意識的に自分の殻を壊す 私の習慣 その4.32 人生の方向付けを決めた瞬間 当たり前過ぎて意識しなくなっていること
生まれてからずっと夢見ていた知的パラダイスたる大学。学生運動の名残が少し残っていて、立て看板も絶滅危惧種ながら若干残っていました。
そこで意識的に自分の殻を壊し、親の説得も振り切って学生なりの手段で実社会に足を踏み出した話の続編。
人生の方向付けが…決まった重大イベントの瞬間の話です。
経緯
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ベビーブーム末期で受験戦争と言われた時代。意識的に自分の殻を壊し、バランスの取れた高校生活を選ばず、醜いまでに受験対策するということに。そのソリューションとして選んた駿台予備校が良かった…
駿台での授業内容は大学での学究生活に向けての準備というスタンスでした。入試なんてその通過点で軽くこなせば良いだけという余裕。感動的ですら有りました。
その辺りまではこちらをお楽しみ下さい。
しかし小学生時代、スタートが2年遅れた分を取り戻せず、その2年遅れを最後まで背負って希望の大学に入学しました。そして、弱冠20歳にて4度目の
意識的に自分の殻を壊す
です。
入試という他人の決めた知の体系から解き放って自分の知的欲求を基にした学究生活を取り戻す。それを真剣に追求しました。
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生まれて初めての職業体験。しかも私塾。その過程で“公”ではなく“私”の世界への理解が深まり、人生の方向づけに大いに参考になりました。
勤労の義務を礎に、人生をお金に変換し、自分の時間の結晶たるお金が持つ価値を実感として理解することができました。そこからの敷衍(ふえん)してお金のやり取りは命のやり取りと心から理解するに至りました。
その辺りはこちらもお楽しみ下さい。
この実感に加えて、法学部の塾長から民主主義の法の建付けをも深く理解する機会も得ました。政党の標榜する方針を提示し、理解を求めその民意を1票という形でプロフェッショナルとして集約し、執行するという世界の。
小学生から何となくぼんやりと政治の世界に興味がありました。しかし上述の経緯で、パラメータとしての1円で1票も動かせると考えるようになっていました。それは後の人生で
材料工学基礎、電子デバイス、半導体、ソフトウェア、ICカード、企画、ITサービス、セキュリティ、事業開発、経営
別の切り口では
技術系、事務系、経営系
へという流れになりました。
その辺りはこちらをお楽しみ下さい。
言い換えれば、この時から素材から地歩を固め、切り上がって
セキュリティを担保した知的サービスで人々の民度向上に貢献する
ということに人生を賭すことに収斂していくのでした。
つづく
蛇足
本件は、私にとっての1大イベントでしたので単独1編にさせて下さい。
