AIシナリオ「二十秒」
○都心のオフィスビル・正面玄関前(月曜の朝)
ガラス張りの高層ビル。
回転ドアから次々とスーツ姿の人が吸い込まれていく。
朝八時四十分。
田中みずき(二十八)、小走りで近づいてくる。
コーヒーカップを片手に、もう一方の手でスマートフォンを見ながら。
エレベーターホールの方向へ向かう。
○同・エレベーターホール(同)
三基並んだエレベーター。
ビジネスパーソンたちが点在して待っている。
その中に、吉川涼(三十)。
壁に背をもたせかけるように立ち、手元の図面を眺めている。
みずき、ホールに入ってくる。
涼の隣、二メートルほど離れた位置で立ち止まる。
スマートフォンをバッグにしまう。
二人、互いを見ない。
でも涼、わずかに視線を持ち上げる——正面のエレベーターの鏡面ドアに、みずきが映っている。
すぐに図面に戻る。
チン、とベルが鳴る。
中央のエレベーターが開く。
二人、同時に乗り込む。
○エレベーター内(同)
二人と、もう一人のサラリーマン。
涼、「7」を押す。みずき、「8」を押す。
サラリーマンは「12」。
扉が閉まる。
二十秒の沈黙。
誰も話さない。スマートフォンを見る者、天井を見る者。
みずき、コーヒーカップを両手で持ったまま前を向いている。
涼、また図面に目を落とす。
七階。扉が開く。涼、降りる。
振り返らない。
扉が閉まる。
みずき、正面の鏡に映る自分を見る。
○エレベーター内(回想・ダイジェスト)
同じエレベーター。
同じ二人。
季節だけが変わっていく。
夏——みずき、汗ばんだ首元を押さえながら乗り込む。
涼、すでに「7」の前に立っている。
みずき、「8」を押す。二十秒。扉が開く。涼、降りる。
秋——みずき、コートを抱えて乗り込む。
涼、図面ではなくスマートフォンを見ている。
でも、みずきが乗り込んだ瞬間に、スマートフォンを下ろす。
ちらりと視線が合う——鏡越しに。
どちらも何も言わない。エレベーターが七階で止まる。
涼、降りる。みずき、鏡に映る自分の顔を見る。
冬——涼、マフラーをしている。
みずきのコーヒーカップが、ホットのものに変わっている。
涼、みずきのコーヒーを一瞬見る。ブラック。無糖。
また前を向く。
春——今朝と同じ風景に戻ってくる。
○エレベーターホール(月曜の朝・現在)
みずき、ホールに入ってくる。
涼が壁際にいる。いつも通り。
みずき、いつもの位置で立ち止まる。
今日も二十秒で終わる——そういう顔をしている。
チン。エレベーターが開く。
○エレベーター内(同)
二人と、もう一人の女性社員。
涼、「7」を押す。みずき、「8」を押す。
扉が閉まる。
一階。二階。三階——
突然、エレベーターが揺れる。
ガクン、と止まる。
SE・非常用ブザー。
三人、天井を見上げる。
ブザーが鳴り止む。静寂。
エレベーター、動かない。
女性社員、すぐに緊急ボタンを押す。
スピーカーから「ただいま確認中です。しばらくお待ちください」の声。
みずき、天井を見上げたまま。
コーヒーカップを、少し強く握る。
涼、状況を把握するように室内を見回す。
静かだ。慌てていない。
女性社員のスマートフォンが鳴る。
女性社員「(電話に出ながら)はい……はい、わかりました。非常階段で上がります」
女性社員、非常用の扉——天井近くの小窓を見る。首を振る。
女性社員「(みずきと涼に)すみません、私、別のルートで上がります。大事な会議があって」
女性社員、非常用の操作パネルを操作する。
小さな扉が開く。非常用はしごが見える。
女性社員、躊躇なくよじ登り、消える。
残された二人。
静寂。
みずき、小窓の方を見る。
はしごを上っていった女性社員の背中が、まだ目に残っている。
みずき「(小さく)すごいですね」
涼「……度胸がある人ですね」
みずき「私には、ちょっと」
みずき、床を見る。ハイヒール。
そういう問題でもない気がするが、何か言い訳をしたい。
涼「無理に上がらなくていいと思います。技術員が来るので」
みずき「……そうします」
二人、改めてエレベーターの中を見回す。
狭い。思っていたより、ずっと狭い。
○エレベーター内(続き)
涼、緊急ボタンをもう一度押す。
管理会社(声)「管理センターです。ただいま技術員を手配しております。復旧まで四十五分から一時間ほどかかる見込みです。ご不便をおかけして申し訳ございません」
みずき、天井を見上げたまま。
みずき「……一時間」
涼「はい」
短い返事。
涼、床に座り込む。図面を膝の上に広げる。
みずき、立ったまま。スマートフォンを取り出す。
画面を見る——圏外ではない。メールを打ち始める。
「九時の会議、少し遅れます」
打ち終えて、バッグに戻す。
どこを見ればいいかわからない。
天井。壁。扉。また天井。
涼、図面を見ている。鉛筆で何かを書き込んでいる。
みずき、そっと壁に背を預ける。
涼から、ちょうど一メートル半ほど離れた位置。
スマートフォンをまた取り出す。今度は画面を見るふりをしている。
長い沈黙。
みずき、メールの返信を打つ。
涼、図面に書き込みをしている。
鉛筆の音だけが続く。
涼の鉛筆が一瞬止まる。また動き出す。
みずき、スマートフォンの画面が暗くなる。もう一度点灯させる。新着はない。
みずき、スマートフォンをしまう。
壁を見る。床を見る。
改めてエレベーターの広さを測るように視線を動かす。
幅約一・五メートル×奥行き二メートル弱。
非常用の電話。天井の換気口。
出口は——一つ。
みずき、その換気口を少し長く見る。
涼、みずきの視線に気づく。換気口を見る。みずきを見る。
涼「大丈夫ですか」
みずき「……大丈夫です」
大丈夫そうには見えない。
涼、図面を膝の上に置いたまま、動かない。
みずきの方を向いてはいないが、視線だけが少し、みずきの方向にある。
涼、鉛筆を止める。
涼「何階でしたっけ」
みずき、顔を上げる。
みずき「え?」
涼「止まったのが三階か四階か。階段で上がるなら、把握しておいた方がいいかと思って」
みずき「……あ。三階と四階の間、くらい」
涼「じゃあ階段は近い」
みずき「……でも、私は上りたくないです」
涼、みずきを見る。
涼「非常はしご、苦手ですか」
みずき「(少し間)エレベーターが、少し苦手で」
言ってから、少し後悔する顔。
涼「高所恐怖症?」
みずき「そういうわけじゃないんですけど。閉じ込められると、ちょっと……」
みずき、視線を床に落とす。
涼「わかります」
みずき「え?」
涼「閉じ込められる感じ。狭くて、逃げ場がなくて」
少しの間。
みずき「……設計士の方が、そういうこと言うんですね」
涼「(少し苦く)設計士だから、余計に気になる。どこに逃げ口があるか、考えてしまう」
みずき、涼を見る。
みずき「(少し笑って)今も考えてるんですか」
涼「……今は、だいたい把握したので」
みずき、思いがけず少し笑う。
○エレベーター内(その後)
二人、床に並んで座っている。
距離は少し縮まった——一メートル弱。
涼の図面が床に広げられている。
みずき「その図面、何のビルですか」
涼「駅前の再開発。複合施設」
みずき「大きいですね」
涼「大きすぎて、まとまらなくて」
涼、図面の一点を指で示す。
涼「ここに商業フロアと住居フロアをつなぐ吹き抜けを入れたいんですけど、構造上の制約があって」
みずき「……エレベーターは何基入るんですか」
涼「(少し間)六基」
みずき「全部ちゃんと動きますよね」
涼「……動く予定です」
みずき、また笑う。
今度は涼も、かすかに笑う。
みずき、涼の手元の図面を見ている。
みずき「吉川さん、は……設計事務所の方ですよね」
涼「よく知ってますね」
みずき「同じビルだから。七階の表札、見たことがあって」
涼「田中さん、は。PR会社?」
みずき「(少し驚いて)……知ってたんですか」
涼「八階に入ってるのは二社しかないので」
みずき、正面の扉を見る。
自分たちが何ヶ月も鏡越しに観察し合っていたことを、いまさらながら認識している。
みずき「……知ってたんですね、いろいろ」
涼「(少し間)コーヒー、ブラックですよね」
みずき「え」
涼「毎朝持ってくるから」
みずき、手の中のコーヒーカップを見る。
みずき「……よく見てましたね」
涼「こんなエレベーターだから」
みずき、それを受け取る。
「こんな席だから」ではなく「こんなエレベーターだから」。
二人、また少し笑う。
○エレベーター内(さらに後)
図面は端に寄せられている。
二人、並んで壁に背をもたせながら、前を向いている。
みずき、コーヒーを一口飲む。
みずき「……少し落ち着きました」
涼「よかった」
みずき「さっきの話、本当ですか。設計士でエレベーターが苦手って」
涼「苦手というより、気になりすぎる。乗るたびに仕様を確認したくなる」
みずき「職業病ですね」
涼「最悪な職業病です」
みずき、少し笑う。
みずき「でも、パニックにはならなかった」
涼「田中さんも」
みずき「……私は、なりそうでした」
涼「なってなかったですよ」
みずき、涼を見る。
みずき「見てたんですか」
涼「こんなエレベーターだから」
少しの間。
みずき「涼さんは、どんな建物を設計するんですか」
涼「商業施設が多いです。あとは集合住宅。このビルみたいなオフィスも」
みずき「このビルも?」
涼「設計には関わってないです。入居者です」
みずき「(少し笑って)そうですよね」
涼「でも入居したとき、真っ先にエレベーターの仕様書を確認しました」
みずき「……で、どうでしたか」
涼「問題なかったです。今日まで」
みずき、また笑う。
涼「田中さんの仕事は、PRというと」
みずき「企業のブランディングとか、プレスリリースとか。最近はSNSの運用も」
涼「忙しそうですね」
みずき「忙しいです。月曜の朝が一番忙しい」
涼「今日は月曜ですね」
みずき「最悪なタイミングです」
涼「……すみません」
みずき「え、なんで涼さんが謝るんですか」
涼「いや、なんとなく」
みずき、それを聞いて少し笑う。
みずき「……こうやって話すの、悪くないですね」
涼「(少し間)そうですね」
みずき「涼さんは、このビルに何年ですか」
涼「三年です。田中さんは」
みずき「一年と少し」
涼「じゃあ僕の方が先輩ですね」
みずき「エレベーターの」
涼「エレベーターの」
少しの間。
みずき「毎朝、同じ人が乗ってくるのって、気になりませんか」
涼「……気になります」
みずき「話しかけようと思ったことは」
涼、少しの間を置く。
涼「……あります」
みずき「でも、しなかった」
涼「エレベーターだから」
みずき「二十秒だから」
涼「話し始めたら終わる」
みずき、うなずく。
みずき「私も」
涼「え?」
みずき「話しかけようと思ったこと、あります。何度も」
涼、みずきを見る。
みずき「でも二十秒だから、何を言えばいいかわからなくて。それに、声をかけたら次の日からどうすればいいか、ってなるし」
涼「……同じです」
みずき「どうすればいいかわからなくて?」
涼「毎朝、何か言おうかと思って。でも乗ったら乗ったで、何を言えばいいか出てこなくて」
みずき「ずっとですか」
涼「……一年ぐらい」
みずき、涼を見る。
みずき「一年」
涼「田中さんが来るようになってから、ずっと。毎朝こうやって乗って、なんとなく意識して、でも何もしなくて」
涼、視線を床に落とす。
涼「情けないですね」
みずき「……私も一年です」
涼「え」
みずき「来るようになって最初の頃から、気になってました。ただ立ってるだけなのに、なんか、目がいってしまって」
少しの間。
涼「そうでしたか」
みずき「そうでした」
涼、みずきを見る。
みずき、涼を見る。
言葉がない。でも、埋める必要もない。
一年間、毎朝同じエレベーターで、同じことを考えていた。
それをお互いが今、知った。
みずき、コーヒーを一口飲む。
二人、また前を向く。
スピーカーから静かなノイズ。
涼「ずっと……」
みずき、涼を見る。
涼、また前を向く。
涼「……いや」
みずき「何ですか」
涼「(少し間)なんでもないです」
みずき、涼を見ている。
涼、言えない。
スピーカーから声。
管理会社(声)「お待たせしております。あと五分ほどで復旧の見込みです。もう少しお待ちください」
みずき、スマートフォンを見る。
画面に「9:22」。
みずき「(立ち上がりながら)あ、会議の準備しないと」
バッグを肩にかける。
コーヒーカップを持ち直す。
涼「……そうですね」
涼も立ち上がる。図面を丸める。
二人、また並んで扉の前に立つ。
距離は、さっきより近い。
みずき、背筋を伸ばす。仕事の顔に戻っている。
スマートフォンを持ち直す。
涼、図面の筒をバッグに入れる。
鉛筆をしまう。
二人、扉を見ている。
あと五分。
涼「……会議、間に合いますか」
みずき「九時半にずらしてもらいました。大丈夫だと思います」
涼「よかった」
みずき「涼さんは」
涼「午前中は図面作業だったので」
沈黙。
さっきまでの会話の残滓が、二人の間に漂っている。
でも、どちらも拾わない。
みずき、スマートフォンの画面を見る。
涼、壁を見る。
みずき、スマートフォンをしまう。
壁を見る。涼と同じ壁を見ている。
みずき「……さっき、話を戻してもいいですか」
涼「え?」
みずき「一年間、話しかけようとしてたって言いましたよね」
涼「……はい」
みずき「なんで言おうと思ってたんですか。特に理由がなければ、普通は気にならないですよね」
涼、みずきを見る。
みずき「毎朝来る人のこと、一年間気にするって、理由があると思うんですけど」
涼「……理由、ですか」
みずき「あったんじゃないですか」
涼、前を向く。
涼「(少し間)あります」
みずき「何ですか」
涼「……それを聞きますか」
みずき「聞きます」
涼、みずきを見る。みずき、涼を見る。
涼「田中さんが、毎朝コーヒーを持って来る時間が、僕がちょうどホールに着く時間と同じで」
みずき「それだけですか」
涼「最初は、それだけでした」
みずき「最初は」
涼「毎朝見てたら、だんだん」
涼、止まる。
みずき「だんだん?」
涼「……いろいろ、わかってきて」
みずき「何が」
涼「月曜は少し早く来るとか。雨の日はコーヒーじゃなくてお茶になるとか。図面を持った人が乗ってくると、ちらっと見るとか」
みずき、少し驚いた顔。
涼「それで、どういう人なんだろうって」
少しの間。
みずき「……見られてたんですね」
涼「田中さんも見てたじゃないですか」
みずき「(少し照れながら)見てましたけど」
涼「同じですよ」
みずき、うなずく。
扉を見る。
みずき「雨の日、お茶に変わるの、よく気づきましたね」
涼「こんなエレベーターだから」
みずき、少し笑う。
○エレベーター内(復旧直前)
二人、扉の前に立ったまま。
涼、図面の筒を両手で持っている。
みずき、コーヒーカップを持っている。
どちらも前を向いている。
さっきまでの会話が、もう遠い気がする。
みずき、スマートフォンを見る。
着信が三件。
会社のチャットに、メッセージが積み重なっている。
みずき、返信を打ち始める。
涼、また図面の筒を見る。何も書かれていない側。
ただ持っている。
沈黙。
みずき、返信を打ち終える。
スマートフォンをしまう。
前を向く。
涼も前を向いている。
先ほどまでの会話が、嘘のように遠い。
みずき、会議の段取りを頭の中で組み直す。
クライアントへの説明。プレスリリースの修正。
十時のアポイントメント。十二時の打ち合わせ。
仕事。いつもの仕事。
それが丁寧に、頭の中を埋め始める。
涼、図面の筒を両手でまっすぐ持っている。
何も言わない。このまま扉が開くのを待っている。
みずき、その横顔をちらりと見る。
また前を向く。
このまま黙っていればいい——そう思う。
あと数分で扉が開く。そうしたら会議に行く。仕事をする。
今日のことは今日だけの話で、明日からはまた二十秒に戻る。
声をかけたら翌日が面倒になる。
「適切な距離感」が崩れる。
そういう言い訳で、ずっと自分を押しとどめてきた。
でも今日は、一時間話してしまった。
涼も、一年間、同じことを思っていたと知ってしまった。
もう、さっきの自分には戻れない気がする。
みずき、コーヒーカップを持ち直す。
小さく息を吐く。
涼を、もう一度見る。
みずき「さっきの話なんですけど」
涼「え?」
みずき「『ずっと』って言いかけて、やめたところ」
涼、前を向いたまま。
みずき「なんでやめたんですか」
涼「……復旧するって言ったから」
みずき「それで話を止めるんですか」
涼「(少し間)やめ時だと思って」
みずき「やめ時」
涼「エレベーターが動いたら、また別々になるから。言っても、どうしようもないかなと思って」
みずき、涼を見る。
涼、前を向いたまま。
みずき「……それは」
みずき、止まる。
みずき「それは、エレベーターが動く前と後で、何か変わりますか」
涼、みずきを見る。
みずき「また明日、同じホールに来るじゃないですか。同じエレベーターに乗るじゃないですか」
涼「……そうですね」
みずき「何も変わらないですよ。言っても言わなくても、明日はまた二十秒です」
涼、みずきを見ている。
みずき「(少し早口になって)だったら言った方がいいじゃないですか。言わないまま明日になっても、また言えなくなるだけで」
みずき、止まる。自分が何を言っているか気づく。
涼、みずきを見ている。
涼「……その」
みずき、振り向く。
涼「さっき言いかけたこと」
みずき「はい」
涼「ずっと……声をかけたかったです。毎朝」
みずき、涼を見ている。
涼「でも二十秒しかなくて。何から言えばいいかわからなくて」
涼、また前を向く。
涼「今日、初めてちゃんと話せました」
みずき、前を向く。
コーヒーカップを、少し強く持つ。
SE・機械音。エレベーターが動き出す気配。
みずき、動く。涼の方を向く。
みずき「あの」
涼、みずきを見る。
みずき「明日も、いつもの時間に来ますか」
涼、少し驚く。
みずき「八時四十分ごろ。中央のエレベーターの前に、いつもいますよね」
涼「……います」
みずき、うなずく。
また前を向こうとする。
涼、操作パネルに手を伸ばす。
「8」のボタンを押す。
みずき、気づいて涼を見る。
涼と、視線がぶつかる。
正面から。鏡越しではなく。
涼、少し目をそらす。ボタンを見る。
涼「(ボタンを見ながら)先に八階に止まれば、時間が少し増える」
みずき、そのボタンを見る。
涼は前を向いたまま。
耳が、少し赤い。
SE・ベルの音。
○エレベーター・扉(朝)
扉が開く。
八階。
みずき、降りかけて——振り返る。
みずき「ブラックですよね、涼さんのコーヒー」
涼「(少し間)……はい」
みずき「明日、二杯持ってきます」
扉が閉まる。
○エレベーター内(涼、一人)
涼、扉が閉まった後、ゆっくりと息を吐く。
手のひらに、コーヒーカップの温かさが残っている。
七階のボタンを押す。
SE・ベルの音。
扉が開く。
涼、降りる。
○同ビル・エレベーターホール(翌朝・火曜)
八時三十九分。
みずき、ホールの入口で一瞬立ち止まる。
両手にコーヒーカップが一杯ずつ。
もう一度確認するように見る。それから、中に入る。
涼、すでに壁際にいる。
この日は、図面も出していない。スマートフォンも見ていない。
ただ、ホールの入口の方を向いて立っている。
みずきを見る。コーヒーを見る。また、みずきを見る。
涼、少し姿勢を正す。
チン、とベルが鳴る。
二人、中央のエレベーターに乗り込む。
○エレベーター内(翌朝)
みずき、涼にコーヒーを差し出す。
涼、受け取る。
涼「……ありがとうございます」
小さな声。でも、きちんと聞こえる。
みずき、「8」を押す。
涼が「7」に手を伸ばす前に——「8」のボタンが光っている。
涼、手を止める。
涼、「8」のボタンを見る。
みずき、「8」のボタンを見る。
どちらも、何も言わない。
扉が閉まる。
二十秒が、始まる。
F・O
了
