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ted_ozawa
打ちのめされるとしても。
子どもの頃、実家のテレビで観た第一回M-1グランプリ。
あの日の衝撃が、間違いなく僕をこの世界に進ませたキッカケだった。それからは毎年、決勝の日は食い入るようにテレビを観た。もちろんビデオにも録画して、何度も何度も巻き戻した。比喩でもなんでもなく、ビデオテープが擦り切れるまで観た。
実家に一台しかないテレビで。学校から帰ると、延々とM-1のビデオを再生していた。今思えば、そんな息子が「芸人になりたい。」と言ったとき、なぜおかんはあんなに反対したんだろう。予兆バリバリあるやんけ。「やっぱりな、そういうと思ったわ、勝手にしい。」が返しの相場やろ。「急になにを言うてんのよ。」やあれへんねん。覚悟しとけよ。
芸歴9年目。養成所生の頃から含めると、10回目になるM-1挑戦。
今年こそ。今年こそ。今年こそ。
今まで、そうやって、ずっと負けてきた。
ずっと、ずっと負けてきた。
今年こそ。と意気込んでは、打ちのめされて。
今年こそ。と形を変えては、打ちのめされて。
今年こそ。ともがいては、打ちのめされて。
今年こそ。今年こそ。今年こそ。
「悔しい」なんて思うことさえ、おこがましいところで負けてきた。
9回もそんなこと繰り返してきたんか。俺は。
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