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小児STが増えない本当の理由。「なりたい人」は、ちゃんといる。

「子どものSTが足りない」と言うだけでは、何も変わらない。だから私は養成校の中に“現場”をつくった。


子どもの言語聴覚士になりたいです

養成校の教員時代、何人もの学生から、この言葉を聞きました。

そのたびに、私はうれしかった。

でも同時に、苦しかった。

なぜなら、

「なりたい」と言っている学生はいるのに、「学べる場所」がほとんどなかったからです。

今、子どもを支援する言語聴覚士が足りないと言われています。

でも私は、この問題を「小児分野を希望するSTが少ない」という一言で片づけることには違和感があります。

本当に、なりたい人がいないのでしょうか。

私はそうは思いません。

少なくとも、私が養成校で出会った学生たちの中には、

「子どものSTになりたい」

という若者が、確かにいました。

問題はその先です。

その気持ちを、専門職として育てる仕組みが十分にあったのか。

私はそこに、ずっと疑問を持っていました。


私の原点は、一本の電話。

まだ私が病院で言語聴覚士として働いていた頃の話です。

私の個室の電話が鳴りました。

事務の方から、

「STの先生に相談したいことがあるらしく、対応してもらえませんか?」

と言われ、電話を取りました。

電話の向こうにいたのは、男の子を育てるお母さんでした。

市の乳幼児健診で、子どもさんのことばの遅れを指摘された。

心配になり、相談できる場所を探している。

そんな内容でした。

当時、私は成人を対象とする病院で働いていました。

そして、その頃、市内で子どもの言語聴覚療法を受けられる施設は、私が把握している限り2か所程度でした。

その2施設をお伝えしました。

すると、お母さんは言いました。

「どちらも、受診まで6か月くらい待つと言われました」

そして、電話の向こうで泣いていらっしゃいました。

子どもの発達が心配。

早く相談したい。

何かしてあげたい。

でも、相談できる専門職がいない。

半年待たなければならない。

私は言語聴覚士でした。
それなのに、何もできませんでした。

小児に対応する診療科がない病院でしたから、私がその子を支援することはできません。

結局、

「私がこの病院で支援することはできません。先ほどの施設に早めに相談して、受診日を待ってください。私からもその施設のSTにお話しをしておきます。」

そうお伝えするしかありませんでした。

電話を切ったあと、何とも言えない無力感が残りました。

目の前に困っている親子がいる。

私は、その専門職であるはずの言語聴覚士。


なのに、「待ってください」としか言えない。

この経験は、ずっと私の中に残りました。

「子どもを支援できるSTが、もっといれば」

おそらく、私がその後やってきたことの原点は、ここにあります。


そして私は、養成校の教員になりました

その後、私は鹿児島の言語聴覚士養成校に教員として勤務することになります。

入職と同時に、38名の学生の担任を任されました。

担当したのは、病院勤務時代に学んできた成人領域の科目(失語症学、高次脳機能障害学、摂食嚥下障害学、運動障害性構音障害学)です。

そこで、私は思いがけず多くの学生から、こんな話を聞くことになります。

「先生、子どもの施設で実習したいです」

「子どもの発達に関わりたいです」

「卒業したら、小児のSTになりたいです」

いたんです。
子どものSTになりたい若者は、ちゃんといた。

ところが、私はその学生たちに十分な教育機会を提供できませんでした。

理由は単純です。

小児の臨床を学べる場所が、圧倒的に少なかった。


「なりたい」のに、実習する場所がない

当時、言語聴覚士の国家試験受験資格を得るため、学生は学外で12週間の臨床実習を行っていました。

ところが、小児言語聴覚療法を学ぶことのできる実習施設は3施設ほど。

しかも、そのうち2施設は県外でした。

これは、かなり大きな問題でした。

県外実習となれば、交通費だけではありません。

宿泊費。

生活費。

場合によっては二重生活になります。

ただでさえ学費を払いながら生活している学生に、

「小児を学びたいなら、県外まで行ってください」

と簡単に言える話ではありません。

そして、そもそも実習枠が限られている。

希望者全員を行かせることなどできませんでした。

そのため、ほとんどの学生さんは成人領域で実習をすることになります。

実習を前にして、成人領域についての講義や演習に熱が入ってきます。

障害について教える。
評価法を教える。
訓練や支援について説明する。

このサイクルを回せば回すほど、
子どもSTへの入り口が狭まることになっていました。

入学時に、『子ども支援』を目指していた若者は、卒業時にはほとんど居なくなる。

こんな状態で、本当に「子どものST」を育てられるはずはないのです。


「小児STが少ない」の前に、考えるべきことがある

これは今でも、とても重要な問いだと思っています。

子どもを支援するSTが少ない。

小児領域を希望するSTが増えない。

人材が医療機関に偏っている。

いろいろな議論があります。

でも、その前に考えなければならないことがあります。

学生が、

「子どものSTになりたい」

と思ったとき、

私たちは、その「なりたい」を育てられる教育環境を用意しているでしょうか。

子どもに会ったことがない。

小児STの仕事を見たことがない。

家族支援を経験したことがない。

園や学校との連携を見たことがない。

小児領域の実習にも行けない。

その状態で卒業するとき、

「それでも小児STになってください」と言う。

これは、なかなか難しい。

人は、知らない仕事を職業として選びにくいものです。

まして、国家資格取得後の最初の就職です。

学生にとっては人生の大きな選択です。

だったら、学生時代に子どもの支援を経験できる場所をつくらなければならない。

私は、そう考えるようになりました。


「実習先がない」なら、自分たちでつくろう

教員を続ける中で、私は学科長を務めるようになりました。

立場が変われば、責任も変わります。

「実習先がありません」

と言って終わるのではなく、

「では、どうすればつくれるのか」

を考える側になりました。

そこで進めたのが、
学園の中に、実際に子どもと家族を支援する場をつくることでした。

「ことばの支援センター」です。

これは単なる学生用の実習室ではありません。

実際に地域の子どもと家族が相談できる。

言語聴覚士が評価する。

支援する。

家族と一緒に考える。

そして、その臨床の場が学生教育にもつながっていく。

私が目指したのは、そんな仕組みでした。

考えてみれば、とてもシンプルです。

地域には、

「子どものことばを相談できる場所がない」

と困っている家族がいる。

養成校には、

「子どものSTになりたいけれど、学ぶ場所がない」

と悩んでいる学生がいる。

社会には、

「子どもを支援できるSTが足りない」

という問題がある。

ならば、この3つをつなげればいい。

子どもと家族を支援することが、次のSTを育てることにもなる。


そんな循環を、養成校の中につくりたかったのです。


でも、子どもの支援は「訓練室」だけでは完結しない

取り組みを続けるうちに、もう一つ分かってきたことがあります。

子どもの発達支援は、STの訓練室の中だけでは完結しない。

子どもは、家庭で生活しています。

保育園やこども園で先生や友達と過ごしています。

学校で学びます。

その日常の中で、ことばやコミュニケーションを使っています。

ならば、STもそこへ出ていかなければならない。

そこで、保育園やこども園など、地域の子どもたちが実際に生活している場とSTをつなげる取り組みも進めていきました。

保育者と一緒に子どもを見る。

発達を考える。

支援方法を考える。

家族と考える。

そして、その姿を学生が学ぶ。

後には、保育園における発達支援事業所の運営と教育的な活用についてまとめたり、こども園における特別な支援を必要とする乳幼児の実態を調査し、STとの連携支援について検討したりもしました。

振り返れば、

「小児の授業を充実させる」ことだけを考えていたわけではありません。

私がつくりたかったのは、

子どもを支援するSTが育つ「生態系」そのものだったのだと思います。


教員が学生を育てるだけでは、専門職は増えていかない

もう一つ、大切にしていたことがあります。

「育てる人を育てる」ということです。

養成校では、学年を越えて学生同士が学び合う仕組みにも取り組みました。

上級生が下級生に教える。

下級生は先輩の姿を見ながら学ぶ。

教員から学生への一方向の教育だけにしない。

なぜなら、専門職の世界は、本来そうやって続いていくものだからです。

先輩STが若いSTを育てる。

そのSTが経験を積み、次のSTを育てる。

そうしなければ、人材は増えません。

これは今の小児STにも必要な視点だと思っています。

「小児STが少ない」と嘆いているだけでは、永遠に増えません。

今、小児領域にいる私たち自身が、

次の人を育てなければならない。


私は約20年、養成教育にいました

2005年から2024年まで、私は言語聴覚士養成教育に携わりました。

妻とともに関わってきた教え子は、約500名になります。

もちろん、全員が小児領域に進んだわけではありません。

成人領域。
急性期。
回復期。
生活期。
福祉。
教育。
養成校。

さまざまな場所で働いています。

それでいいと思っています。

ただ、一つだけ。

「子どものSTになりたい」と思った学生が、「学べる場所がないから」という理由で、その道を諦める。

また、成人領域で働くSTが「子どもの支援を学んだことがないので、相談されてもできません」

これを減らしたかった。

学生の「なりたい」という気持ちを、教育する側の都合で消してはいけない。
言語聴覚士の職務を全うできる言語聴覚士を育て続けないといけない。

そう思っていました。


そして私は、養成校を辞めた

2024年3月。

約20年従事してきた言語聴覚士養成を離れました。

現在は、自分たちで児童発達支援、放課後等デイサービス、保育所等訪問支援の事業所を運営しています。

乳幼児健診や発達相談にも関わっています。

園や学校にも出向きます。

そして現在、私たちの会社には21名の言語聴覚士が集まり、子どもたちの支援に携わっています。

不思議なものです。

養成校時代、

「小児の実習先がない」と悩んでいた私が、

今度は、
「子どもを支援するSTが育つ現場」を自分たちでつくる側になりました。

でも、自分の中では、仕事が大きく変わった感覚はありません。

やっていることの根っこは、ずっと同じだからです。



あの電話に、今なら違う答えを返せる

今でも時々、病院勤務時代に電話をくださった、あのお母さんを思い出します。

名前は覚えていません。

子どもさんがその後どうなったのかも知りません。

でも、

電話の向こうで泣いていた声は覚えています。

そして、

「半年待ってください」

としか言えなかった自分も覚えています。

もし、あの日の電話が今かかってきたら。

私は、違う答えを返せます。

でも、それだけでは足りません。

私のところに電話をした人だけが支援につながる社会では意味がない。

鹿児島でも。

福岡でも。

東京でも。

離島でも。

地方の小さな町でも。

子どものことばやコミュニケーション、食べること、発達について心配になったとき、

「近くに相談できるSTがいますよ」と言える社会にしたい。

そのためには、もっと子どもを支援するSTが必要です。


小児STを増やしたいなら、「なりたい」を本気で育てよう

私は今でも、

「小児STが少ない」という言葉を聞くたびに思います。

では、
子どものSTになりたい学生を、私たちはどれだけ大切にしてきただろう。

実習できる場所を用意しただろうか。

子どもと出会う機会をつくっただろうか。

家族と向き合う経験を提供しただろうか。

園や学校でSTが働く姿を見せただろうか。

そして、

「小児STって、こんなに面白い仕事なんだ」と思える先輩の背中を見せてきただろうか。

人材不足は、採用の問題だけではありません。

育成の問題です。

それは養成教育だけの問題でもありません。

私たち現役のST自身の問題でもあります。

子どもを支援するSTを増やしたいなら、

「誰かが育ててくれる」のを待っていてはいけない。

今、子どもの臨床にいる私たちが、

次の世代に場所を開く。

見せる。

教える。

任せる。

育てる。

そして、その人がまた次の人を育てる。

その循環をつくらなければならないと思っています。


あの日、電話の向こうで泣いていたお母さんに、

私は「待ってください」としか言えませんでした。

だからこそ、私は今もこの問題にこだわっています。

子どものSTが足りないなら、増える仕組みをつくればいい。

簡単ではありません。

私一人でできることでもありません。

それでも、

「子どものSTになりたい」

と言ってくれた若者の声を、私はたくさん聞いてきました。

だから、可能性はあると思っています。

必要なのは、その思いを受け止める側の覚悟です。

「なりたい人がいない」のではない。

「なりたい人を、どれだけ本気で育ててきたのか」。

私は、そこから問い直したい。

そしていつか、日本のどこに住んでいても、

子どもの発達を心配する家族に、

当たり前のように言える社会にしたいと思っています。

「もう、半年も待たなくていいですよ。あなたの街にも、子どもを支える言語聴覚士がいますから」

そんな未来を、本気でつくりたいと思っています。

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