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おくり人〜栞〜|綴14 『 赤い薔薇 』 前編

※本作品には、葬儀に関する描写が
  含まれています。
  ご遺体、告別式、供花など、
  死に関連する場面が登場します。

※本作品は創作です。
  登場する人物、団体、施設、企業は
  すべて架空のものであり、
  実在する人物、 団体、施設、企業とは
  一切関係ありません。

※本作品は、 
  毎週 火・木・土 更新予定です。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇
おくり人 〜栞〜
綴14『 赤い薔薇 』前編

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

『赤』は、葬儀の花として好まれない色だ。

理由は単純である。
赤は血を連想させるからだ。

生命力。

情熱。

欲望。

祝い。

そうした“生”を象徴する色として、
古来より用いられてきた。

一方で、葬儀が扱うのは死である。

その為、祭壇や供花には白を中心とした
花が選ばれる。

白は穢れのない色。

別れの色。

そして祈りの色として扱われてきた。
もちろん絶対的な決まりではない。

地域や宗派、時代によって考え方は異なる。

それでも…
多くの葬儀関係者や僧侶達が赤い花を
避ける傾向にあるのは事実だった。

だから、住職が怒る理由も分かる。

赤い薔薇の祭壇など、本来ならあり得ない。
ましてや祭壇全体を赤で埋めるなど……。

長年葬儀に携わる者ほど眉を
ひそめるだろう。

しかし……。

故人は、生前こう言っていたらしい。

「俺が死んだら、赤い薔薇で送ってくれ」

それが冗談だったのか。
それとも、本気だったのか……。

今となっては誰にも分からない。
けれど遺族は覚えていた。

その言葉だけは、はっきりと。

だから下澤は悩んでいた。
住職が反対することも知っている。

葬儀業界の常識から外れていることも
分かっている。

それでも。

この依頼に付けられた価格は、大きかった。

むしろ……。
会社として断る理由が見つからない。

どんなに非難を受けようとも、
支払われたお金は事実として残る。

下澤は静かに受話器を取った。

「あぁ、お疲れ様。
 明日の通夜なんだけどさ、
 赤い薔薇で祭壇を作って欲しいんやわ。
 おう。
 それ。
 前に話してたやつ。
 おう。
 一応、仏式な。
 うん。…うん。
 混ぜるじゃなくて、一面赤な」

下澤の依頼は……。
栞を大きく揺らす出来事になる。


頑固鉄斎寺。

古くから伝わる風習を大切に守り続け、
この地域で、もっとも多くの檀家を抱える。

同系列の派系寺は、
その一声に逆らえない程だった。

勿論。

そこへ連なる檀家でさえ、
頑固鉄斎寺のやり方からズレることは
許されない。

齢80を越える住職の目は鋭く、
その威厳は、静かな佇まいから滲みでる。

「…で、お父様は、この寺に多大な
 貢献をされた方だ。
 その方の祭壇を、赤で染めたいと?」

「染めたいのではありません。
 手向けたいのです」

女性の隣で、正座する紺色のスーツを着
た男性は、額から滲み出る汗が頬を伝って
流れるのを拭こうともしない。

膝に乗せられた手が、小刻みに震えてる。

自分の隣で座る女性と…
目の前の住職から放たれる、圧倒的な空気に
その狭間で怯えることしか出来なかった。

「 「ならん!!」 」

境内に響き渡る声に、
参拝者が思わず顔を見合わせる。

紺色のスーツの男性は、住職の気迫で、
正座が崩れるほどだった。

しかし、その隣に座る女性の表情は、
何事もなかったかのように平静だ。

「ご住職。
 仏様の教えや……
 御寺院の歴史や重みも承知しております。
 しかし、私共の一族の権威と、
 これからの我が社の発展が、父の死を
 通して試される場にもなるんです」

住職のこめかみに、薄っすらと筋が浮かぶ。

女性の隣で座る男性は、喉を絞められたかの
ように口をパクパクしている。

「それともーー
 我が社一族を檀家から外しますか?
 そうした場合、長年の歴史は…
 ここで途絶えますよ?」

女性の表情は涼しい。
余裕さえ感じられる。

反対に住職の顔は、
真っ赤に膨れあがっていた。

食いしばった歯の隙間から…
溢れる様な声が絞り出される。

「……お父上も……親不孝な娘を持たれたな
 仏様さまも、赦すまじ……」

「ご住職。
 親不孝かどうか…
 仏様様が、お赦しになるかどうか…
 私には…
 いえ、私達一族が築き上げてきた
 ものには、関係ございませんわ
 それに…」

女性は1冊のパンフレットを鞄から
取り出し、住職へ差し出す。

「新しい都市への入場券は、
 仏様ではなく、私が発行しています」

住職の持つパンフレットに、
無数の皺がクッキリと形成された。

「それにご住職。
 この度の、父の葬儀を…
 私の提案通り進めていただければ、
 御寺院の未来も保証されますわ」

「美樹姉さん…もうこれくらいで……」

今や、深く項垂れた齢80歳の男は、
目の前に座る小娘に……
何一言葉を返せなかった。

ただ静かに呟く。

「中井家の……不浄が……」



栞は、いつもより1時間早く出勤した。
理由は特になく、何となく誰も居ない
事務所で、ぼ〜っとしたかったから。

しかし、そこには珍しく夏帆が先に
来ていた。

「あ…。
 おはようございます」

「あ〜。
 お嬢ちゃん。おはよう」

「珍しいですね。
 夏帆さんが、
 こんな時間に事務所に居るなんて」

「ん〜。 
 案件がね」

夏帆の手には一枚のA4用紙があった。

「なんです?それ」

「発注。寺葬だな」

『寺葬』

お寺でお葬式を行うスタイル。
花屋にとって、もっとも気を使う案件だ。

「頑固鉄斎寺かぁ…」

ポツリと呟く夏帆の言葉に、
栞は目をまん丸くして思わず叫ぶ。

「頑固鉄斎寺!!!」

そんな栞を振り返らず、夏帆は用紙を
机に置いて、ポケットから煙草を取り
出して火を付けた。

ふーっと吐かれた煙が天井へ広がる。

ガチャ。

事務所の扉から、べーさんが入ってきた。

「おはよぉ〜。
 発注書来てる?」

その表情は緊張の色を隠せていない。
夏帆は何も言わず、煙草で机の用紙を指す。

「……はぁ〜〜〜」

べーさんの溜息が漏れた。

「まぁ、お供え辞退になってるから
 それだけが救いだよな…」

「親族分は受けるらしいよ」

べーさんの言葉に、夏帆が被せる。

「どれくらい?」

「50基は超えるらしい」

「まじかぁーー!
 どんだけ親族が居るんだよ!!」

「おはようございま〜す」

べーさんと夏帆のやり取りの隙間へ、
山本が出勤してきた。

「あれ?
 夏帆さん珍しいですね。
 あれ?
 べーさん何で怒ってるんですか?
 あれ?
 しおちゃんも早すぎない?」

一人、取り残されている空気感に、
山本の疑問が言葉として吐かれる。

「プランTじゃぁ、
 流石にウチ一人だと無理だね。
 誰か呼んでる?」

「部長が応援に駆けつける…」

「 「 プランT!! 」 」

栞と山本の声が重なった。

プランとは、葬儀会社がお客様へ提示してる
葬儀プランのことで、十五万円刻みで、
プランがグレートアップする。

Aプラン15万円
Bプラン30万円
Cプラン45万円
…っと言った具合。

因みに、このプランには料理や会葬礼状と
いった『変動費』は含まれない。

「参列者の見込みは、
 1000人を軽く超えるそうだ…」

泣き崩れそうなべーさんの顔よりも、
その見込み人数に驚愕する2人。

ふーーっと白い煙が吐かれる。

「まぁ、吸いなよ」

夏帆から手渡された煙草に火を付ける
べーさん。

「…まず、
 山本と栞は水盤と雛壇を用意ひてくれ」

必要な道具をべーさんが言う。
それを、栞はメモする。
山本は煙草をポケットから取り出す。
夏帆が山本の頭を平手で叩く。

「赤薔薇だけじゃ無理っしょ?
 他に、何用意してる?」

「グロリオーサに、カーネーション。
 ダリアとデンファレかな…」

「デンファレは濃ピンクじゃん。
 いいの?」

「基調は赤で…って指示だったから」

「ほんなら、グラマト入れるよ?」

「ベージュだから問題ないと思う」

べーさんと夏帆さんの会話を横耳に、
栞は道具の準備を急ぐ。

山本は……
どうやらトイレに籠ってる。 

「はぁ〜〜〜〜……あいつ」

バーーンッッッ!!

栞はトイレの扉を、思いっきり蹴った。
その瞬間、爪先に激痛が走る。

「…、ッッた」

「ばーか」

扉の向こうから、
山本の声が聞こえた。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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