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教材としてのラップ〜事例:SEEDA〜

 Hip Hopの本場アメリカでは、ラップを教材として扱う授業が多々存在する

 例えば、筆者が学生時代※1に受けた授業では、「女性の地位・権利向上のための戦い」といったテーマでクイーン・ラティーファ(Queen Latifah)※2の歌詞を用いた授業を受けたことがある(曲名は忘れたが)。

 今思い返せば、筆者が受けた授業もヒップホップ型教育(Hip Hop Based Education)の一事例だったわけだが、国語科(Language Arts)の授業の中にはラップそのものを分析したり、ラップ詞(リリック)を書く授業が存在する。

 今回はその授業方法を、日本人ラップ・アーティスト「シーダ(SEEDA)」の詩を例に挙げ説明したい。

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 ラップを用いた授業の目的・目標は以下の通りである※3。

【目的】

(学生が)ラップのリリックを詩として分析し、詩の技法を修得する。

【目標】

学生が

(1)ラップのリリックを詩として分析し、詩中の技法(韻、頭韻法、形象、隠喩、直喩、象徴性、詞藻[言葉のあや]など)を認識、説明できる。

(2)ラップの詞について議論し、小論文を書くことができる。

(3)社会、科学、芸術をテーマに、詩やラップ詞を数行作成することができる。

(4)作成した詩をクラスで披露することができる。

このような目的・目標の下授業を行う。

 目的・目標に沿えば使用する曲(ラップ)は何でも良いのであるが、今回はその例としてSEEDAの「ヒダマリ」という曲を紹介したい。

 SEEDAとは、東京出身、幼少期をロンドンで過ごしたラップ・アーティストで、日本語と英語を用いたバイリンガル・ラップが特徴である。

 自身の「ストリート・ライフ」を基に、ハードコアな曲が目立つ一方、「詩人」としての側面も特徴的である。例えば、彼のハイレベルな押韻力はさることながら、海外での経験、ストリートでの経験を通した彼の「死生観」がうまく表現されていたり、直喩・隠喩、擬人法などが多用されている。

<ヒダマリ / SEEDA>(リリックは※4を参照)


 私は詩を専門としているわけではないため、私の分析はあくまで素人目線で浅はかなものであるが、SEEDAのリリックの奥深さはよく理解しているつもりである。詩を専門とする教員、ラップ好きでラップを授業に取り入れたい方には是非SEEDAのラップを一度熟聴して頂き、授業に取り入れて頂きたい。

【同記事はアメブロに投稿した記事の再投稿である】

https://ameblo.jp/lit-hiphop/entry-12462229679.html

※1:筆者は大学生(学部)時代をアメリカ(カリフォルニア)で過ごしている。

※2:Queen Latifaとはニュージャージー出身の女性ラップ・アーティスト、シンガーである。80年代から90年代にかけ、女性ラップ・アーティストの第一人者として活躍した。現在はシンガー、女優業で活躍している。

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※3:本授業方法は、「The HIP-HOP Education Guidebook Volume1」に掲載されている、Ellen Warkentine氏の授業方法を参照した。

※4:「ヒダマリ」(原文通り)

地を覆う 雪ノ下 命あれば 春は来るさ

陽を望む 星の下 朝が来れば 夜は明けるさ

平成、宗教・経済 入り組んだ社会不透明、正解・

不正解無い 目の前は明解 時の歯車か体制の兵隊

ゆれるカゲロウが魂に見える 命の通り道、無心に抜ける

しゃべる事ない 草木が物語る ビルとビルのハザマを さ迷う

気づいた事があるなら 行きな 過去を恨むな 次に行きな

明日を愛せるなら 次に行きな 行ける時に早く行っちまいな!

止まればbroke止まればdie slow はたまたどこかへ収容。。

止まるなrider終わりは一瞬 終わりは一瞬

地を覆う 雪ノ下 nn 命あれば 春は来るさ nn

陽を望む 星の下 nn 朝が来れば 夜は明けるさ

はるかなる道 静かなる意地 終わり無き日々

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