メリットだらけの毒親離れ
〜早い方がいい〜
近年の私の成長ぶりには、目を見張るものがある
自分でそう思うのだから、間違いない。
自分で言ってて恥ずかしいけれど、
自分で自分を褒めてやりたい。
かつては「資格を取る」なんて
発想すら持てなかった。
毒親と関わっていた頃は、心身ともに疲弊し、
薬を飲み、”やる気”という概念すら
なかったのだから。
私の頑張り具合はこちら↓
でも、ここ数年で私は急成長を遂げた。
頑張った。いや、"頑張れた"のだ。
頑張る威力が、毒親と離れて湧いてきたのだ。
大袈裟ではなく、毒親と距離を取ってから
「私の人生は動き出した」と言っても
過言ではない。
人生が動き出したのは「距離」を取ってから
私は結婚後も、物理的には離れていたものの、
心理的には支配されたままだった。
「孫の世話をする」「お土産を渡す」「お小遣いをあげる」──そんな口実で家に来られたり、
呼び出されたりで断れない日々。
限界が来て、思い切って“会わない”選択をした。
ただひたすら、この4年間、
母と会わないようにした。
最初は罪悪感で押し潰れそうだっだが、
それは私が毒親の支配に慣れてしまって
いたからなのだ。
私は毒親の完全なる「奴隷」と化していたために、「主人」である毒親を裏切るような気持ちになっていただけだ。
そもそも親子間で主従関係になっていることが
おかしい。
親子関係とは本来、ある程度の信頼と尊重で
成り立つものだ。
そんな関係性の中で子供の自尊心は育つ。
そこに気づくまで時間がかかった。
子供の頃からずーーーっと支配されていたから、その濃さと長さは計り知れない。
洗脳が解けるにも時間がかかる。
私はただ単に自分を取り戻せておらず、
戸惑っていたのだ。
親の奴隷で取り込まれているうちは、
思考を乗っ取られているから、
自分がわからなくなる。
支配されていると、
自分の頭で考えられなくなる。
奴隷解放宣言!!
電話に出ない、メールを返さない、
など小さなNOを繰り返していくうちに
自信が出てくる。
最初の頃は、頻繁に電話☎️やメール📩が来て
仕方がなく受けていたが、
それを3回に一回、5回に一回と回数を減らし、短く切り上げる。(宅急便が来たとか、今出かけるところだからなど。自己都合がいい。)
それを続けるうちに、
徐々にいい感じの溝が出来てきた。
その間に相続問題があったりして溝はさらに深まっていった。
その辺の記事はこちら↓
そして、今年の初め。私は宣言した。
「祖母の七回忌を欠席する」という、
強行突破をした。
これが決定的な溝になった。
母を通さず、従兄弟に直接連絡を入れた。
「これからは冠婚葬祭の連絡も直接私にお願いします」と。
世間体を何より気にする母にとって、
これほどの衝撃があるだろうか。
法事後の電話攻撃も夫が代わりに受けてくれた。母は夫に文句を言わない。
ただ、「みんな寂しがってたわ」と
言っていたらしい。
私が電話に出ていたら
そんなものでは済まされない。
愚痴のオンパレードだっただろう。
もう聞きたくない。お役御免だ。
心が落ち着くという、何よりの賜物
毒親と離れた最大のメリットは、
いつも落ち着かずドキドキしていた私の心が
落ち着いたこと。
いつも慌てていた私。
何かに追われるようにアレやってコレもやってと、忙しく頭がフル回転しており、
日常の中でいつもプチパニックだった。
常に親の機嫌を伺い、
怒られないように先回りして動いていた。
「常に焦っている自分」こそが、
支配の副作用だったのだと今ならわかる。
距離をおいた今は、まるで悪夢から覚めたように冷静に落ち着いて物事を見られるようになった。
これは、まさにストーカー彼氏(または彼女)
と別れたあと、
「なぜ私は、あんな人と付き合っていたんだろう?」
と目が覚めるような感覚と同じである。(たぶん)
毒親もストーカーも、DVもモラハラも、
本質は同じだと思う。
どれも「相手の自由を奪い、自尊心を削る」
という点で共通しているからだ。
毒親と距離を取ってから時間が経てば経つほど、自分があんなにも神経をすり減らし、
頑張って毒親の機嫌を伺い、関わっていたことが心底バカバカしく思えるようになった。
もっと早く「離れればよかった」 と。
だから、毒親問題で苦しんでいる20代、30代の若い皆様に言いたい。
「距離置くなら、早いほうがいいよ」
本当にそうなのだ。
若ければ若いほど、取り戻せる人生が長い。
人生はリセットできる。若さと体力で乗り切れることがたくさんある。
ただ、親の毒に気づくまでが大変で、
認識するまでに時間がかる。
まだ若い時は自分の心が未熟で、
人生経験も浅いから、グレて人を傷つけるか、
自分を責めて自分を傷つけるか。
毒親育ちは「自責型」か「他責型」に分かれがちで、どちらも苦しい。私も両方を経験した。
しんどいよね。どちらも。
最初は、毒親と離れるのは怖い。
なぜなら、自信がないからだ。
今まで自分を指示し、管理してきた人が
いないからどうしていいかわからず不安なのだ。けれども時間が味方になってくれる。
徐々に自分が戻ってくる。自分と自分が繋がる感じになってくる。
時が経つと
「自分で自分の人生に指示を出していい」という
当たり前のことに気づく。
──それに気づいたとき、本当の自由が始まる。
毒親と関わることは、毒を浴びて生きることになる
毒親と関わることは、
目に見えない“毒”を浴び続けるようなもの。
放射線のように、じわじわと心を蝕んでいく。
だからこそ、物理的にも心理的にも距離を置くことが大切だ。
行政に頼るのも、立派な一歩
毒親の近くに住んでいる場合は、
行政の支援を活用するのもおすすめだ。
私は「地域包括センター」に相談し、
「老後の面倒は見られない」と伝え、相談した。
相談員さんは「皆さん色々ありますよ」と受け止めてくれた。
疎遠である期間の長さも、相談時の重要な指標になるそうだ。
また近々、地域包括センターに相談をしに行こうと考えている。
結論──自分の人生を取り戻すために
とにかく、早めに気がついてほしい。
そして、自分の人生を取り戻してほしい。
と切に願う。
私は40代後半でようやく、
毒親との関係を断つことができた。
きっかけはコロナ禍。
会わないことがラクだと気づいたことが始まりだった。
毒親は子供が離れていくことに
強い不安を感じていて、
離れそうになると敏感に感知する。
なぜなら、物理的距離が心理的距離を生むことを本能的に知っているからだ。
若ければ若いほど、人生をやり直す時間がある。
自分らしく生き、社会に貢献できる未来が、
必ず待っている。
私のように若くなくても、気づいた今から
再生の始まりだと思ってほしい。
余生は、毒親だけではなく
──私たちにもあるのだから
最後まで読んでいただきありがとうございました。
追伸:仕事はまだまだ大変ですが、少しずつ慣れてきました。司書は意外にも体力勝負❗️😂
参考にさせていただいた文献書籍です。
「人は人を浴びて人になる」
夏刈郁子:著 ライフサイエンス出版 2017
⚫︎精神科医の夏刈郁子先生。一時期、Amazonから売り切れが発生。医師でありながらも自身が様々な精神疾患を抱え、大変な毒親育ちである郁子先生。
こんな自分が医師でいていいのかと苦悩。
結局、心の病の特効薬は薬ではなく、人との関わりで回復する。人を傷つけるのも人。人を癒すのも、また人なのだ。
……読了後、泣いてしまいました。
自己紹介はこちら↓
カウンセラーさんとの出会いも大きかったです。
↑毒親関係の記事を纏めました
↑ステキな作品集めました😊💖
よろしくお願いいたします✨
マガジンへ追加して頂きありがとうございます😊
ペリンさま🍡✨
みかりんさま✨
りーまむさま✨
Aliceママさま✨
Tororiさま✨
心よりお礼申し上げます💖
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします!
いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!