反撃せよ、のび太くん!
「しずかちゃんは、どうしてのび太を選んだんだろうねぇ...」
中濃ソースを渡すくらいの気軽さで、雑談のトスを夫になげた。6年前、私たち夫婦は金曜ロードショーで「のび太の結婚前夜」を見ていた。
大人になった出来杉くんは、相変わらず優秀そうだし、ジャイアン・スネ夫・のび太と気兼ねなく絡む、すげーいいヤツに見えた。
手は洗濯物を畳みながら、目はテレビから離さず。
夫はきっぱり、はっきり、さらっと、こう言った。
「ぼくがまいちゃんを選んだ理由とおんなじじゃない?」
中濃ソースをコロッケにかけるような、「さも当然」の表情。もちろんロマンスの風味はない。
生まれたばかりの次女を抱っこでゆらゆら寝かしつけながら、2~3秒かかって、ようやく彼の意図に気づく。
「え?わたし、のび太ってこと?」
ー
優等生、成績良し。高校が合わなくて不登校になったけど、一念発起してカナダへ留学。偏差値の高い大学に入った。私はしずかちゃんのつもりで生きていた。
大学で出会った夫のことは、最初から出来杉くんだと思っていた。帰国子女で、顔も爽やかだし、多趣味で優しい。
夫の唯一の可愛げは、レストランで注文するのが下手なことだった。声をかけるタイミングがつかめず、何回もお店の人に通り過ぎられる。意を決した「すみません」は、厨房に届かず床に落ちる。いざ店員さんに注文するときも、「もちも、ち、明太、クリーム...あの、これで」と途中ではにかんで指差してしまう。
私の「すみませーん!」は一発で届くし、私は「もちもち明太クリームパスタ、ネギ海苔たっぷり添えで」とお店の人より堂々と言う。
それでも彼は、おつりが来るくらい優しい人だった。
付き合い始めた頃、私は一方的に「付き合って◯か月記念のケーキ」を大事にしていた。初彼氏に浮かれる気持ちと、ケーキを食べたい気持ちがwin-winのイベントだったけれど、今考えると月命日みたいだ。
月命日ケーキを重ねるうちに、夫は毎回、「まいちゃんは何食べたい?」と聞いてくるようになった。私は私の食べたいケーキ、夫も私の食べたいケーキを注文する。そして進んで半分献上してくれる。頼んでもないのに悪いわねぇと、私は夫のケーキにフォークを刺す。
あの日も、目の前のモンブランをキープしつつ、彼のレモンタルトの半分にフォークを入れた。そして迷うことなく、タルトの背中側をとった。私はタルトのクッキー生地が大好きなのだ。すると珍しいことが起きた。
「ねぇ、なんでそっちとるの?」と、半笑いな夫。
「え、ダメだった?クッキーのほうが欲しいなら、そう言えばよかったじゃん」と私。
「取る前に聞けばいいじゃん」と珍しくイラつく夫。
「半分くれるって言ったじゃん。自分の欲しいものくらい、自分から言いなよ」と私。
今も昔も、彼に「私のどこが好き?」と聞くと、100%「素直なところ」と答える。「え、それだけ?」と私が声を低くすると「あと料理がおいしいところ」と付け足される。
ほとんど子どもと言っていい時期に出会い、助け合ったりケンカし合ったりしながら、手を繋いで大人になったつもりだった。
ほんとのところは、私は3歩に1回、彼の足を踏みながら歩いていたんだろう。踏んでることに、悪びれもしないで。
テレビ局や出版社などのクリエイティブな仕事を目指していたが、全敗。結局、希望とは無関係の大手企業に営業として入った。新社会人。やってみないとわからない。私には学歴とTOEICがある。きっと大丈夫。
入社式の日の朝。しずかちゃんとして眠ったはずだったのに、起きて時計を見たら電車に乗るべき時間だった。前日飲み会もしていなければ、夫と会っていたわけでもない。顔も洗わずリクルートスーツを着て、開始1分前にホールに滑り込んだ。ドキドキする心臓が周りに聞こえないように、大きなホールに小さくなって座る。どうした?私...。自分で自分のことが信じられなかった。
新緑の季節、先輩と一緒に遠方の営業に行くことになった。「先輩とレストラン入るの気まずいなぁ」と思った私は、のん気に手作り弁当を持参した。お昼時、当然のようにお店に入ろうとする先輩に、「...あの、私お弁当持ってきてて」と言うと、先輩は「は?」という顔をした。お弁当は味がしなかった。
スーツのシャツが半袖になる頃、小さな案件を任された。失敗が怖く、はったりをかませない私は、いちいち上司に確認しないと返事ができない。「確認します」「折り返します」と繰り返すうちに、お客さんに「あんたの話わかりにくいんだよ!」と怒鳴られた。「すみません」「申し訳ありません」と言うことしかできない。血液がドライアイスになって全身で暴れていた。泣いている私の受話器を、先輩が取った。
幹事をした飲み会に、発熱して欠席した。
にんにく臭さをお局に注意された。
住所の入力を間違えて、10件以上の書類を送り直した。
そして何より、営業という仕事が1mmも好きになれなかった。
澄んだ空に、ポップコーンみたいな木蓮の花が弾ける2月。会社近くのコンビニのイートインコーナーで、退職届を書いた。仕事はできないくせに字は綺麗なんだと思った。「小学校の先生になります」という言葉は半分本気で、半分は「こう言ったら怒られないだろう」と思ったからだ。
さっさと追い出されたかったのに、最後の地獄とばかりに送別会が開かれた。上司に「お前はこれから優秀になる人だったんだな」と言われ、嫌味かよって思った。私と一緒によく怒られていたおじさんが「がんばって」と私の手を握り、切なくて気持ち悪かった。この人はこの後どうなるんだろうなと思った。
餞別としてミッフィーのお弁当箱をもらった。なんの呪いだ。
新宿駅から中央線に乗り込む。お酒にもスーツにも慣れないまま、しずかちゃんとしての私は死んだ。無能で、惨めで、マヌケなのび太となって、電車は中央線を下る。ヒールを履いた脚だけが、中央線が下るのを喜んでいた。
終電間際の中央線下り電車は、最寄りの武蔵境駅まで辿り着かなかった。一駅手前の三鷹駅のホームに降り立つと、マスクをつけた夫が立っていた。
タクシーの行列が長すぎて、私たちは三鷹駅から武蔵境方面へ、手を繋いで歩いた。
「ちゃんとやろうとしたのに」
「一生懸命やったのに」
「がんばったのに」
1年間飲み込み続けた塊を、嘔吐するように吐き出した。涙がどぼどぼと流れた。近所のはずなのにいつまでたっても覚えられない道。夫に手を引かれないと、私は完全に迷子だった。ヒールの中の小指と踵がジリジリ痛んだ。
私の手を引いて歩きながら、「がんばったよ」「知ってるよ」「はいはい」と聞いてくれてた夫が、ジョナサンだかシズラーだったか、ファミレスの横を通ったあたりでこう言った。
「しかたないよ、まいちゃんは社会不適合者だから」
体がふわっと宙に浮いた。全身の皮膚がふくらんだ。
世界でいちばん、優しくて柔らかい声だった。
ずっとあだ名で呼ばれてたのに、忘れていた本名で呼んでもらったような気がした。
そう、そうなの。
必死に気づかないふりをしていただけ。
かっこいい学歴も、ペラペラの英語も、お利口なしずかちゃんの仮面も、私を守ってくれなかった。
もう我慢ができなかった。私はいよいよ声を出して泣いた。夜空を仰ぎ、うわーん!と。まっすぐと続く幹線道路に、私の声は吸いこまれた。繋いだ手が汗で湿ってた。土と芽吹きの香りがした。
夫に手を引かれ、呪いの弁当箱ごと、私のアパートまで送ってもらった。
弁当箱は紙箱に入れたまま、キッチンのあまり使わない収納に仕舞い込んだ。たまに引き出しを開け、グレー地の紙箱の白いミッフィーと目が合うと、口の中が苦くなった。
結局一度も箱から出せないまま、次の引っ越しのときにゴミ袋に入れた。
5年後、木蓮の花びらが落ちる頃。
大きなお腹、晴れ晴れした気持ちで、私は子どもたちの前に立ち、別れの挨拶をした。
子どもたちと同じルールを守り、子どもたちと同じ正解を目指す。教員生活は、学生の価値観の延長線にあった。しずかちゃんの仮面をもう一度貼り付けた私は、教師として致命的に場違いではなかった。
「子育てに専念」とは聞こえがいいが、「もういいかな」が正直なところだった。3年の教員経験という免罪符も、手に入れられた気がしていた。
出産・育児を通して、私と夫の関係も、次の季節に変わっていった。
「もう無理!しんどい!」とLINEすれば、夫はほぼ必ず定時、可能なときには早退までして帰ってきてくれた。夫は娘をおんぶしながら、洗濯物の山とシンクのお皿を瞬く間に片付けた。
「まいちゃんが大変なのもわかるけど...」の次の言葉は、いつも言われなかった。24時間365日赤ちゃんに振り回されることのダメージを、彼は誠実に理解してくれていた。
ありがたい一方で、夫の献身ぶりは後ろめたかった。 私もしんどかったが、夫は2倍しんどかったはずだ。
夫の懐で、ぬくぬくと子育てに専念する数年間。
家族でふらふらお台場を散歩しているうちに、思い入れのあるカップルに出会った。
のび太としずかちゃんだ。
「ぼくがまいちゃんを選んだ理由とおんなじじゃない?」
あのとき赤ちゃんだった次女は4歳に、長女は7歳になっていた。
反射的に、「夫とここで写真を撮りたい!」と思った。ほら、君が昔こんなこと言ってたじゃん!と興奮しながら話しても、彼はピンときていない...っていうか、絶対に忘れている顔をしていたけど。
そんなパパとママの様子を見て、長女が「じゃあ、わたしが写真をとってあげるよ!」と目を輝かせる。パパとママの間に写り込もうとする妹の腕を引っ張りつつ、仲人おばさん並のスピード感と強引さで、長女は私のスマホをひったくって、カメラアプリを起動した。
「パパとママこっち見て!はい、チーズ!」

左端に長女の指が入ってるこの写真を見た途端、胸がしめつけられ、目が熱くなった。
出会うべき人に出会ったんだなぁ、私。
でも、彼はどうだろう?
わたしは彼を、幸せにできているだろうか?
子どもを産んでからずっと、私が夫のためにできることはただ一つ。「足を引っ張らないこと」だった。
体調をキープする。
家をキープする。
子どもたちの生活をキープする。
必死でやっても、私はしょっちゅう風邪をひき、人間関係に悩み、家事育児がままならなくなった。尻拭いするのはいつも夫だった。
2年前、次女が幼稚園に入園し、まとまった一人時間をとれるようになった。
夫は「まいちゃんの好きなことやりな」と、「コンビニでバイトしたら?」を平気で同時に言う。
幼稚園の送りから迎えまで、まるで夏休みのような数時間。しずかちゃんだったら、教員に戻ったり、パートをしたりするんだろう。
私は書くことにのめり込んだ。
書くことの前で、私は自由だった。優等生として背伸びする必要がない。のび太だからこそ、書けるものがある。
書き始めてから、毎日モップがけしてサラサラだったフローリングは、所々に黒いシミが見えるようになった。スマホの使用時間は1日平均9時間に。毎晩夢の中でも文章が踊った。
夕飯を作れず、夫と娘たちの3人でラーメンに行ってもらい、私は納豆ご飯を食べながら書く、そんな日々。
そのうち夫は、漫画「宇宙兄弟」を引用してこんなことを言うようになった。
「まいちゃんは飛ぶ人、僕は飛ばす人」
眩しそうに言うときもあれば、曇った顔で言うときもある。
申し訳なさと同時に、私の心はざわつく。
飛ぶ人なのは正直嬉しい。だって私は飛びたいから。
でも、やっぱり…なんで私だけ?って。
夫は、高校生の時からなりたかった数学の先生になった。それでも娘たちが生まれてから、やりたい部活の顧問をしていない。
「昔のサッカー部の生徒の成人式に呼ばれたけど、やっぱ部活っていいなーって思ったよ。」
目尻を優しく下げている夫の前で、私は精一杯の普通の顔をして、「また部活してみたら?」と言ってみる。夫は穏やかな顔のまま「今は子育て優先だし、まいちゃんが大変になっちゃうでしょ?」と返す。私はもう何も言えず、皿洗い中のスポンジに目を落とす。
ケーキも。部活も。飛ぶ人も。
もうずっと前から気づいていた。
もしかすると夫こそが、のび太かもしれない。優しくて、弱気で、自分の欲を諦めている。
そして、もしかしたら…怯えている?
ジャイアンである私に。
夫と娘たちをラーメン屋さんに送り出す玄関で、「ごめんね、ありがとう」なんて言いながら、私の脳内では次に推敲したい文章が踊っている。
許されることを信じきっている。
あの三鷹の夜から、ずーっと。
夫を幸せにしたいのに、もうずっと、どうすればいいのかわからないのだ。
彼がケーキを差し出せば、今でも私は喜んでフォークを刺してしまうだろう。
だからますます、私は書く。
私にしか書けないエッセイリサイタルを、夢に見るくらい本気で。
「コンテンツは強いからね、バズるのを期待してるよ」なんて笑う夫に、「どうかなぁ」なんて弱気なふりをしながら、私の心は燃えている。今に見てろ。いつかきっと。
もし私が書くことで100円でも稼げたら、夫にコロッケを買ってあげたい。「おい、のび太、食え」なんて言っちゃって、ソースもべちゃべちゃにかけてやる。
付き合い始めて18年目のケーキは、私が2個、君も2個買えばいいじゃない。全部半分こにして、一緒にケーキバイキングをしよう。
書きながら私は待っている。
のび太くんが、自分のために立ち上がる日を。
「やっぱり、もう一度部活やりたいんだけど」って、いつか夫の口から聞きたい。
そしてその時には、笑顔で「やってみようよ!」と答えられる自分でいたい。
大昔、タルトのクッキー生地でケンカしたときみたいにさ。
あのときの私たち、ただの「あなたと私」だったよね。
だから今こそ。
反撃せよ!のび太くん!
※本文中に登場する「のび太」「しずかちゃん」「ジャイアン」等のキャラクターは、藤子・F・不二雄氏作『ドラえもん』の登場人物であり、著者の夫婦関係を表現するための比喩として言及・引用させていただいております。
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書くを仕事に。一歩踏み出したばかりです。
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