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『私と息子だけの秘密の7日間』 #あの日母になった私へ

 

コロナ禍での出産。
この時点で私と息子は『特別』だったのかもね。

息子が生まれるまで、ずっと1人だった。
(もちろん親切な助産師さん達はいてくれたけれど、パパも私の母も、
入院から退院の日まで、一度も、病院に入ることさえできなかった。)


24時間の陣痛後、出産はお昼0時頃。
吸引分娩になった。
すぐに泣き声が聞こえなかった。
息子はすぐに助産師さんに連れて行かれて、カンガルーケアはできなかった。


生まれて嬉しいとか、どうしようとか、そういう強い記憶はなかった。
ただ、『不安はなかった』。
それだけが確かな記憶と感情。


すぐに会えなかったし、抱っこもできなかった。泣き声も聞こえなかった。
けれど、『不安はなかった』。
(これだけのイレギュラーなことの連続なのに、不思議なくらい不安がなかったことを覚えている。出産時、出産後、立ち合いもなくずっと一人だったのに。)


その後、少し離れたところで『可愛い』泣き声がした。
それまで隣室で産まれた赤ちゃんの声は『元気な声』『大きい声!』
『小さな声』だったけれど、
うちの子の第一声を『可愛い声』だと思ったことをよく覚えている。

少しして助産師さんが写真を撮ってきてくれた。
『〇〇(夫)に似ている』がすぐに思ったことだった。

ただ、やはりまだ息子と会えなかった。

その後、吸引分娩だった為に頭の長さを測ることとか、吸引分娩でのリスクについて話されたけれど、正直よく分からなかった。
26時間に及ぶ出産後、色んなリスクの可能性の話しを1人で聞くのは大変だった。
コロナ禍って、本当に大変で、憎らしい。

その後しばらくして、看護師さんが息子を連れてきてくれた。
出産時に出血が多く、ベッドで起き上がることもできなかったけれど、
可愛い声の赤ちゃんを連れてきてくれた。
『はじめまして』。

…なのに、その後よく抱いた気持ちが不思議だった。
夜に母子同室で、薄暗い部屋で抱っこして、息子の顔を眺めるといると、
『はじめまして』ではない感覚に何度も陥った。
赤ちゃんなんだけど、赤ちゃんの顔じゃなくて、前に会ったことのあるような顔。知っている気がする顔。
そんなことを思っていると、
『突然話しだすんじゃないか』と、何度も思った。
夜は本当に怖かった。。(笑)

その後、息子は黄疸になったりとまた大変だった。
1人だけで本当に大変だった。


でもね、それでも不思議と『不安のない』心情だったよ。
それが『私と息子の絆』なのかな。


息子が生まれて、
本当に二人きりだった。
コロナでなければ、夫も、私の両親も、姉家族もきっと駆けつけてくれたであろう。


でも、本当に二人だけだった。
息子が生まれて退院までの7日間。
本当に二人だけ。

里帰り出産だったから母が迎えに来てくれたけれど、母に会えたのも産科病棟の外。


正直、外の世界から隔離されすぎて(自分の面会じゃなくても、
誰かの面会でも、外の空気を入れてくれる人がほしかった。)、
まるで刑務所のようにも感じた(笑)


夜中、朝方、授乳室ではみんなすっぴんで、疲れた顔をして、
流れる深夜・早朝ラジオ(ラジオなんていつぶり?!ピンクの電話の竹内都子さんのラジオが流れていたな)を聞きながら、慣れない授乳をして。

私は母乳が結構出る方だったけど、最初なかなかうまくいかず。

息子が飲めていると思っていたのに、飲めておらず、体重が減り…。
どこかのタイミングで、『飲んでる!!』と感覚で分かった時があった。
あの瞬間、『今まで飲めてなかったんだね、本当にごめんね。』と
思ったことも覚えている。


あとね、搾乳機を買うことを助産師の姉に相談したよね。
『いらないと思う。でも、それで安心するなら買った方がいいよ。』
と優しい姉は私の気持ちを汲み取って言ってくれた。
私は病院から電話して、姉に搾乳機を買ってもらった。
だって、『おっぱいはでるけれど、口に含ませて息子が飲まなかったらどうしよう。死んじゃうよ。』と、あの当時は本気で思っていたから。


姉の予言通り、搾乳機はお守りになっただけで、一度も使わなかった(笑)
でも、あの時の私には心強いお守りだったよね。
それくらい、息子の命にいっぱい、いっぱいの7日間。


これはパパも知らない話なんだよ。
あの病院の個室や授乳室であったことは、
私と息子二人だけの秘密。
(書いちゃってるけど笑)

息子と出会えたことは奇跡。
でも出産してすぐは、
可愛いとか、嬉しいとか、愛おしいとか、そんな気持ちがまだ生まれていなかった。

息子の誕生に心が上下しなかったことを覚えている。
嬉しいも悲しいもない。
ただただ息子が誕生した。その事実が目の前にあった。

そしたらね、江國香織さんの作品にぴったりの表現があったの。

嬉しくも悲しくもない平らな気持ち

P262
彼女たちの場合は 下 集英社文庫


『さざなみも一切ない、音もない、不安のない気持ち』だったよね。
あの時の気持ちは本当に不思議。
これからたくさん不安なこともでてくると思うけど、覚えていて、
子どもが産まれた瞬間、少しも不安を感じなかったことを。
ただ、ただ、息子の存在だけを感じていた。


幸か不幸か子どもは男の子。
生まれた時の『私と息子』の特別な関係と同じように、思春期や大人になるとパパの存在もまた特別になるはず。

その時に嫉妬しないようにしないと(笑)


ここで、『あの日母になった私』に手紙を書くことで、
私と息子のだけの秘密の7日間を書き残せた。


絶対忘れたくないと思った強い思いも、
書き留めておかないと、どこか遠くにいってしまうかもしれない。
でも、あの日のあなたに手紙を書けた。
忘れないようにできたね。
ありがとう。

#あの日母になった私へ


『コロナ』…本当にたくさんのことを我慢し、苦しい思いもした。
でも、私は息子との特別な7日間を得られたと思うことにしている。
これはきっと滅多にない『特別な7日間』。


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今回の投稿は、息子が生まれてから退院までの7日間のことを書きました。
自分のための備忘録のような手紙で申し訳ないですが、もし、最後まで読んでていただけた方がいらっしゃったら本当に嬉しいです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


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