Where's my truth?
山を作る。谷を作る。川、海、平野。順番に配置していって、できた場所に家を置く。店を置く。工場、学校、施設。順番に置いていく。人が自然と集まってきて、交通機関が流れ、車が走り、人は歩く。人口が増えていって、それは都市になる。
やがて人の諍いが始まり、犯罪が起き、要所要所に警察を置き、軍隊を置き、いったんは収まるが、時間を置くと、またなにかが始まる。戦争と平和。くりかえし、くりかえす。
「またうまくいかない」
飽きたわけではなく、思い通りにならなかっただけだ。災害を定期的に起こし、人が減る。街がなくなる。置いたはずの建物が、無くなる。またイチからやり直し。
世界の片隅、ここからは見えないどこかに住む、神様のような、悪魔のような、そんな存在。
作っては壊し、作る。壊す。つくる、こわれる。請われる。創る。
ほしいのは家族。ほしいのは友だち。ひとりぼっちはつまらない。だからここにきて欲しくて作る。受け入れてはもらえない。輪の中に入れない。癇癪は起さないが、傷つけられるのは嫌なので消す。壊す。迎えに来てっていったじゃん。嘘つき。
残ったのは希望よりの絶望。ひとりぼっちのまま、成果物だったものだけが積み重なる。何恒河沙回目かの再生の後、誰かがここに来た。
「迎えに来た。一緒に行こう」
「どこへ?」
「無限の未来へ」
手を引かれて進む。自分の作った、自分が壊した瓦礫の山を歩く。走る。飛んで回って、ここはどこだろう。
積み上がったのは人、人、人、人。
「君が作って、君が殺した人たちの山だよ」
「だってアイしてはくれなかった」
「そりゃそうさ。誰も君のことは知らない」
「なぜ」
質問の答えはいつもあいまいだ。笑顔ではぐらかされる。わかっているくせに、という顔をして目の前からいなくなる。地面をみると息絶えた人がいる。いつも。いつもだ。彼らは質問を投げかけた人。質問ではなくて、刃物を投げたか、爆弾だったか、愛は重いか、自分は。自分は。
「誰も君を知らないからだよ。君が彼らを作ったと思っていない。人は人の営みの中で生まれ、死んだと思っている。君はただそれを眺めていただけだ。なにもしていない。彼らは」
「もういいよ。やめて」
彼らは君を神様だと思っている。怒らせないようにしている。不用意なことを言わないようにしている。ときどき優しくしてくれるのはそういうことだ。足下に置いてある、おいしそうな食べ物やなにかはみんな、君を怒らせないようにするためのおまじないだ。
もうなにもしないでそのまま見ておいで。勝手に自滅して、勝手に復活するだろう。勝手に増えて、勝手に減って、誰もそれを止めることはしないし止めようと思わない。そういうものだ。人の営みというものは
耳の奥に刺さるように聞こえ、頭がぐわんぐわんと鳴らされ、痛みと涙とさみしさで吐き気をもよおす。ここで暴れてしまえばそれはまた全てを消し去ってしまう、
かもしれない。
ね、やめよう?
「ミマン」
「それはなに?」
「君の名前。未満。未だ満ちていない。君の欲望のことだ。名は体を表す。そういうことだ」
信じたくはないが、そういうことなのだろう。求めるだけ無駄なのだ。全てを作り、全てを消すことのできる全知全能、それは無駄なものであり、必要のない力。幼いときに持つ全知全能思想は、いつかつぶされなくてはいけない。自らの無能を知り、捨て去り、残った力だけを頼りに生きて老いていくしかないのだ。孤高の天才であったとしても。
「あなたはだれ?」
「かつて全知全能と信じていたモノ。今はなにもない。なにひとつない」
法則を作っても、秩序を作っても、それは自分勝手であり、守れるものはなにもない。なにもない。
「壊すならもう最後にしたほうがいい。そしてそれも無駄に終わる。」
ああ。何度やり直してもどうしようもないのだ。永遠にひとり。孤高は栄誉でもなんでもない。カッコつけたさみしがり屋のぼっちの自称でしかないのだ。自覚しないといけない。自殺しないといけない。
さようなら、さようなら。
「もう、なにもしないよ。そのまま続ければいいよ」
最後に壊すのは自分だ。もう二度となにも作らない。ここにあるものは永遠に。
※この作品は「古賀コン8(正式名称:第8回私立古賀裕人文学祭)」への参加作品です。今回のお題は「孤高の天才未満」。
