10年前の熊本地震復興支援コンサート最終回直前、震度7の地震が起きて
10年前の熊本地震の復興支援として始まった地元の音楽家による演奏会
「ふるさとの宝を!コンサート」最終回(8/8)を終えて東京に戻ったので、その報告をここにまとめます。
まさか、このコンサートの前の週、7月28日の夕方に震度7の大地震が起こるなどとは夢にも思わず、東京にいて途方に暮れました。
コンサートは延期? 中止? それとも? と賛否両論あったそうですが、プロデューサーの 春日信子先生から「決行します」と連絡があり、粛々と
準備をして孝之介と羽田を発ちました。

10年目、9回で最終回となる記念の回のリーフレット
熊本に着いたら、予想以上の暑さが待っていた
コンサートの前々日8/6の最終便で到着した熊本は、蒸し蒸しと暑い空気の層が身体を圧迫してきます。この日のために購入したハンディファンもネッククーリングファンも全く歯が立たない感じです。
この暑さの中で救助活動や復旧工事、家の片付けなどが行われているとはなんと過酷なことでしょう。
熊本の様子は……
妹の住む実家や親戚は無事だったものの、それでも家の中は色々な落下物が散乱、友人知人の中には家が住める状態ではなくなり、避難生活を余儀なくされた方もいます。
40℃を超える猛暑の中、被災された方々の片付けは困難を極め、当初は水の出ない地域も多く、道路もボコボコ、避難所にいても大変、自宅で片付けをするのも大変、加えて職場の片付けに追われた人も多く、インフラや医療関係の方々は自宅を差し置いての活動に追われ、幾重にも大変だったそうで、それはまだ続いています。
ただ、被災者に物資が届くようにと、道路の修復は何よりも早かったそうで、八代までの幹線道路は数日でスムーズに走れるようになったとのこと。工事に当たった方々に頭が下がります。
冷房の部屋から出ると、生きていけない
到着翌日の8/7は、母の面会〜お墓参り〜ホールでのリハーサルに行く予定だったのですが、情けないことに予想以上の暑さにやられてしまいました。
外に出るのは絶対に無理!と全身からアラートが鳴っているように感じて、残念だけれど演奏会の出演を第一に、というより命を第一に考え、涼しい部屋でベッドで横になって過ごしました。
今思えば、ニュースで見ていた惨状もさることながら、自分の目で見た、被害が軽かったはずの実家周辺のゴミ置き場に積まれた震災ゴミ(壊れた家具の山)を見たり、友人からの悲痛なメールを読んだりして動揺していたのかもしれません。
今回はホテルではなく、元実家に滞在することにしていて本当によかった。父は他界、母は寝たきりで施設にいて、実家には妹夫婦が住んでいるのですが、私にとって懐かしい場所で妹が細々と世話をしてくれるのがありがたく、安心して心身を休めることができました。
私自身は被災していないのに、故郷の地震によって私も傷ついていたのだとやっとわかりました。
一緒に出演するために帰省した次男樹原孝之介は流石に元気で、近所のジムに行ったついでにビタミンその他が入ったドリンクやゼリーを買ってきてくれたり。
若いって凄い!
夕方まで休んだおかげで6時半からのリハーサルに行く頃には少し元気になりましたが、体力の限界ってこんなに簡単に来るものなのかと、暑さを侮ってはいけないと改めて思いました。
オーケストラとのリハーサルは、指揮者との意思疎通のため 7月のリハーサル
今回指揮者として熊本に来てくれたのは若手のホープ、神成大輝さん。
コロナ禍に開催された「ふるさとの宝を!コンサートvol.5」で予定されていた指揮者山下一史氏が罹患されたことで、本番三日前に弟子である神成氏がピンチヒッターに決まり、孝之介書き下ろしのオーケストラ曲や初めての曲もある中、見事に務められたのでした。
そのご縁でvol.6も続けて指揮をお願いすることになり、さらにvol.9となる今回へと繋がりました。
指揮者って凄いのだ!
7月の初めに参加したオーケストラリハーサルの前日、ピアノ2台での打ち合わせがありました。
なんと神成さんは私が演奏する「花」と孝之介が演奏する「宝の地図」のオケパートをピアノで演奏しながら、物凄い的確さでピンポイントの質問や相談、アドバイスをされて、あっという間に不安は霧の彼方へ!
ほぼ全てのオケパートをピアノで弾きながらスコアを爆速で捲るって、神業みたいでした。
ソリストとオケを繋ぎ、どのようなテンポやバランスで音楽を作っていくのかがとても明確に伝わってきて、本当にワクワク。
そして、私もとても勉強になりました。
その翌日は短い時間でしたがオケとリハーサルをして、理想と現実の擦り合わせに必要な修正点が理解できたのでそれを持ち帰り、8月の本番に備えました。
本番前日のリハ、当日ゲネプロ、本番への流れ
そして、いよいよ本番前日夜のオーケストラとのリハーサル。
メンバーには被災した方もいらっしゃるのでしょう、全員は揃わなかったものの、ホールでのリハーサルは気合いの入ったものでした。
7月のリハで神成さんとイメージの擦り合わせをした部分はよくなったものの、さらにこうしましょう!という課題がみつかったのですがもう翌日が本番、頭の中でシミレーションして当日朝のゲネプロで修正することに。
その夜は「ここまで来れば大丈夫」と思えたので、やっとゆっくり眠ることができました。
当日は疲れも取れ、良い状態でホールへ向かい無事ゲネプロを終え、本番まで楽屋でゆっくり過ごしました。

神成大輝さんのプロフィール、司会の正木ゆかさんの紹介も
午後の本番では神成さんとラスカーラ・オペラ管弦楽団の皆さんのおかげで様々なことが上手く回り、リハでの成果が実りました。
いつもライブで「ごきげんバンド」と演奏するときにはギターソロの間奏があるのですが、今回のオケバージョンではピアノソロのアドリブを入れることになり、その部分も本番で指揮者とオケとグルーブを共有することができてホッとしました。
「花」について
今回私が歌ったのは、ゲーム「俺の屍を越えてゆけ」の主題歌になった「花」という曲です。
ライブで初演したときに、ゲームデザイナーの桝田省治さんが楽屋に飛び込んできて「この曲、次のゲームにちょうだい!」と口説かれ、ゲーム丸ごと作曲を担当することになったのは懐かしいエピソード。
できれば、桝田さんにも聴いていただきたかったなぁと思います。
その「花」を外山和彦氏の素晴らしいオーケストラアレンジでピアノを弾きながら歌う、という珍しい形で参加させていただきました。
(オケとの共演は、ゲーム音楽の祭典で東京劇術劇場で2回、ミューザ川崎で1回、今回が4回目)
そうそう、このゲームを制作したのは熊本のアルファシステムという会社で、その社長さんである佐々木哲哉氏やスタッフの方も会場に来てくださいました。
佐々木氏はAIに相談していい席で楽しんだそうで、「素晴らしかった!」と連絡をいただきました。
この曲の詞は、発売以来多くの方が「勇気をもらった」と言ってくださるので、期せずしてこの日のための選曲のようでもありました。
最終回「ふるさとの宝を!コンサート」
演奏会に必要な体力気力を猛暑で削がれつつも無事に役目を果たせたのは、妹や同行の孝之介のサポート、東京と熊本で応援してくれた友人たちからのあたたかいメッセージのおかげです。
また、「被災した方に少しでも安らいだ気持ちになっていただけたら!」という祈るような思いが、私を奮い立たせました。
若きマエストロの 神成大輝さんがこの演奏会のために誠心誠意準備してくださったおかげで、演奏会は大成功をおさめました。
オペラからヴァイオリン、21絃箏、ピアノコンチェルトまで、素晴らしいリーダーシップで引っ張ってくださって、どの方も本番が一番よかったのは素晴らしいことです。

「宝の地図」「花」のスコアと共に

指揮 神成大輝
「花」
作詞・作曲・ピアノ・歌 樹原涼子
オーケストラ編曲 外山和彦
樹原孝之介はこの演奏会のテーマ曲「宝の地図」を作曲しており、初回から今回まで9回にわたって、その時々の出演者に合わせて様々な編曲をしてきました。
最終回は、オーケストラとピアノで作曲者自身がピアノで共演するというもので、最終回のトリにふさわしい演奏だったと思います。

「宝の地図」
指揮 神成大輝
作曲・ピアノ 樹原孝之介
東京から駆けつけたバリトンの春日保人さんと私たち親子以外の出演者は皆さん熊本在住なので、自宅や職場が被災した方もいらして、そのような状況の中でよく演奏してくださったと思います。
司会の正木ゆかさんは第1回目から全ての司会を務められ、心のこもった紹介をしてくださって、このコンサートの意味、意義をしっかりと伝える素晴らしいパフォーマンスでした。
また、当日のステージ周りを鮮やかに仕切ってくれた坂口美由紀さんにも心から感謝するとともに、裏方をしてくださったスタッフの皆さま、撮影スタッフ、県立劇場のスタッフの皆さまにも感謝申し上げます。
ラスカーラ・オペラ管弦楽団の皆さま、代表の岩本貴文 さん、ありがとうございました!
グルッポ・ヴィーヴォの皆さん、出演もスタッフもと大活躍、お疲れ様でした。
そして何より、「ふるさとの宝を!コンサート」を制作、プロデュースし続けてくださった春日信子先生に、心からの感謝を捧げます。
私は参加できませんでしたが、地震後の週末のオケリハーサルで県立劇場が使えず、会場探しが大変だった話を聞いてびっくり。
ホテルKKRの広間を借りられるまで走り回られたこと、出演予定者が全員出演できるようサポートされたこと等、今回の開催がどんなに困難だったか、その情熱と実行力に感動しました。

終演後、ロビーにて
下記は、父の友人平野有益氏の投稿です。カーテンコールを撮影されていたのでここにお借りして、コンサートの雰囲気をお届けいたします。
この演奏会のきっかけは、熊本を応援するピアノランドフェスティバルだった
「ふるさとの宝を!コンサート」誕生のエピソードを少し。
10年前に「ピアノランドフェスティバル2017 熊本 復興を願う仲間たち」を熊本県立劇場で開催しました。
大地震後の熊本のために、何かせずにはいられなかった私は熊本でピアノランドフェスティバルを開き、各地からの寄付によるプレゼントチケットで被災者の方々を招待し、多くの方に喜んでいただくことができました。

後列 樹原涼子(ピアノ・歌) 小原孝(ピアノ)
前列 左から樹原孝之介(作曲) 春日保人(バリトン) 本田浩平(津軽三味線) KAJU(歌・フルート) 木原浩太(モダンダンス)
その打ち上げの席には、小川芳宏さん、大江捷也先生、春日信子先生、春日保人さん他、熊本の文化関係の方が沢山いらしてくださっていました。
そして小川芳宏 氏が「熊本地震の復興のコンサートを若い演奏家たちで開催しよう!」と仰ったことがきっかけで会長となられ、その場にいた方達を中心とした実行委員会がスタートしたのです。
初めは1回きりの予定が「若い出演者たちの演奏の機会を」と、あと1回、いやいやキリよく5回までは!と増えていき、昨年小川さんが亡くなったことで追悼の意を表し、熊本地震から10年を機に最終回に……ということになったのです。
私のコンサートの打ち上げがスタートだったので、それから十年間ボランティアの実行委員として毎回お手伝いをさせていただいてきました。
まさか最終回に出演することになるとは夢にも思いませんでしたが、ふるさと熊本の音楽家の皆さんとの共演は本当に嬉しく、心温まるものでした。
第1回のときには車椅子で客席から孝之介の「宝の地図」を聴いてくれた父長谷川孝道。鬼籍に入ってからも毎回、客席で聴いてくれているような気がしています。それが、ふるさとなのかもしれません。
娘と孫が出演した演奏会を、熊本日日新聞時代の同僚であり友人でもあった小川芳宏さんと一緒に、天国でビールを飲みながら聴いてくれたことと思います。
震災支援10年目に、2度目の震災に見舞われた
ふるさと熊本に何ができるか
東京に戻ると、音楽仲間からのあたたかな志が届けられていました。
熊本の被災した医療機関に寄付をしたいとピアノランドメイト会員の皆さんに呼びかけたところ、何人もの方が協力してくださったのです。
感謝の気持ちでいっぱいです。
これから、被害の大きかった地域の方とどちらに寄付をするのが一番いいかを相談して、秋に届けに行く予定です。
そしてもう一つ、11月23日(月祝)に六本木バードランドでライブを開催する予定を立てていたのですが、急遽、熊本地震を応援する支援ライブとして開催することにしました。
これから詳細を詰めていきますが、おいでになれそうな方はどうぞ予定を空けていただき、「花」をはじめ樹原涼子のオリジナル曲を聴きながら熊本を応援していただけたら幸いです。
昼夜二部制で行い、少しでも多くの気持ちを熊本に届けたいと思います。
また、詳細が決まったらnoteでもお知らせします。
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