【今を生きる人達へ】あなたは何故仕事ができないのか? その根本的な原因を明らかにします。
まずはじめに
どうも。平良リョウジです。
今回は、仕事ができない人が持つ原因についての考えをご紹介します。
仕事ができるできないについては、本当に沢山の方達が悩まれていると思います。
「仕事のできない方達」にとっても、「教育する立場にある上司の皆様」にとっても、実りあるお時間にしたいと思います。
よろしくお願い致します。
①【結論】「相談」をしていないから

それでは皆さん、仕事ができるようになりたければ、「相談する」を徹底してみて下さい!
それではさようなら!
……。
……。
……。
ごめんなさい。ここで終わってしまったら多くの読者から怒られてしまいますよね……。
何故、私がそのような結論に辿り着いたのか?
何故、私が「報連相」のセットではなく、相談を重要視しているのか?
これからその過程についてお話し致します。
②【日生学園並み?!】私が中高で体験した怒涛の集団生活!

私は主体性を重んじた私立学校に中学生〜大学生までの10年間通っており、特に中高時代は、上下関係等のルールに厳しい大変な寮生活を経験してきました。掃除は超日常的で、日生学園に負けないぐらい素手で便器を掃除したことなんて腐るほどありました。
その学校の最大の特徴として、生徒達による「寮での団体生活」と「主体性を重んじた教育」が行われており、掃除、食事作り、学校説明会や寮の運営は生徒達自らが行い、学校のルール、寮のルールも全て生徒達が議論し合って作っていきます。

そんな生活の中では当然、係、当番、野外作業などの仕事は日常茶飯事です。
・自炊(寮生100人分の朝食を作る)
・食器洗い(寮や学校の台所のグリストラップの清掃も行う)
・トイレ掃除(基本的に素手)
・落ち葉掃き&雪掻き
・植林活動(本格的な指導の下、巨大な木の伐採・加工も行う)
・本格的な登山(蝶ヶ岳、硫黄岳、槍ヶ岳等)
・校内の河川、畑、樹木、養魚池の管理
……等、挙げ出したらキリがありません。

そんなハードワーク三昧の毎日にて、信頼を得る上で最も重要なのが「どれほど仕事ができるか?」でした。これが全てと言っても過言ではありません。なので、いつでも権限が強いのは、不真面目で、ずる賢くて、要領の良いガキ大将みたいな人達ばかりでした。
中高時代の私は真面目に生活していたものの、不器用で気弱で、すこぶる仕事ができませんでしたので、学校では「使えねぇ」と言われ、虐めの標的にされ、しまいにはあらゆる仕事を任されなくなってしまいました。
真面目かどうかは、学内では二の次以下なのです。

ふと見ると、私と同じように仕事を任されなくなってしまった人達は先輩、後輩にも一定数おり、そのほとんどが暗く、孤立して、常に何かに怯えながら生きているように見えました。
自分自身を含め、何故仕事のできない人達は孤立している場合が多いのだろう? この時の私はその理由がさっぱり分かりませんでした。
中高時代、仕事を任されなくなってしまった私はとても悔しい気持ちになりました。
僕達はまだ社会に出てもいない子供だ。変わるチャンスなんていくらでもある。なのに、どうして「最初から仕事ができない」という理由で仕事を上達できるチャンスを奪われなきゃいけないんだよ? これじゃ、「最初からできる人」を育てるだけの教育機関じゃないか。
……こんなの絶対に間違ってる。
しかし、私は人一倍負けず嫌いでしたので、周囲からの「お前、どうせ仕事できないだろ?」、「ダメな奴は何をやってもダメだ」という圧に屈せず、「うるせえんだよ! 俺はどこまでも変わってやるぜ!」という意気込みであらゆる仕事や試練に突撃していきました。
以下、ブッダの言葉です。
「世の中のあらゆる苦しみにはかならず原因がある。その原因を知れば苦しみをとめる方法がわかる。それで心を救い安らかにできるのだ」

私は「仕事ができない人」にも仕事ができない原因があり、それを知ることで克服できることを証明したいという強い想いがありました。
その想いに至った経緯として、私が関わった「要領の良い人」は皆、「要領の悪い人」の気持ちが理解できず、仕事のできない原因に寄り添おうとしなかったからです。
当時の私には悩みを打ち明ける友達が一人もいませんでしたので、まさに孤軍奮闘で原因の解明に取り組みました。失うものなど何も無かったので凄く気楽だった記憶があります。
……しかし、この挑戦は凄く中途半端な状態のまま大学卒業を迎えてしまいました。
自分は仕事において成長したのだろうか? 勿論、沢山に壁にぶち当たったことで少しは成長した。以前より、テキパキ行動できるようになったし、時間も守れるようになった。報告と連絡ができるようになった。周りの人達もそう指摘してくれている。
しかし、まだ凡ミスが多い。他人との連携がうまくいかず、勝手な解釈で物事を進めてしまう。
このままじゃだめだ……何とかしなくては……。

③【辿り着いた答え】それは全てに通じること

何故、自分は仕事ができないままなのだろう?
私は一旦冷静になり、これまで出会って来た「仕事ができる人」に関する記憶の映像をYouTubeの総集編動画のようにまとめて、思い返してみました。
Aさんは、何か分からないことがあったらすぐに目上の人に確認したことで、一切ミスをしなかった。
B君は仕事で大きな失敗をしたら、早急に誰かに助けを求めたことで、事態を収束させていた。
Cさんは、レクリエーションの企画を一人で任されていたが、一人で抱え込まず、友達を集めて助言を求めたことで、本番で大成功を収めた。

……そうか。
そうか。分かったぞ! これらの共通点が!
私が仕事のできない原因。それは「相談」をしていなかったからだ! 「相談」さえすれば、例えミスをしたとしても、すぐにリカバリーができ、信頼を得ることができるのだ!
ということは……。
私の中の歯車が急速に回り始めます。
何故仕事のできない人達は孤立している場合が多いのだろう? その答えは「相談」というコミュニケーションを怠っていたからだったのです。
仕事だけに留まらず、人は「相談」というコミュニケーションを通すことで会話と交流が生まれ、多くの友達に恵まれるのです。
「相談」は全てのコミュニケーションに通じるものであり、報連相の中で特に重要なものであると私は思いました。例えるならば、大黒柱みたいなものです。
分からないことがあれば、質問すればいいじゃないですか。
自分一人で決められない時は、意見を求めればいいじゃないですか。
失敗した時は、素直に助けを求めればいいじゃないですか。

だからこそ仕事のできる人は多くの友達に恵まれて、仕事のできない人は孤立しがちだったのです。今思えばそれは自明の理です。中高時代と学生時代の私は、仕事で何か分からないこと、困ったことがあっても一人で抱え込み、結果として孤立した挙句、多くの人達に迷惑をかけてしまっていたのです。
中高時代、ガキ大将みたいな人達の要領が良かったのは、日常的に「相談」というコミュニケーションを取る機会が多かったからだと感じます。
何で「相談」の大切さに気付かなかったのだろう?
今思うとそれに気付かなかった自分が本当に恥ずかしいです。
④【最後に】「仕事ができる人」は仕事を楽しめる!

私が中高時代を振り返ると、
「仕事ができる人」は積極的に様々な係のリーダーを務めていました。
リーダーはとても責任が伴う役職であり、大変なことも多いはずです。なのに、どうして、そんな大変な役職を積極的にやりたがるのだろう?
当時の私はそれを全く理解できませんでしたが、今は違います。
リーダーという役職は仕事を通じて、多くの人達と「相談」というコミュニケーションを取ることができ、様々な交流を行えます。
それができるようになると、仕事が楽しくて仕方がないのです! 友達も増え、まだ見ぬ価値観に出会うことができ、自分だけでなく、多くの人達がレベルアップすることができます。
まさに最強の娯楽と言っても過言ではありません。
私の視点だと、多くの人達がこの仕組みに気付いていないように思いました。
本当に勿体無い!
人生は、まだまだこれからだというのに!

皆さんも、まずは何事にも「相談する」ことを積極的にやってみてはいかがでしょうか? そして、仕事のコツが掴めなくて困っている人がいたら、まずは「相談する」ことの大切さを教えてみてはいかがでしょうか?
私はそんな娯楽の境地に向かって、現在も楽しく突き進んでおります。
どうかこの記事が、かつての私のように、仕事で思い悩んでいる誰かに届きますように
