戦没者追悼式辞の31年を計測する
このコラムは、News Picksに向けて公開した同名コラムを転載したものです。
式辞という実験室
全国戦没者追悼式の式辞は、政治の言葉の中でも特異な文書である。第一に、場が固定されている。毎年同じ8月15日、同じ日本武道館、同じ式次第。第二に、型が固定されている。戦没者への追悼、遺族への言葉、平和への誓い。構成要素はほぼ決まっていて、分量はおおむね500〜900字、読み上げて2分あまり。第三に、毎年必ず一本ある。つまり、話題も場面もばらばらな普通の政治発言と違い、変えたところだけが、選択として浮かび上がる。定点観測のために設計されたような言説ジャンルである。
このコラムでは、ウェブで全文が確認できる1996年から2026年まで、31年分の式辞を対象にする(さらに、天皇の「おことば」も比較に用いる)。報道では基本的に、毎年毎年の動向が注目されがちだが、このコラムは31年間の原稿全てを計量的に分析する(と言っても、31年分のデータしかないので、たいしたことはできないことをあらかじめ断っておく)。
解剖1 加害主体は「戦争」から「我が国」、そして・・・
報道は毎年、「アジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」という、いわゆる加害文の有無について注目してきた。安倍首相が2013年の式辞でこれを落とし、以後復活していない、というのがよく知られている。それは以下の図1でも確認できる。

図1は、31年分の追悼式辞における加害文を3つの観点で切り分けたものである。まず、加害行為の表明があるかという点。つまり、「与えた」文があるか。1996年から2012年までは確認できるが、2013年に落ちて、それ以降、誰の式辞にも見当たらない。これが、マスコミが繰り返し指摘してきたことである。
次に、加害者は誰か、という点。これは図からもわかるように色々と変遷しており、言語学的に4つの期間に分けられる。
第1期:戦争が主語(1996–2000、橋本・小渕・森)「あの戦いは、我が国のみならず……アジアの近隣諸国に対しても多くの苦しみと悲しみを与えました」。
与えた主語は戦争そのもので、日本は「我が国のみならず」と、アジア諸国と同じ被害者の列に並ぶ。
第2期:我が国が主語(2001–2009、小泉・安倍・福田・麻生)「先の大戦において、我が国は……多大の損害と苦痛を与えました」。
主語が戦争から我が国へ交代する。国家を動作主に立てる、このジャンル31年でもっとも強い帰責の文法である。
第3期:ゼロ主語(2010–2012、菅・野田)「先の大戦では……与えました」。他動詞は残るが、主語らしきものが落ちる。
そして、
第4期:文ごと消える(2013–2026、安倍・菅・岸田・石破・高市)
加害文に関する3つの観点の第3は、加害に対する「反省」という振り返りの言葉を使っているか。図から分かるように、2012年まで一貫して「反省」が使われていたが、2013年で消えた。2025年、石破首相は「反省」の語を13年ぶりに戻したが、その形は「あの戦争の反省と教訓を、今改めて深く胸に刻まねばなりません」となっている。つまり、加害行為と加害者を述べないまま、反省だけが戻った形である。そして、今日(コラム執筆時点)、高市首相はこの「反省」をまた、消した。
ところで、加害主体をどう述べるかに関する第一期、つまり1996年から2000年では、行為者が「戦争」という、珍しいパターンの他動詞文、いわゆる無生物他動詞文になっている。「鍵がドアを開けた」とか「雷が子供を怯えさせた」のような、生き物ではない主語を持つ他動詞文をそう呼ぶ。
無生物主語他動詞文は、日本語ではとにかく忌避される。日本語では、他動詞文をつくるとき、その主語が人や組織という「意図を持つ主体」に限られる強い制約があり、無生物主語他動詞文は普通ではない、何か文学的な響きを帯びるようになる(逆に言えば、文学ではその普通ではない効果を狙って、この構文が多用されうる)。
ところが、この日本語の通常の使い方にこだわると、「我が国が/軍部が/かつての日本人が多くの苦しみを与えた」ということになってしまう。そこで、日本語としてやや不自然な「戦争が多くの苦しみを与えた」を用いたと思われる。これはある意味で、「〜を与えた」という加害行為の他動詞文を使いつつも、その行為者を「政府」や「日本人」にしたくなかった工夫が見て取れる。
解剖2 2013年という分水嶺:ひそかな全面書き換え
式辞は毎年、前の年の式辞をどれだけ繰り返しているのか。これを測るため、語句の再利用率を計算してみた。仕組みは単純で、図2のとおり、文章の上に「8文字の窓」を置き、1文字ずつずらしながら断片(8-gram)を切り出して、その断片の集合を作る。そうやって集めたある年の式辞の断片のうち、前年の式辞の集合にもあった断片の割合を出す。これだけである(他にもスマートなやり方があるが、手っ取り早いこれにした)。

大事なのは、この物差しが意味ではなく文字列そのものを見ていることだ。一字でもずれた断片は「別物」と数える。たとえば高市式辞の誓いの文「戦争の惨禍を、二度と繰り返させない」は、前年の「戦争の惨禍を決して繰り返さない」と内容がほぼ同じに見えるが、読点と「二度と」と「せ」のせいで、8文字の断片はただの一つも一致しない。つまりこの数字は「どれだけ考えを変えたか」ではなく、「どれだけ文言をそのまま使い回したか」の物差しである。互いに似た定型文を毎年使い回してはじめて高い数字が出る。だから、定型の「凍り方」の検出器になる。

図3は、主に3つの時期に分けられる。まず、1990年代後半から2012年まで、再利用率は18%から82%まで大きく揺れる。このジャンルはもともと、毎年それなりに書き直されるものだったということだ。次の時期は2013年。安倍式辞の前年共有率は5.7%で、31年間の歴代最小、次に低い年(16%前後)のなんと3分の1である。マスコミで話題になる加害文の削除は、一文の削除ではなく、式辞というテキストの全面書き換えの一部だったのだ。
しかも、この書き換えはある意味で、引き返しの効かない転換点であった。2014年以降のどの式辞も、旧型(2012年版)と共有するのは1割に満たない(実測4.8〜9.2%)。解剖1で見た加害文の系譜には、誰も戻っていないということである。
そして第3の時期が、今に至る時期だ。書き換えられた2013年型の上に、こんどは前年コピーが堆積していく。岸田期の2022〜24年は71〜79%と、31年間でも最も踏襲度の高い時期の1つになった。石破(59%)と高市(45%)は部分的にこの踏襲から脱したが、加害文なし・行為者なしという骨格(解剖1を参照)は、そのまま継承した。
ところで、図3からは意外なことも分かる。首相交代は、書き換えの理由になっていないということである。交代の年の平均再利用率(44%)は続投の年(46%)とほとんど変わらず、岸田首相は就任最初の年に前任の式辞の78.6%を繰り返した。31年間で式辞を本気で書き換えた首相は、2013年の安倍晋三ただ一人である。
解剖3 2013年の書き換えが、式辞の性質を全て変えた
ここで分析していく内容に入る前に、用いる言語学的道具の紹介から始めよう。
式辞同士を比べながら、どんなタイプの語彙(例えば責任追及の「帰責」語彙や、災難に見舞われたことを伝える「災禍」語彙)がどれだけ使われたか、を集計して比べるのが、ここでの主眼である。
この時、ある特定の一語だけを数えるのは危うい。帰責語彙として「侵略」を選んで、歴代首相の式辞におけるその語彙の集計をしたとする。そして、例えば右翼的な首相の方が穏健な首相より侵略という語を使っていた、というふうに、自分の思い通りの結果にならなかったとしよう。そこで「謝罪」に変えて再度集計して、、、とやってしまったら、結論ありきの議論になってしまう。(冗談と思うかもしれないが、そういう奴はいる)
集計対象語彙を決めるまで
ここでは、「災禍」系の集計対象語彙を決める手順を説明する。この手順は、後で比べる帰責系など他のタイプの語彙場にも、ほぼ同様に当てはまる。全体の流れは図4のとおり、二段構えである。まず、国会会議録の戦争関連文(例えば「総理はアジアへの侵略行為をどう思われますか?」など)を機械判別で集計し、そこから頻出語1,172個の母集団を作る。「侵略」も「経済」も「答弁」も入った、災禍にも帰責にもまだ色のついていないただのリストだ。
次に、そこから「災い」の意味に近い語だけを吸い上げる。辞書を測る対象(式辞)ではなく国会のコーパスから作るのは、語の選択が測りたい結論に引きずられないようにするためである。

1172語の中で、「災い」系の単語の意味に「近い」というのをどうやって測るか。それが「テクスト埋め込み」という技法である(前のコラム「政治家の「答弁拒否」の言語学」でも解説した)。
機械学習で訓練された言語モデルで、1,172語の1つ1つを384個の数値の組(ベクトル)に写す。意味が近い語ほど、数値の組も近くなる。使うのは出自の違う2つ、マイクロソフトの研究チームが開発した multilingual-e5-small と名古屋大学の研究チームが開発した Ruri(どちらも無償公開。ChatGPTのような生成AIではなく、同じ語を入れれば必ず同じ数値が返る、目盛りの固定された測定器である)。
「災い」系の単語の基準として、シード8語(惨禍・戦禍・犠牲…)のベクトルの平均=重心を取り、今やベクトルに変換された1,172語をそれぞれ重心との近さ(コサイン類似度)で順位づけする。図5がその結果。意味地図の上では、重心に近い語から順に、ひとつのグループ(場)にまとまっていく。遠くにいる「経済」や「答弁」は、場の外に取り残される。

選別の全体は図6のとおりである。ベクトル変換する機械学習モデルは2つあると言ったが、これらは種も候補もそれぞれ自分のベクトルに変換し、順位表を独立に作る。だからそれぞれのベクトル変換を通して得られた表は微妙に食い違う。たとえば「原因」という単語はモデル①が「災い」系として22位に推すが、モデル②では183位。

このコラムでは、両方の上位80位に入った語だけを「合格」とし、1172語の中で48語が「災い」系の語彙として間違いなく見做せるもの、として残った。
このように、私が選ぶのはシードの8語だけで、それより先に好みの入る場所はない。なお、帰責の場を同じ自動方式で作ろうとすると「提出」「規定」など議会特有の手続き語が紛れ込むため、帰責場だけは意味基準の手作業11語とし、どの1語を抜いても結果が変わらないことを確認してある。
こうやって得られた「災い系」の集計対象語彙48個たち、これを「災禍」系語彙と呼ぶことにする。それを、歴代首相たちの式辞に照らして集計していく。数え方は図7のとおり。出現回数を数えて、1000字あたりの密度にする。式辞は年により500〜900字と長さが違うから、回数そのままでは比べられない。密度にすれば、どの年とも、そして国会のどの文集合とも、同じ物差しで比べられる。文の切り方にも依存しない、いちばん頑丈な数え方である。

ふたたび解剖3 2013年の書き換えが、式辞の性質を全て変えた
さて、やっと本題である。ここまでついてきてくれてありがとうございます。
上で見てきたやり方で定義した「帰責(責任追及関連語彙)」「災禍」「未来」の3タイプの語彙をひとまず使って、2013年の書き換えの前後に何が変わったのかを観測点ごとに輪切りにしたのが図8である。上から順に見ていく。

帰責の語彙(責任・侵略・反省・謝罪など11語)は、1990年代後半の1000字あたり3.4〜4.5から、2013年を境に7年間、完全にゼロになる。2020年以降はわずかに戻るが、その中身は、遺骨帰還を「国の責務」と呼ぶ用法が6年、そして石破の「反省」が1年(2025年)、高市2026年で、再び「責務」だけに戻った。
災禍の語彙(惨禍・犠牲・苦難など48語)は平均21から12へ、2013年に半減して、以後固定される。加害文だけでなく、苦難を語る言葉そのものが薄められたのである。
では何が増えたのか。
未来の語彙(未来・希望・繁栄・貢献)である。1990年代後半にはほぼゼロだったものが、2013年以降は「高原」状態になり、2026年の高市式辞は「インド太平洋の輝く灯台」「希望を持てる日本」で31年間でも最高水準の一角に到達する。
こうしてみると、式辞は2013年を軸に、過去への眼差しから未来への眼差しにシフトした、と総括できる。
そして、このことは、他の文言選択にも波及する。アジアへの言及(アジア・諸国民・近隣諸国)は毎年1〜2回あったものが、2013年からの14年間、一度もない。加害文の削除とは、加害の宛先の削除でもあった。
そして聖化の語彙(散華・尊い犠牲・礎)、つまり死を捧げ物として意味づける、追悼のもっとも古典的な語法さえ、2021年以降は6年連続ゼロである。近年の式辞の死者は、聖化すらされない。「命が失われました」と、静かに数えられるだけである。式辞31年分の死の述語はのべ94件。その内訳は「亡くなられた」(自動詞)、「犠牲となられた」(受難)、「命が失われました」(喪失)、「尊い犠牲」「戦陣に散った」(聖化)。一方で、「死なせた」(使役)と「殺された」(受動)、すなわち殺した者を含意する形は、31年間で0件である。戦争は死そのものであるが、31年×2分間の追悼のなかで、一度も誰かの行為の結果として語られていない。誰も死なせず、誰にも殺されず、死者はかつては「散り」、いまは聖化すらされず、ただ「亡くなる」。
もっとも、上で述べた最後の2つは年に0〜2回しか現れない語なので、密度の増減ではなく「ある年・ない年」の並びだけを見ている。並び自体の偏りは偶然では説明しにくい(有無のFisher検定でアジア言及は10⁻⁹、聖化は10⁻⁴)。
ただし本コラムのどの検定にも共通する留保として、式辞は前年を大きく引き写して作られるため、31年分は独立な31回の判断ではない(統計における独立性の問題)。p値は「偶然でないことの証明」ではなく、「一度の書き換えがそれだけ大きな断層を残した」ことの記述として読んでほしい。
解剖4 非当事者化の決意:「繰り返さない」から「繰り返させない」へ
図9に示すように、「誓い」の文言は31年間、繰り返し使われてきたが、それは「繰り返さない」で、その主語はもちろんそれを読む首相と、それを聞く日本国民である。それ以外に、「不戦の誓い」という名詞的な表現に折りたたむ首相もいたが、それは2000年代の10年ほどのトレンドだったようだ。さらに、誓いの文が存在しない例もあるが、それは3つで極めて珍しい(その中の2つが安倍首相の式辞だった)。

さて、2026年の高市氏の式辞で一際注目を集めているのが、「戦争の惨禍を、二度と繰り返させない。」という表現で、これは歴代首相の式辞で全く見られなかったものである。これは言語学で使役表現という。
日本語の動詞は、接辞ひとつで「出来事の描き方」を切り替えられる。受動の「れる」は行為の受け手を主語に立てる(「殺す」→「殺される」)。そして使役の「せる・させる」は、文の中に「させる者」と「する者」の二層を作る。「歩かせる」と言えば、歩くのは別人で、話し手は歩かせる側にいる。使役文では、行為の主体と、それを制御する主体が、文法的に別人になる。
卑近な例で、この「させ」の効き目を確かめてみよう。庭でバーベキューをしていて、隣家から騒音の苦情が来たとする。応対に出た参加者の一人が「すみません、もうしませんので」と言えば、この人は騒いだ当事者の一人として批判を受け入れている。
ところが、同じ人が「すみません、もうさせませんので」と言ったらどうか。詫びてはいる。約束もしている。だがこの一言は、「騒いだのは自分ではないです」と、お隣に暗に伝えてしまう。下手をすれば「いや、あなたも騒いでいたでしょう」と返されかねない。使役は非当事者化、と言えるのである。この「させ」の効果を念頭に置いて、もう一度、高市氏のフレーズを読んでみよう。
戦争の惨禍を、二度と繰り返させない。
「繰り返さない」の主体は我々(読む首相と聞く日本国民)であるとすでに述べた。我々が、二度とそれをしない。この形は、自分たちを「繰り返しうる者」の席に置いたまま、自制を誓う。2015-2025年の式辞ではこれが使われていた(図10の左端)。

ところが「繰り返させない」では、文の設計図が組み替わる(図10真ん中)。繰り返しうる主体は他者となり、我々はそれを外側から制御する側に回る。使役化は、繰り返す主体から離れ、非当事者化を言語化する。前年の石破式辞の「進む道を二度と間違えない」(間違えうるのは自分)と並べると、対照はいっそう鮮明である。
この「させ」は、当日から報道でかなり注目されている(これを書いている今も、情報が飛び交う)。毎日新聞の解説「戦禍『繰り返さ“せ”ない』高市氏なぜ式辞変更?」(2026年8月15日)で、日本近現代史の山田朗氏(明治大教授)は「『繰り返させない』という使役の表現には、日本が過去の戦争を主体的に行ったのではなく、巻き込まれた被害者なのだという歴史認識が表れている」と批判している。
私は言語学者なので、山田氏の見方と違った説明をする。先のバーベキューの例を思い出してほしい。「もうさせませんので」が伝えるのは、「騒いだのは自分ではない」という意味だった。これを非当事者化だと、私は言った。「被害者」という読みが適当なのは、使役の「させ」ではなく、受け身の「られ」の方である(図10の右端)。「戦争に巻き込まれた」「戦火に見舞われた」など。高市式辞に、それは一文もない。むしろ逆に、そのような当事者モードから離れようとしている。それこそが、高市氏のスピーチの本質だと私は思う。
実は、私はこの高市氏の「繰り返させない」という、言語学者から見て「非当事者」性が顕になった表現を聞いて、一つ思い出したことがあった。1995年3月16日の衆議院外務委員会で、当選一回の高市早苗はこう答弁している。
「少なくとも私自身は、当事者とは言えない世代ですから、反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもないと思っております」(会議録)。
彼女は明確に、私は当事者ではない、と言っている。2026年の式辞の「させ」は、この非当事者メッセージを、使役の助動詞として意図的に込めたものだ、と私は理解した。
解剖5 総理が落とした「反省」を、天皇が拾った
ここまで見てきたのは歴代首相の式辞であった。しかし、同じ壇上には、もう一つのテキストがある。総理式辞の2分後に読まれる、天皇陛下のおことばである。244〜400字(平均287字)と式辞よりさらに短いが、同じ場・同じ型・毎年一本という条件は同じだ。
宮内庁掲載の全文31年分を、同じ比較尺度で載せてみた(短さのため、年ごとの密度比較ではなく、語の「ある・ない」の偏りが偶然で説明できるかを見る検定(Fisherの正確確率検定)と、全期間プールの密度だけを使う。それでも、結論には十分である)。

結果が図11である。1996年から2012年まで、「反省」は総理の語だった。式辞17年分すべてにあり、おことばには一度もない。2013年、安倍式辞から消える。2013・2014年は、壇上の誰も「反省」を口にしなかった。そして2015年、戦後70年のおことばに「さきの大戦に対する深い反省」が初めて現れる。
以後、明仁さまから徳仁さまへの代替わりをまたいで、12年連続で用いられる(2019年からは「深い反省の上に立って」に強まる)。なお報道の整理によれば、式辞の「深い反省」は村山1994年、アジア言及は細川1993年に始まるという。このコラムが考察した式辞コーパスの直前時期で、1996年からの17年連続はその継続であるとみることができる。
総理側で「反省」の文言が戻ったのは石破の2025年、一度だけである(この偏りが偶然で出る確率は、Fisherの正確確率検定で10⁻⁵、つまり10万分の1である)。「反省」という語は、総理の口から捨てられ、天皇のおことばとして拾われたのだった。
このほか、「過去を顧み」もおことば側だけにあり(2015年以降毎年。式辞側は31年間ゼロ)、災禍の語彙の密度はおことばが式辞の2倍以上(2013年以降、1000字あたり28対12)、そして式辞から2021年に退場した聖化(「戦陣に散り戦禍に倒れた人々」)を、おことばは31年間、一年も欠かさず保持している。

式辞が未来と誓いを語り、おことばが過去と死者と反省を引き受ける。過去の引き受け係と、未来の宣言係への分離である。ただし、おことばにも、アジアへの言及は31年間一度もない。
おわりに
図12に見られる、明確な「役割分担」をどう読むか。国内の支持層への配慮を総理が、歴史への視線を天皇が、という役割分担の仮説は、この表とよく整合する。だが一歩引いて見れば、これは国としてのスタンスの統一性を手放した状態でもある。
ここから下は私個人の感想
ここまでデータとその記述的解釈に徹してきたが、ここで1人の国民として、個人的な意見を言わせてもらおう。憲法上、国政に関する権能を持たない天皇の側が、本来政府が明確にすべき過去への対峙を引き受け、一方で政治的責任の主体たる首相が、過去への対峙なきまま、とにかく未来を語ろうと急ぐのは、あべこべでみっともない。
ここから上は私個人の感想
図12の構図を何と呼ぶかは読者に委ねるが、構図がそうなっていることは、事実と数字の上では動かない。
データと方法(要点)
・データ:全国戦没者追悼式式辞の全文31年分(1996–2026。2026年分は報道全文により、官邸掲載後にURLを確定。1963–1995年は紙媒体のみで未収集)。
・おことばデータ:天皇陛下のおことば全文31年分(1996–2026、宮内庁ウェブサイト掲載の全文)。
・加害文の文法判定:加害文(「損害と苦痛を与えました」型)の主語を、戦争が主語/我が国が主語/ゼロ主語/文なしの4値で判定(全件目視確認済み)。
・語句再利用率:ヘッダ・日付署名・ルビ「(ひらがな)」・空白を除去した本文の文字8-gram集合について、|G(y)∩G(y−1)|/|G(y)|。5-gramでも同型(頑健性)。埋め込み(multilingual-e5-small/Ruri v3 70m)の文書セントロイド隣接年コサインは補助として計測し、2013年のみが全31年で唯一の谷であることを確認(他年は0.99超の天井)。
・語彙場(図4〜図8):帰責11語(明示基準・drop-one頑健。埋め込みによる自動構築は帰責語彙が議会の法制度・手続きの語と単語レベルで分離できないため不採用とした)・災禍48語(国会会議録8,228文の頻出語1,172語から、シード語との埋め込み類似度で2モデル一致の上位を自動採用・剪定なし)。密度は1000字あたり(文分割に依存しない)。
・報道出典:毎日新聞2026年8月15日・待鳥航志「戦禍『繰り返さ“せ”ない』高市氏なぜ式辞変更? 戦没者追悼式」(山田コメント、および1993–94年の前史整理の引用元)。高市1995年答弁は国会会議録(1995-03-16衆院外務委員会)で一次確認。
