スタートアップの投資契約: J-KISS vs 優先株式 vs みなし優先株式の選び方
スタートアップの経営者が集まると、よく調達額がどれくらいかという話になりますが、資金調達は資金集めのゲームではありませんし、調達額が多ければすごいというものでもありません。
エクイティ・ファイナンスによる資金調達は、その後の会社の運命を大きく左右します。
それは、どのような株主構成・持株比率を実現し、将来の選択肢をどう残すかという、やり直すことのできない極めて重要な資本政策だからです。
ここで判断を間違うと、後から取り返しのつかないことになります。
重要なのは、事業がどのような段階にあって、どういった手法で、どのような投資家から、どれくらい出資を受けたか。
会社の状況に合わせた適切な調達ができているか。
調達の際の投資契約では、投資家との間でリスクとリターンをどう配分するかについての設計をします。
投資家はリスクを取る代わりに、リターンへの一定の優先権や投資家を保護する条項を求めます。
そのため、スタートアップの資金調達では、シンプルな普通株式ではなく、特別な条件が付されたスキームが用いられるのが通常です。
日本のスタートアップで検討される資金調達のスキームは、主に次の3つ。
・J-KISS(新株予約権)
・優先株式(種類株式)
・みなし優先株式
今回は、創業初期の多くのスタートアップ経営者が直面する「どのようなスキームで出資を受け入れるべきか?」という疑問について、各スキームのざっくりとした概要をメリット・デメリットとともに整理してみました。
なお、各スキームの投資契約フォーマット(ひな形)の入手先リンクも記載していますが、2026年3月1日時点のリンクです。
実際にフォーマットを使用する際には、最新版を確認のうえで、ご自身の専門家・アドバイザーにご相談ください。
① J-KISS(新株予約権)|最速でシード資金を集める仕組み
Coral CapitalというエコシステムVCが公開している投資スキームで、主に創業初期に利用されるポピュラーな手法です。
J-KISSでは、株式ではなく「新株予約権」を発行して、次回以降のシリーズAなどの資金調達のタイミングで新株予約権が株式に転換されます。
そのため、投資家はすぐには株主にならず、株主としての権利はありませんので、株主総会の議決権もありません。
J-KISSのメリット
フォーマットが公開されていて透明性が高いため、交渉事項が少なく投資実行が早い
バリュエーション(企業価値評価)の決定を先送りできる
低コスト(弁護士などの専門家費用)で調達できる
今はまだ事業の評価が難しいけど、とにかく走り出すための資金が必要、という創業初期のスタートアップ投資に多く利用されます。
J-KISSのデメリット
J-KISSを複数回発行した場合、将来的に株式へ転換したときに想定以上に経営者の持株比率が希薄化する可能性がある
税務メリットを受ける対象年度は、J-KISSの投資時ではなく株式への転換時が基準となるため、エンジェル税制が利用できる年度を投資家が選べない
J-KISSフォーマット入手先
Coral CapitalのWebサイトから入手可能。
② 優先株式(種類株式)|シリーズA以降の主流
優先株式は、調達額が数千万円〜数億円と大きくなるシリーズA以降で、VCから調達するときの主流です。
スタートアップ経営者が保有している普通株式とは異なり、主に以下の点で投資家に有利な特別な権利が付与された株式です。
配当の優先
会社清算時における残余財産の優先分配
会社の重要事項の決定に関する拒否権
M&A時における対価の優先分配(みなし配当)
通常は、優先株式の発行に関する投資契約に加えて、株主としての権利行使等に関する「株主間契約」と、いわゆるM&Aがあったような場合の対価の分配等に関する「分配合意書」の3点セットで締結されます。
優先株式のメリット
投資家の細かなニーズに合わせて条件設定が可能
要件を満たせばエンジェル税制も適用可能
登記簿にも明確に「種類株式」と記載され、透明性が高い
優先株式のデメリット
種類株式による投資契約のほかに、株主間契約と分配合意書も締結するため、条件が複雑になる
投資家との交渉に時間がかかり、弁護士等の専門家の費用がかかる
事業が本格稼働したステージのスタートアップ投資向けの王道スキームです。
大きな資金を入れる以上、投資家側も相応の守りを固める必要がありますので、契約条件も複雑になります。
種類株式の投資契約フォーマット入手先
一般社団法人スタートアップデータ標準化協会のWebサイトから、同協会が策定した「SEEDs」のフォーマットを入手可能。
③ みなし優先株式|税制優遇を活かす初期投資
初期のエンジェル投資家向けの選択肢のひとつです。
みなし優先株式の発行時に、「普通株式」として投資を受けつつ、投資家との間で次回ラウンドで自動的に優先株式に転換するという株主間契約を締結します。
簡単に言うと、J-KISSの普通株式版といったところです。
みなし優先株式のメリット
普通株式として発行するため、要件を満たせばエンジェル税制が適用される
最大の強みはこれに尽きます。税制優遇を求めるエンジェル投資家にとっては非常に魅力的であり、調達のハードルを下げる効果があります。
みなし優先株式のデメリット
登記簿上は「普通株式」なので、外部からは特別な契約があることが見えない
後から入るVCが、デューデリジェンスの段階までその存在に気づかない可能性がある
相対的に知名度が低く、投資家への説明コストがかかる
透明性の確保と、後続投資家への誠実なコミュニケーションが鍵になります。
みなし優先株式の投資契約フォーマット入手先
数多くのスタートアップ支援実績を持つ専門家集団であるBAMBOO INCUBATORのWebサイトから、「ANGELs」のフォーマットを入手可能。
結局どれを選ぶべきか?
どの資金調達スキームを選択するかは、自社のフェーズと優先事項に合わせて考えることが重要です。
・最速で資金を集めたい場合には、J-KISS
創業初期にまず走り出すための手法です。
・VCラウンドで王道を行く場合には、優先株式
シリーズA以降で大きな調達をする際の標準的な手法です。
・エンジェル税制を活用したい場合には、みなし優先株式
エンジェル投資家に税務上のメリットを享受してもらい、調達を有利に進めたい場合の手法です。
さいごに:投資家は仲間選び
繰り返しになりますが、資金調達は資金集めのゲームではありません。
会社にとって極めて重要な資本政策であり、その意思決定が、将来の経営の自由度を左右することになります。
だからこそ、経営者自身がそれぞれのスキームの違いを理解した上で選ぶことが、次回の資金調達ラウンドの成功確率を大きく引き上げます。
また、今回のスキームの話だけでなく、「どの投資家から出資を受けるか」ということも大きなポイントになります。
投資家選びは、ともに会社を成長させていくための仲間選びです。
資本政策はやり直しがきかないので、後からこんなはずじゃなかったとなることのないように、投資家との相性やどのような支援を提供してもらえるかなど、投資を受ける前によく確認してから投資を受けるようにしましょう。
