バラバラとなるが駐在中に知り合い、一緒に苦労した仲間意識は一生のものとなる。

2020年、10年前にスペイン工場長だった柏木は、いまや執行役員 製造本部長だ。 柏木はスペイン工場の売却をまとめあげて、日本に帰任した。 帰任後は保守本流といえる国内にいくつかある「由緒正しい」工場の工場長を歴任していた。長い歴史を持つヨツハでは、工場間に格の違いがあるのである。ヨーロッパから帰任後も、2011年の東日本大震災、その半年後のタイ洪水、その5年後の2016年には熊本地震と断続的にサプライチェーンを混乱させる天災が起きている。 柏木は直接的、間接的にそういた天災に巻き込まれながら、生産現場を切り盛りしてきた。 そんな修羅場をくぐり抜けてきた柏木にとっても、未曽有の世界的な混乱が襲い掛かる。新型肺炎、COVID-19である。

なお、柏木の欧州駐在時代の欧州拠点長 権藤は、欧州の販社改革をやり切りそれを花道として引退した。名古屋伏見にある高級マンションに引っ越し、悠々自適なリタイア生活を楽しんでいる。

財務の浅井は、財務本部長を経て今は監査役に収まっている。 物腰はかつてと同様に柔らかいが、経営会議で発する質問の鋭さに、役員連中でさえしばしば額に汗をかきながらしどろもどろに回答を迫られている。

情シスの石田は、欧州の販社統合をIT側から支えた後に、日本に帰任した。元々は業務アプリケーション畑だったが、帰任の際に部内ローテーションということで、ITインフラ担当課長を拝命した。ローカルのメールサーバには痛い目にあっているので、ローカルサーバのクラウド移転を強力に進めていた。そんな矢先の2017年WannaCryというコンピュータ・ウイルスが世界的に蔓延し、日立やJR東日本など日本のいくつかの企業も被害を受けた。 ヨツハの海外拠点でも侵入が確認されたが、石田は詳細調査を待たずにネットワークを遮断して、被害を最小限に食い止めていた。 突然のネットワーク遮断に、事業部からは苦情もでたが、欧州時代の人脈を頼りに何とかなだめすかして対策を進めた。まあ、スペインの裁判所に呼び出されることに比べれば、社内で多少怒られることなど屁でもない。 あの事件を経て、石田には変なくそ度胸がついていた。 その後2020年には、彼はDX推進室長を拝命していた。

2020年2月、ダイヤモンド・プリンス号の乗客の中に新型肺炎の罹患者がでた。その対応について専門家同士でさえ意見が分かれ、ワイドショーによる扇動もあり日本国内は大騒ぎとなっていた。2019年末に武漢で謎の肺炎が流行っているという噂がでてから、わずか2か月でその肺炎は日本にも上陸してきた。 TVが伝えるパニックに対して、柏木は恬淡(てんたん)としていた。半分はまだ別の世界のことのように感じていたこともあるが、半分は自分のコントール外のことに心を乱さない訓練によるものだ。 明日は臨時の執行役員会がある。 この新型肺炎への対応を協議することになっている。 社員の安全が最優先になる。 一方で工場の操業はどう担保するか。 そもそも工場の操業よりも、世界恐慌の到来による需要の蒸発のほうが蓋然性が高いのではないか。 自宅のリビングのソファに座りながら、柏木はいくつかのシナリオを考えていた。

翌日の執行役員会では、営業担当からは市況の不透明さが伝えられた。 10年前の金融危機の際にはリスク見積もりが甘く、鷹揚に構えた結果、本社での1,000名近い早期退職者と、スペイン工場含むいくつかの生産拠点の閉鎖という辛酸をなめることとなった。 今回、経営陣の判断は果断だった。 需要想定を最低のところに置き、各工場には休業を含む最低限の稼働を決定した。

しかし皮肉にもこの決断が、後日、羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹いていたと知ることになる。 蒸発すると思っていた需要が、新型肺炎による巣ごもり需要で逆に爆発したのだ。 特にUSでは、在宅勤務の拡大に伴い住宅投資が増えた。 パソコンやディスプレイだけでなく、家具や家電までが品薄になった。 半年もすると、ヨツハはUSのRR社から「コンプレッサーを早く納入しろ」と矢のような催促を受けることとなる。 RR社は、US屈指の家電メーカーで、特に高級な大型冷蔵庫はUS国内で高いシェアを誇る。 ヨツハは冷蔵庫の心臓部のコンプレッサーを日進工場から、USのテキサスにあるRR社の工場に出荷している。

2021年の秋口、RR社の調達担当スティーブ・マシューズから、ヨツハUS営業担当 真壁健に泣きが入る。 

「ケン、コンプレッサーを早く納入してくれ。俺のボスは、期日までに納入なき場合は、契約に基づき賠償金を請求すると言い始めた」


第18章 牙をむくコンテナ


「まるで空気を運んでいるみたいやないか。もっと積めへんのか?」

RR社向けのコンプレッサーを作っている日進工場の工場長 岡本は、40フィートハイキューブのコンテナを覗き込みながらぼやいていた。 日進市は、名古屋市と豊田市に挟まれたベッドタウンで、国道153号線周辺にはいくつかの企業が交通の便の良さを活かして工場を構えている。ヨツハもここ日進で古くから工場を構え、国内マザー工場の一つとしてコンプレッサーなどを製造している。

コンテナには様々なサイズとタイプがある。大昔は20フィート(約6m)が主流だった。そのため、コンテナ船のサイズは今でもこの20フィートコンテナがいくつ詰めるかで表現される。その単位をTEU(Twenty-foot Equivalent Unit)といい、現在最大のコンテナ船は2万TEUを超える。 船のサイズは20フィート換算だが、実際に使われているコンテナは、40フィートが一番多い。さらに40フィートコンテナにも背の高さ違いで、スタンダード(2.6m)とハイキューブ (2.9m)がある。この40フィートコンテナは、17畳ほどの広さがある。 浴室や玄関を含めてワンルームマンションと同じくらいの広さだ。 一隻のコンテナ船の大きさは、一万室のワンルームマンションに匹敵すると考えるとそれがいかに巨大かが想像できるだろう。サイズとは別に機能の差もあり、リーファーコンテナと呼ばれるものは冷凍冷蔵機能を持つ。アメリカから日本への牛肉の輸出などに使われている。なお、JRの貨物コンテナは、大きさとしては20フィートコンテナに近いが、貨物列車用の国内独自規格であり海上コンテナには使えない。

海上コンテナの歴史はそれほど古くない。ビルゲイツが夏休みの推薦図書として激賞したことで有名になった著書「コンテナ物語」によれば、1950年代に発明され、ベトナム戦争のときにその有用性が強く認識されるに至った。アメリカからベトナムに軍事物質がコンテナで運ばれ、その空のコンテナを利用して日本からアメリカへ大量の製品が輸出された。その意味で、戦後のヨツハの成長エンジンであったUS向けの電化製品の輸出は、このベトナムからの戻り便のコンテナによるところが大きい。コンテナが発明される前の港での荷物の積み込みは、人力で行っていた。 この荷役行う作業チームのことをギャングと呼ぶ。このギャングという単語に犯罪組織の意味合いはないが、現在に至るも港湾労働者は独特の気風と堅い団結をもっている。

コンテナが海上輸送の主流となると、サービスの差別化が難しいコンテナ船業界は規模の競争となり、現在は3つの大きなアライアンスに集約されている。航空業界と似た構造だと思っていただければよいが、人に対するサービスがないだけコンテナ業界のほうがより差別化が難しい。 日系の日本郵政、商船三井、川崎汽船も、長年のライバル関係を捨てコンテナ船事業をONEという新会社に統合せざるを得なかった。 2010年代になると海上コンテナ輸送サービスは、グローバルなコモディティとして誰もが安価に利用できる時代になった。 その時代、40フィートコンテナは横浜からロスアンゼルスまで30万円ほどで運ぶことができた。 この枯れた業界がまさか牙をむくとは誰も想像していなかった。 閑話休題。

日進工場の出荷場でコンプレッサーの積み込みをしているが、コンテナの内は半分も埋まっていない。

ヨツハはAEO (Authorized Economic Operator)認定を受けているので、工場の出荷場でコンテナの積み込み(バンニング)ができる。AEOは、管理体制のしっかりした事業者に許された輸出手続きの簡素化の仕組みである。AOEが無ければ、一度、荷物を港まで運びそこで、海貨と呼ばれる専門業者にバンニングと通関手続きをしてもらう必要がある。

「スカスカやないかい」 岡本の関西弁がうるさい。

物流担当の瀬戸が答える。「しょうがないですよ。 コンプレッサーは鉄の塊ですから、先に重量制限のほうにひっかかってしまうんですよ。 工場長だって知っているでしょ」

「せやかて、瀬戸。まだまだコンプレッサーはあるんやで。それにこのコンテナ一本、なんぼするのか知ってるやろ。100万円、100万円やぞ。 どんだけぼったくんってるんじゃ、足元を見やがって船社の奴ら」 岡本の関西弁がますますうるさい。

USの巣ごもり需要で、RR社向けの大型冷蔵庫用のコンプレッサーの増産要請がきていた。 経営陣の需要減の予測は裏目にでたが、そこから日進工場は増産モードに切り替えて対応してきた。新型肺炎対策で、工場は厳戒態勢だ。マスク、検温、黙食、休憩時間も密にならないように離れて座った。 かりに工員に感染者が出た場合に、周りの人が濃厚接触者と判定されないように最大限の注意を払っていた。そこまでの苦労をして作成したコンプレッサーが出荷できずにいる。 巣ごもり需要による物流量の増加に新型肺炎による港湾の稼働率の低下が重なり、海上輸送が渋滞しているのだ。 そのためまず船腹が予約できない。船腹が取れても今度は、コンテナが手配できない。 荷主企業の船腹とコンテナを求める争奪戦により、海上輸送の料金は3倍以上に値上がりしていた。 それでも金を積めばコンテナが確保できるならまだマシで、今はどれだけ金を積んでも物理的にコンテナの確保ができなくなっていた。 モノはあるのに、海上輸送がボトルネックになって運べない。そんな事態が21世紀に起きようとは。

「瀬戸、来週確保できたコンテナも3本だけやんな。そうなると、この出荷場だけじゃ、収まりきれんな。どこか別に逃がし用の倉庫を確保してくれ。このままじゃ、場所が足りひん。 コンプレッサーの重さで、そのうち出荷場の床が抜けてまうぞ」

一台20キロほどのコンプレッサーであるが、パレットに積んで段積みにすれば1平米に1トン近い荷重がかかる。 日進工場の床荷重は2 トン/m2ある。「さすがに床は抜けませんよ」瀬戸が突っ込む。

「分かっとるわ。いいから、逃がし倉庫を探しておいてくれ」


第19章 中部の巨人

瀬戸は、馴染みの倉庫業者に電話をかけていた。 ヨツハへの納入ベンダーが作る緑葉会(りょくようかい)の物流部会のメンバーだ。 地元の地主が始めた倉庫業者で、設備は古いが安いのが魅力だ。 出荷待ちのコンプレッサーには防錆処理がしてある。 保管に空調設備は不要だ。 雨風が防げて、それなりの床荷重がある倉庫ならそれで十分だ。 いつもは愛想の良い若社長の声が暗い。 創業者の息子で数年前から、家業を引き継ぎ社長をしている。
「瀬戸さん、すいません、倉庫の空きがありません。実は先月、中部自動車さんから空いている倉庫を全部借りたいという話があり、中部自動車さんに貸してしまいました。 現在、契約していただいている分は引き続きご利用いただくのは、もちろん保証いたしますが、新期の契約はできないです。 本当に申し訳ございません」 

自動車産業のサプライチェーンも混乱していた。 平準生産で鳴らす中部自動車自体も半導体の確保に四苦八苦しているようだった。特にマレーシアのロックダウンは、その巨人のサプライチェーンを混乱させた。 中部自動車自体は、二時間前に確定納入オーダーを出すので、中部自動車の工場は平静を装っていられるが、その下のティア1、ティア2以下の納入ベンダーは内示からのブレに苦労していた。中部自動車はそういった部品ベンダーが困らないように、倉庫の確保に動いているようだった。 そういったリスク管理はさすがである。 ただし、その巨人が起こす波はヨツハを含む他の産業にとってはあまりに大きい。

瀬戸はその後も何件か倉庫業者を当たり、日進工場から車で30分ほど離れたみよし市 福谷(うきがい)に300坪ほどの倉庫を借りることができた。 逃がし先倉庫でのコンテナ詰めはできないので、一旦逃がしたコンプレッサーは船積みに合わせて再度日進工場に戻す必要がある。 倉庫代に加えて、輸送代もかさむ。 背に腹は代えられないとはいえ、これで一体、採算は合うのだろうか。

製造部門長会。製造本部長の柏木を議長とする工場長および製造技術の統括部長以上が出席する会議だ。製造系の最高意思決定機関と言っても良い。 柏木が始める「製造部門長会、始めます。 まず私からですが、皆さん、安全第一で操業してください。各工場、入出庫の乱れで非定常作業が増えていると思います。 イレギュラーな対応をするときは、必ずリスクアセスメントを実施してください。 また、人繰りが厳しい工場中心に、外国籍の派遣作業員が増えています。 コミュニケーションミスが無いように、必要に応じて通訳を入れてください。 通訳の費用は、製造本部の共通経費で賄いますので遠慮なく。 最後に物流業者から値上げ交渉があった場合は、少なくとも交渉の席に着くように。 物流危機ということで、政府と監督官庁が相当厳しく見張っています。 バタバタしているときこそ、安全とコンプライアンスを忘れずに」

事務局が次の議題、執行役員会からの決定事項共有に移る。
そこでは部品の割り振りルールが共有された。 同じ部品や素材を異なる事業部、異なる工場で共通で使うことがある。 そういった共通部材が不足したときに、どの事業に優先的に割り振るのかを執行役員会で議論して決めていた。 各工場長からすれば、自分の工場に優先して欲しいので調達やサプライヤーに「俺のところにもってこい」と怒鳴りこむものがいて、全社的なルールが必要となっていた。

今使っているお客様を困らせるわけにはいかないので補修部品が第一優先、特にB2Bの工場設備向け補修部品分が最優先に確保されることとなった。 とはいえ、これは要求数が少ないので大勢に影響はない。 第二優先、ここからが運命の分かれ目だ。第二優先は、B2Bの基幹部品。B2B向けは納入数が指定されている。足りなければ罰金もあり得る。 第三優先は、B2C向け。その中でも利益率に応じて優先順位が設定された。 先日の執行役員会ではここが揉めた。B2C向けの各商材の営業担当執行役員からは、やれ海外販社がつぶれるだの、国内販売チャネルが維持できないなどと泣き落としに近いアピールがあった。そのとき、オブザーバー参加の監査役の浅井がコメントを差し込んだ。 「出荷すればすぐに売れる状況が続いていており、キャッシュコンバージョンサイクルは過去最短です。海外販社も販売店も潤っていますよ」 浅井が続ける。「それに販促金が不要なので、出荷数量が減っているのに過去最高益を達成する勢いです。何か問題があるとは思えません」 営業担当執行役員は黙るしかなかった。 柏木は下を向いて笑いを堪えていた。さすが浅井さん、言いにくいこともずばりと言う。

場面を製造部門長会に戻そう。 日進工場のコンプレッサーはB2Bの基幹部品で、優先割り当てがもらえることに岡本は胸をなでおろした。 その後、各工場の操業報告があり、最後にまた本部長からまとめの一言という形で柏木に発言機会が回ってきた。

「まずは生き残れ、儲けるのはそれからだ by ジョージ・ソロス」

柏木は、著名投資家 ジョージ・ソロスの言葉がスクリーンに大写しにして、読み上げた。 工場長達からは、くすりと小さな笑いが起きた。 柏木が続ける。「新型肺炎はいつ収まるか分かりません。 私の見立てでは、新型肺炎が地上から無くなることは多分もうないので、社会がそれを受け入れられるようになるまでこの騒動は続くでしょう。その意味で、新型肺炎との戦いを関ケ原の決戦みたいな短期決戦ととらえてはいけない。 つまり、一日限りの大決戦で、勝負がつくようなものではない。 これは戦役、英語でいえばキャンペーンと考えるべきです。 いわば持久戦です。 この先も色々起きるでしょう。 休養と補給をしっかりして、長く戦う必要があります。 そこで改めて、『まずは生き残れ、儲けるのはそれからだ』。 

今日の製造部門長会、終わります。 お疲れ様でした」 


第20章 迂回路

ヨツハUSのB2B営業 真壁健、通称ケンは、疲れ果てていた。 このところ毎日、RR社調達のスティーブ・マシューズから、納期確認の電話が来る。 RR社のケンタッキー工場は、家庭用の大型冷蔵庫を製造している。その冷蔵庫にヨツハのコンプレッサーが使われている。 高性能のインバーター制御のヨツハのコンプレッサーは、その静粛性と耐久性から2年前にはサプライヤー表彰を受けていた。 ケンタッキー工場の近くには、大きな門前倉庫を構えている。 ベンダーからの納入部品はここで一時預かりされ、工場からの納入指示で工場に納入される。 門前倉庫はいわば部品のダムとして、北米だけでなく世界中から部品が集められるRR社の足の長いサプライチェーンを支えている。 この巨大な門前倉庫のお陰で、RR社は製造を続けられていた。逆にいえば、それだけ余剰在庫を抱えながら操業をしているわけで、平時ならば褒められたものではないが、サプライチェーンが混乱している今は効果を発揮していた。 とはいえ、いつまでも倉庫の在庫だけで操業できるわけでない。調達担当のスティーブは、納入先それぞれにコンタクトをとり納入計画の確認と催促を繰り返していた。 ヨツハ日進工場製のコンプレッサーは、名古屋港で本船に積み込まれ、LAのロングビーチ港で降ろすルートを使っている。 最近、ロングビーチ港の港湾作業が滞り、港に入れず沖待ちしているコンテナ船が増えきた。 コンテナ船は、AIS(船舶自動識別装置)の搭載が義務つけられており、ほぼリアルタイムでどこにいるかが分かる。 インターネットで「コンテナ船 位置情報」とでも検索すれば、読者の皆さんも無料のサイトで参照可能だ。

営業の真壁は、日進工場の物流担当の瀬戸とビデオ会議をしていた。テキサス州のUS中部時間ではもう深夜だ。 US駐在がつらいのは、日中がっつり働いた後、日本の稼働時間に合わせて夜からの会議があることだ。 石田が駐在していた欧州は逆で、欧州の出社時間は日本の夕方に当たるので、欧州との会議は日本側が残業で対応してくれることが多い。その点だけはUS駐在より欧州駐在はマシと言える。真壁は、一旦帰宅して夕食を取った後、家の広いリビングから会議に参加していた。会議の画面には、もう6日も沖待ちしているコンテナ船が移っている。 さらに悪いことに、間もなくロングビーチ港を含むUS西海外の港湾労働協約が6年毎の更新交渉に入るとのことだった。前回6年前の交渉では港湾労働組合がストライキを実施し、西海岸の物流大混乱になっていた。 新型肺炎に伴う物流混乱に加えて、港湾ストライキの危機、真壁は胃が痛くなるのを感じた。

「瀬戸さん、なんとかなりませんか?」

「何とかって言われてもなあ。どれだけ金を積んでも本船スペースがとれないんだよ。 ロングビーチの渋滞のせいで船の回転が落ちているからという船会社の言い分もその通りなんだよ。 そうやって船の回転が落ちると今度は抜港っていって、途中で寄港するはずだった港をスキップしやがる。名古屋港はしょっちゅう、抜港されているよ」中国の上海港や韓国の釜山港が抜港されることはまずない。日本の港が抜港されるのは、主に二つの理由がある。一つは、日本の港は労働規制が厳しく、24時間稼働している港が少なく、自動化も進んでいないため、ハブ港として機能と地位を確立できなかった。さらに2つ目として、長年に渡る日本の製造業の空洞化により、荷量そのものが減ってきているということがある。

瀬戸が続ける。「でも別の2つのオプションがある。一つは、西航路を使い、スエズ運河経由でUSの東海岸に持っていく。ジョージア州のサバンナ港は比較的スムーズに荷揚げができているらしい。 もう一つは、メキシコで揚げてメキシコからRR社のテキサス工場まで陸送するルートだ。 どっちもコストは上がるし、輸送リードタイムはかかるけど、名古屋でコンテナ船のスペースが空くのを待つよりはマシだと思う」

真壁が確認する 「スエズ運河経由ですか? パナマ運河経由ではなくて?」

「そう、スエズ運河。 パナマ運河経由はスペースが取り難いし、どうも渇水で稼働率が落ちているらしい」

ヨツハとRR社の間の取引建値はFOB契約となっている。貿易においては、売主と買主の責任分担の境界を定めるいくつかの取引パターンがある。インコタームズという国際規則で類型が定められており、EXW(工場渡し)、FOB(本船渡し)、CIF(運賃保険料込み)、DDP(関税込持込渡し)などが代表的な建値である。FOB契約とは、船に積み込んだ時点で買い手責任になる、つまり荷物を積んだ船が沈没したもヨツハには責任がないという意味と、運賃や保険料は品代とは別に実費を請求するという意味がある。

真壁の顔が少し上気した。「分かりました。RR社のスティーブに、スエズ経由と、メキシコ経由のオプションを提示してみます。 瀬戸さんは、何月の船積みからできるのかと、運賃がいくらになるのかを確認してもらっていいですか?」

「了解」瀬戸が短く答え、今日の会議を終えた。

会議が終わると、早速、真壁はスティーブにメールを書いた。 送信ボタンを押して、すぐベッドに向かった。


第21章 インランド・ターミナル

瀬戸は、平組に電話を掛けた。 平組は、輸出入通関を行う海貨、もしくは乙仲と言われる業者で、名古屋港では老舗だ。名古屋港から日進工場までのコンテナの輸送(ドレージ)も平組が行っている。 このドレージには、ヘッドと呼ばれる専用車で行われる。

平組に、スエズ経由サバンナ揚げと、メキシコ揚げの船の予約状況を確認してもらったが、どちらも一杯とのことだった。どうもこちらにも中部自動車の手が回っているらしい。 平組の営業は平身低頭、お詫びを繰り返している。 瀬戸は思案した。 日進工場から近い港は、名古屋の次は豊橋、その次は清水だ。豊橋港は、自動車の輸出入台数日本一を誇る。一方、港の水深が浅く超大型のコンテナ船は入ってこない。 清水港は、天然の良港で水深は12Mある。静岡県内の製造業、スズキ、ヤマハ発動機、矢崎総業やそれに連なる部品会社などの貨物を多く扱っている。 ヨツハも客先指定により、何回か単発で清水港を使ったことがあるが大量の貨物を定常的に運んだことはない。 瀬戸はダメ元で、清水港を仕切る清水海運の担当者に電話を入れた。

清水海運 営業の高橋は、ヨツハからの電話に驚きつつもすぐに状況を理解した。どの荷主もコンテナ探しに奔走している。 これまで清水海運とヨツハに大きな取引はない。 ここで恩を売っておけば、将来、取引の拡大が見込めるかもしれない。清水海運は、会社名に海運と付くが、今はグローバルな総合物流企業になろうとしている。ヨツハの海外拠点含めて、チャネル開拓のチャンスだ。既存の取引先に泣いてもらっても、この案件を取りに行くことを即決した。 独断専行と気風の良さは清水海運の社風だ。
「分かりました。大きな数はお約束できませんが、できるだけ対応させていただきます。メキシコ向けはリーファーになると思いますが、構いませんか?」
リーファーコンテナは、冷蔵設備付きコンテナだ。冷却装置と断熱材の分だけ容量が小さくなる。 
瀬戸が答える「構いません。うちが運びたいのはコンプレッサーで、どうせ重量負けして容量一杯には積めませんので、リーファーコンテナでも問題ありません。では、本数とカット日を後ほどメールで連絡ください」
カット日とは、港にコンテナを持ち込む締め切り日のことだ。

瀬戸は、よしっと小さくガッツポーズして電話を切った。 その後、ある小さな疑問が彼をとらえる。 日進から清水までの陸送はどうする?

コンテナは、どのコンテナでも良いので空いているものに詰めて出せばよいわけではない。各船社が保有もしくはリースしている船社指定のコンテナを港から工場に運んで、それに詰めて工場に送り返さないといけない。例えば日系船社のONEであれば、ONEと大書きされたマゼンダ・ピンクのコンテナだ。 港からコンテナを引き出した後は、そのコンテナを指定された期間内に港に戻さないとディテンション(返却延滞料)が発生する。そのためコンテナは、なるべく必要になったタイミングで港から運び、なるべく早く港に戻す必要がある。 日進工場から清水港までは高速道路を使っても片道2時間半はかかる。 前後のオーバヘッドも入れたら3~4時間は見ておくべきだろう。 それでは、一日に一往復しかできない。もし一日10本コンテナを出すなら、10台のヘッドが必要になってしまう。名古屋港の平組にはさすがに頼みにくい。彼らも中部自動車向けのドレージで、コンテナを牽引するヘッドは余っているとは思えない。

瀬戸は、清水海運の高橋に電話を掛けなおした。
「高橋さん、日進から清水までのコンテナ搬送はどうなりますか? これも清水海運さんにお任せできますか? 距離があるので、結構な数のヘッドが必要になると思いますが、大丈夫ですか?」
高橋が得意げに答える。 「よくぞお気づきになられました。お任せください。我々は、浜松にインランド・ターミナルをもってございます。名前の通り内陸にある港です。 イメージとしては清水港のふ頭が、仮想的に浜松まで伸びているとお考え下さい。 清水と浜松間は、弊社の定期便でコンテナをガンガン往復させています。 ヨツハ様は浜松まで持ってきていただければ結構です。 片道一時間ちょっとですので、効率良く往復できます。 そのヘッドも弊社で用意させていただきます」
「おおう、なるほど」瀬戸から感嘆の声が漏れる。この日進と清水のちょうど中間にある浜松の中継地点を使えば確かに少ないヘッドで効率良くコンテナを回すことができる。 あとはRR社が新しいルートのコストとリードタイムを飲んでくれるかどうかだけだ。


第22章 リスクテイク

「コンプレッサーをクール宅急便でメキシコに送るってことかいな」 日進工場の工場長の岡本の関西弁がうるさい。 瀬戸から岡本に、スエズ経由とメキシコ経由の2つの作戦を報告した。

「リーファーコンテナは使いますが、スイッチ入れませんよ」瀬戸が真面目に答える。 

「ボケにマジレスしてどうすんねん。……まあええわ。で、その『冷やさないクール宅急便』、スティーブは納得したんか?」 

USでは法人営業の真壁が、RR社調達担当のスティーブとの交渉を続けていた。スティーブも新しい航路には興味を持っている。ただし、輸送リードタイムと輸送コストの両方が跳ね上がる。簡単に受け入れられるわけでない。一方で、LAのロングビーチ港の混雑と港湾ストのリスクを考えると座して動かずというわけにもいかない。これまでは納入遅延で防戦一方だった真壁が、スティーブの背中を押す。

「スティーブ、ヨツハのコンプレッサーがなければRR社の冷蔵庫は作れない。お客様が待っているだろ。値引きや販促金が不要な今なら輸送費のコストは吸収できるのではないか? 君のボスは納入遅延を理由に損害請求を起こすと言っているそうじゃないか。 我々、ヨツハは新しい物流路を提案した。もしそれを拒否するなら、我々は損害賠償を拒否するぞ。コンプレッサーが届かないは、RR社がこれまでの経路に固執しているのが理由だからだ。それともRR社負担でAir(航空便)で運ぶか?」

真壁とスティーブは旧知の仲だ。優良ベンダーのヨツハを担当していることで、RR社内でスティーブが鼻高々だった時期もある。とはいえである。真壁の言葉にスティーブは驚き、少し怒りを覚えた。

「ケン、脅しているのか?」

真壁が答える。「スティーブ、違う。違うんだ。俺たちはビジネスパートナーだろ。RR社が冷蔵庫を売ってくれなけば、ヨツハは困る。逆もまた真で、ヨツハがコンプレッサーを届けなければRR社だって困るだろう。今はリスクをとってでも、新しいことにチェレンジすべきだ。そんなにコストが心配なら、初回はパイロットとしてヨツハが差額を負担してもいい。」

スティーブは少し考えて

「全量を新航路に振り返るのは避けたい。リスクは取るが、取るべきリスク量はマネージしたい。まずはスエズ運河経由の航路を試したい。ジョージア州のサバンナ港からテキサスの工場までの陸路輸送は、それほど遠くないしUS国内なので何とでもなると思う。メキシコ揚げもトライしたいが、メキシコからテキサスまでの陸路輸送が心配だ。コンテナ船は位置が確認できるが、陸揚げした後の個々のコンテナはどこにあるのか、一体いつ到着するのか、追跡が非常に難しい。ケン、悪いが君の申し出に乗ってスエズ運河経由の初回ロットはヨツハ持ちで送ってくれないか」

真壁が上気して答える。 「スティーブ、提案を受けいれてくれてありがとう。早速、スエズ運河経由の船を手配するよ。初回ロットは、コンテナ1本か2本と限定的になることは理解してくれ。あとメキシコ揚げの件、特に陸揚げ後のコンテナのトレサビについてもヨツハの物流部門と話をしてソリューションを探るよ」

一点の気がかりは、初回の輸送費がヨツハ負担になることだ。真壁は、誰からも承認を得ていない。その場の勢いで提案しただけだ。会議と稟議が大好きな日本企業にあって、海外駐在員はある種、治外法権みたいなところがある。決めるときは自分で決めるしかない。自分で決めた後は、それが承認されるように土下座してでも、磔(はりつけ)になってでも動くしかない。まあ、ヨツハは駐在経験者が多いということと、熱意のある奴には甘いところがあり、真壁もあまり深刻には考えていない。

「OK、ケン。ホンシャへのソーダンは不要なのかい?」日本企業との付き合い方を知っているスティーブが茶化す。

「任せろ、スティーブ。俺はリスクテイカーだ」


第23章 事後承認の落とし前

US営業の真壁は、その日の夜さっそく、日進工場の物流担当の瀬戸とビデオ会議を持った。瀬戸は自分が探してきた新しい航路が採用されることへの興奮半分、そのコストをヨツハ側が負担すること、ヨツハと一言でいってもUSヨツハなのか、日進工場なのか、事業本部なのか負担先が決まっていないことへの不安半分で話を聞いていた。会議が終わると、恐る恐る工場長室のドアをノックして、真壁から聞いた話を工場長の岡本にした。関西人のステレオタイプのまんま金にうるさい岡本のことなので、物流費の負担先の相談をした際にはどやしつけられるのではないかと内心冷や冷やしていた。意外にも岡本は、あっさりとそれを受けいれた。

「分かった。スエズ運河経由の物流費は、日進工場で持つわ。ただし、初回だけ、マックス2コンテナまでやぞ」

打診したほうの岡本が「いいんですか? 本当に?」と聞き返してしまったくらいだ。

「本音を言うたら嫌やわ。だけど、USの真壁君が必死に交渉してくれたんやろ。それに、岡本、お前も必死に新しい物流路を探してくれたやないかい。そこまで本気でやってくれたんなら、受けるしかないやろ。しゃーない、しゃーない。最後は、事業部長へでも、柏木さんへでも俺が頭下げるわ。まあ、柏木さんは『生き残れ、儲けるのはその後だ』って言っていたから、あんまりうるさいこと言うとは思わん。大丈夫だ、なんとかなる。いや、なんとかする。安心せい」

岡本の男気に、瀬戸は感動を覚えるとともに、やはり名門・日進工場の工場長を張っているのは伊達ではないと思った。岡本が続ける。

「スエズの件は良いとして、メキシコの件、どないする。コンテナ単位のトレサビか。きょうび、できそうな気もするけどな。費用の件も含めて、俺から柏木さんに相談してみるわ。君は、早よ、コンテナを手配せい」

岡本は柏木の秘書に電話を入れ、なるべく早いタイミングで面着で30分ほどのアポを取ってもらうように頼んだ。 秘書は柏木の予定を確認しつつ、「お急ぎでしたら、今日の夕方16:00から時間が取れます。今日の午後、執行役員会で柏木さんは本社にお越しですので、その後、空いています」

岡本は自分の予定を確認し、今日の午後、急遽本社に行くことを決めた。「ほな、そこでお願いします」 「はい、かしこまりました。では、16:00に本社八階の801会議室へお越しください」

柏木は執行役員会で、生産の計画と実績について報告をしていた。部品の納入遅延もあり、営業が求める数には程遠い数しか作れていない。柏木は、近年SCM改革を進めてきた。その骨格はスペイン工場で実践していたのと同様で、売れる分しか作らないである。 逆に言えば、売れる分はしっかり作るから、営業は在庫や生産の心配をしないで良いという製造側のコミットメントがセットになっている。平時においては、柏木のSCM改革はうまく回っていた。営業は工場への発注権限を取り上げられて、当初はブーブーいっていたが、必要最小限の在庫で十分な売上が立つことが分かるとその効果を認めるしかなかった。それが今は、ちゃんと作るから安心しろと大見えを切っていた製造が、ものが作れないと言っているのである。ボトルネックが営業から製造に移ったのである。攻守交替である。営業が、製造本部長の柏木に不満をぶつける。柏木の隣の調達本部長は恐縮しきりで聞いているが、柏木自身は「申し訳ございません」と言葉にするが、その態度にはどこか余裕がある。それがまた営業側の役員たちをイラつかせているようだった。

会議が終わり、監査役の浅井が柏木の元に寄る。「柏木さんも大変ですね。これだけ部品の供給が不安定だと、供給が間に合わないのは製造のせいにはできませんよね」

柏木が返す。「いや、製造の責任です。私の責任です。営業が必要な分は、必要なタイミングで必要な量を供給すると長年、偉そうに言ってきたのですから」

「そんなに気負わないでくださいねと言おうと思ったのですが、会議の最中から柏木さんはなんか余裕がありますよね」と浅井がその鋭い観察眼を言葉にする。

「あはは、ばれましたか。さすが、浅井さん。責任は感じています。ただ、本当に困っているのは私ではなく、営業なんです。部品の供給制約下で、何をどれだけ作るかを決めるということは、その匙加減次第で営業がもらえる数が決まるんです。皆が欲しい欲しいと叫んでも、それを叶えることはできません。営業が泣いても騒いでも物理的に無理なんです。まあ、患者が痛い痛いと言ってからといって、いちいち外科医が泣いたりしないのと一緒で、サプライチェーンのPSI管理(PSIは製造・販売・在庫の頭文字)はズバッと切らないといけないときは、ズバッとやるしかないんです」 

「さすが柏木さんですね」と浅井はニヤリと笑って監査役室へ帰っていた。

柏木は予定を確認し、日進工場長岡本との会議場所である801会議室に向かった。会議室には岡本が既に待機していた。岡本は事の顛末を説明し、スエズ運河経由の航路をヨツバのコスト負担、もっといえば日進工場の経費で実施することを報告した。柏木は「承知した」とだけ短く伝えた。柏木は直前に話をしていた浅井の顔を思い浮かべていた。『浅井さん、大事なことを自分で決める人間はちゃんとヨツハでは育っていますよ』 

次の議題のメキシコ揚げのコンテナのトレサビについて話を聞いたとき、柏木は石田の顔を思い浮かべた。 確かあいつ、今はDXなんとか室にいたよな。

「岡本君、コンテナのトレサビについてDX担当の石田君に相談してみてくれ。私からも彼に一報を入れておくよ」

岡本は、コスト負担の件、コンテナのトレサビの件、両方についてこれだけとんとん拍子で進むとは思っていなかったので、柏木に感謝の言葉を述べ、足取り軽く日進工場に戻った。


第24章 ガラクタ

日進工場長岡本との会議を終えた柏木は、すぐに石田に電話を掛けた。スペイン工場売却のときに一緒に仕事をしてからは、年に一回開催される欧州駐在員OB会で顔を見たくらいで、密に接点があったわけではない。電話に出た石田の声を聴いたとき、柏木は初夏のバルセロナの空気を思い出した。

「柏木さん、お久しぶりです。元気にやっておりますよ。えっ、最近何しているかって、DX推進室長ですよ。キラキラネームの室長を拝命しました。私も何やったらいいか困っているんですよ、上から明確な指示がないから。だから、エアコンにIoT機能付けましょうとか、工場のトレサビとか、業務用機器に予知保全機能つけられないかとか、デジタル・マーケティングがどうとか、デジタルぽいことを各事業部門や機能部門に提案して歩いています。でもどこの部署行っても、『お前は誰だ?』から始まって『何の意味があるんだ?』、『いくら儲かるんだ?』、『予算あるのか?』って人に聞く奴ばっかりで、自分の頭で考える奴はどこにもいませんよ。しまいには、『ビデオ会議が我が部門のDXだ』とかマジ、終わっていますね」

「石田君、そんなに口が悪かったっけ」と柏木が茶化す。

「そりゃ、スペインで柏木さんの薫陶を受けましたからね。危うく、バルセロナの刑務所行きでしたよ」  石田の切り返しに、柏木は笑うしかなかった。 

柏木は、本題に移った。メキシコ揚げのコンテナの追跡について日進工場が解決策を探していることを伝え、工場長の岡本から連絡があったら相談に乗ってくれないかと依頼した。 石田は、「もちろんです。喜んで」と居酒屋店員のように元気に答えた。 柏木が「何か案があるのか?」と聞くと、「まあ。ただ、まだ内緒です」と言って電話を切った。

電話を切ったあと、石田はDX推進室の執務室を見渡した。DXという流行り言葉に乗っかって、様々なベンダーやスタートアップが提案を持ってくる。石田から見るとそのほとんどは良く言えばガジェット、有体に言えばガラクタであったが、メキシコの件についてはピッタリなガジェットがあることを思い出した。Sigfoxだ。

今回の通信要件はシビアだ。海上、コンテナヤード、メキシコの陸路、国境を越えてUSの陸路をカバーしないといけない。ローミングサービスがあるとはいえ携帯電話の電波帯は国によって異なる上に、電波が入る場所かどうかさえ保証がない。さらにコンテナは二か月近く追跡しなければならない。二か月間充電なしで、携帯の電波が入るかどうか分からない場所を、国境を越えて追跡するそんな魔法のようなソリューションがあるのか? あるSigfoxだ、しかも低軌道衛星との通信ができるタイプのSigfoxのデバイスの紹介を最近受けたばかりだ。紹介を受けたときは、Sigfoxの欠点である通信可能なデータ量の少なさと、一日当たりの通信回数制限からくる使い難さ故にその利用用途を考えあぐねていた。だが、GPSの位置情報を送るだけならSigfoxで十分だ。コンテナの位置は、別に本当の意味でリアルタイムで追跡しなくても良い。一日、6回だけ位置情報を吐いてくれれば、最大4時間差でコンテナの場所が分かる。しかも電池だけで数か月は動く。まさに、ピッタリだ。あとは、鉄板で遮蔽されているコンテナ内で通信ができるかどうか。ベンダーが置いていったお試し用の機器、トランシーバーほどの大きさの機器を手にして、石田は興奮を抑えきれなかった。ああ、早くコンテナに積んでみたい。

石田は、早速、柏木から聞いていた日進工場長の岡本へアポのメールを送り、次にSigfoxのベンダーに仕様、単価、納期を確認するメールを送った。

翌日、岡本から返信があり、来週月曜日の朝イチ、日進工場で会うことが決まった。物流担当の瀬戸も同席するとのことだった。 Sigfoxのベンダーからも返事があり、既に海上コンテナ追跡の実証実験はやっており、コンテナ内でも無事に動くとのことだった。Sigfoxを思いついたときは、石田は世界で初めてのユースケースを自分が発見したかのように錯覚していたが、そんなわけはない。世界には賢い人がごまんといる。Sigfoxだったら海上コンテナ追跡は普通思いつくわなと、石田は独りごちた。先を越されていたガッカリ感よりも、既に実証実験済みであることの安堵感が勝った。石田はSigfoxの電池を新品に入れ替え、来週の会議までの間、色々試してみることにした。

低軌道衛星(LEO)を活用したSigfoxの説明
(技術に興味のある方向け。興味のない方は、読み飛ばしてください)

低軌道衛星(LEO)を活用したSigfoxは、従来の地上基地局ではカバーできなかった海域、砂漠、山間部などを含む地球全土でのIoT通信を実現します。スマート農業、物流コンテナの追跡、海洋インフラ監視、災害時の状態監視などが、安価かつ広範囲で可能になります。

1. 通信・技術スペック周波数帯: サブギガ帯
通信方式: 地上基地局の通信プロトコル(BPSK)をそのまま使用。
通信距離: 衛星高度約550km〜650kmを利用。
最大伝送速度: アップリンク(上り)100 bps程度、ダウンリンク(下り)600 bps程度。
メッセージサイズ: 1メッセージあたり上りは最大12バイト、下りは最大8バイト(小容量データに特化)。
1日のメッセージ送信数: 1日140メッセージ(上り)、4メッセージ(下り)まで。

2. デバイス側のスペック送信出力: +13dBm〜250mW程度
消費電力: 極めて低消費電力であり、乾電池で数年間稼働可能。
互換性: 既存のSigfoxモジュール(WF941など)やプロトコルがそのまま利用可能。

3. 特徴・強みグローバル・カバレッジ: 低軌道衛星との連携により、海、砂漠、山、空を含む全地球規模の通信網を実現。
既存デバイス対応: 衛星専用の新たな高価な端末を必要とせず、安価な既存のSigfox端末が利用できる。
ハイブリッド利用: 地上基地局と衛星を切り替えて利用可能。



第25章 お披露目

欧州駐在から戻った石田は、長久手市に新居を構えていた。名古屋市内の本社からは少し遠いが、静かな住環境が気に入った。メーカー勤務の給与で購入できるいい塩梅の価格帯という経済的な理由もある。駐在時の手当で多少の貯金ができたので、それを頭金に25年ローンを組んだ。新居に入ったときは、駐在時代の苦労が多少報われた気がした。その長久手の自宅から、日進工場までは車で30分だ。中途でヨツハに入社してすぐの頃に何回か訪問したことがあり、場所は覚えている。当日は思ったより渋滞が少なく、石田は日進工場に予定よりも早く到着した。朝イチのため誰もいない会議室に陣取り、打ち合わせの準備を始めた。先週からいじっているSigfoxデバイスも鞄から出した。Webサイトから位置情報のログをダウンロードして、次にそれを地図上にプロットさせた。それは名古屋市瑞穂区のヨツハ電器本社、長久手の石田の自宅、週末に寄ったIKEAなど示していた。これで良しと。

会議の開始時刻が近づいてきた。日進工場長の岡本が、物流担当の瀬戸とともに会議室には入ってきた。「おはようございます。お早いですね。工場長の岡本です。」「おはようございます。物流担当の瀬戸です」

「おはようございます。DX推進室の石田です。今日はよろしくお願いします」

挨拶もそこそこに瀬戸がPCを開け、ビデオ会議の準備を始める。どうやらUSの真壁駐在員も参加するようだ。日本時間の月曜の朝ということは、USは日曜の夕方だ。日本側メンバが真壁の労を労いつつ、会議は始まった。真壁からRR社の状況と要求について、瀬戸から現状のLA港揚げの状況と、新しい2つの航路、スエズ運河経由とメキシコ揚げについて説明があった。岡本、瀬戸、真壁の三人がすがるような眼で石田を見ている。石田は、机の上のSigfoxを持ち上げた。心の中では、ドラえもんが道具をポケットから出すときの効果音が鳴っていた。Sigfoxの特性を説明し、先ほど地図にプロットさせた先週の石田の位置情報を表示した。「おおっ」と、岡本が小さく声を漏らした。瀬戸も真壁も行けそうな感触をつかんでいる。岡本が単刀直入に聞く。「石田さん、これ、高いんでっか?」

石田は、岡本のような率直な物言いが好きだ。「いいえ、値段はそれほどではありません。発注数に寄りますが、一つ、数万円程度です。通信料も知れています。ただ、使い捨てにするのはもったいないのでUSに到着した後、送り返してもらう必要があります。真壁さん、返却のオペレーションはRR社と話していただけますか?」 真壁が「はい」と応じる。

岡本がぼやき気味に言う。「高くない言うても、一個数万円やろ。100個積んだら、2~3百万円か」

石田が「費用はDX推進室で負担します。まあ、どこの部署が負担しても会社の費用なのは変わりませんが、予算としては物流DXとして我々の部署で負担しますのでご心配なく」 実はDX予算が余って困っているんですということは、ひとまず伏せておいた。 「ただ、全コンテナに着けるかどうかは、検討しませんか? 出荷単位でまとめて、あるコンテナ群に代表して1つというのはダメですか?」

岡本が物流担当の瀬戸を見る。「そうですね。輸出入の通関はまとめて切りますので、どれか1つにだけ付けるのもありですね。そうすれば、LA航路、スエズ航路、メキシコ航路の各3航路、週1便で月4便、リードタイムが二か月として、合計3×4×2の24個。多少の余裕とUS側で回収して戻すリードタイムを考えても50個あれば、とりあえずは大丈夫そうです。 どうですか? 石田さん、50個、ご用意願えますか?」 今後は瀬戸が、石田を覗き込む。

「喜んで」石田は、快活に答え、次に物流手続き上の確認に入る。

ベンダーからの情報ではコンテナ内でも稼働することは確認できている。ただ、コンテナ内のどの場所に設置するべきか、そしてデバイスの輸出通関はどう申請するのかなどの確認が必要だ。 この場で瀬戸は判断できない。清水海運の高橋と、瀬戸、石田の三人で次回の会議を持つことにして、その日の会議は終わった。

翌日から各自、調整と手配に入った。USの真壁は、RR社調達担当のスティーブにヨツバのSigfoxソリューションを提案した。スティーブからすればヨツバの金でやってくれるなら断る理由はない。デバイスの回収についてもテキサス工場からUSヨツハに送れば良いとのことで、それなら簡単だ。あとはUSヨツハが、日進工場への国際クーリエを手配して日本へ送り返せば良い。

清水海運との打ち合わせも順調に終わった。事前にSigfoxベンダーから輸出申請時のHSコード(輸出申請時に必須の商品カテゴリーを表すコード)や、取り付け方法などについて聞いていたので、シャンシャンと終わった。通常のLA港揚げに向けては、名古屋港を担当する平組に連絡し、これも無事終わった。

スエズ運河経由の本船手配、コンテナ手配も終わり、後は出荷するだけだ。

スエズ運河経由の初回出荷には、岡本、瀬戸、石田、清水海運の高橋が立ち会った。Sigfoxをセットして、コンテナに封をした。

「頼んだぞ、Sigfox」 トレーラに牽引されていくコンテナを見送りながら、石田は祈っていた。


第26章 座礁

清水港を出たコンテナは順調に進んだ。シンガポールを経由し、マラッカ海峡を越え、インドのチェンナイ、そしてついにスエズ運河を超えてUS東海岸に着こうとしていた。コンテナ船には、AIS(船舶自動識別装置)が付いているので、海上輸送中は別にSigfoxの情報は無くても困らないが、AISがあることでSigfoxの報告してくる位置情報の確かさらしさを検証できた。US海岸、ジョージア州のサバンナ港についてからも、Sigfoxはその位置情報を確かに告げていた。石田達は、この初回出荷に搭載したSigfoxをキツネにちなんでコンちゃん1号と名付け、日々、その稼働を監視していた。「がんばれ、コンちゃん。今日もいい子だ」

コンちゃん2号はLA港向けのコンテナに搭載されて出発した。こちらも沖待ちの状況、ヤードに陸揚げされてからの滞留状況などを正確に報告してきた。

海路、陸路の長い旅を経て、無事、コンちゃん1号と2号はともに、テキサス工場に到着した。経過は逐次、USの真壁経由でRR社のスティーブにも共有されていた。

今回の運送結果を見れば、太平洋を一直線で渡るLA港揚げのほうが、インド洋、大西洋を経てUS東海岸に着くスエズ航路よりも、リードタイムとコスト両面で圧倒的に有利であった。しかし、LA港向けは船腹がなかなか確保できない。スエズ航路は、清水海運が戦略的に週数本を割り当ててくれることになっている。出航さえすれば、たとえ時間がかかったとしてもいつ到着するのかは予測がつく。この当てが付くというがサプライチェーン管理では非常に大事である。

石田を含むヨツバメンバーは、スティーブと会議を持ち、LA港向けをメイン航路としつつ、スエズ航路をサブで併用運用することを提案した。スティーブはそれに合意し、その後、RR社社内の承認と取り付け、正式にスエズ運河経路を使うことが決定された。また、同時にメキシコ揚げのPoC(プルーフオブコンセプト、実験や試行の意味)も承認された。

瀬戸は、メキシコ向けはいつも使っている名古屋の海貨 平組に任せることにした。平組は、ヨツハが清水開運と新しい取り組みをしていることに気付き、それに負けじと以前相談したことのあるメキシコ向けのコンテナを割り当ててくれるということになった。 当然、清水海運からも猛プッシュがあった。現在はNACCSというシステムを通じて、全国どこの港に対してもオンラインで通関申請が行える。とはいえ、ヨツハは今後も名古屋港出しを基本とする。名古屋港を仕切る平組との関係は維持したい。清水海運には国内の別の荷役や逃がし倉庫など別案件を匂わせて、メキシコ向けは平組とやることを渋々、了承してもらった。コロナによる通販の拡大と、政府主導のドライバーの待遇改善運動とにより、このとき荷主と物流業者の力関係は、完全に逆転していた。

メキシコ向けのコンテナには、コンちゃん改めソッロ(スペイン語でキツネ)と名付けられたSigfox が積まれて、名古屋港から出ていた。Sigfoxのニックネームは、航路により、LA向けは「いなり」、スエズ航路は「コンちゃん」、メキシコ向けは「ソッロ」とニックネームが改められ、どの航路なのかがすぐ分かる運用に改められた。

スエズ航路向けの出荷が始まって、数か月後、事件が起きた。スエズ運河で、パナマ船籍のエバーギブン号が運河をふさぐ形で座礁したのである。紅海と地中海を結ぶスエズ運河は、人工的な水路で一本道につながっているわけではない。途中にあるいくつかの自然湖をつなげながら、紅海と地中海を繋いでいる。 その水路を完全に塞ぐ形で、巨大なコンテナ船が座礁したのである。

清水海運の高橋から、瀬戸は一報を受けた。「えー、マジですか」、執務に当たっていた部下の何人かが振り向くほどの大声がでた。すぐにインターネットで検索すると、巨大なコンテナ船が右斜め前方方向の土手に突っ込む形の写真がでてきた。瀬戸は真っ青な顔で、その写真のURLを、工場長の岡本、情シスの石田、US営業の真壁の共同チャネルにチャットした。岡本からびっくりマークのリアクションが付く。

石田からは、「コロナになってから毎週毎週、何か起こりますね。週刊少年ジャンプかよ」とコメントが付く。

「石ちゃん、うまい」と岡本がちょけて、笑いマークを石田のコメントに付ける。このニュースを世界が終わったかのように受け止めた瀬戸に対して、この二人のふざけ具合。だが瀬戸も笑ってしまった。深刻ぶったって何かが解決するわけではない。そういうときに笑って受け止めてくれる仲間のなんとありがたいことか。続いて、石田から「俺達には、まだソッロ(メキシコ航路)があります」とチャットが入る。そのコメントに全員から、いいねが付いた。

コンちゃんを積んだヨツハのコンテナは、まだスエズ運河との距離がある。このままスエズ運河に向かうのか、さらに大回りしてアフリカの喜望峰を回って航路に切り替えるのかはまだ分からない。船社の判断を待つしかない。

メキシコ航路もLA港向け、スエズ航路の次ぐ三本目の航路として運用が始まっていた。心配していたメキシコからテキサスまでの陸路も順調だ。ヨツハにとっては初めての運用だが、自動車会社は良く使っているらしく、物流の大動脈として整備がされている。ソッロも海路、陸路、国境関係なく、着実に現在位置を教えてくれている。

スエズ運河で座礁したエバーギブン号の動向は、連日TVニュースで報道された。TVでは専門家がそれらしい解説を入れるが、いつ運河が復旧するのかは全く目途が立っていないようだった。そんな中、オランダのサルベージ会社とスエズ運河庁は、座礁から6日目の大潮の日に多数のダグボードを動員してエバーギブン号を岸から引き離すことに成功した。そのニュースを見た瀬戸は、「よし、やった」と大きくガッツポーズした。瀬戸がニュースサイトのURLをチャットすると、岡本が「ほんまに、週刊少年ジャンプやな。展開が速いわ」と返した。全員が、それに「笑顔」のレスを付けた。

海上航路は、LA港向け、スエズ運河経由、メキシコ揚げと3つの航路をミックスさせることで輸送量は確保できるようになった。それぞれの航路のコンテナに積まれがSigfoxが一日六回、4時間毎にその位置情報を告げてくる。これにより、受け手側のRR社は手持ちの在庫だけでなく、輸送路上にある在庫もいつ、何個届くのかが見通せるため安心して待てるようになった。

今日もキツネたちがコンテナの中で鳴いている。
何年何月何日何時何分 東経何度 北緯何度


第27章 上海ロックダウン

日進工場のこの三航路併用およびSigfoxによる位置確認の取り組みは、製造部門長会で情報共有された。柏木は、日進工場長岡本のプレゼンテーションを、なるほどと聞いて、「俺が紹介した石田君はちゃんと仕事してくれたみたいだな」とひとりごちた。
しかし、一難去ってまた一難。物流路を確保した後、今度は部材供給で大きな事件が起きる。2022年春の上海ロックダウンだ。コロナ感染者の増加に対して、上海市政府が外出禁止、電力や病院などのエッセンシャル・サービス以外の企業の操業停止を発令した。いくつかの素材・部品メーカーが、フォース・マジュール宣言を出した。フォース・マジュール宣言は、台風や寒波など不可抗力により供給責任が果たせなくなるときに出されるもので、簡単に言えば「納入できないのは、僕のせいではないので、損害賠償には応じません」というある種のギブアップ宣言だ。

ヨツハ内でもどの部材が止まり、それが最終製品にどう影響するのかの緊急調査が行われた。調達本部は情報収集に奔走したが、日々変わっていく状況、かつ終わりが見えない中で疲弊していた。
日進工場も、上海ロックダウンの影響を逃れることができなかった。一部の半導体の納入が遅れるとのことだった。例え一つでも部品が届かなければ、他の99%が揃えっていても製品を組み立てることはできない。

ヨツハではMRP(所要量計算)で必要な部品を発注している。簡単に車で例えれば、車一台にはタイヤが4本、ハンドルが1つ必要だ。車を10台作りたいなら、タイヤは4本×10台分で40本、ハンドルも同様に1個×10台分で10個が必要となる。今、仮に手元にタイヤの在庫が8本あれば、必要数40本―手元在庫8本の32本が発注数となる。これがMRPの基本だ。実際には、これに在庫の安全係数や、発注リードタイム(タイヤは二週間前発注で良いが、ハンドルは1か月前に発注が必要など)などを勘案して、発注することになる。
部品ベンダーは、ヨツハから定期的にこの発注情報を受け取り、自社の供給能力を検証して、供給可能性をヨツハに回答する。内々示、内示、確定注文といくつかの確認と調整を経て、ヨツハ、部品ベンダー双方が合意の上で部品供給が確定する。つまり、ヨツハに部品を納める数十社全員が期日までに部品を納める義務を負う。繰り返すが、一社でも部品納入が遅れると、製品を組むことはできない。これが小売業の仕入れと大きく異なるところである。洋服屋なら、黒いTシャツが仕入れられなくても、手持ちの赤いTシャツを売れば良い。スーパーマーケットだって大根がないからといって店を閉める必要はない。組立型製造業は、そうはいかない。一つ部品が欠けると操業できない。そればかりか、他の数十社は部品を納入してくるので、工場内に大量の部品が滞留することになる。ヨツハ側にも受け取り義務があるので、A社の部品が来ないからといって、他の会社に部品を納入するなと命じることができない。下請法違反となる。(ただし、ここまで書いて、一点注意を入れたい。筆者は組立製造業ほうが小売業よりも、難しいとか高度だという立場にはたたない)

工場見学に行くと、組立ラインにばかり注目が集まるが、実際は組立ラインに対して、いかにジャストインタイムで部品を供給できるかが工場運営の肝だ。料理番組でいえば、組立ラインは、全て下ごしらえの終わった食材をアシスタントから渡されて炒めているだけなのである。食材の選定、洗浄、皮むき、切裁、下茹でなど最終工程以外が如何に手間で面倒くさいかは、読者の方も想像に難くないと存じる。

日進工場の物流担当の瀬戸は、工場の納入プラットフォームで指示を出していた。上海ロックダウンによる半導体の供給不足で今週の水、木、金と組立が止まる。しかし、その他の部品は続々と運び込まれてくる。それの荷捌きの陣頭指揮をとっていた。日本の工場はいかにリーンに回すかにこだわって設計・運営されている。つまりそれは、保管場所含めて余裕がなく、イレギュラーに滅法弱い。

上海ロックダウンは何もヨツハだけを襲ったのではない。USのRR社も同様の部品供給制約に直面した。RR社も電子制御基板やタッチパネル、真空断熱材などいくつかの部品納入の目途がたっていない。そのような状況で、RR社調達担当スティーブからヨツハUS営業 真壁に連絡された内示数は、実に奇妙であった。前回提示された内々示から、二倍近い大きな数字に変更されていた。これは許容変動幅を超えている。真壁は、日本の工場と調整が必要なので時間をくれとスティーブに返信した。真壁は腑に落ちない。部品の供給制約があるはずで、そうなると通常は内示は保守的、つまり減るほうになるのが理屈だ。逆に上振れ?それも二倍、何かがRR社で起こっている。スティーブに聞いても、工場側のMRPの結果だとか教えてくれない。

真壁は、その夜(US時間)、早速緊急の操業会議を日進工場と持った。工場からは、工場長の岡本、各製造ライン担当の課長たちに加え、物流担当の瀬戸も出席した。製造のキャパシティだけでなく、物流のキャパシティも同時に検討する必要がある。

内示数の変化を見た岡本が気付いた。
「RR社の奴、やりおったな。これ生産計画を引き上げて、部品供給を確保するつもりやろうな。アホやな。逆に大混乱になるで」

真壁が説明を求める。岡本の推測は以下の通だ。例えば単純化して、部品の供給率が50%だとする。100個欲しいと言って、50個しか納入されない状況だ。だったら裏をかいて、200個欲しいといえば、100個納入されることになる(はずだ)。最終製品の組立数を本当に欲しい数の倍にしておけば、実納入数が半分になった部品があっても、欲しかった数ぶんの最終製品ができるという算段だ。しかし、これには罠がある。上述したように、納入制約のない他の部品は必要数の倍、納入されてしまうことになる。工場は部品で溢れかえるばかりか、本当に必要な完成品数と、生産管理システムに登録された組立数が不一致となり、一体何を正として工場を運営したら良いか分からなくなる。

「なるほど」真壁は、岡本の推理に一定の納得感を得た。瀬戸が「工場長、よく気付きましたね。さすがです」と
岡本は「当たり前や。それは俺が、10年くらい前のタイの洪水のときに同じことをやろうとして、柏木さんに目ん玉飛び出るくらい怒られたことあるやさかい」と胸を張った。その場にいた皆が爆笑した。
岡本が続ける。「わしらが送ったコンプレッサーは、先方の手持ち在庫でぎょうさん余っとるんちゃうんけ」 
「はい、コンちゃん達のシグナルから判断して、工場にまで届いているのに開梱していないコンテナが少なくとも20本はあると思います」瀬戸が、Sigfoxの管理コンソールを見ながら回答した。
「せやろ。真壁君、スティーブに本当にこの内示数が必要なのか、今一度確認して欲しい」
「はい、分かりました」真壁が引き取り、緊急の操業会議を終えた。

真壁は、Sigfoxが示すコンテナの状況と共に、岡本の推測を伝えるメールをスティーブに送りベッドに入った。
翌朝の返信メールで、スティーブはあっさり白状した。「君の推理は正しい。その通りだ。よく見抜いた。かつ率直に指摘してくれたのは御社だけだ。感謝する。自分もこの発注はおかしいと思って、テキサス工場に言ったんだが、工場長が頑固で困っている。どうしたらよい?Sigfoxの件で、工場長はヨツハには良い印象を持っているようだから、ヨツハから何か提案してくれないか?」


第28章 逆提案

翌日、US営業の真壁からの招集で第二回目の緊急操業会議が開かれた。今回は、石田も呼ばれている。ITの立場から何かソリューションがないのかを期待されてだ。
「状況は分かった。せやかて、提案、いわれてもなあ。現実的な数で計画組むという真向法しかあらへんやろ。なあ、石ちゃん」 工場長の岡本が、石田に水を向ける。
「そうですね。ただ、RR社からすると、その現実的な数字が何なのかが分かっていないのではないかと思います。そうしたときに、我々の出荷するコンプレッサーだけは、ほぼ確実に納入予定が分かります。輸送リードタイムが長いということは、逆に考えるとそれだけ先の未来まで納入計画が見えているということです。このことをうまく活用できないでしょうか」
「せやな。我々の出荷は、RR社にとっては確定された未来ということやな。もっといえば、我々の生産計画まで遡れば、RR社にとってはもっと遠い未来まで見えるちゅうわけや。輸送路の在庫数に加えて、生産計画も内示含めて公開してやるから、それをペースメーカーにして他の供給計画をRR社に立ててもらうちゅうのはどうや」

岡本の提案に、「おおっ」と小さなどよめきが起きた。ロジックは成り立つ。ただ、一方で、生産計画はメーカーにとって最重要機密の一つだ。如何に重要な取引先とはいえ、RR社に開示することにはリスクがある。
「よっしゃ。俺が柏木さんにこの案を説明して、許可を取ってくる。加えて、あの人に、向こうの工場長への説明をお願いしてくるわ。俺は英語苦手やし。あの人、英語上手やろ。背も高いから説得力もある。肩書きも執行役員やし」
岡本が宿題を引き取り、早速、柏木とのアポ取りに入った。

柏木は、岡本からRR社の乱発注の話を聞き、吹き出した。
「あはは、アメリカ人にも、岡本みたいな奴がいるんだな。どうしようもないな、なあ、岡本」
「はい、本当にどうしようもないすね」と岡本が苦笑で応える。

話を一通り聞き、柏木は生産計画の先方への公開について同意してくれた。ただ、一度、来週の執行役員会に掛けて正式な許可を得るから少し待ってくれと頼んだ。また、先方への説明については、「英語くらいしゃべれんでどうする、岡本」といじりはしたもののそれ以上は言わず「あい、承知した」と受け取った。

執行役員会で柏木は、Sigfoxを使った輸送路上の在庫の見える化による効果を報告し、それを拡大させる生産計画の公開を審議に掛けた。B2C製品を担当する営業からは、RR社向けに限定することの確認が入った。財務担当の役員からは、当社の業績見通しを推測させるインサイダー情報になるので、できれば公開したくないとの発言があった。監査役の浅井が、先方と機密保持契約を結べば問題ないであろうことと、一連の取り組みが先方とヨツハのバリューチェーンの可視化を進める素晴らしい取り組みであることの賛辞が送られた。 柏木は、浅井からの援護射撃に感謝し、浅井に軽く会釈した。浅井も会釈で返した。 発言が尽きたところで、事務局の経営企画部長が、RR社のコンプレッサーに関する限定的な情報提供を許可するということで社長の決をとり、執行役員会は終わった。

会議が終わり、柏木は浅井のところに駆け寄って感謝を伝えた。浅井からは「会計も、ITも、生産計画も現実をどうやって写像するかです。良い試みだと思います。石田さんも頑張ってくれているようでうれしいです」 欧州駐在時代、石田は浅井の部下だった。そのとき、柏木もヨーロッパにいた。場所は違えど、また三人で修羅場に立ち向かおうとしていることに、柏木も浅井も感慨を覚えていた。 

全ての根回しは終わった。あとは、柏木がRR社のテキサス工場長に説明するだけだ。柏木は、岡本、瀬戸、石田から基礎データをもらい、自分でプレゼン資料を作っていた。柏木はプレゼンは嫌いではない。部下の作った資料で行うことも増えたが、ここ一番では自分で資料を作りたい。そこから発せられる熱量が異なるからだ。


第29章 ヘッドライト

RR社のテキサス工場長とのビデオ会議は、日本時間の早朝にセッティングされた。

柏木は、いつも通りヨツハの濃緑のユニフォームを着てPCの前に座った。相手も工場の人間だ、機械油の匂いがする相手のほうが信頼を得やすいだろうとの読みだ。RR社側は、工場長のリチャードと、調達のスティーブが参加した。リチャードは、青い目の白人の大男だった。白いRR社のユニフォームを着ている。南部訛りの英語は少し聞き取り難いが、ゆっくり明瞭に話そうとしてくれる姿勢にヨツハ、または日本人への意地悪さのようなものは感じない。 常識的に考えれば、英語を母国語とする側が話す語彙やスピードを相手に応じて調整するべきなのだが、ヨツハ社内においてもなぜか逆にUSやイギリスの社員はそういった気遣いが少なく、容赦なく早い英語をスラング混じりで話すので聞き取り難い。逆に、マレーシアやインドネシアなど英語が外国語であるアジアの社員が話す英語は、各国訛りはあるものの、平易で聞き取り易いのはビジネス英語あるあるである。 その点で、リチャードの英語からは気遣いが感じられて好印象だ。

ヨツハからは、US営業の真壁、日進工場の岡本、瀬戸、ITの石田と、製造担当執行役員の柏木の5名だ。自己紹介もそこそこに、柏木はプレゼンの資料を画面に共有した。

それは、ヨツハとRR社の長い取引関係の説明から始まり、船腹不足で供給不安を与えたことの謝罪と、それに対応するための三航路併用作戦およびSigfoxによる供給パイプラインの見える化と説明が続く。三航路併用作戦におけるスティーブへの感謝の言葉も忘れない。そして、直近の課題である上海ロックダウンの話である。単刀直入にRR社の乱発注に触れるような無礼なことはしない。まず、日本の日進工場で何が起きたか。組立ができないまま納入された部品の扱いが如何に大変だったかを説明した。

テキサス工場長のリチャードは、そうだよなと首を頷かせながら聞いている。ここから核心に入っていく。RR社のテキサス工場でも同様のことが起きているのではないかと心配していること。なぜ、それが分かるかと言えば、Sigfoxが大量の未開梱コンテナの存在を示していること。さらに海上航路上に、どれだけのコンプレッサー在庫があり、それがUSにいつ到着するのかは確定された未来であること。それらを実際の数字で示した上で、ヨツハのコンプレッサーの納入計画をペースメーカーにして、生産計画を現実的数字に修正すること。ヨツハの出荷実績だけでは不足だとしたら、ヨツハは生産計画をRR社と共有しても良いことを説明した。柏木の英語、必ずしも綺麗な発音ではなかったが、長年の海外駐在経験で培った実用英語としての平明さがあり、熱の籠った話ぶりは説得力十分だった。リチャードからは、いくつか質問があり、柏木がそれに答えた。その後、一旦マイクがオフになり、なにやらリチャードとスティーブで内々で話をしていた。

最後に、柏木が告げた。「ヨツハとRR社は、混乱を共に乗り切る真のビジネス・パートナーになるべきだ。過去の実績だけを写すバックミラーだけではこの混乱は乗り切れない。 我々は、供給パイプライン上の在庫、これはRR社の近未来の生産そのものだ、それを共有する。それに加えて、我々は生産計画も共有する。この2つのデータは、RR社にとっては遠くを照らすヘッドライトのようなものだ。それによりRR社はアクセルとブレーキをより正確に、タイムリーに操作できるようになります」

リチャードは、「ミスター柏木、感銘した。君は製造の大変さを分かってくれる同士だ。ディールだ。君の案に乗ろう」それぞれのPCから会議に入っていた日本側メンバから笑みがこぼれる。

上海のロックダウンはいつ解除されるかは全くわからなかったが、RR社とヨツハ連合は、ヨツハが提供する調達パイプライン上の在庫情報と生産計画と、RR社の生産・調達計画を綿密にすり合わせながら、サプライチェーンを繋ぎ止めていた。約2ヶ月後の上海のロックダウン解除後にスムーズに定常生産に移行することができた。また、徐々に巣篭もり需要がピークアウトしている情報がRR社からヨツハに伝達され、ヨツハ側も緊急増産体制から徐々にペースダウンをすることができた。柏木が提案したヘッドライトはしっかりとRR社、ヨツハ双方の未来を照らしていた。

2023年に入ると、日本を除く世界ではコロナウイルスに対するヒステリーのような反応は収まり、インフルエンザと同様にウイルスと共存しながら社会活動を通常通り行なっていくようになった。海外出張なども徐々に解禁されていった。そんななか、RR社からサプライヤー表彰のためにシカゴ本社への招待がヨツハに届いた。テキサス工場長のリチャードは、ミスターカシワギに会いたいとのことだったが、柏木は固辞し、表彰の栄誉を若いものに譲った。結果、日進工場長の岡本と、ITの石田がシカゴに向かうことになった。石田が選ばれたのは、Sigfoxによる在庫のトレーサビリティを見える化した功績に加え、岡本が英語のスピーチができないということで海外駐在経験があり、英語がしゃべれる石田が同行役に選ばれた。

ヨツハはその年の最優秀サプライヤー3社のうちの一社に選出された。石田は壇上にあがり、用意したスライドを披露した。そこにはキツネのイラストが大きく描かれていた。

手には、Sigfoxデバイス「コンちゃん1号」が握られていた。会場から笑いと拍手が起こった。さすがアメリカ、ノリが良い。このコンちゃんが海路、陸路、国を問わず位置情報を伝え続けたこと。そして、エバーギブン号の座礁によるスエズ運河の封鎖や、上海ロックダウンなどの事件を、スパイダーマンとバットマンのアメコミに例えて説明した。爆笑が起きた。さすがに、週刊少年ジャンプでは伝わらないだろうという読みのもと、アメリカ人向けにカスタマイズしたスライドがヒットした。最後に、ヨツハは生産計画をRR社にも共有し、RR社も先々の見通しをヨツハに共有していることを説明し、最後に大写しのヘッドライトの絵と柏木のコメントの要約を添えた「ヨツハはヘッドライトを提供する。RR社は安心して、アクセルとブレーキを操作してくれ」 会場からは大きな拍手がおきた。石田は大きく手を振り、舞台を降りて、岡本とハイタッチをした。RR社調達のスティーブが握手を求めてくる。その大きな手で、痛いくらいに強く握られた。ヨツハ担当として彼も誇らしげだ。

ああ、早く柏木さんに報告したい。
そうだ、しばらく会っていない浅井さんにも会いに行こう。
誰かと騒ぎたいわけじゃない。ただ、あのスペイン工場の喧騒や、凍てつくオランダの朝を共に知る彼らに、今のこの熱気を伝えたかった。

俺たちのヨツハ電器は、まだ捨てたものではない。 泥を被り、自分で決める人がいる。その覚悟を黙って受け止める背中がある。 現場で汗する者たちの意志は、時を超え、今もこの場所で紡がれている。


あとがき

この物語はフィクションですが、私の心の中に今も残る、かつての仲間たちをイメージしながら敬意を込めて書きました。

この物語が、今どこかで戦っているビジネスパーソンへのエールになれば幸いです。

この物語はフィクションです。登場する人物、団体、名称などはすべて架空のものであり、実在の人物や事象とは一切関係ありません。 本作における労働争議の描写も創作であり、特定の団体や活動を批判・誹謗中傷する意図は一切ありません。

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