精神疾患と共に生きるために
精神疾患になったのは専門学校に通う2年前であった。急性の精神病として、私の資格の取得のために精神科の先生は正式な病名をつけないでくれたんです。
ただ、2ヶ月程度の入院をすることになりましたが、めちゃくちゃ辛かったんです。

入院は過酷でした。なぜなら、○○○の真っ只中だったから。(疫病ですよ。)
面会ほぼ出来なくて、窓越しの面会で話しは公衆電話のみ。テレカードで電話するだけ。携帯は朝の10分と夕方の10分のみ本当に短くてすることとしては、長い廊下の散歩と他の患者さんとのおしゃべりか病室での昼寝くらい。
これも辛かったけど、専門学校卒業して国家資格取って、仕事ついたし、結婚もしたけど、借金して返せなくなって弁護士相談して今に至るわけなんですが、この2年ちょっとが一番人生で辛いと感じています。
お金を無駄にしないように常に何にお金を取られるのかを考えながら生きないといけない。
一緒のパートナーの体型が肥満からの減量し、普通くらいの体型に変わったことや元々やせ形の私の体重も痩せていったことはこの生活の辛さを物語っている。
仕事がなくなって、携帯も使えなくなったとき、本当に辛かった。
使えるようになってから私は、アルバイトをしました。
ユーケアというアプリで、介護の仕事をしました。私は昔に介護初任者研修を受けていたので、イリーゼのアルバイト(1日1万3千円)をすることで、生活を維持することができました。ほぼ借金返済や生活費に消えていき、月に6回くらいしか入れないので、かなりきつきつの生活でしたが、旦那に助けてもらっていました。
他の施設も行きましたが、私はイリーゼが一番お金を稼げるので私はイリーゼが一番おすすめだと思います。時給が他の施設は1400円くらいのところ、イリーゼは1600円です。
仕事の内容は、排泄介助(オムツ交換やトイレ介助など)、食事介助、入浴介助、移乗介助、掃除(部屋の掃除やフロアの掃除)、ごみ回収、シーツ交換など介護の一般的なことをします。早番は基本的に入浴介助メインです。遅番は掃除とシーツ交換がメインです。
私は掃除やシーツ交換などをメインにする方が好きなので、遅番を狙ってやっていました。それが終わったら、排泄などもやりますし、食事の前は準備や介助もします。
イリーゼは一度日勤で入ったことがある人は、夜勤もやることができます。私は夜勤はしないですけど、夜勤1回で3万くらいの給料がもらえます。
選ぶ際は、家の近くをメインでしていました。交通費は込みでの給料なので電車やバスなど使わない方がお得です。
そして、いまは私の旦那がイリーゼの職員。私の旦那は介護福祉士でしたので、私がアルバイトで介護の仕事をしていたら、そのイリーゼに興味を持ったので、前の職場をやめた後に、旦那もユーケアでアルバイトをして、
今は正社員になっています。
わたしが旦那の職場を変えるきっかけになったとは思いますが、前の職場は夜勤がたくさんあるのにサービス残業も休日出勤も当たり前の生活を送り、くたくたになっているのを見ていられなかったので、私はイリーゼを紹介したんです。
ブラックの介護施設よりも、まだ普通の介護施設に移動して欲しかったのとやっぱり無理して体壊されても困るので、逃げる先をつくってあげたんです。
いまは、落ち着いて過ごしていますし、私の職場に迎えに来てくれるほど、余裕があるようです。
私の話しに戻しますが、3ヶ月に1回は病院で薬をもらうことになっていましたし、毎日薬を飲むことになっていました。
その病院代の2万は私のお父さんが出してくれました。
しかし、同じ県内には住んでいないのでなかなか会えないので、毎回助けてもらうわけにも行かなかったので、体調整えて早く仕事を探しました。
今はちゃんとした正社員になって働く生活をしていますが、毎月支払いをしないといけないために生活がカツカツなのは変わらないです。
だんだんと前回書いたExcelの家計簿で、貯金は出来ては来てますが、贅沢はほとんどできないけど、必要なものを買うことが出来るようになりました。
給料の明細出たときに、前回の使用したお金の分を差し引いてから使えるお金がどれくらいなのかを出して、何にいくらを使うかを前もって決めていました。
以前よりもお金が足りなくて払えないということがなくなっていきました。
弁護士には、インターネットで、検索して探しました。相談は無料でしたので、対応してくれるところを手当たり次第に連絡していました。
手続きのために弁護士費用としては30万程度かかりました。毎月6万くらいを支払いするペースで支払いをしていました。
誰でもスマホのリスタートの賞金の助けもあって、私は旦那とこの前誕生日の割引を使ってスシローに行くことができました。2人で3500円分をたくさん食べました。
私は最後に抹茶のアイスを食べました。
こんな贅沢が出来るなんて夢にも思いませんでした。
先月借金の支払いでほぼ給料を使いましたし、今月給料日まで母から振り込まれた支援の2万円で生活しないといけなかったのが、3万円の賞金により私の生活はとても楽になりました。
旦那も7万の差し押さえがあったようで、
私と旦那はかなりの窮地に立っていましたが、救いの手が差しのべられたのです。
旦那が差し押さえをされましたが、私は自分の分の支払いはしっかりと払いきりました。でも、生活費がなくて、親にいくらか借りることになりました。それでも、苦しい生活が続いていて、だから、まさにここが踏ん張りどころなのです。
私は私の体験談を書くことにより、自分の振り返りをし、そして、未来に希望の種を蒔くことができました。
あと1つ書き残していたことを書かせていただきたく、今回は改めて書くことを決意しました。
それは人間関係です。

私は、旦那のご家族様を深く傷つけてしまいました。それは修復不可能でしょう。
そして、けじめとして、私はやらなければならないことがあります。
すべてを説明し、今後の方針を伝えて、取るべき責任を取るということ。
この決断は本当にしたくなかったですが、私はこの道が一番私たち夫婦にとっては必要な事であると考え、別々の生活を送ることを決めました。
この決断は、ご家族様からの連絡を真摯に受け止めた結果です。
とても1人で抱えきれないのでここで話します。正直、辛いです。でも、そうするしかないんですね。だから、4月からは1人(実家で1年間くらいお世話になるつもり)で生きていくことを選びました。旦那の幸せのために。
私はどこまでも自分に甘いやつなんだなと反省し、迷惑かけたのにまだ一緒に居ようなんて考えていたことをとても今は反省しています。
ご兄弟様方とお話しをして私は、この決意や反省、謝罪をして責任を取らなければなりません。
数日でこんなにも苦しい決断をした私ですが、前から少し思い悩んでは思いとどまることをしていました。
私は旦那に依存していたんでしょう。
旦那は出世が決まっており、また子どもも欲しいと望んでいました。だから、32歳の私で借金が完済する日まで待っていたら子どもは望めないということを頭では理解していましたが、夢を見ていたかった。
だから、優しい彼のそばにいた。
しかし、それは彼の人生を台無しにしてしまうことを思い知ったんです。
私のエゴのために彼をこれ以上は巻き込むことはできない。だから、最後くらいはせめて、彼のために尽くしてあげたくて、貰った賞金で旦那との幸せな時間を少しでも作れたらと思っています。
やり直せないものもあることを思い知り、そして、失ってしまった信頼もただ謝ることや責任を取ることしかできない自分が悔しいけれども、前に進むしかないことを心に刻み進んでいきたいと思います。
重たい話にして完結となることを誠に申し訳なく思いますが、いつかこの決断を前向きに捉えられる自分になっていることを願います。
6月の誕生日に様々なプレゼントが巻き起こり、どうにかなってしまいそうな私ですが、心を整えて仕事に今は専念します。
そして、3月に笑顔でさよなら出来るように今を大事に生きたいと思います。
彼が再び甥と姪たちに会うことが許されるようにわたしは彼を解放してあげなければなりません。
恨まれる、憎まれる、悪口を言われるのはもう慣れてます。だから、そんなのされるのは私だけでいいんです。
旦那は幸せになって欲しいから、結婚式の思い出の品は全部私が引き取るつもりです。そして私のことを忘れて、彼が幸せになることを願います。
わたしはもう1人で生きていく覚悟ができました。誰かの人生の責任を取るのは私にはできないことが分かったから。
だから、お金がどんなに大事なものかを重く受け止めることが今は出来ています。
そして時間も戻すことができないものであることや少しも無駄にはしてはいけないということを理解したんです。
強く逞しく生きる道を私はこれから選択していきます。最後まで読んでくださり、ありがとうございます。そして、誰でもスマホの方々も応援してくださって本当に嬉しかったです。私はこの人生からもう逃げることはしない。過去のように人生を捨てようとしたことを二度としないと心に決めて生きていきます。絶対に立ち上がってもう一度人生の主人公として舞台に立てるように頑張ります。

