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「世界教師デー」で思い出したこと

10月5日は世界教師デーである。


Copilotによると、

  • 教師の権利・責任・専門性を尊重する

  • 教育の質を高めるための支援を促す

  • 子どもたちが適切な教育を受ける権利を守る

そういった日だそうだ。

先生といえば、

自身が子どものときは勉強が嫌いだった、
学生時代は全然勉強が好きでなかった(できなかった)

しかし、何かビッグイベントが起きて勉強をするようになったとサクセスフルストーリーを繰り広げがちである。

私の場合、結論から言うと、勉強ができる人間であった。

途中、反抗期で大きな転換期があったものの、

勉強が大好きで、飽き性な私が大人になった今でも唯一続いていることが勉強だ。

3歳だったか、幼稚園に行く前から絵や文字を書くことが好きで、年中から幼稚園に行く予定であったので、入学までに自分の名前を平仮名で書けるように教えられた。3歳でアルファベットも書けたそうだ。
絵本を読むのは昼間の日常で、寝るときにはやることがなくなったので、洋楽・邦楽問わず音楽を流して寝かしつけられた。流された歌の中でも、英語の歌詞に興味を持って、英語で口ずさむようになったらしい。
平仮名、カタカナ、アルファベットをマスターしたら漢字を書くことが好きになり、小学校の宿題であった漢字ドリルは、帰るや否や解き、すぐ終わって面白くないと感じていたことを今でも鮮明に覚えている。いつも全問正解だった。

小学2年であったか、エッセイを読んで読書感想文を書いたところ、先生にエッセイストになれると褒められたので、なろうと思った。小学生でありながら、愛読書は五木寛之先生の『生きるヒント』シリーズであった。
中学、高校と何か感想文を書くと褒められ、いくつかのコンクールも受賞した。最後に受賞した読書感想文は"Seize the Day" (邦題『いまを生きる』) についてであり、大好きな作品の感想での受賞だったので心から嬉しかったことを覚えている。

とにかく書くことが好きで、まだパソコンやタブレットがない幼少期は400字詰め原稿用紙を埋め続け、右手の小指の横は真っ黒になり、ペンだこもでき、時には鉛筆の芯で指や手のひらを刺してしまったものだから、皮膚の下に黒点があったことも日常だった。

中学・高校は成績がとてもよく、中学では成績学年トップであった帰国子女の生徒が私に興味を持ち、仲良くなり、どちらが学年トップになるか競争しようと毎回試験を楽しんでいたほどだった。
高校生の時に大学院に行くことを決めていたので、大学受験よりその先を見ていた。
無我夢中で勉強している内に、エッセイストの夢が遠のいてしまい、私は研究者になる、大学で教鞭をとるんだ、と思うようになっていた。

現在、大学講師で、研究者として生きている。
有難いことに、自分の思った人生を歩むことができている。
サクセスストーリーはあるが、1冊の本にでもなる量になるので、別項へ譲るとして、
私が言いたかったことは、ずっと勉強が好きで、得意であったということだ。

だが、勉強が嫌いな人の気持ちもわかる。

なぜなら私は算数と数学が壊滅的にできないからだ。
大きな計算式を見ただけで卒倒しそうになる。
自動計算機を発明した方に心から感謝したい。

小学校の証明問題は空白か、「そうできているからです」というようなふざけた解答を書いてよく注意された。
算数の証明問題は、今でも証明する気がない。
計算はできて便利だが、証明して人生がどうなるのか私にはわからない。

数学があったために私は5段階評価の成績でオール5を取れなかったのである。
特に恨んではおらず、だからこそ専攻が変わり、今の自分がいるので、むしろオール5でなくてよかったとさえ思っている。

必修英語の授業では、英語がわからない、苦手、勉強したくないという学生が少しでも楽しい時間を過ごせるように努力しているつもりだ。
できる学生は、さらに上にいけるように。

世界教師デー。

私は、感謝されることを目的として教師をしているわけではない。
私に感謝する人がいるとしたら、そんなことよりも少しでも意図する将来へ近づくために適切な教育を受けたり勉強したりしていてほしいし、私に何かできることがあれば支援したいと思う。

研究者は授業より研究の時間を欲しがる傾向があるが、私は授業があってこそ、研究が成立すると思っている。授業や学生がいないのに教育を研究して何のためになるのか私にはわからない。

だからこそ、生徒や学生に感謝してほしいと思ってしまった時、私は教師としてのキャリアを終えることになるだろう。

#読書の秋2025

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