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【誰もが共感】人生で特に辛かった授業を振り返る【ランキング形式】

まずはじめに

 ※この記事は最後までお読み下さい。 
 どうも。平良リョウジです。
 皆さんに質問です。
 読者の皆様の中で、これまで一度でも面白くない授業を経験したことがある人は素直に手を挙げてください。
 ……。
 ……。
 ……はい。分かりました。全員下ろしてください。
 この記事を読んでいる小・中・高・大学生、かつての子供達はこれまでの人生で、楽しくて仕方がない授業、つまらなすぎて気絶しそうになる授業など、本当に様々な授業を受けてきたと思います。
 そんな授業を受けてきた思い出は、時に同窓会や飲み会の話題のつまみになり、大盛り上がりすることでしょう。
 ちなみに、かく言う私も、これまでオリジナリティ溢れる授業を沢山経験してまいりました。
 そこで今回は趣向を変えて、私のこれまでの人生において辛かった授業をランキング形式でレビューしようと思います。
※この記事は決して「私の辛かったぜ自慢」ではなく、「こういう授業もあるから気をつけた方が良いぞ」だったり、「教師を目指している方は、こういう授業はやって欲しくない」などの、ある意味教訓的なものとして執筆しておりますので、よろしくお願いいたします。


【第7位】小学校 縄跳び大会

理不尽度:★★★
退屈度:★★★★
意味不明度:★★★
 
まず最初に紹介するのは、通っていた小学校で行われていた縄跳びの合同授業で、かなり悲しい思い出がありますのでご紹介します。
 私が通っていた小学校には年に一度、冬の朝に「縄跳び大会」というものが行われていました。
 当然、授業なので強制参加です。
 名称からして、みんなで大縄跳びをしたり、縄跳びの技術を競い合う楽しいイベントかと思いきや、校庭で全校生徒がギチギチに鮨詰め状態に集められ、約40分間パーソナルスペースが皆無な状態でひたすら一人縄跳びをさせられるだけです。
 
何が大変かというと、ヌーの大移動並みにパーソナルスペースが皆無な状態なため、普通に前後左右の生徒の縄がムチのように当たってミミズ腫れになるし、冬季故に縄に静電気がバチバチ発生するので本当に苦痛で仕方がありませんでした。
 一度、縄跳び大会の最中に激しい腹痛に襲われ、「ごめん。ちょっとどいて」と言いながら緊急で校舎のトイレへ向かおうとしたことがあったのですが、数多くの縄が身体に直撃しただけでなく、「邪魔だ」「失せろ」などの罵声を浴びせられたのでガチな地獄でした。
 多分、犬小屋の方が快適だと感じる懲役40分だったと思います。

【第6位】高校 コーラス

理不尽度:★★★★
退屈度:★★★★★
意味不明度:★★★
 
次に紹介するのは、高校時代に受けたコーラスの授業です。これは、私が知る中で、過去最多で生徒達がサボってた授業です。
 まあ、内容としては、数年に一度の音楽会に向けて、高校3学年男女合同で合唱の練習をするのですが、合唱の指導・指揮者を担当する先生が鬼のように怖く、なおかつ歌の指導があまり上手ではないという悪夢みたいな組み合わせの人だったのです。

 指揮者の先生は顔を真っ赤にしながら、
 「もっとソフトクリームを優しく渦巻くようにしろ!」、「パンケーキを優しくのせるように!」等のオリジナリティ溢れる指示(怒鳴り声)をよく出されるので、そもそもどのように歌を改善すればよいのかが全く分からないのです。
 そのため、コーラスの授業では、「合唱」→「怒鳴られる」→「合唱」→「怒鳴られる」が延々と繰り返されました。
 「あぁ、結構怒鳴られたな。流石にもう1時間以上経っただろうから、やっと授業が終わる!」
 とワクワクしながら時計を見ると、まだ始まってから10分も経過していないという悪夢です。
 もはや『ドラゴンボール』の「精神と時の部屋」です。なんだろう…客観的なデータだと、1〜2時間怒鳴られただけなのに、参加している生徒達の体感だと6〜8時間も怒鳴られた感じがするのは何故なんですかね。
 そりゃ、無断欠席者が続出しますわ……。
 そんな状況を見た他の音楽の先生が「あまりにも酷い」と判断したからか、指揮者の先生の指示を私たち向けに分かりやすく通訳してくれるようなり、おかげさまで少しは良くなりました。本当にありがたいです。

【第5位】高校 講演会「男らしさ 女らしさについて」

理不尽度:★
退屈度:★★★★★☆☆☆☆☆
意味不明度:★★
 
これは授業ではなく、学校で行なわれた約3時間の講演会なのですが、規格外に気を失いそうになったため、特別に載せています。
 内容は、ゲストでいらした他校の女性の校長先生が、「女らしさとは?」、「男らしさとは?」をテーマにお話をされたのですが、
 基本的に全く同じ内容の話が病的に何時間もループするだけです。中身の中の字もございません。
 自分の子供の頃の体験から、「女らしさ」という考えの曖昧さに気付いた。……という、10分くらいの話を無限に繰り返されたので、激しい虚無感と不快感と嫌悪感を感じるレベルで退屈でした。まるでブラックホールに吸い込まれた気分です。正真正銘の無限ループです。

え? ループしてる? 俺はパラレルワールドに迷い込んだのか? と、当時の私は本気で困惑したのを覚えてます。でも、それが紛れもない現実だと知った時は本当に恐怖でしかありませんでした。
 もしかしたら、話の下手具合だけで言うと、このランキングの中でも圧倒的にワーストだと思います。 正直言って、このような話を聞く3時間よりも、女の幽霊の裸踊りを見せられるだけの世界一のクソ映画『死霊の盆踊り』を2連続で観る3時間の方が遥かに有意義な時間だったと思ってしまいました。

【第4位】大学 園芸

理不尽度:★★★★
退屈度:★★★★★☆☆
意味不明度:★★
 
こちらは大学で受けた実習です。
 主な内容としては、学内の畑や温室、農地で、観葉植物や野菜などの植物を育てて、イベントに貸し出したり、給食の食材として提供したりしていました。
 実習の内容自体は奥深く、とても面白いと思ったのですが、当時の担当の女性の先生があまりにも真面目過ぎて非常に融通が効かない人だったため、実習自体が戦場のように殺伐としていて、堅苦しく、非常に退屈に感じてしまいました。

 主な1日の流れとして、
・【朝礼:朝】朝早くに園芸の教室に集合して、今日行う作業を報告

・【作業:朝〜夕】畑、温室の植物の栽培の作業(除草作業、水やり、畑を利用する中高生への指導)

・【作業報告:夕】夕方に園芸の教室に集合して、今日行った作業と、次回行う作業を報告

 ……という非常にシンプルなものなのですが、この朝と夕方に行われる「作業報告」が特に地獄で、報告内容に誤りがあったりすると、烈火の如く担当の先生から見せしめのように激詰めされます。しかも、連帯責任として、仕事ができる人ももれなく巻き込まれます。
 そのため、朝と夕の「作業報告」では、学生全員が担当の先生の機嫌を伺い、爆弾処理班のような心境で報告をしていました。本当にこの時間は、お葬式のように静かで、戦場のように殺伐としていて、楽しさのかけらもありませんでした。
 特に酷かったのが、新年度を迎えた朝の作業報告で、「新年度の園芸実習の目標」を「全力で楽しむ」にしたことを報告した際に、担当の先生から、
「園芸の実習は楽しむ場所ではありません! 学ぶ場所です!」
 
と一喝されていまい、やり直しを強いられてしまいました。この時から、この園芸の実習は「先生公認」の楽しくない授業だということが判明してしまったのです。
 で、他に何が悲しかったかと申しますと、頑張って何かを成し遂げてもそれを「できて当たり前」として、1ミリも評価してもらえなかったことです。
 最初こそは向上心を持って実習に取り組んでいたのですが、頑張っても頑張らなくても同じように激詰めされるので、「頑張り損」であることに気が付いて、どんな人でもやる気が無くなってしまうのです。
 もはや学ぶ場所として機能していなかったように感じました。
 園芸は人の社会を支える上で重要な技術が学べる大切な授業なので、非常にもったいないと思いました。

【第3位】高校 物理(政治思想)

理不尽度:★★★★★☆☆
退屈度:★★★★
意味不明度:★★★★★
 
第3位は物理の授業です。タイトルを物理にしているのですが、実際は物理とは名ばかりの政治思想の授業で、先生独自の思想を押し付けられ、それに「はい。その通りです」と答えさせられるだけの授業でした。
 担当の先生は70代のお爺さんの先生で、日本国家そのものと民主主義に対して激しい敵対心を抱いておりました。
 授業の内容としては、原子力発電所の構造、原子力発電の仕組みに関する、NHKスペシャルやドキュメンタリー映画などのビデオを視聴し、それについての感想や学んだことをレポートに書いて提出するのですが、
 レポートの一文に「原子力発電は必要だと思う」、「日本政府の政策は妥当だと思う」などと書いてしまえば、一発でレポートの評価がFマイナスになるという理不尽なシステムでした。
 先生は「The 原発反対派」の人だったのです。

 そのため、私とその同期達は「先生が喜びそうなことを書きまくろう」と決心し、レポートに「政府の政策は愚策だ」、「原子力発電は現実的ではない」などと書くようにしたことでレポートの評価がB以上に爆上がりしました。もはやこの授業で習ったことは、「物理の法則」ではなく、「先生がどんな思想に惹かれるか」です。
 勿論、私としては、様々な思想があっていいと思います。みんなそれぞれ考えや意見を自由に持っていいのです。しかし、それを人に押し付けて、独りよがりに点数をつけるのはハッキリ言って良くないと思いました。

 これだけにとどまらず、根本的な問題として、担当のお爺さんの先生の成績のつけ方が明らかに不自然なことです。
 一度もサボらず、一所懸命頑張った生徒と、ほとんど学校に来ておらず、期末試験だけ受けた生徒の成績の評価が同じ「3」だったり、前述のレポート評価が全てB以上、期末テストが100点満点中80点だったのにも関わらず、成績の5段階評価を「1」にされたこともありました。
 色々な意味で変わった先生だったなと思います。

【第2位】幼稚園 美術

理不尽度:★★★★★☆☆☆☆☆
退屈度:★★★★★
意味不明度:★★★★★
 
ここに来て、幼稚園時代に受けた美術の授業を紹介するのですが、本当に嫌な記憶しかありません。
 どんな授業かと言いますと、非常勤の美術教師のお婆さん(当時70代?)の指導の元、保護者が見に来る展覧会に向けて、展示する食器に絵を描いておりました。
 これだけ聞くと、楽しそうな授業に聞こえるのですが、問題は、この美術教師のお婆さんがとんでもない暴力教師だということです。
 まず、普通に怒鳴られますし、普通に頭をぶん殴られます。

 お婆さんは授業として作品の作り方を説明をするのですが、それが本当に分かりづらい(少なくとも、幼稚園児に伝わる話し方ではない)ため、どういう意味か質問しても「なんでこんなことも分からねぇんだ!」と恫喝されますし、怖くて自分の解釈で作品を作ると「こんなこともできないお前はゲンコツだ!」と頭を殴られます。もはや虐待、傷害の域です。
 この授業だけ、これまでの人生の中で頭一つ抜けて本当に恐怖でしかなく、当時6歳の私は小動物のように萎縮してやり過ごすことしかできませんでした。こんなにも最悪で、早く終わってほしい図工・美術の授業はこれが最初で最後だったと思います。
 そんな目に遭っても、サボらず、逃げ出さずに何週間も連続で授業を受け続けたかつての自分を褒め称えたいです。
 しかもそれだけでなく、授業が始まると「先生からのいい話」という名目で、お婆さんの政治思想(公害によって奇形児が生まれた事件への怒り等)、家庭への思想(ゲームをやると頭が悪くなる等)の話を延々と聞かされたので本当に退屈で仕方がありませんでした。
 もう一度申し上げますが、これは幼稚園の美術の授業です。子供達を自分の都合の良いように洗脳しようとするのは決して許されることではないと思いました。
 思い出すだけでも、非常に気分が悪くなる授業です。感じたストレスの強さだけで言ったら、このランキングの中で圧倒的にワーストです。
 皆さんは、理不尽な理由で暴力を振るわれたら素直に警察に届けたほうがいいですよ。


【第1位】大学 自分で考える(?)講義 

理不尽度:★★
退屈度:測定不能😇
意味不明度:★★★★★☆☆☆☆☆
 
最後に紹介する【第1位】は、学生時代に受講した、「主体的な学び」をテーマとした講義です。
 履修登録の際に、少し気になったので参加してみることにしたのですが、その選択を深く後悔することになりました。

 この授業は圧倒的な虚無です。
 何もありません。
 何もない空間に何時間も放置されて、サバイバル生活を強いられているような授業でした。

 さて、どんな授業かと申しますと、担当教授(70代の男性)が「主体的な学びを実現するにはどうしたらいいのか?」というテーマのお話をしてくださるのですが、お話の内容と授業形態が全くともなっていないのです。
 例えば、「黒板に向かって行う授業は古い」、「みんなで議論しながら答えを見つけましょう」、「授業に対話を取り入れよう」などの新しい学びの方法についてのお話を担当教授がされるのですが、その学びの方法を全く実現してくれなかったことです。
 「黒板に向かって行う授業は古い」ですって? 「みんなで議論しながら答えを見つけましょう」ですって? だったらどうして今、教授が1人で気持ち良さそうに90分間喋り続けているのでしょうか? 僕達は何もせず話を聞いていればそれでいいのでしょうか?
 とにかく、大きな矛盾を感じる授業でした。
 しかも、教授のお話の内容が突き抜けて分かりづらく、退屈だったのも特大なマイナスポイントでした。
 基本的に教授のお話の順序として、
「教授が勝手に作った造語だらけのお話」→「教授の趣味や自慢話」→「教授が勝手に作った造語だらけのお話」→「教授の趣味や自慢話」
が延々と繰り返されるので、何度も気絶してしまいました。※当時の私は8時間以上も睡眠を取っていたので、決して睡眠不足による気絶ではありませんし、酸欠にならないように窓も全開にさせていただいておりました。

 特に「造語だらけのお話」の内容は解読が困難であり、そもそもスピーチの構成として、オチや結論がどこにあるのかも根本的によく分かりませんでした。なんというか、流暢に喋れるけれど、言葉の着地点がどこにあるのかが分からない子供みたいな話し方でした。
 それに教授は、口先では「みんなと話したい」、「是非ともみんなのことを知りたい」とおっしゃっていたのですが、基本的にこちらから話しかけない限り延々と自分の趣味や自慢話だけをされていただけなので、自分のことが大好きな方なんだなと思いました。
 正直な話、私は多少つまらない授業を受けても、基本的にノーダメージなのです。何故なら、ボーッとすることで先生のつまらない話を頭から遮断し、授業が終わった後に必要な知識だけノートに書けばいいからです。
 しかし、この教授による講義の場合は、内容が圧倒的に虚無だったため、ボーッとする作戦すらも通用しませんでした。
 まるで漫画『呪術廻戦』の五条悟による「無量空処」をくらったような感覚です。

↑本当にこんな感じです。

 不可抗力に近い脱力感に襲われ、そのまま虚無の世界へと引き摺り込まれていくのです。
 流石に酷すぎたため、講義の終わりに教授が行なっている受講者アンケートに「もっと学生の話にもアプローチしてほしいです」、「講義で紹介している新しい授業形態を実践してほしい」などの意見を書いたものの、無視されたり、「授業に集中できないあなたに問題があるのではないでしょうか?」と返されてしまいました。
 
今思い返すと、受講者が極端に少ない初回から既に不穏だったと思います。
 それに加えて、学校の関係者から聞いた話によると、担当教授は大学の教員であるにも関わらず、一度も論文を書いたことがないという、かなり怪しい経歴の持ち主だということも分かりました。
 担当教授は、「この講義だけ受講者が少ないんですけど、どうしてなのかよく分からないんですよね(笑)」と仰っておりました。
 ……そうですか。分からないんですか。分からないのは、ある意味一番幸せかもしれませんね。


最後に 「今がつまらない人達へ」

 お忙しい中、最後まで読んでくださりありがとうございました。
 辛かった授業、それを担当された教員の皆様に対し、少し感情的になり、文面が過激になってしまい、本当に申し訳ございませんでした。
 人生、学べる子供の時期が最も価値があります。何故なら、その時に学んだものは、将来の夢を叶えるための材料になるからです。そのためにも、「辛い授業」とどう向き合うのかが鍵になってきます。
 以下、とある評論家の方の言葉です。
 今あなたの目の前に複数の全く異なる種類の車がある。それらの車を全て運転してみたが、どれもつまらなかった。
 では、本当にそれらの車がつまらなかったのか?
 それは違う。どの車もつまらないと思ったあなたがつまらないのだ。

 以上の言葉に、かなりグサっときた方が多いのではないでしょうか。
 そうです。それは車だけに限らず、授業も同様であると私は考えます。
 残念ながら「辛い授業」も世の中には存在します。しかし、それを毒とするか、薬とするかは別問題です。どんなに楽しい授業でも、だらけて過ごせば無意味ですし、どんなに辛い授業でも、真剣に向き合えば得るものは多いです。
 そのため、子供の時期に必要なのは、「辛い授業」の内容をいかにして薬へと変えるか、ではないでしょうか。
 「この先生の授業、つまらないな」と思えば、それを反面教師として見ればいいと思いますし、
 粘って、真剣に話を聞いて少しでも発見があればそれは大きな進歩です。
 もし、薬に変える努力をしても何も得られなかった場合は諦めてしまえばいいのです。自分にとって有意義な選択として、それも十分にありだと思います。
 決めるのは自分です。これから起こることも、かつて起こったことも全て責任は自分にあるのです。
 皆さんには是非その軸を持ち、この荒波のような世の中を駆け抜けていって欲しいのです。


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